Eternal Blaze -永遠の輝き-   作:茶々

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第一小節 Stand By

 

話は、二年前に遡る。

 

“それ”は有史以来、世界の各地にてたびたび観測されてきたものであったが、その年の国連総会にて正式に議題として取り上げられ、限りなく未知に近い既知の存在として、公式に認定されることで一致した。

 

国際平和維持のため、各国が協調し対処にあたるべき認定特異災害“ノイズ”。

 

ノイズはヒトを襲い、ヒトに接触することで、炭素の塊へと変えて分解してしまう。

対して、ヒトの行使する通常物理法則にのっとった破壊力は、いかに最新・先鋭を誇っていようと、ノイズには微々たる効果しか発揮できず、ヒトは往々にして、ただノイズが通り過ぎ、姿を消すのを待つだけでしかなかった。

 

ある者は、そんなノイズを「まさに災害だ」と評し、またある者は、ヒトだけを襲い、炭素の塊へと変え、やがてノイズ自身も炭素の塊と崩れ落ちるその様に、「他人を巻き込む自殺願望そのものだな」と吐き捨てるのであった。

 

物語の舞台は、近未来の日本。東京。

日本政府は、公に出来ない暴力装置をいくつかかかえている。特異災害対策機動部二課は、第二次世界大戦時に旧陸軍が組織した特務室“風鳴機関”を前身としており、一般に周知されている対策機動部一課と同様、特異災害ノイズに対する、被害拡大の阻止と事態収拾を担っているのだが、決定的に異なる点がひとつあった。

 

“シンフォギアシステム”

 

天敵ノイズの駆逐のため、人類が備えうる、唯一絶対の切り札の保有と、その行使である。

シンフォギアシステムを身に纏ったものだけが、ノイズに対して効率的・有効な攻撃手段を備え、撃退することを可能とする。

 

だが、既存の技術体系とは一線を画す、異端技術の結晶でもあるシンフォギアは、同時にノイズを殲滅せしめる強力な武装でもあるため、米国との安全保障条約や、周辺諸外国に対する影響も鑑みられ、現在の政府与党判断によって、完全に秘匿されている状態でもある。

 

誰に知られることなくノイズと戦い、ヒトの暮らしを守る防人たちが年端もいかぬ少女たちであることを。

 

その正体が、当代トップのボーカルユニットである“ツヴァイウィング”の二人、天羽奏と風鳴翼であることを知る者は、ごく僅かに限定されている。

 

 

 

 

 

 

記憶の中は、何時だってモノクロだった。

父親も、母親も。誰も彼もが白と黒の世界で、誰も彼もがいつもいつも同じ事をしていた。

 

幸せだった。

それが平凡なもので、この平和ボケした国ではごく当たり前で、人並みでしかないものだったとしても。

 

その日常は、何にも代えがたい程に幸福だった。

 

 

――――――世界が壊れたのは、本当に唐突だった。

 

 

父も、母も。

全てが一瞬で炭の塊に変わって、喰い尽されて、壊されて……消える。

 

存在が消えた。

この世界から。

 

存在が消えた。

この日常から。

 

存在が消えた。

この幸福から。

 

存在が―――――――――――――消えた。

 

 

 

 

 

 

「――――――ら……空」

 

小波の様な揺らし方と、鈴の様によく通る声が僅かに響く。

静かで、穏やかで。まるで本人の性根がそのまま出た様に優しさに満ちたそれが、羽となって微かに頬を撫でる様にして意識が現実へと戻る。

 

「空……そろそろ起きないと拙いよ?」

「寝ていた訳じゃないよ翼、集中していただけだよ」

「寝ぼけた声で云っても信用しません」

 

まるで出来の悪い弟の世話を焼く出来の良い姉の様な口ぶりで頭からすっぽり合羽もどきを被った翼はそう言って、俺の隣に腰かける。

作業用のコンテナや機材、大小様々な箱や諸々のコードが奔る舞台裏の一角にあるコンテナに背中を預けて、俺と翼は床に座った。

 

風鳴翼(かざなりつばさ)。

今や知らぬ人の方が少ないであろう当世きってのボーカルユニット、歌って踊れる超有名スターこと“ツヴァイウィング”の一人である。テレビにラジオに引っ張りだこの、しかし現役の学生であるコイツと俺の関係を一言で表現するのであれば……そう、“腐れ縁”という奴だろう。

 

捉え様によっては“幼馴染”という何とも甘美な響きのする関係と云えなくもないのだが、真面目くさってお姉さんぶる癖に何かと寂しがり屋なこのおっちょこちょいの事をそんな風に―――まぁぼかすまでも無く“女”として見られるのかと問われればこれまた簡潔に「NO」と言える。

それは別に近すぎたからとかそんなんじゃなく、コイツにとっての俺がそうであるように、俺にとって風鳴翼という少女は最早“家族”という枠組みにカテゴライズされていたからだ。

 

家族に愛情?

あって当たり前のモノを態々改まって持ち出す様な酔狂なバカは少なくとも俺の中には存在しない。

 

「……………………」

「……………………」

 

だから無言のまま過ぎていく開演前のこの微妙な時間、どうしてこのだだっ広い舞台裏の中で態々コイツが俺の隣に座っているのかという事を察せる程度には、俺もコイツの事を理解しているつもりである。

 

要するに、だ。

 

―――このバカ、緊張でガチガチになっていやがる。

 

そんじょそこらの顔だけのアイドルもどきなんぞよりよっぽど舞台だのテレビだのに引っ張りだこで少しは緊張癖も治ったかと思えばさに非ず。コイツはここぞという時に限って緊張しすぎてロクに口も動かせなくなる事が……少なくないな、うん。

確か小学校の時にも―――――――と、そんな事を考えている内にその髪の色同様ブルーな心持になりつつあった翼とその隣に座っていた俺の元に、普段であれば実に揚々と明朗快活な声が響き渡った。

 

「間が持たない、っていうか……何て言うかさ。開演するまでの、この時間が苦手なんだよねぇ」

 

声の主はらしくもないのんびりとした口調で歩み寄ると、そのまま手近な所にあった木箱に腰かけて頭を掻き毟った。

 

「こちとらサッサと大暴れしたいってのに、そいつもままならねぇ」

 

天羽奏(あもうかなで)。

翼と同じく“ツヴァイウィング”の片翼を担う当代きってのスーパースター。面倒見の良い姐御肌と同じく、陽気で明るい性情そのままな赤みがかった髪を揺らして、先程から言葉の少ない相槌しか打てない翼を見やってニヤリと笑みを浮かべた。

 

「もしかして翼、緊張とかしちゃったり?」

「当たり前でしょ!?」

 

何て、唐突に叫ぶもんだから思わず仰け反った俺を誰が責められよう。

隣に座っている俺の事なんかお構いなしに声を張り上げた翼は、そのまま緊張の源である“仲間の期待”にその表情を強張らせた。

 

……まぁ、コイツの根っこがそういうものだって事も、随分と昔に学習した事なんだがね?

 

翼は昔からそうだった。

頑固で、負けず嫌いで、融通が効かなくて。

その癖、寂しがり屋で甘えん坊。

 

そういうコイツの“本音”を知っているのは、俺と奏の二人だけ。

コイツの叔父である風鳴司令もきっと知らない“本当の”風鳴翼は、今では拗ねた子供の様な脹れっ面で体育座りをしてそっぽを向いている。

 

そんな翼に軽くデコピンを入れて、奏がいつもの調子で茶化す。

 

「かーッ! マジメが過ぎるね!」

 

なんて、おちゃらけた様に言うが、俺としては奏にも少しはこの真面目さを見習って貰いたいと思わない事もない。

ライブ以外の時間にはルーズを通り越して無神経且つずぼらなコイツを見ていると、我が幼馴染が如何に真面目でしっかり者であったのかという事をしみじみと感じる事も、ない訳ではないのだが…………

 

と、そんな俺の内心が滲む視線に気づいたのか、奏が如何にも不服そうな面持ちで翼の隣に片膝立てて座っていた俺を見やった。

 

「何だよソラ、何か言いたそうだな」

「別に、何か言いたい事なんてない」

 

目線を逸らしながら俺が言うと、長年の経験からそれ以上の追求は無意味と悟ったのだろう。奏は息を一つ洩らして「あっそ」と呟いた。

 

 

 

 

 

 

「奏、翼、此処にいたのか」

 

会話の途切れるタイミングを図ったかの様に響いた革靴の音と、耳を打つダンディ・オブ・ダンディな渋い声音。

一聴すれば間違えようもない程に印象深く、そして威厳に満ち満ちた男の登場に、俺の隣から「司令っ」という声が洩れた。

 

「こりゃまた、弦十郎のダンナ」

「いらしていたんですか、風鳴司令」

 

風鳴弦十郎(かざなりげんじゅうろう)。

翼の叔父さんであり、俺や翼、奏の所属する“特異災害対策機動部二課”の司令官を務めている。前身である“風鳴機関”共々、所属している身の上でこんな事を言うのもなんだが、胡散臭い事この上ない組織だ。

とはいっても叔母さ――――――コホン、了子“姉さん”に後見されている上、俺の知己が二人とも所属しており、何よりも自分の好きな事を思いっきりやれるというのは破格の好条件である。同じ肉体労働にしても好きか嫌いかでその打ち込み具合も変わってくるというモノだ。

 

―――――――――ブブブ

 

「ぅおっ?」

 

そんな事を考えながら司令と奏のやり取りをぼんやりと眺めていたら、急にポケットからバイブ音が振動と共に響く。何事かと思い画面を見たら……

 

「…………もしもし?」

『空、アンタ今失礼な事考えていなかった?』

 

―――この人やっぱりエスパーか、とは思うまい。色々気にかかるお年頃なのだろうとか、仕事柄を考えたら仕方ないんじゃないかとか…………そんな事を迂闊に考えでもしたらこの人の地獄耳が捉える事は最早必定とも云える。

 

なので淡々と、あくまでも冷静に白を切る。

 

「何も考えていないよ、姉さん」

『そう? まぁいいわ、司令そこにいるでしょ? 変わってちょーだいっ』

「はいはい…………司令、教授(プロフェッサー)からお電話です」

 

櫻井了子(さくらいりょうこ)、俺的通称(ニックネーム)は“教授(プロフェッサー)”もしくは“姉さん”。

けったいな事に、俺の母の姉であるこの人が対“ノイズ”兵器であるシンフォギアシステムの開発者であり、俺を機動二課に引きこんだ張本人だったりする。

尚、まかり間違っても“叔母さん”という四文字だけは使ってはならない。絶対に“叔母さん”とだけは言ってはならない。

 

大事な事なので三日に一回程度のペースで一度に二回呟いて思い出す様にしている。

 

「―――分かった、直ぐに向かおう」

 

俺が胸に刻む様に呟いていると、司令が通話を切って携帯を俺に返してきた。受け取ろうと手を伸ばし――――――たら、何故か奏が“俺の”携帯を司令から受け取って反対の手でグッとサインを出した。

 

「ステージの上は、任せてくれ!」

 

歌は任せたが携帯は任せた覚えはない。

 

とりあえず、司令の姿が見えなくなったのを見計らってから―――

 

「返せ、奏」

「断るッ!」

「断ってんじゃねぇ!」

 

人様の携帯を勝手に覗き見ようとする無法者に鉄槌も辞さぬ覚悟で飛びかかった。

 

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