Eternal Blaze -永遠の輝き-   作:茶々

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第二十小節 Lighted Light(後篇)

 

商店街を走りぬけて、何時の間にか人がいなくなったT字路。正面に河を望む車道に悠然と立ちながら、クリスは空と十数時間ぶりに再会した。

 

「どうした?まさか警戒警報が何を意味しているか、分からない訳じゃないだろう?」

 

手に薄汚れたぬいぐるみを持って、腰元まで伸びた髪を風に揺らしながら、酷く呑気な声がクリスの鼓膜を揺らす。

 

それが、クリスの癪に障った。

 

「…………んでだよ」

「あ?」

「何で、こんな所に呑気に突っ立ってんだよ!!街のあちこちに“ノイズ”がいるってのに!!何で助けようとしねぇんだよ!!」

 

此処にいるという事は、即ち怪我は回復したという事なのだろう。

だというのに、空はカジュアルな私服のまま、そこに佇んでいる。

 

無力な人間を、無関係な連中を助ける力があるのに。

 

「それとも何か!?この機会にアタシを始末しようっていう算段かよ!?アタシを殺して聖遺物を奪って……その為なら、他の奴が何人死のうが知った事じゃねぇってのかよ!?アァッ!?」

 

激昂のまま、クリスは空の胸倉をつかんだ。

こんな時ですら冷然としているその顔面に、拳の一発でも叩き込んでやろうかと握り拳を作った矢先、

 

「アイツらは“お前を探す為に”動いている……だから俺は此処にいる」

 

空の言葉に、今度こそクリスは自分の中でナニカが崩れ落ちる音を聞いた。

 

「無暗にシンフォギアの力を振り回しても、余計に被害を拡大させるだけだ。なら初めから、此方が迎撃し易い場所に出来るだけ“ノイズ”を集めて一気に叩く……そういう判断が下された。それだけだ」

「は、ははは…………何だよ、それ」

 

分かっていた。これがフィーネの仕業だという事も。

分かっていた。これが自分の招き寄せた災いだという事も。

 

分かっていながら、知っていながら、しかしクリスはそれを理解する事を心のどこかで拒んでいた。

 

認めてしまえば、今度こそ自分は立ち上がれなくなってしまいそうで。

 

「違う……違うんだ。アタシの望んだ事は、アタシのやりたかった事は、こんな事じゃ……!!」

 

だが、最早事ここに至って、クリスは認めるしかなかった。

 

自分の所為で、自分の我儘で、自分の甘えで、多くの命が奪われかけているのだという事を。

あの時の様に―――そして、今も。

 

「なのにアタシは、いつも……いつも!!いつもォッ!!!」

 

嗚咽はやがて涙と共に洩れだし、クリスはその場に座り込んで泣きじゃくった。

 

全てが、自分の所為なのだ。

どれだけ“平和”を願おうと、罪深い自分が在る限り、それが叶う事は決してない。

 

そう告げられている様で―――全てが、壊れてしまいそうだった。

 

 

 

―――ポン、と。

何かが自分の頭を撫でる様に触れた。

 

「持ってろ」

 

告げられて見やれば、そこにあったのは件の薄汚いぬいぐるみ。逃げる途中で誰かが道端に落としたのだろう。所々破けたり、泥に塗れたり、踏まれて形の変わっている個所もあった。

 

それでも、不思議と温かい。

何故かはわからない。だが、気づけばクリスはそれを両手で抱きよせながら、仰ぐ様にして空を見た。

 

「二つだけ言っておく事がある。街の中は、既に翼と響が“ノイズ”駆逐の為に走り回ってくれている」

 

そして、二つ目。

 

ドクン、と力強く脈打つ鼓動音が、クリスの耳朶を震わせる。

 

「“これ”は、お前の所為なんかじゃない」

 

瞬間、烈風が吹き荒れる。

思わず身体を抱きかかえる様に蹲ったクリスは、やがて涙の伝った頬を撫でる様な風に顔を上げた。

 

其処に脚立していたのは、何時か見た“騎士”。

気高く悠然と存在し、何人をも凌駕するかの様な威圧感を放つ、空。

 

黄金の剣が、静かに構えられる。

呟く様に、空は言った。

 

「―――16beat,stand by “Excalibur”」

 

刹那、空の身体が黄金の光に包まれる。

構わず突撃してきた“ノイズ”達は、しかし一瞬にして炭素の塊となって吹き飛んだ。

 

余りの眩しさに眼を閉じていたクリスが再び眼を開けると、現れたのは騎士甲冑に身を包んだ青年の背中。

眩いばかりの黄金の髪を風に揺らし、荘厳な輝きを放つ剣を片手に構えて、静かに告げた。

 

「だから、泣くな」

 

―――金光、一閃。

 

横薙ぎに振り抜かれた剣の軌道線上にいた“ノイズ”は、一瞬の間をおいて真っ二つに切り裂かれた。

 

 

 

 

 

 

蹴散らした“ノイズ”の数が百を超えた辺りで、空は脇腹を抉る様な激痛に顔を顰めた。

 

(くそっ……たれっ!!)

 

勢いのまま、剣を振るう。

目算で未だに三十以上残る“ノイズ”を蹴散らすには、体力的にも時間的にもかなり厳しい。

 

(シンフォギアの展開が持つかどうか……迷ってられるか!!)

 

ビートを更に引き上げる。

必殺の一撃―――『星天衝滅(エクスカリバー)』を放てば、この場に残る“ノイズ”は駆逐出来る。

その後、シンフォギアの装甲が持つ保証は限りなく低いが、そんな事を考慮していられる程空には余裕がない。

 

今回の出撃とて、弦十郎の反対を押し切って半ば命令違反の格好で飛び出したのだ。

 

身体が万全でない、などという理由で弱音を吐く訳ではないが…………兎も角、この一撃で決めてしまえば何の問題もない。

 

――――――その時、僅かに注意がそれた空中から、飛行タイプの“ノイズ”が矢となって振って来た。

 

「しまっ……!!」

 

途切れた集中は、それまで集束させていたエネルギーを一瞬で霧散させる。

そしてその気を逃してくれる程、統制された“ノイズ”は甘くはない。

 

実に十にも上る“ノイズ”が、次々と弾丸の様に迫り来る。

 

咄嗟に剣を盾の様に構える―――よりも早く、空の耳朶を“歌”が打った。

 

瞬間、空の背後から無数の銃弾が“ノイズ”に降り注いだ。

銃撃はそれだけに留まらず、更に周囲に展開していた“ノイズ”すらも次々と薙ぎ払う。

 

その光景に呆気にとられていた空の背中を、クリスの掌が音を立てて叩いた。

 

「ご覧の通りさ。アタシの事はいいから、他の奴の救助に向かえよ」

 

クリスの言葉に、空は前に彼女と会った時に呟いていた言葉を思い出した。

 

『歌は嫌いだ』

『特に、壊す事しか出来ないアタシの歌はな』

 

雪音クリス。

父がヴァイオリニスト、母が声楽家という音楽界のサラブレッドとして二課から注目されていた彼女にとって、“歌う”事が“戦う”事と同義であるシンフォギアは、どの様に捉えられただろうか。

 

「だが……!」

「―――頼むから、アタシに優しくしないでくれ」

 

尚も喰い下がろうとする空を一瞥する事もなく、懇願する様な言葉だけを残して、クリスは大きく飛翔する。

黒と赤に彩られた、破壊と殺戮の“歌”を響かせて。

 

その姿を、空はただ見つめる事しか出来なかった。

 

 

 

 

 

 

作戦の終了後、空は弦十郎に簡易的な報告を済ませてから街外れに歩を進めていた。何やらえらく吹っ切れた様子の響と未来が揃って頭を下げてきた時は何事かと思ったし、病みあがりでいきなり戦闘するなんてと翼に説教をくらったりと色々あったが、流石に河を挟んで街の対岸にある公園まで来ると、昼間の激戦が嘘の様な静けさだった。

 

手近な所にあったベンチに腰掛けて、満天の夜空に浮かぶ星を眺めた。

 

―――と、背もたれ越しに誰かが後ろに立ったのを察知し、空は振り返ろうとして、

 

「振り向くな」

 

むぎゅ、と顔にぬいぐるみを押しつけられた。

 

「……クリスか」

「な、名前で呼んでんじゃねぇよバカ」

「じゃあ雪音。何の用だ」

「…………」

 

名前で呼ぶなというから名字で呼んだら、やたら空気が重くなったのを空は感じた。

何故だ、と疑問符を浮かべて黙る空に、クリスは口を開いた。

 

「……礼は言わない。アタシは別に助けを求めた覚えはねぇからな」

「そりゃそうだ。だから俺も“援護してくれて有難う”なんて口が裂けても言わない」

 

減らず口を叩くと、クリスは空の横に昼間のぬいぐるみを置いた。所々破けたりしているが、それでも泥は大分落とされている。

 

「これを返しに来ただけだからな。さっさと持ち主に渡してやれよ」

「それがあの後聞いて回ったんだが、ぬいぐるみの持ち主が見つからなかったんだわ。だからそれ、預かっておいてくれないか?」

「……いらねぇよこんな不細工な猫」

 

言いながらも、後ろの気配が消える様子はない。

空は背中を向けたまま立ちあがり、河辺に向かって数歩進んだ。

 

「なぁ、クリス」

「だから名前で呼ぶなって―――」

「俺と一緒に来ないか?」

 

背後で、息を呑む音が聞こえた。

 

「戦いたくないなら戦わなくていい。壊したくないなら壊さなくていい。傷つくのも傷つけるのも、これ以上苦しまなくていいから……だから、俺と一緒に二課に来い。俺は、俺達は、お前を“助けたい”んだ」

「…………綺麗事だな。お前が、アタシの何を知っているっていうんだよ!?」

「何も知らないさ。だからこそ知りたい。どうしてお前は“泣きながら”戦っているんだ?」

 

振り返らずとも、空には感じて取れた。

 

戦いたくない。

傷つけたくない。

壊したくない。

 

泣く様に叫ぶクリスの声が。

同じ様に叫ぶ人を知っているからこそ、余計に理解し得てしまう。

 

「……今すぐ決めろとは云わない。だけど」

「――――――言った筈だ。アタシに、優しくしないでくれ」

 

吐き捨てる様な声音を残して、気配は遠のいていく。

完全に人の気配がなくなって、自分一人しかいなくなった空は、ベンチを見やった。

 

先程まで其処に置かれていた不格好な猫のぬいぐるみは、なくなっていた。

 

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