件の激戦から数日後、響は未来を伴って機動二課の本部を訪れていた。
と、何時か空が翼を宥めていた自販機の前で、その空と翼に、翼のマネージャーである緒川慎次と男性オペレーターの藤尭朔也が談笑している場面に出くわした。
会話の内容こそ他愛無い事ではあるが、慎次にしてみれば喜ばしい事である。
以前の―――奏が死んで暫くの間、幼馴染である二人は殆ど会話も交わさなかった。響が来て間もない頃も、こんな風に何の目的もない世間話に花を咲かせる姿など、想像する事など出来なかった。
(変わったのか……それとも、変えられたのか)
今日は弦十郎に翼のメディカルチェックの結果報告を行ったら、早々に次の仕事に取り掛かる心積もりだったが、これは思わぬ形での嬉しい誤算である。
知らず、慎次は頬を緩めていた。
「あ~ら、いいわね。ガールズトーク?」
と、其処にご機嫌な調子の了子が歩み寄って来た。
「若干名……つぅか、半分は男子な訳だが」
悩みを共感してくれそうな空が、同じ様に軽く頭痛を覚えた表情を浮かべている。
そんな男子二人の呟きを余所に、了子達はノリノリの調子で定番の恋バナに話題を移す。慣れているのか、朔也は一瞥もくれずに缶コーヒーを飲んでいた。
「命短し恋せよ乙女って言うじゃない?それに女の子の恋するパワーって凄いんだから!」
「女の子、ねぇ……?」
反射的に呟いてしまったそれが慎次の耳朶を打った瞬間、顔面に火花が散った。
「い、っ……てぇ……!」
「なんで、僕まで……!?」
心の中で思っただけだったのに、と痛む鼻を押さえながら慎次は隣を見た。
身内な分、割と容赦ない一撃に悶絶する少年が其処にいた。
というか、一歩間違えたら自分だった。
「ま、まぁ私も忙しいから、後は其処で這い蹲ってる甥っ子の初心な恋バナでも話のタネにしてちょうだい」
「……自分から割り込んできた癖、に゛っ!?」
裏拳の次は足裏が空の顔面を見舞った。
慎次は流石に被害を免れたものの、未だにズキズキと鼻が痛む。
身内な分、本当に容赦されない少年が其処にいた。
というか、空だった。
「兎にも角にも!出来る女の条件って言うのは、どれだけ素敵な恋が出来るかに尽きるって訳。ガールズ達も、翼ちゃんみたいにイイ恋を見つけなさいよ?」
「って、さっ、櫻井女史!?」
「それじゃあね!バッハハ~イ」
嵐の様に来て、嵐の様に去っていく白衣の女性が其処にいた。
というか、何か地雷を撒きに来た櫻井了子だった。
「聞きそびれちゃったね……」
「むぅ……ガードは硬いか。でもいつか、了子さんのロマンスを聞きだして見せる……その為にっ!」
了子の背中を見送った響は、がばっと翼に全身を向けた。
思わぬ所から飛び出した爆弾発言に唖然としていた翼が我を取り戻すと、何故か期待に眼をキラキラと輝かせる響が鼻先の擦れそうな程傍にいた。
「翼さんっ!!まずは翼さんのロマンスを聞かせて下さい!」
「え……えぇっ!?」
「あ、私も興味あります!大鳳さんとの馴れ染めとか、色々!」
今までにない形で人に迫られて、困惑する少女が其処にいた。
というか、顔を真っ赤にした翼だった。
◆
朔也が気を利かして持ってきてくれた濡れタオルで顔を冷やしつつ、空は響と未来に詰め寄られてしどろもどろになっている翼を見やった。
あの後、何故か話題が翼の恋バナに移り、あれやこれやと根掘り葉掘り聞かれている翼を傍目に、自分と翼の年齢一桁台の折の“あれ”を翼がうっかり口を滑らせたりしなければ、空としては何を話されようと別に構わなかった。
自分が奏に惚れていた事とか。
翼が――自惚れでなければ――自分に惚れている事とか。
なので空は、一応当事者でありながらも酷く落ち着いた雰囲気でコーヒーを啜り、
「じゃあじゃあ!お二人の初キッスは何時だったんですか!?」
翼と全く同じタイミングで机にコーヒーをぶちまけた。
「ちょ、響!いきなりそんな事を聞くなんて失礼でしょ!?」
「つ、翼さん!?それに空さんも大丈夫ですか!?」
「けほっ……っ、誰の所為だ、誰のっ!」
先程までのテンションそのままに激昂出来る翼と違い、空は割と深刻に咳き込んだ。
(言えない……年齢一桁台で押し倒し気味に奪ったとか、とてもじゃないが言えない)
更に云えば、未だ告白もしていないどころかお互いの気持ちを確かめ合ってもいない、もっと言ってしまえば好きかどうかも微妙な時にやらかしてしまった記憶を思い起こし、背中を擦ってくれる慎次の言葉も耳に入らず空は冷や汗を垂らした。
「けほっ……というよりも、人の話をする前にまずは自分から話すのが筋というものじゃないのか?」
「翼さん、察してあげて下さい」
「翼、防人には優しさも必要だぞ」
「二人して酷いっ!?というか私は未経験で固定されているっ!?」
何を今更、とでも言いたげにしれっとした二人に響は愕然とした表情を浮かべた。
「じゃあ何かあるのか?」
「え、えーっと……………………わ、私の事より!翼さんと空さんの話をもっと聞きたいです!未来もそうだよねっ!?」
「そうだね。響の残念な恋愛経験を語るよりも、そっちの方が私も聞きたいです」
「“残念”?“皆無”の間違いじゃねぇのか?」
「空さん酷いっ!?」
「私だって!私だって恋の一つや二つーっ!」と叫ぶ響を華麗にスルーして、当たり障りのない話題を検索した未来は口を開いた。
「じゃあ、お二人の初デートって何時ですか?」
無言の帳が下りた。
否、正確に云えば無言だったのは最初の数秒だけで、やがて二人揃って黙然となってそれぞれコーヒーを啜り直した。
「えっ……と?」
「あ、あのー……お二方?」
「――――――翼、そろそろ次のスケジュールが迫っているんじゃないか?」
「――――――そうね。緒川さん、そろそろ行きましょうか」
「いやその理屈はおかしい」
思わず敬語を忘れてツッコミに奔った響の言葉に、慎次が苦笑交じりに告げた。
「翼さんは言わずもがな、空くんも何かと忙しい身ですから、二人だけで何処かに出かけた事なんて、今まで一度もない―――」
「あ、虫が」
言い掛けた慎次の顔面目がけて、空の裏拳が飛んだ。
背もたれのないソファだったのでそのまま後ろに倒れ込んだ慎次を余所に、空と翼は揃ってコーヒーを啜った。
「お、緒川さんっ!?」
「あれ、何かこの光景デジャブ……」
◆
で、その数日後。
空は何故か、駅前の噴水広場中央に設置された時計台の前にいた。
(…………何故だ)
当初の予定時刻を三十分も過ぎている事に苛立ちを覚える余裕など、今の彼にはない。
何故こんな時間に、こんな場所に、こんな格好でいるのかという事を考える余裕もまた、今の彼にはない。
休日である事から、周囲をぐるりと見回せば群れる様に男女のカップルが見受けられる。中には自分とそう年の変わらないカップルも見られ、無性に空はこの場から逃げ出したくなった。
(―――――これなら、姉さんの実験を二十四時間ぶっ通しでやった方がまだ耐えられる……!)
あれは肉体的疲労で済むが、これは精神的疲労が現在進行形で蓄積中である。不謹慎ではあるが、今すぐにでも“ノイズ”が現れて欲しいと願ってしまう程度には、空は追い詰められていた。
と、広場の一角から「おぉ……!」という男達の感嘆の声が洩れでた。
そのまま男達の視線を釘付けにして、ゆっくりと空に一人の女性が歩み寄る。
「ま……ま、待っ、た?」
声の主――――――風鳴翼は、平素とは一線を画した、誰もが振り返る様な美しさを振りまきながら、顔を真っ赤にして空に問いかけた。
◆
「どうやら、最初のミッションは無事に済んだ様ですね」
「はい。でもこれからですよ……!」
丁度、駅前の広場が一望できるカフェに席をとったサングラスの青年と少女が、強かな笑みを浮かべた。
「移動する様ですね……コードネームヤマト、行きます」
「了解……コードネームマドカ、作戦を開始します」
「響……緒川さんまで、もう……こんなの絶対おかしいよ、わけが分からないよ」
翼と空のデートを画策した二人―――響と慎次のヤケにノリノリな演技に辟易としながらも、結局未来もまたサングラスをかけて二人の後を追いかける。
「ふっふっふ……今日の為にとあれこれ計画したプラン――――――題して『翼&空!二人はラブラブ!初デート大作戦!!』の遂行の為、全力を尽くしましょう緒川さ……コホン、ヤマトさん」
「そうですね。折角ですから、二人には思いっきり楽しんで貰わないと……急ぎましょう、マドカさん、スバルさん」
「……ずっと気になっていたんですけど、何処からそのコードネーム引っ張って来たんですか?」
「何となくイメージですね。あ、此処にカモフラージュ用の執事服とウィッグがあるんですけど、つけますか?」
「何処の世界に街中を闊歩する金髪の執事がいるんですか……っ!」
「そうですよヤマトさん、此処はやっぱりこっちの修道女っぽい服の方が……!」
「いいえ、でしたらこの浴衣を……!!」
「だったらいっそ顔ばれしない様にこの竜の着ぐるみで……!!」
「もうっ!!二人ともいい加減にして下さいっ!!!」
――――――結局、余りに大騒ぎしすぎて直ぐに空達に尾行がばれた三人であった。