Eternal Blaze -永遠の輝き-   作:茶々

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第二十二小節 Ordinary Day

 

女三人寄れば姦しい、とはよく言ったものだ。

 

すっかりガールズトークに花を咲かせ、店内の洋服をあれやこれやと見立てている翼達を横目に、空はそんな事を考えていた。

 

「何だか、すっかり蚊帳の外ですね」

 

人数分の飲み物を買ってきた慎次が、空の向かい側に座った。

視線の先では、フリルのたっぷり付いたドレスを着せようと迫る響に戸惑う翼が、悪ノリした未来に説得されている光景があった。

 

「俺は別に帰ってもいいと思うんですが……」

「ダメですよ。折角翼さんと息抜きに出かけたんですから」

 

手に取った缶コーヒーを思わず落としそうになりつつ、空は蓋を開けて缶を傾けた。

途端、まるで味のない色つき水を飲んだかの如く辟易とした表情を浮かべた空は、一口だけ飲んだ缶をテーブルの上に置いた。

 

「気に入りませんでしたか?」

 

やはり無糖より加糖の方が良かったでしょうか……と神妙な面持ちになっている慎次に向かって、空は口を開く。

 

「緒川さん……別に敬語は使わなくてもいいんですけど」

 

空と慎次との付き合いは、決して短くはない。

少なくとも、遠慮や他人行儀といったものとは無縁の仲であると空は確信している。

 

だが、慎次は僅かに微笑んでゆっくりと首を横に振った。

 

「いいえ、“これ”の方が随分と楽ですから気にしないで下さい」

「……ああ、そうですか」

 

空は大人しく口を噤んで、視線を店先―――翼達の方に戻した。

 

が、妙な事に其処には翼達の姿はなく、代わりとばかりに携帯を開いたまま店先で人を探すかの様な行動を見せる数人の若い男女がいた。

 

「……おいおい」

「随分と情報が早いですね…………場所を変えましょうか」

 

大方、偶然翼の姿を見かけた人間がネット上に情報をばらまいたのだろう――――――改めて“アーティスト・風鳴翼”の人気の高さを窺い知り、空は嘆息した。

 

 

 

 

 

 

数人のファンを撒き、奇矯極まりなかった響達の服を現地調達し、次いでとばかりに響と未来が薦めた翼の新しい服を赤面混じりの空に評価させたり購入させたり、慎次が通信機らしき黒い物体で何やら指示を飛ばしたりしながら、気づけば昼の二時を回ろうかという時間になっていた。

 

食べ歩きの類とは全くと言っていい程無縁だった空と翼が、響達の薦めるクレープの屋台に興味津々だったり、初めて立ち寄ったゲームセンターで響が異様な声を上げながら貯金箱ことクレーンゲームに電子マネーをつぎ込んだり、勢いそのままにプリクラへと突貫する少女達を前に回れ右しようとしてあえなく捕まった空がゲームセンターを出る時には顔を真っ赤にしていたり、何故か翼も同じ様に頬を赤らめていて二人揃って慎次に生温かい目で見られたり…………と、何処にでもある極々平凡な、休日を存分に謳歌する少年少女の姿がそこにはあった。

 

それこそ体力のなくなるまで遊び倒した四人は、街外れの高台に足を運んだ。

 

慣れない事ばかりの一日ですっかり疲れた空や翼とは対照的に、未だ元気に満ち満ちている響と未来はあっさりと階段を上り切っていた。

 

「大丈夫か、翼?」

「ええ……大丈夫」

 

言うが、息を切らして手摺を伝うその様は目に見えて疲労している。かくいう空も時々咳き込んでは額や頬を伝う汗を拭っていた。

 

やがて何かを言う訳でもなく、空は翼の手を握った。むんと力を入れて階段を力強く踏みしめると、翼を引き上げる様に階段を上る。

何かを言い淀む様な翼の気配を感じたものの、結局は口を噤んだらしき翼に一瞥をくれてから空は前を向き、やがて二人揃って最上段を踏みしめた。

 

「ふぅ…………」

 

酷く気だるげな声が口を衝いて出る。

 

頬を撫でる風に顔を上げて周囲を見渡せば、其処は公園だった。子供用のアスレチックがあって、二人分のブランコがあって、木々に囲まれたその空間は、きっと日中であれば子供達が元気にはしゃぎまわるであろう光景が容易に想像できる。

 

そして、響と未来はそんな二人を迎える様に並んで立っていた。

 

今日は知らない世界ばかりを見てきたようだ、と、隣に立つ翼が漏らした。

そんな事はない、と、響は翼の手をとって高台の端の方へと走りだす。つられる様に空も、そしてそんな三人を見守る様に未来も歩いて、街を望んだ。

 

夕陽に照らされたコンサート会場、空と翼の待ち合わせた時計台、四人で遊んだ複合施設、何時だったか響が話していたお好み焼き屋「ふらわー」がある商店街。

 

昨日に翼達が戦ったからこそ、今日にみんなが暮らしている世界が其処にはあった。

 

そんな世界を見つめる翼に、響は笑顔で言った。

 

「だから、“知らない”なんて言わないで下さい」

 

その言葉に、改めて翼は街を見た。

 

「“戦いの裏側”、か…………」

 

――――――戦いの裏側とか、その向こう側には、また違ったものがあるんじゃないかな。

――――――アタシはそう考えてきたし、そいつを見てきた。

 

「本当に凄いよな、奏は……」

 

手摺にもたれかかる様にして翼の隣に立った空が、独り言の様に呟いた。

応える事も無く、二人は同じ様に夕陽を眺めた。夕陽色の、あの快活な少女を思い起こす様に、ぼんやりと。

 

「……翼」

 

ややあって、空が口を開いた。

だが、その先の言葉を先読みする様に―――或いは、同じ事を想っていたのか。翼が続ける様に言葉を紡いだ。

 

「今度、また一緒に来よう」

「……ああ」

 

一瞬、驚いた様に。

だが、やがて笑顔と共に頷いて、どちらともなく笑い合った。

 

幼い頃に返った様に、夕陽に照らされながら伸びた二つの影は、とても柔らかだった。

 

 

 

 

 

 

数日後、嘗て“ノイズ”との戦いで半壊したステージは改修を終えて、その除幕式に合わせたミュージックフェスにて、アーティスト・風鳴翼はその復活と、海外での活動を公表した。

それまで“みんな”の為に歌ってきた翼は、その中に“自分”を、歌が好きで好きで堪らない“風鳴翼”を加えたいと……言葉こそ少なく、しかしその一言一句に思いの丈をありったけ込めた気持ちを告げた。

 

それまで、誰にも言わなかったたった一つの我儘。

だからどうか、許して欲しい――――――と、彼女は言った。

 

答えなど、初めから決まっている。

 

「―――許すさ、当たり前だろ?」

 

湾岸の貨物置き場で、炭素の塊となって消えていく“ノイズ”達を見つめながら、空は一人、呟いた。

 

翼が、自らの“戦い”に専念出来る様にと嘆願して。彼女の支えとなりうる響に、翼を見守る様に頼んで。

黄金の斬撃は大地を抉り、空を照らし――――――そして、空はたった一人で戦っていたクリスと、図らずも再会する事となった。

 

だが“ノイズ”を残らず駆逐した時、彼女は姿を消していた。

泣く様に叫び、悲しむ様に吼えるその影に、空は手を伸ばす事は出来なかった。

 

空の耳に、通信機越しの歓声が響く。

翼の決意を祝福し、涙ながらに応える彼女の声が、空の耳朶を打つ。

 

「翼…………」

 

何時も隣にいると思っていた。そして、もっと高く―――もっと綺麗に輝けると、そう信じていた。

だから、俺は――――――

 

「ッ!?」

 

突然、濁流の様に押し寄せた激痛に、堪らず空は膝から崩れ落ちた。

ぐらついて霞む視界の中、ずきずきと抉る様に音を立てて軋む眼底に神経が焼き切れそうになる。

体液が逆流する様に、口から吐瀉物を吐きだす。空っぽになっても尚こみ上げる嘔吐感に、空は血の入り混じった胃液を吐いた。

 

「く、そっ……たれっ……が!!」

 

痛みだけを残して、意識がやがて薄れていく。

 

未だに鳴りやまぬ歓声が鼓膜を震わせながら、空の意識は掻き消えた。

 

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