星の輝きを束ねた聖剣。
数多の騎士物語の頂点に君臨する宝剣。
そして―――選ばれし王を選定する、奇跡を宿した剣。
「星天(エクス)―――衝滅(カリバ)ァァァァァァッ!!!」
その名を冠した斬撃が、雷鳴の様に轟いて―――次の瞬間、天高く聳えた異形の巨塔、カ・ディンギルの砲身を切り裂いた。
行き場を失った膨大なエネルギーは暴走し、そして一瞬の間を置いて、轟音と共に爆発。
その爆風によって、周囲に無造作に転がっていた瓦礫は何十、何百メートルと吹き飛ばされた。
爆心地たるリディアン音楽院跡で、間近で起こった唐突過ぎる光景に呆然としていた翼は、自分に背を向けて立つ“二人”の姿を視界に収めた。
「あ、ぁあ…………っ!!」
あり得る筈がない、と思っていた。
全てを受け入れ、死すら覚悟した心の何処かで、それでも求め続けていた姿がそこにあった。
黄金の光を纏うのは男。柵を取り払った様にその髪は肩口程の短さまでざんばら気味に切られ、それ自体は金糸の色を失ってこそいたが、纏う鎧、そして手に携えた聖剣の輝きはむしろ以前よりも清廉として力強い。
紅蓮の光を纏うのは女。夕陽の中ですら尚映える豊かな髪を風に揺らすその姿を、ずっと合わせて戦い続けてきた背中を見間違える筈もない。万象の神が携えた神槍は、その気性を示す様にうねりを上げている。
夢でも幻でもなく――――――“彼”と“彼女”は、確かにそこに存在していた。
「馬鹿な……何故自我を取り戻せた!? 何故、死んだ筈の人間が其処にいる!?」
驚愕に目を見開くフィーネを余所に、
「え、えぇぇえぇえぇぇえええぇぇっ!?」
「チッ……ったく、遅ぇんだよ!」
驚き過ぎて痛みすら忘れていそうな響と、動揺しながらも悪態をつくクリスを一瞥し、
「そ、ら……かな、で……?」
翼の、言葉とすら思えない程自然と洩れでた雑音が紡いだ名に、二人は振り返った。
「―――よっ、翼」
「―――久しぶりだな、翼」
◆
時を同じくして、リディアン音楽院の地下に移動していた弦十郎達のモニターにもその光景は映し出されていた。
「空くん……っ! それに奏さんまで!?」
「何なのよ……何なのよこれ。訳が分からないわよ!」
弓美の言葉に同意しかけていた未来の耳朶を、幾つもの足音が揺らした。
「司令! 周辺区画のシェルターにて、生存者を発見しました」
慎次の連れてきた避難民の無事な姿に安堵の吐息を零した弦十郎―――と、兄妹と思しき二人組の片割れである少女が喜色を浮かべて声を上げた。
「お兄ちゃん! 助けてくれたお兄ちゃんだよ!」
「あ、こらっ!」
兄と思われる少年が制止するのも聞かず、少女はモニターに歩み寄って、其処に映る空に視線を注いだ。
と、画面の向こうで空達に駆け寄る様に映し出された響とクリスの姿に、今度は別の少女も声を上げる。
「お母さん! カッコイイお姉ちゃんだよ!」
「お兄ちゃん! お姉ちゃんもいるよ!」
声を上げてはしゃぐ二人の少女。
と、少年が自分の妹を抑えて、母親が少女に歩み寄った所で弦十郎が口を開いた。
「君達は、響くん達を知っているのか……?」
問いかけた矢先、弾かれる様に少女が口を開いた。
「あのねっ! お兄ちゃんとお姉ちゃんがね、一緒にお父さんを探してくれたの!」
「前に公園で迷子になった時、あの金ぴかの兄ちゃんが、歩けないってぐずってた妹を背負って、白い姉ちゃんと一緒にお父さんを探してくれたんです」
少女の言葉を補足する様に少年が言うと、続けざまにもう一人の少女が弦十郎に言った。
「カッコイイお姉ちゃんはね、私を助けてくれたの!」
「詳しくは言えませんが……あの子は、自分の危険を顧みず、娘を助けてくれたんです。きっと他にも、そういう人が……!」
少女とその母親の言葉に、思い当たる節があったのか弓美が呟いた。
「響の、人助け……」
立花響。
履歴書のプロフィールに『趣味:人助け』とでも書けそうな、お節介過ぎてお人好し過ぎて、危なっかしい友達。
「ねぇ、お兄ちゃん達、助けられないの?」
―――その友達が、今、命懸けで戦っている。
だというのに、このままで――――――このまま安穏と、ただ全てが終わるのを待つだけでいいのだろうか。
それで本当に、響の友達だと、胸を張って言えるのだろうか。
響は―――あの天然過ぎるお人好しなら、きっと咎めはしないだろう。短くともそれなりに付き合いのある弓美はその事を、その人となりを知っているからこそ、そう断言しきれる。
響だけではない。未来も、創世も、詩織も―――誰も、此処で動かなかったとして、責める者はいないだろう。
あんなアニメ的非実在的非現実的非常識的空間に、何の能力も持たない一般人が踏み込んでどうにかなる事なんてありえない。秘めたる力も脈々と受け継がれてきた血も何もない一女子高校生に、どうこうできるものではない。
――――――そして、そんな一般論を許容できる程、板場弓美はまだ大人になんてなりたくなんてなかった。
ギュッと、力強く拳を握り締める。
モニターの向こうで、響達が崩落したカ・ディンギルを背に激昂する女性を鋭く見つめる様に、弓美もまた、モニターに映る響達を鋭く見つめた。
◆
時間を僅かに遡り、地上。
「空さんっ!! 翼さんっ!!」
驚愕過ぎる光景に呆気に取られていたものの、いち早く正気に戻った響は慌てて三人の元へと駆け寄った。
「よぉ、立花……また随分と派手にやられたみたいだな」
「なーに他人事みたいに言ってんだよ。九分九厘お前の所為じゃねぇか」
やけにあっさりした返答をした空の脇腹を、隣に立っていた女性―――奏が小突く。
と、軽く切らした息を整えてから響は奏に向き直った。
「あ、あのっ! 天羽奏さんですよねっ!? 私―――」
「立花響、だろ? 空から色々と聞いてるよ」
言って、奏は人好きのする笑顔で「ありがとな」と礼を述べた。
「翼もこのバカも、見かけよりずっと危なっかしいからな。お前がいてくれて助かったよ」
「い、いえいえそんな! 私なんかいつも迷惑ばっかりかけて翼さんや空さんを怒らせてばっかりで……」
「こーら、“なんか”なんて言うんじゃないよ」
徐々に尻すぼみになっていく響の額に、奏は軽くデコピンした。
「長い間こいつらと一緒にいたアタシが断言してやる。お前がいてくれたから、翼も空もここまで戦ってこれたんだ。だから大人しく受け取っておけって、な?」
「は、はい……!」
「よし」と一つ頷いて、奏は視線を移した。
クリスに渾身のグーパンを腹に叩き込まれて悶絶している空をスルーして、先程から瓦礫の中にペタンと座りこんでいる翼に視線を向けると――――――泣いていた。
いや、正確に言えば涙を流しているだけであって嗚咽を漏らしている訳ではないのだが、それでも号泣と言えるレベルの涙が流されていた。
「―――翼」
そんな翼を、奏はギュッと抱きしめた。
肩越しに皆の顔が見える様にしてやって、赤子をあやす様に頭を撫でながら、奏は語りかけた。
「アタシは此処にいる。何時だって、翼がいて欲しいと思った時にアンタの胸の中にいる」
「だからさ」と奏は続けた。
「―――翼、アタシと一緒に歌ってくれないか? 両翼と、飛ぶべき場所が揃った“ツヴァイウィング”なら、どんな事でも乗り越えられるって、アタシはそう信じてる」
それは、今生に残した最後の未練だったのだろうか。
それとも、純粋に“歌手”として、歌を愛する者としての願いだったのだろうか。
奏にも、翼にも、空にも、それは分からない。
だが、たった一つだけ分かる事がある。
「…………うん!!」
ギュッと、握り返された手に伝わる熱に、知らず、奏は表情を緩めた。
――――――今、この刹那を、全力で歌い抜きたい。
ただそれだけ。
たったそれだけ。
その想いだけで、こんなにも胸の奥が熱くなって、力がこみあげてくる。
先程までの虚脱感も、無力感も、今はもう次元の彼方に飛び去った。
翼は憶えている。
この胸の高鳴りは、初めてのコンサートライブにも匹敵するものだと。
翼は憶えている。
この高揚感は、幾千、幾万もの観客を前に歌いきった時にも勝るものだと。
翼は、きっとこの先、生涯忘れない。
奏と空と、三人で共に歌えるのが、アンコールすら許されないこのラストステージだけなのだとしても――――――
歌い切った事を、決して後悔しない事を。