「―――アア……ア、アァァアアアァアアアアアアァァァァアァァアァアアアアアアア!!!!」
この世全ての怨嗟をかき集めた様な叫びだった。
幾千年にも渡る想いを、あと一歩で伝えられたというのに―――!!!
「お前達は、お前達はアァァアァアアア!!!!」
崩落したカ・ディンギルを背に、フィーネは殺意を爛々と滾らせた眼光を空達に向ける。
「何処までも忌々しい……!! 月の破壊はバラルの呪詛を解くと同時に重力崩壊を引き起こす! 惑星規模の天変地異に人類は恐怖し、うろたえ! そして聖遺物の力を振るう私の元に帰順する筈だった!!」
肩部から垂れた鞭を鋭く振るい、手近な所にあった瓦礫を粉々に砕いてフィーネは叫んだ。
「“痛み”こそが、人を繋ぐ絆!! たった一つの真実だというのに……ッ!!! それをお前は、お前達はぁッ!!」
雄叫びを上げるフィーネ。
その怒りに呼応する様に、鞭自体が意思を持ったかのようにしなり、空達を襲った。
「―――フッ!」
「ハァッ!!」
襲い来る鞭をいなす様に、空と奏の剣戟が火花を上げる。あらぬ方向へと飛んでいった切っ先は、やがて瓦礫と激突して破壊音を轟かせ、濛々と煙を上げた。
「アンタの言いたい事は分かった。だから今度は俺の番だ。コイツらより先に、誰よりも先に、まず俺がアンタに言いたい事がある」
剣の切っ先を向け、空は鋭い眼光でフィーネを見据えた。
否、その瞳が捉えているのは、眼前で射殺さんばかりに睨みつけるフィーネではない。
「俺はアンタの理想なんて知った事じゃない。世界征服だろうが、地球支配だろうが、人類殲滅だろうが、何でも好きにやればいい。そいつはアンタの人生で、アンタの勝手だ。俺がとやかく言えた事じゃない」
「だから」と、空の剣が音を立てて構えられる。
フィーネの眼光に真っ向から立ち向かう様に、空の瞳に怒りの色が宿った。
「俺はアンタをぶっ飛ばして、絶対に姉さんを取り戻す。無理だとか、無駄だとか、不可能だとか、そんな事は言うんじゃねぇよ。こいつは俺の人生で、俺の勝手だ。アンタがとやかく言えた事じゃない」
「……大鳳、空」
「―――無理だの無駄だの不可能だの、そいつを決めるのは俺だ。アンタじゃない」
夜の闇を照らす様に、浮かぶ月は、紅い。
刹那、風がやんだかと思うと、
「―――だから死ね、俺の為に!」
一瞬で距離を詰めた空の剣が、大上段からフィーネに襲いかかった。
「ええいッ!! くたばり損ないの分際でェッ!!」
薙ぎ払う様に振るわれた鞭がうねりを上げて空の身体を打ちつける。だが、その衝撃に吹き飛ばされるよりも早く、空の斬撃がフィーネの肩口から伸びる鎧の一部を砕いた。
轟音を立てて瓦礫に突っ込む空に向かって、フィーネは叫んだ。
「お前に分かるか!? 統一言語を奪われ! 想いを告げる事も叶わず! 幾千年もたった一人で抗ってきた私の気持ちが!! 恋心すら理解出来ぬお前達如きにッ!!」
「ごちゃごちゃ、うるせぇッ!!」
ガングニールを構えた奏が、フィーネに突進する。
咄嗟に鞭をしならせたフィーネと激突し、激しく火花が飛び散った。
「恋心も知らない!? 笑わせんじゃないよ!! こちとら齢一桁の時から現役の、恋も恋する少年少女だってぇのっ!!」
「この……亡霊風情がァァァァア!!」
激昂したフィーネの一撃に、堪らず奏も吹き飛ばされる。更に追撃する様に襲いかかった無数の斬撃の雨が、満身創痍の響達を巻き込んだ。
「クッ!」
「きゃあっ!?」
「チィッ!!」
空と奏の復活に幾らか気力を取り戻したとは云え、肉体面における蓄積されたダメージが回復された訳ではない。瞬く間に貫通したダメージは容赦なく三人の体力を奪い去り、遂には負荷に耐え切れなくなった鎧が砕かれた。
「フ、フフフ……!」
「フィィィィィィィィィネエェェェェェェエエェェェェ!!!!」
「フハハハハハハハハハハハハ、アハハハハハハハハハ!!!!」
瓦礫を吹き飛ばし、爆発的なまでの加速を以てフィーネに刺突を繰り出す空。
それを真正面から受け止め、歓喜と狂気とが入り混じったフィーネの嘲笑が、紅く染まった月に照らされた大地に木霊した。
◆
瓦礫と化した校舎での激突を最後に、それまでの動力回路が軒並み吹っ飛ばされた急造の本部。
状況を今一呑み込めない少女は、年相応の疑問を投げかけた。
―――ここから話しかけられないの?
少女の言葉に、自分達の無事を知らせる事を思いついた未来は緒川の案内によって、学校施設の動力部へと辿りついた。
此処の電源を入れられれば、或いは学校の機材を使えるのではないか。
そんな希望を阻む様に、動力部へと通じる道は非常用の小口を残して完全に塞がれていた。
「この向こうにある切り替えレバーで動力を送れば、学校側の設備が再起動できるかもしれません」
「でも、緒川さんだとこの隙間には……」
「あ、アタシが行くよ!」
何かを決意した様な声音で、弓美が声を張った。
だが、どれだけ力強く論理を立ててみても、好きなアニメの例えを引っ張ってきても、その声が震えている事に変わりはなかった。
それでも、彼女が意地を通さなければならない理由をあえて挙げるとすれば―――
「この先、響の“友達”と胸を張って答えられないじゃない!!」
そんな、実に年相応で、女前なものだった。
「―――点きました!」
「動力回復! 校庭のスピーカー、いけます!」
オペレーター二人の声に、本部では活気が取り戻されていた。
緒川達の行動の成功に僅かに安堵した表情を見せた弦十郎は、しかし即座に顔を引き締めて指示を飛ばした。
「状況を確認する、モニターを回復させろ!」
「はい!」
弦十郎の言葉に、朔也はコンソールを素早く弾いて操作を再開する。
そして間もなく画面が切り替わり――――――絶句した。
「な……っ!?」
そこに広がっていた光景は―――絶望。
無残な瓦礫と化した戦場で、赤い月の下で立っていたのは、強欲なる黄金を纏った女性――――――フィーネだった。
◆
掌から柄が零れ落ちた。
乾いた音を響かせたそれは間もなく砕け、首を万力の様に締めつける腕の主がニヤリと笑んだ。
「まだ抗うか? 欠陥品」
ギリ、と締めあげるそれに、身体が反射的に意識を取り戻す。同時に強烈な圧迫感と激痛が五感を駆け巡り、声にもならない雑音が洩れた。
「どれだけ頭数を揃えようと、所詮は限定解除も為されぬ欠片ばかり……完全聖遺物たるこの鎧に歯向かう等、愚にもつかぬ行い」
霞む視界の端で、空は瓦礫の中に倒れ伏す翼達を見た。
誰もが傷つき、夥しい血を流し、倒れ……最早、誰一人立ち上がれはしないだろう事は想像に難くない。
「ましてやお前の聖遺物は、その根本からして“ズレている”」
「な、にを……っ!!」
「聖遺物の多くは、超先史文明期に造られた物が、伝説として残った物を指す。だが、英雄であれ悪徳であれ、それら全てに共通する事が一つだけある」
何時か、空に講義した時の様にフィーネは話を続けた。
「どんな聖遺物も、一つを以て完成している。だが貴様の“剣”は、“鞘”があって初めて完成する欠陥品なのだよ」
「ッ……ァ、ッ!」
「さぁ、答えて貰おうか。“鞘”は何処に在る?」
朦朧とする意識の中で、空は自分という存在が取り込まれていく感覚を覚えた。
意識を巡らせるな。
思考を浮かべるな。
本能が警鐘を鳴らす。
全てを見透かす様に、見通す様にある“彼女”は、それすらも搾取するつもりなのだ、と。
「抵抗は無意味だ。末端とはいえ、お前もまた我が血を受け継ぐもの。その意識の底に眠る“私”を揺り起こせば、お前と言う存在は消える」
内側から何かが引き上げられる様な感じがした。
もう五感は痛覚しか残っていない様で、ただただ濁流の様に痛みだけが全身を刺し貫く。
「安心しろ。お前の大好きな“家族”とやらの元に、この私が手ずから送ってやる」
足先の感覚が消えた。
手の指は果たして何本あっただろうか?
腰から下は、どんな形をしていた?
脳髄が塗り潰されていく。
“誰か”が笑っている。優しそうな笑顔で、こっちを見ている。
壮年の男女がいる。
年若い叔母がいる。
二人の少女がいる。
一人は赤い髪を揺らしている。
一人は青い髪を揺らしている。
その光景が近づいてくる。
其処に近づこうと、まるで底なしの水底に落ちて行く様に、空は全てを投げ出そうとして――――――
『お兄ちゃーーーん!! がんばれーーーっ!!!』
何時か、泣きべそをかいていた少女の声が割れ気味に鼓膜を揺らした。
◆
『クリスお姉ちゃん!! 負けないでーっ!!』
『響ィーッ!! 友達のアタシが!! 友達のアタシが!! 友達のアタシが頑張ったんだから、アンタも負けてんじゃないわよぉーッ!!』
『そんなに友達連呼しなさんなって……』
『響さーん! 皆さーん! 頑張ってー!』
『翼さん! 奏さん! 空くん! 響さん! こっちは無事です! みんなちゃんといますよ!!』
『今こそ正念場だ!! 踏ん張り所だろうがっ!!』
―――みんなの声が聞こえる。
いつか一緒に街を走った少女が。
いつも一緒に笑い合った友達が。
ずっと一緒に戦ってきた人達が。
『響ぃーーーーーーッッッ!!!!』
そして、一番の親友の声が耳朶を打った時。
知らず、響は拳を握り締めた。
「良かった……私、を……ッ、私達を、支えてくれる人達は、何時だって傍にいる……!」
そうだ。
この手は、武器を握る為にあるのではない。
この手は、他人と手を取り、分かりあう為にあるのだ。
ならば―――ならば自分が、こんな所で倒れていて良い筈がない!!
「みんなが頑張っているんだ……だから、まだ歌える……! 頑張れる!! 戦える!!!」
響の声に呼応する様に、彼女の身体が光を帯びる。
温かく、力強く、優しい輝きは、やがて柱の様に天へ向かって伸びていく。
そして、その輝きが他の場所でも伸びていた。
ある光は、深い海を、遥かな空を思わせる青。
ある光は、水平線上の夕陽を、大輪の花を思わせる赤。
ある光は、白銀の月を、真っ白な雪氷を思わせる白。
そして、ある光は―――――
「バカな……!? お前達の心は、聖遺物諸共折り砕いた筈! 何の力も持たないお前達に、最早抗う術などある筈が―――!!」
「舐めんじゃねぇっ!!」
天壌へと突き立つその柱は、黄金。
夕陽が照らす大地に、地平線の果てまで続く稲穂の様に。
晴れやかな青空の下で、不朽の栄華を誇る宮殿の様に。
月の輝きがあってこそ、その輝きの意味を知る事が出来る太陽の様に。
「俺達の力は、聖遺物に頼った借り物なんかじゃない…………どれだけ苦しくても、辛くても、それでも前に向かって歩いて行ける。その心の強さこそが、俺達の“シンフォギア”だ!!」
輝きは流星の様に飛び立ち、光はその身に新しい力を与える。
―――絶唱、シンフォギア―――
今、英雄は現世に蘇った。