多分あと二、三話……というか、最悪でも三月中には完結する予定です。
では、もう一息のお付き合い、宜しくお願いします。
一新された鎧を纏い、各部にあるスラスターの様な部位から生まれた翼で中空に飛翔して制止したまま、五人はフィーネと対峙した。
英雄という存在の定義が、幾千万の人々の希望が生みだした質量のある偶像だとすれば、今の五人は紛れもなく“英雄”そのものだった。
「高レベルのフォニックゲイン……ギアに引き出されたとはいえ、まだそんな力を隠し持っていたか」
(四の五の煩ぇっ! テメェなんかと一緒にすんな!!)
「念話までも……限定解除されたギアを纏って、英雄にでもなったつもりか!!」
叫びと共に、ソロモンの杖から放たれた粒子が“ノイズ”へと姿を変える。
(その杖……じゃあ“ノイズ”の大量発生ってのも、アンタが!)
(“ノイズ”とは、バラルの呪詛にて相互理解を失った人類が、同じ人類“のみ”を殺戮する為に生みだした自律兵器)
遥か昔、人が人を殺す為に創り出した異分子。
バビロニアの宝物庫の奥深くに封じられていたそれは、何時しか扉が開け放たれたまま放置され、以来幾度となく“偶然”世界に現れてきた。
だがフィーネは、それを“必然”へと変えて、純粋に力として使役したという。
(また訳の分からねぇ事を―――)
(来るぞ! 避けろ!)
言葉よりも早く、念話で発せられた警告と共に、フィーネの傍にいた“ノイズ”達が飛来する。
事もなげにそれを交わした空達だったが、
「堕ちろォッ!!!」
更に強い光と共に、ソロモンの杖が天空へと閃光を放った。
瞬間、四方八方に飛び散った光は次々と“ノイズ”へその姿を変え、瞬く間に大地は“ノイズ”に埋め尽くされた。
否、大地だけでなく、空もまた夥しい数の飛行タイプの“ノイズ”によって埋まり、見渡す限り“ノイズ”の極彩色に染まっていた。
「あちこちから“ノイズ”が……っ!!」
「おっしゃあ! どいつもこいつも纏めてぶちのめしてくれる!」
驚愕に顔を染める響を余所に、意気軒昂のクリスはあっという間に街の方へ飛んでいった。
その姿を勇ましいと捉えるべきかやんちゃと嘆息すべきか。
僅かに頬を綻ばせた翼の視界の端で、見慣れた黄金色が動いた。
「空?」
髪の色こそ様変わりしたが、その姿は以前と何ら変わりなく……いや、より力強さを感じさせる背中は、静かに何かを決意している様にも見えた。
やがて、聞き慣れた声音が鼓膜を震わせる。
「―――翼達は、“ノイズ”を頼む」
言って、両手を長剣の柄に添えた。
「あの人は、俺が倒す」
その一言が、どれだけの躊躇いを呑み込んだ上での言葉だったのか。翼は知らない。
というか、理解するつもりもなかった。
(……奏)
(おう)
念話すら介さず、アイコンタクトで互いの意思疎通を終えた戦友二人が手を振り上げた時、響はその背中を叩いて激励の一つでも入れるのかと思った―――が、
「なんでやねん」
「なんでやねん」
それまでの雰囲気を粉微塵に粉砕する一撃を空の後頭部に叩き込んだ。
しかも一人じゃなくて二人だから二撃だった。激励じゃなくてツッコミが二つだった。
「ッ……てぇなッ! なんなんだよいきなりッ!?」
「“なんなんだよ”じゃねぇだろこのバカ! 寝言は寝てから言えってぇの!」
「ハァッ!? バカって言う方がバカなんだよこのバーカッ!」
「なにをぉっ!? 小三の時、理科のテストで3点だった奴が偉そーにっ!!」
「そういうお前だって、小五の算数は2点だったじゃねーかっ!!」
「ああもう二人ともこれ以上恥を晒すのは止めなさいッ!!」
いきなり胸倉掴みあっての罵り合いが始まったと思ったら、翼が仲介に入って止まった。
流石翼さん、と響の中で翼への尊敬度がアップする。
「大人ぶってるけど翼、お前が一番酷いからな」
「そうそう。家庭科で毎年ワースト記録を更新してたし」
「先生からの一言は常に“掃除を頑張りましょう”だったからな」
「そ、その話は今は関係ないでしょう!?」
…………あれ、おかしいな。
響は、何か尊敬度アップと共に翼に感じていた『カリスマ』が誤変換されて『かりすま』となった様な気がした。
閑話休題。
「つぅかお前、何をそんなに肩肘張ってんだよ」
「あぁ?」
奏の言葉に、空は怪訝そうに眉を顰めた。
「お前は了子さんを“取り戻し”に来たんだろ?」
「……ッ」
その言葉に、奥歯を噛み締める様に空は表情を歪めた。
もう子供じゃないから、分かってしまうのだろう。
どう足掻いても、もう『櫻井了子』を取り戻せない事を―――
「そんなの、簡単じゃねぇか」
え、とどちらともなく声が洩れた。
キョトンとする翼と空を尻目に、まるで世間話でもする様な気安さで奏はニカッと笑い、空の胸に拳を衝き当てた。
「思いっきり“喧嘩”してこいよ。『家族』ってのはさ、血の繋がりだの好き嫌いだの、そんなもんじゃなくて、もっと簡単な事なんだよ」
「簡単な事……?」
「どんなに嫌っても、喧嘩しても……例え、二度と会えないんだとしても、根っこの部分でぶっとく繋がってる。それが『家族』ってもんだろ?」
そう言って、奏は笑う。
ややあって、つられる様に空も、そして翼も笑った。
「行ってこいよ。思いっきりブン殴って、ブン殴られて、最後に笑えりゃ満点だ」
「……違いない、な」
言って、空は自分の拳を奏の拳に突き合わせた。
そして、先程より随分と柔らかい笑みを浮かべる。
嗚呼、と翼は思い返した。
自分達の歩いてきた道は、多くの屍と、灰燼に満ちていたけれど―――――
「―――ちょっくら姉弟喧嘩してくるから、手ぇ出すなよ」
「おうっ!」
いつだって其処に、日だまりの様な彼女がいて。
だからこそ彼は、自分が大好きになったあの笑顔を浮かべていられたのだ。
◆
“ノイズ”が蠢く街の方へと飛んでいった翼達を背に、空はゆっくりと着地した。
剣を構えて相対する空を見据え、フィーネは片手に杖を携えて悠然としていた。
「……ハッ」
「何が可笑しい?」
嘲笑を浮かべるフィーネを空は訝しむ。
チラリと横目に見やれば、弦十郎や未来といった面々が地下シェルターから地上に出て、校舎だった瓦礫の向こう側に揃っているのが見えた。
「大鳳空……番外聖遺物“Excalibur”を宿し、大鳳理論の元にその力を発現させた、今代の聖剣の使い手」
フィーネは朗々と、まるで劇場の役者の様に言葉を紡いだ。
「だがその実態は、特定振幅を心臓の鼓動と同調させた人型兵器。聖詠を必要としない代償に自らの生体機能を削り続けたお前が、どうして今まで生き永らえられたのか、漸く合点が行った」
高々と杖を掲げたフィーネが、弦十郎達に聞かせる様に声を張り上げた。
「剣と対になる聖剣の鞘―――完全聖遺物“Avalon”。その在り処が、まさかお前の中だったとはなぁっ!!」
「ッ!? そんな、馬鹿な……ッ!」
声を上げたのは、空ではなく弦十郎だった。
弦十郎の反応に気を良くした様に、フィーネは弦十郎達に顔を向けて更に言葉を続けた。
「前任の風鳴訃堂も、よもや大鳳夫婦の乱行に気づく事はなかっただろう。まさか自らの息子の体内に完全聖遺物を埋め込む等と、誰が予想できる? 一歩間違えばその命など容易に喰らい尽くす兵器を、どう考えれば我が子の体内に埋められると思う? 人体を利用した、完全聖遺物の機動実験以外に考えられまい」
そして、フィーネは視線を再び空に向けた。
「此処まで言えば分かるだろう? どれだけお前がその身を、その命を削ろうと―――最大の肉親であるお前の両親すら、お前を愛してなどいなかったのだ!」
「空ッ!! 奴の言葉に耳を貸すなッ!!」
激昂する弦十郎を余所に、フィーネは更に追い打ちをかける様に言い放った。
「大鳳空、私に従え! 実の両親にすら愛されなかったお前が愛情などという下らない感情に縛られている限り、決して報われる事はない! 痛みだけが、人と人とを繋ぐ絆の在り方なのだ!!」
フィーネは手招く様に空に手を伸ばした。
それに応える様に、一歩、空はフィーネに歩み寄った。
「違う!! 好恵くんも遥も、君の事を愛していた! 研究の為に君が死んでも構わない等と、あの二人が一瞬でも考える筈がないだろうッ!!」
遮る様に声を張り上げる弦十郎を余所に、一歩、また一歩と空はフィーネに近づいていく。
「目を覚ませ大鳳空ッ!! 君は―――!!」
「――――――俺は、奏の事が好きなんですよ」
瓦礫の散らばる大地を踏みしめて、独白の様に空は呟いた。
「奏の事が大好きで、翼の事が大好きで、父さんや母さんの事が大好きで、立花も、雪音クリスも、弦十郎さんも、緒方さんも、藤尭さんや友里さんや、色んな人が、この街が大好きなんです。だから俺は、俺の命か、みんなの命か選べって言われたら、笑って自分の命を差しだせます」
「でも」と、空はフィーネにゆっくりと手を伸ばす。
殺意の欠片も感じられぬその動きに、フィーネは怪訝そうに眉を顰めたものの、その手を遮る事はしなかった。
「―――でも、俺の命か、『みんなが愛してくれた俺』か選べって言われたら―――」
空の手が、一粒の結晶を掴んだ。
濃い紫色の――――――嘗て、空が“唯一の肉親”に贈ったプレゼント。
「お前―――ッ!?」
フィーネが反応するより早く、弦十郎が何かを叫ぶより早く、薄く笑んだ空の手に握られた結晶が砕かれる。
刹那、爆発的に弾け飛んだエネルギー体が爆風の様に周囲を吹き飛ばした。
◆
響達が“それ”を見つけたのは、丁度最後の“ノイズ”の群れを倒した時だった。
『ぐおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおん!!!』
まるで、世界の終末を告げる様な咆哮だった。
慌てて学校の方を振り返り―――そして絶句した。
「なに……アレ?」
その異形の怪物を一言で形容するなら―――バケモノ。
泥の様に黒ずんだ身体は流体の様に形を変化させ、やがて長い鎌首と一対の翼を形作った。御伽噺に出てくる竜の様な見てくれだが、七つの首が捩じり合って作った一つの巨大な頭部には、十本の角が雄々しく生えている。
その正体が何なのかは分からない。
だが、肌を突き刺す様に感じるその空気を、響は知っていた。
「クリスちゃん、あれ……っ!!」
「ああ、さっさと行くぞ!!」
言葉を交わすまでもなく、クリスもまた“それ”を察知していたのだろう。
街に向かった時以上の速度で学校へと向かった二人は、別方向から同じく戻ってきた翼達と合流した。
「翼さん! 奏さん!!」
響が二人に声をかける。
だが、それに応えるよりも早く、翼は学校の方に向けた視線の先に“それ”を捉え、次の瞬間には放たれた鉄砲玉の様に学校へと飛んでいった。
「翼さん!?」
「おい翼! どうし―――ッ!?」
響達はその行動に驚き、そして翼の見ていた方へ視線を向け―――そして見つけた。
解き放たれた魔獣の足元。
瓦礫の山の中に倒れ伏す、一組の男女。
遠目からでも、見間違える筈が無い。
力なく倒れるその二人は、まるで互いに互いを守る様に抱き合っていた。
響の目元を、熱い何かが伝う。
これは夢か、幻か。きっと、先程の翼も同じ気持ちだったのだろう。
だから響は声を張り上げた。
感情の赴くまま、感激の想いを露わに、その名を叫んだ。
「―――了子さん!!!」