少年は泣いていた。
この世の全てを嘆く様に。
少年は鳴いていた。
この世の全てを招く様に。
少年は啼いていた。
この世の全てを嗤う様に。
血潮の海の真ん中で、家族も友も見殺して、たった一人生き残った。
なんと幸運な魂魄。
なんと奇運な救済。
なんと強運な存在。
―――――――なんと、悪運な宿命。
たった一人、生き残り。
少年(かれ)は嗤(うた)う、ただ嗤(うた)う。
そして、そのウタはウタわれる。
少年の声と共に、ウタわれる。
絶唱(わら)いと共に、ウタわれた。
◆
『―――お前の歌、いいな』
初めて会った時、そう言って彼は笑っていた。
真っ青な青空に向かって、その小さな手で空に浮かぶ太陽を掴もうとする様に、手を伸ばしながら。
『お前、名前は?』
人好きのする笑顔で、彼は問いかけた。
屈託のない……優しくて、温かい表情を、気づけば私はずっと追いかける様になっていた。
大鳳空(おおとりそら)。
私の大切な幼馴染で、大切な家族で――――――
私の、大切な人。
◆
開演の時間が、刻一刻と迫る。
気づけばあれだけ慌ただしく動き回っていたスタッフ達は既に舞台裏にすらおらず、機材だけが無造作に置かれた閑散とした空間が広がっていた。
奏から無事に携帯を取り返し、息抜きがてら買ってきたミルクコーヒー缶も空になって後はステージに往くだけとなっていた。
…………の、筈だったのだが。
(……っ、たくっ、なんで俺がコソコソ隠れにゃならんのだ)
別れ際の翼の表情がどうにも気になって仕方がなく、差し入れ用に買ってきたミルクコーヒー缶二つを持ったまま、俺は物陰に隠れていた。
何故かって?
――――――“アイツ”が動いているのなら、俺が出る幕はないからだよ。
「さて! 難しい事はダンナや了子さんに任せてさ、アタシらはパーっと……」
大きく伸びをしながら奏は言うが、未だに翼の表情は晴れない。どころか、時間が近づくにつれて更に不安な色が滲みでてくる始末。
人類の未来だとか、世界の命運だとか…………兎角、そんな御大層な見えない重圧に押しつぶされそうになるコイツを、果たして誰が真実“見て”やっているのだろうか?
――――――答えは、翼を後ろからギュッと抱きしめてやっていた。
「ッ…………」
「マジメが過ぎるぞ、翼? あんまりガチガチだと、そのうちポッキリいっちゃいそうだ」
「奏……」
家族にも言えない重圧がある。
家族“だからこそ”言えない事が、翼にはいっぱいある。
小さい頃から戦姫として戦う事を余儀なくされてきたコイツにとって、今や唯一の肉親である司令は二課の責任者。
そんな司令の立場を考慮して―――コイツはずっと、一人でその重荷を背負い込み続けてきた。
だが、そんなコイツを奏は変えてくれた。
肉親である司令にも、幼馴染である俺にも出来なかった事を、奏はやってのけた。
其処に聊か……………………その、嫉妬の類がないと云えば嘘になるが、それでもコイツの笑顔が増えた事に比べればその程度微々たるものだ。そんな感情、炭になって消えようと惜しくはない。
「アタシの相棒は翼なんだから……翼がそんな顔してると、アタシまで楽しめない」
手を握り、互いの温もりを確かめ合う様にしながら翼が口を開く。
「……私達が楽しんでいないと、ライブに来てくれたみんなも楽しめないよね?」
「分かってんじゃねぇか」
「――――――奏と一緒なら、何とかなりそうな気がする!」
仲良き事は美しき哉、とは誰かの言だが……
(…………やれやれ、だな)
何だか良い雰囲気になっている二人の邪魔をするのも何となく無粋な気がしてならなかったので、俺はすっかり温くなった未開封のミルクコーヒー缶二つを持ったまま持ち場に戻る運びとなった。
去り際、後ろ姿だけではあったが確認した――――――手を握り合い、大空へと飛び立つ決意を固めた二人の雄姿にエールを送りながら。
◆
立花響(たちばなひびき)は不幸な少女である。
……とは本人の談であるが、それでも友人が薦めるライブに来たと云うのに当日になってその友人がドタキャン、折角のチケットが勿体ないからという事から取り立ててファンであった訳でもない“ツヴァイウィング”のライブに参加した今日の事を鑑みれば…………幸か不幸かで云えば幸運な部類ではなかろうか。
何しろライブに来た事のない響は知らないが、友人である小日向未来(こひなたみく)が入手したチケットは発売当日即完売御礼で知られる“ツヴァイウィング”のライブチケット、しかも当日券ではなく前売り券。
熱狂的なファンであれば当日まで神棚に飾って、ライブ後も半券を神棚に飾って、その後丁重に保管する事請け合いな代物である。
それを偶然とは云え手に入れた彼女は幸福な部類であろう――――――いや、“あった”
ライブ会場に入ると、先程までの憂鬱加減は何処へやら。
響はすっかり、会場の熱気に呑まれていた。
何千、何万という観客がぎゅうぎゅうに詰め込まれた会場。その円形のホールを十字に切る様にして設営された特設ステージや、ステンドグラス調に誂えられたメインステージは、見ているだけでも胸が高鳴ってくる。
開始前からこの盛り上がりなら、ライブが始まったらどうなってしまうのか―――?
そんな疑問は、やがて照明が落ち、ステージに光が灯った瞬間に興奮と共に飛び去った。
前奏が始まった瞬間、巻き起こる歓声に数瞬とまたずに会場のボルテージは一気にMAXとなる。地上に人々のオレンジ色の光が溢れたかと思えば、天上から降りしきるのは純白の輝きと無数の白い羽。その中を飛ぶ様にして降り立つ二人の少女――――――風鳴翼と天羽奏の姿に、観客の興奮は極限まで高まった。天使の様に優美な姿は会場中央の十字路の真ん中へと降り立ち―――そして、“歌”が響き渡る。
それは、単純に1+1から導き出される従来の二重奏(デュエット)を遥かに超えた歌声。世界を創造した天壌の女神にも似た輝きが、歌声と共に耳から、目から、口から――――――五感はおろか、細胞の一つ一つに至るまで突き立てる様な音の力となって襲い来る。
躍動(ビート)は天をも衝かん程に高鳴り、駆ける二人がメインステージを背にした瞬間、音が消える。
――――――天井に奔る無数の光が空を割る。
違う、割れた先に出ずる夕陽の輝きこそが本物の天空(ソラ)。割れた天井はそのまま翼の様に広がり、少女達の羽となって輝いた。
逆光の夕陽は世界を照らし、少女達を祝福するかの様に雄大な輝きを放つ。翼を広げ舞い踊る二人は、手に手を携えて遂に羽ばたく。
それはまるで壮大な叙情詩の様であり、であれば天に祈る様な二人は差し詰め御伽噺の主人公、といった所だろうか。
時間にすればたったの数分。
しかしその数分の内に響の中を駆け巡ったのは、荘厳な神話の創生から終端に至るまでの永い物語。女神の誕生から翔躍へと向かう、余りにも美しく力強い詩(うた)。
(ドキドキして、目が離せない……!)
周囲の遍く観客が未だに興奮冷めやらぬ中、響はステージの上に立つ二人にジッと見惚れていた。
(凄いよ……これが“ライブ”なんだ!!)
初恋にも似た感覚。
激情の様に押し寄せるそれに酔いしれて、気づけば響は二人の―――“ツヴァイウィング”のファンになっていた。
「まだまだ行くぞーーーッ!!」
観客の興奮に応える様な声に、響は腹の底から興奮が込み上げてくるのを感じた。
滾るそれを抑える必要も意味もない。
思いっきり、今という時間を楽しもう。
――――――それが、幸福な“日常”の終わりであろう事など、今の彼女は知る由もなかった。