Eternal Blaze -永遠の輝き-   作:茶々

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第二十九小節 Avalon's Sheath

 

それは、とても遠い昔の物語。

世界がまだ、神の元で一つであった頃の物語。

 

神より啓示を与えられ、人々に神の御言を授けた一人の巫女は、あろうことか人の身でありながら神に恋焦れ、自らの想いを伝えようとした。

そして神の御言を偽り、天高くそびえ立つ塔を人々に造らせ、その頂に立たんと欲した。

 

巫子の言葉は即ち神の御言、と信じていた民衆は、幾千幾万の骸を重ねようと巫子の言葉通り、つまりは彼らが信じる神の御為と妄信して天高くそびえ立つ塔を築いた。

 

だが、その言葉を疑い、そして人々の骸に心を痛めた人間がいた。

巫子の甥であり、国一番の優れた剣士でもあった彼は、巫子に塔を築く事を止める様進言した。

 

しかし、己の想いに駈られた巫子は甥を捕え、その首を頂に添えて神への供物とする、と内外に宣言した。

巫子の言葉こそ真実と妄信していた民衆は、それまで人格者として崇め奉っていた彼を大逆者と謗り、その誇りを穢した。

 

間もなく、数え切れぬ程の骸を築き上げた果てに塔は完成し、剣士は巫子に連れられて頂へと到った。

そして巫子自らの手によってその首が跳ねられようとしたその時、忽然と天を暗雲が覆い隠した。

 

無数の稲光が雨の様に大地に降り注ぎ、大海は荒れ、山は火を噴いた。大地は割かれ、一つの大陸であった世界は大小幾つもの島々に別れた。天壌には巨大な光輝く塊が、神の目玉の様にぎょろりと世界を見下ろし、その姿に人々は怯え竦んだ。

 

人々は口々に言った。これは天の怒りだ、神の怒りだ、と。

だが、その言葉は最早嘗ての統一された言語ではなく、無数の言語が入り混じっていた。

 

塔に一際巨大な、まるで柱の様な雷が落ちる。

神より与えられた裁きの雷は、しかし巫子ではなく、彼女を庇った剣士を貫いた。幾つもの戦場を潜りぬけ、しかし只の一度も逃げなかったが為に傷を負った事のない彼の背中を、抉る様にその雷は駆け抜けた。

 

雷はそのまま塔を喰らい尽くし、やがて天高くそびえ立っていた塔は脆くも崩れ去った。

 

巫子はやがて、統一された秩序を失った人類に絶望し、そして自分を庇い死んだ甥を悼んだ。

そして誓った。

 

全ての人類を束ね、かの忌まわしき天球を打ち砕き、統一言語を、神への言葉を―――そして、ただ一人の肉親を取り戻す、と。

 

 

 

 

 

 

「了子さん!! 了子さん!!」

 

地上に降り立った響は、意識を取り戻したばかりの了子に飛びつく様に抱きついた。

目元から幾筋もの涙を流す響の姿に、了子は何処か呆れた様な、安心した様な吐息を零した。

 

「あらあら……折角ギアの限定解除を成功させたっていうのに、そんなに泣いちゃって」

「死んだと思っていた人にあえりゃ……っ、そりゃ、泣きたくもなるさ」

 

翼と、間もなく降りてきた奏に背中を支えられながらも上体を起こした空の姿に、クリスは悪態を突いた。

 

「はっ! 全く、どんだけお人好しなんだよテメェは」

 

ギアは砕かれ、嘗てクリスとの戦闘で絶唱を使った時以上に酷い姿を晒す空は、それでも一瞬だけ笑顔を浮かべ、直ぐに真剣な表情を取り戻した。

 

「……まぁ、諸々言いたい事はあるけど、ひとまずは“アレ”をぶっ飛ばしてから考えるとしようか」

 

空の言葉が終わるのを待っていたかの様に、バケモノは雄叫びをあげた。

 

『おおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉ!!!!』

 

バケモノは、その身体の一部を泥の様に変えてカ・ディンギルを覆い隠した。やがて貪る様に蠢いていた体躯は、一つの輝きと共にその身を変化させる。

 

「あれは、まさか……!?」

「デュランダルを取り込んだのかっ!?」

『逆さ鱗に触れたのだ……相応の覚悟は出来ておろうな』

 

その身を巨竜へと変えたフィーネの念話が終わると共に、巨竜の口元から閃光が奔る。

刹那、大地が震える程の爆発が巻き起こった。

 

「街が……ッ!!」

「こん、のぉっ!!!」

 

激昂し、飛翔したクリスの弾幕がフィーネを襲う。

しかし瞬時に鱗を閉じる様に内部へと隠れたフィーネにその攻撃は届かず、それどころか反撃とばかりに四方八方から高速で飛来した砲撃が、絨毯爆撃の様にクリスを襲った。

 

「クリスちゃん!!」

「翼は空を頼むっ!! こいつは、アタシがぁっ!!」

 

螺旋槍のアームドギアであるガングニールを携えた奏の一撃が、巨竜の体表に激突する。並の鋼鉄なら容易に貫き通すガングニールの一撃は、しかし巨竜の身体を貫く事は叶わない。

 

『幾ら限定解除されたギアであっても、所詮は聖遺物の欠片から作られた玩具! 完全聖遺物に対抗出来る等と思うてくれるな!』

 

嘲笑と共に砲撃が奏を襲い、更にその流れ弾が地面や瓦礫を吹き飛ばした。

 

『フハハハハハハッ!! 最早この私を止める術などありはしない! 今度こそ、あの忌まわしきバラルの呪詛を打ち砕き、私は全てを取り戻す!!』

 

巨竜はゆっくりと、その頭を空へ―――月へと向けた。積年の恨み辛みの全てを込める様に溜まって行く膨大なエネルギー体は目に見えて肥大化し、先のカ・ディンギルと同等か、それ以上の破壊力を窺わせた。

 

『これで終わりだ!! 最後に勝つのは、このフィーネなのだッ!! フフフ……アハハハハハハハハハハハ!!!』

 

発射までの刻限は、もう残り僅か―――そんな差し迫った状況に似つかわしくない、実に落ち着いた声音が、翼の耳朶を打った。

 

「なぁ姉さん、アレ止められる?」

 

声のした方に視線を奔らせると、其処には何時の間にか巨竜の方へと歩いて行く空と了子の姿があった。

ボロボロの布切れの様に擦り切れた五体を引き摺りながら、しかし歩調はしっかりとした空の言葉に、翼の聞き慣れた軽妙な声音で了子は答えた。

 

「ま、“普通”にやったら無理でしょうね。完全聖遺物、とまでは言わなくとも、それに匹敵する何かがあれば話は別だけど」

「……ん」

 

了子の言葉に、空は黙って剣の、自らのアームドギアでありシンフォギアである聖剣の柄の欠片を差しだす。

それを、視線を合わせる事も無く受け取った了子が、空の数歩前に出た。

 

「櫻井女史……空?」

 

二人の行動に疑問を抱く翼を余所に、空は自身に背を見せる了子に向かって口を開いた。

 

「姉さん」

「なに?」

「ホントはさ、色々言いたい事があるんだ。俺はまだ、姉さんに何も返しちゃいない。今日まで俺が生きてこれた事への感謝とか、何で気づいてやれなかったんだろうっていう事への怒りとか―――今も、俺が止めようが止めまいが、勝手にいなくなろうとする事への、ふざけんなっていう気持ちとか、色々言いたい事はあるんだ」

 

それは、形見分けの後に贈る、惜別の言葉の様だった。

 

「でもさ、そこら辺の言いたい事全部言っても、結局俺は、姉さんの魔法みたいな一言で黙るしかなくなる――――――今までがずっとそうだったから、今日くらい、俺に言わせてくれよ」

 

そして、言葉を一旦区切り、再び空は口を開いた。

開こうとして、コツンと、何かが額に当たった。

 

「――――――大丈夫よ、空」

 

目から大粒の涙を流しながら、声音を震わせながら、それでも言葉を紡ごうとした空を遮り、了子は子どもをあやす様に微笑みかけた。

 

「絶対に、大丈夫」

 

 

 

 

 

 

十年以上前の記憶―――風鳴の家で執り行われた葬儀の夜、一人で縁側に佇んでいた空に声をかける親戚は一人もいなかった。

櫻井の家の人間はそもそも了子しか出席しておらず、旧家である大鳳の家の人間は空の父親である遥が“ノイズ”への対抗に向けた研究についていた事を快く思っておらず、その子どもである空の事も当然の様に嫌っていた。

 

当時、弦十郎は公安として多忙の日々を送っており、風鳴の家も天羽の家も研究につきっきりで、例え同僚の子どもと言えどおいそれと引き取る事は出来なかった。

何より―――実の両親を奪った研究の現場に、空をこれ以上置き留める事を、あの二人が望んでいるとは思えなかったのである。

 

施設に預けるべきだ、という意見が出れば、大鳳の沽券に関わる、世間体をどうする、そんな身勝手で傲慢な、自己の面子ばかりを気にする薄汚れた言葉が飛び交い、最早縁戚の人間に死者を弔う者はいなかった。

 

そんな連中に嫌気がさして縁側に出た了子は、小さな空の背中を見た。

まだ十歳にも満たない子どもだというのに、両親の葬儀だというのに、涙の一つも見せずに気丈に、冷静に振る舞っていた甥っ子は、庭先の小池をぼんやりと眺めている様に見えた。

 

何時か研究所に来た時、自分の事を「叔母さん」と呼んだ(血縁的にはそれで正しいのだが女のプライド的な何かが激しく邪魔をした)あの悪戯っ子の様な笑みも、一切の感情を欠落させた様に泰然としていた空は、自分を見つめる了子に気づいた様に振り返り――――――まるで、そうするのが常識であるかの様な、今にも壊れてしまいそうな程に儚い、貼り付けた様な笑顔を見せた。

 

それを見た瞬間、了子は息を呑んだ。

 

どうしてそんな顔が出来るのだ。

どうしてそんな風に笑えるのだ。

 

泣き叫ぶ事も、取り乱す事もせずに、全てを受け入れて、自分を押し殺して生きようとするその姿が余りにも痛痛しくて、気づけば了子は、その小さな身体をギュッと抱きしめていた。

 

『―――泣きなさい』

 

了子の言葉に、空の肩はビクリと震えた。

身動ぎして離れようとするその身体を、しかし了子は更に強く抱きしめて続けた。

 

『アンタは何も悪くない、何も我慢しなくていい。泣きたい時に泣いて、笑いたい時に笑いなさい。怒りたい時には怒って、嬉しいなら素直に嬉しいって言いなさい。確かに私達は、アンタの期待を裏切ったかもしれない。アンタの傍から両親を奪ったかもしれない』

 

「だけど」と、了子はその双眸に空の顔をしっかりと映して続けた。

 

『大丈夫よ、空。絶対に大丈夫。アンタの“家族”は此処にいる。ご飯は姉さん程は美味しくないかもしれないし、研究とかで何時も家にいられる訳じゃない。けど、アンタを“一人”にはしない。私が、アンタの“家族”になってあげる』

『……………………』

『だからアンタは―――大鳳空は、自分の感じたままに、思ったままに行動しなさい。誰から何を言われても、自分の信じる自分を信じ続ける限り、私はアンタの味方だから』

 

そして、了子は笑った。こんな風に笑え、心から感じたままに笑え。

そう言い聞かせる様に、笑顔を見せた。

 

『なんて言ったってアンタはこの私の、櫻井了子の家族なんだから』

 

言われ、少年はクシャリと、余りにも不格好で、けれど、とても年相応の笑顔を浮かべて、数瞬。

 

月明かりの下に、小さな泣き声が響いた。

 

 

 

 

 

 

カ・ディンギルをも上回る砲撃が放たれる―――正にその瞬間、巨竜の頭部の前に一人の女性が立ちはだかった。

 

『なっ!?』

「了子さん!?」

「櫻井女史!!」

 

月をすら穿つ膨大なエネルギーの奔流。それを真正面から受け止め、四散させる了子の姿に、誰もが我が目を疑った。

 

『正気か!? その様な事をしても、完全聖遺物を持たぬ貴様如きにこの一撃は止められはしない!!』

「一度は諦め、そして失った命……それが人類の、いいえ、あの子たちの未来を作るというのなら、本望よ」

 

このままその砲撃を受け続ければ“Excalibur”の崩壊も、了子自身がその毛髪の一片すら残さず消え去る事は免れない。

それでも了子は引かない。否、引けない。

 

「……フフッ」

 

この世界でたった一人の“家族”を前に、そんな姿は見せられない。大鳳空の信じた櫻井了子の為でも、櫻井了子の信じた大鳳空の為でもなく。

 

櫻井了子が信じた櫻井了子の為に、引く訳にはいかなかった。

 

今も尚、自分をしっかりと見つめ続ける少年に向かって、了子は微笑みかける。

 

『おのれおのれおのれぇぇぇっ!!! 死ねぇぇぇぇっ!!』

「ねぇ…………空」

 

料理もロクに出来なかったけれど。

研究続きで家に殆ど帰れなかったけれど。

“一人にしない”という約束を破ってしまったけれど。

 

「―――私の家族でいてくれて、ありがとう」

 

ありったけの感謝と共に呟いて、最期。

光の奔流に呑み込まれる様に、櫻井了子という存在は消滅した。

 

 

 

 

 

 

 

―――起動コード確認。アウフヴァッヘン波形確認……承認。

 

大鳳空には“三人”の家族がいた。

その誰もが空にとって掛け替えのない存在であり、そして空に大切なモノを与えてくれた。

 

――――――融合解除。完全聖遺物“アヴァロンの鞘”起動。

 

父親からは、“ノイズ”に立ち向かう勇気を。

母親からは、惜しみなく、限りない無償の愛を。

 

そして“姉”からは、自分を信じ、貫き通す覚悟を。

 

――――――最終認証。 Please Call My Name

 

シンフォギアは英雄を生みだす為の力ではない。誰かを殺す為の力ではない。

 

この手が、この力が、大切な何かを守る為に在る。

それを証明する為に、大鳳空はその名を呼ぶ。

 

両親からの、姉からの。

家族からの贈り物。

 

この身に宿った、最後の希望。

 

それこそが――――――

 

「The end of Eternal Blaze―――Load of Avalon!!!」

       (最果ての夢―――アヴァロン)

 

 

 

 

 

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