その名には、二つの意味が与えられた。
一つは原初の聖地。数多の教えの原点となる、始まりの大地。
一つは王の眠る場所。一人の王が目指し、そして深き眠りについた終着の大地。
始端にして終端。
生と死を司る場所。
遥かなる遠い過去、その身に裁きの雷を受けて倒れた騎士は、生涯手放す事のなかった一振りの剣と共にその地に眠った。
だが、それは死に対する埋葬ではない。
未来に目覚める為の、一時の安息だった。
いずれ来たる時――――――天と地を一つに束ね、世界の在り方そのものを覆さんとする者が現れるその時までの眠り。
自らの信念の為に、その生涯の全てを賭した男の物語は、その時、再び幕を開けるのだろう。
―――さぁ、舞台は整った。
紡がれるのは、英雄譚の最終章。
語られるのは、知られざる真実。
幾千年にも渡る人の歴史に数多残る御伽噺の、ほんの一片に過ぎない伝説。
当世の聖剣使いと、原初の魔女。そして、果てなき地獄の只中で、その胸に宿した歌を信じ、未来の為に戦い続けた少年少女の物語である。
少女の歌には血が流れ、少年の鼓動には声が宿った。
刮目せよ。これは、知られる事なき真実の物語である。
◆
世界が黄金に満ちている。
そんな錯覚を覚える程に、目の前の光景は眩かった。
「そ、ら……?」
空。大鳳空。
自分の幼馴染で、戦友で、大切な人。
そんな彼は、今、巨竜を前に堂々と脚立していた。
太陽の祝福を受けたかの様な、黄金の騎士甲冑。それは仕え従う“騎士”でありながら、万人を統べる“王者”の姿。
背に翻るのは、世に二つとなかろう真紅のマント。細部に神を宿した意匠は、触れる事すらおこがましさを感じさせる。
『完全聖遺物……否、史上初となる、人体生成型融合聖遺物“アヴァロンの鞘”』
例えるなら、それは一つの御伽噺。
囚われの姫を救い、悪しき竜を討つ英雄譚。姫たるあの人は、その身を捧げて覚悟を示し、その心が、想いが、彼の力を呼び覚ました。
『その本来の効果は、圧倒的な治癒。完全なる再生能力―――そして、先史文明の遺産たる古代兵器“ノイズ”を操る司令塔』
巨竜の僅かな身動ぎさえも、瓦礫を吹き飛ばす暴風となって大地に吹き荒れる。血の匂いすら漂う凶風を前に、しかしその金糸の様な髪は聊かの陰りもない。
一歩、空は足を踏み出した。
『そう……あの忌まわしき月の呪縛より解き放たれし後、あの御方が手にすべき至上の力! 創造の可能性を秘めた唯一の聖遺物!!』
途端、天空を覆い隠さんばかりに巨竜が身構える。砲台の様な触手の先から幾筋ものレーザーが禍々しい光を放ち、大きく広げられた翼からは零れ落ちる様に現れ出でた“ノイズ”の大軍が槍の様にその身を変える。
その構えを見ても尚、空は何一つ躊躇う事無く足を踏み出した。
『それを―――寄こせぇぇぇぇぇぇぇっ!!!』
百をも千をも超える攻撃が、空に襲いかかる。
その一つすら、例えシンフォギアを纏っていても、直撃すればタダでは済まないであろう事は容易に察しがつく。
不完全な、聖遺物の欠片の力“だけ”であれば。
「はあぁぁぁあぁああぁぁあぁぁぁぁぁあっ!!」
蒼穹色の斬撃が、王道の露を蹴散らした。
返す刃はそのまま幾筋もの射撃と鍔迫り、そしてその歩みと共にあるかの様に押し返す。
『何故だ……!? お前達の何処に、そんな力が!』
「貴様には分かるまい! フィーネ!!」
驚愕に染まるフィーネを前に、翼は更に踏み込んだ。
「例え小さくても、足を一歩踏み出せば前に進める! それが人間というものだ!!」
『それこそが滅びへの道!! 自ら死の定めへと向かっているのだと、何故気づかぬ!!』
激昂したかの様に、先程よりも更に多くの砲台がその照準を合わせる。
そして、砲撃が放たれる―――よりも早く、白銀の閃光を残して、凄まじい爆撃が巨竜を襲う。
「それはテメェの定めだ! 妄執と執念だけで他の命を虐げてきた、テメェ自身の限界に過ぎない!!」
更に追い打ちをかける様に構えたクリスを、しかし爆撃を逃れた“ノイズ”達が襲う。
だが、その全てを食い破る様に奔った奏と響の合撃――一本しかないガングニールを二人で携えて、推進力に任せて突進するという実に向こう見ず且つ、剛毅な二人らしい攻撃――が“ノイズ”を瞬く間に灰燼に帰し、そして爆煙すら渦巻いて道をあけてフィーネの懐に突き刺さった。
「何時だって人間は迷う! 時に悩んで、苦しんで、間違える事だってある!!」
「それでも私達は、手を取り合って前へ歩いて行ける!! 一人じゃ辛い事だって、みんなと一緒なら頑張れる!!」
ギャリギャリとけたたましい音を立ててその身を貫こうとする二人を、巨竜はこれまでで最も大きな身動ぎで振り払った。
迎撃を―――と前を向いたその時、フィーネの真正面に“彼”はいた。
翼の斬撃が、クリスの爆撃が、奏と響の合撃がこじ開けた巨竜の穴。ほんの数瞬遅れた回復の穴を、あの強かな櫻井了子の甥が、空が見過ごす筈がなかった。
巨竜の内部、フィーネの真正面に空中静止した空が、両刃の長剣を構える。
「覚えておけ。この一撃は、お前の全てを断ち切る一刀だ。姉さんの中に流れていた執念を、俺の中に流れる妄執を、過去からの楔を、全てを断ち切る一撃だ」
輝きが空に、剣に収束していく。
其処に束ねられたのは何だ。其処に集うのは何だ。
問うより早く、しかしゆるりと、両手を柄に携えた空が大上段に剣を構えた。
「倒れて行った者の願いを、今を生きる者の想いを、後から続く者の希望を束ね、そしてこの手で、未来を繋ぐ!」
『貴様ァァァァアァァァァァァッ!!!』
外壁の全てが砲台へと姿を変える。瞬く間に内部を埋め尽くさんばかりに輝く破壊の光に包まれて、それでも眼前の、太陽の如き光は掻き消えない。
中空を踏みしめ、草原を往くが如く空が疾走する。
数多の砲撃と共に、フィーネの絶叫が世界に響く。
その二つが、激突する。
『私はフィーネ!! 永遠の刹那を生き、全てを手にする者なのだァァアァアァア!!』
「俺達の歌は、未来を紡ぐ歌だぁっ!!!」
拮抗は、一瞬。
破滅の光を飲み干して、黄金の一撃が全てを包む。
完全聖遺物同士の対消滅―――櫻井理論の前身たる大鳳理論により提唱された、“対完全聖遺物戦”における最後の手段。
“アヴァロンの鞘”に匹敵する回復力を誇る“ネフシュタンの鎧”。圧倒的なエネルギー量を誇る魔剣“デュランダル”。“ノイズ”の自在制御を可能とした“ソロモンの杖”。
三つの完全聖遺物を取り込み、あらゆる対抗手段をも跳ね退ける黙示録の赤き竜が、崩れ落ちる。
フィーネの声ならぬ絶叫を掻き消して、空の叫びが轟く。
人の勝利を、未来を確信させる一撃と共に。
「星天(エクス)―――衝滅(カリバ)ァアアァァアァアアァァァァァァッ!!!」
星の輝きを―――人の想いを束ねた聖剣が、全てを眩い光の中へと葬った。
◆
―――そうして、青年は静かに唇を閉じた。
長い長い回顧の末に、一つだけ、吐息が洩れる。
「………………やっと、言えたっていうのにさ。馬鹿げた話だよな?」
問い掛ける様に、独り言の様に呟いたそれは、墓所に小さく響き、そして雨音の中に消えていく。
「高々二、三分とかからないこの台詞言うのに、一体どんだけ時間かけてんだよって、お前ならそう言って怒るよな、きっと」
今でも思い出せる。
その声音を。
その笑顔を。
その気性を。
焼け付く程に鮮烈な少女の姿は、一秒たりともその瞼の裏から消えた事はない。
「―――その所為で、答えはもう聞けないっていうのにさ」
そして、その全ては最早“記憶”でしかなかった。
“アヴァロンの鞘”による天羽奏の再生は、一時的なモノに過ぎなかった。
それが、完全聖遺物の力を十全に引き出せなかったが故なのか、或いは、奏自身がこの世に居続ける事を拒んだが為なのか。
あの日―――フィーネを倒し、瓦礫の山とかしたリディアン音楽院の大地で、夕陽を背に笑いながら消えていった少女の真意を、空はまだ掴めずにいた。
「奏……俺さ、お前の事が本当に大好きだった。誰よりも、何よりも愛していた」
幼い日に、翼に向けた想いが親愛なのだとすれば。
生涯で初めて恋慕を抱いたのは、疑いようもなく奏だった。
だとすれば、この想いは初恋だったのだろう。
「だから俺は恐かったんだ。此処に来て、お前の死に向きあう事が。もうお前と笑い合えないんだって、そう考えるだけで恐くて、眠れなくなる時だってあった」
翼と共に訪れて以来、一度たりとも足を運ぶことのなかったその場所で、空は俯いていた顔を上げた。
「―――だけど……だからこそ、誓いたいんだ。お前の目の前で」
初恋は実らない。実ってはならない。
何故なら、もしそれが叶ってしまえば、その人はもう、他の誰かを愛する事が出来なくなってしまうから。
「―――――――俺さ、翼と結婚するよ」
だからこそ、空はその言葉を紡いだ。
初めて恋をした少女に、その恋の終わりを告げる為に。
「アイツと二人で、お前が見れなかった分……戦いの先って奴を、見られるだけ見届けようと思うんだ」
返答は、当然だがある筈がない。
にも関わらず、空の鼓膜には確かに奏の声が聞こえた気がした。
幻聴だと分かっていた。
記憶の中から抽出した奏の声が、空にとって都合の良い言葉を繋げたに過ぎない。
それでも、尚。空は確信を持って断言出来る。
「世界中の誰も知らなくても、アイツは知っている。俺が世界を救ったヒーローだって事を」
あの世話焼きで、いじっぱりで―――そして、誰よりも惚れ抜いた彼女は、やっぱり太陽の様な笑顔で、こういうだろう。
「そして、俺と翼が知っている。お前がいたから、俺は世界を救うヒーローになれたんだって事を」
―――幸せになれよ、と。
何時の間にか、雨は上がっていた。
―――世界は何時だって、後悔と絶望に溢れている。
―――どれだけの時間が経とうと、人の世から争いが消える事はない。
雲間から差し込む光は、未だ傷跡を残し、それでも尚、復興へと着実に歩み始めた街並みを照らす。
その世界を―――戦いの果てに掴んだ、束の間の平穏を見つめて、空は静かに天を仰いだ。
眩く輝く太陽に手を伸ばして。
何時か誓った、幼き日の時の様に。
小さく笑んで、言の葉を紡ぐ。
―――それでも。
誰よりも愛した少女の名を。
共に歩き続ける彼女の名を。
そして―――――――未来へと続く、約束を。
―――それでもこの世界は、この果てしなく続く空は、今日もこんなに輝いている。