Eternal Blaze -永遠の輝き-   作:茶々

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第三小節 Orbital Beat

―――声が、聞こえたんだ

 

誰かを浮世に呼びとめようとする声。

泣き腫らし、枯れようとも尚止まぬ声。

 

『心拍数、危険域に入ります!!』

『血圧低下! これ以上は―――ッ!?』

 

血の繋がった人は、もういない。

父さんも、母さんも、もういない。

 

だったらもう、“僕”が生きている意味なんて――――――

 

『―――ぬなよ』

 

声が、聞こえた。

 

『目を―――けろよ!』

 

誰かの声。

何かを呼ぶ声。

 

『生きるのを諦めるな!!!』

 

激情の慟哭が、魂の奥底に響いた。

 

瞬間、込み上げてくる心音。五体を揺らす鼓動。

心臓の奥底から突き上げる様な“それ”は、一つの剣を呼び覚ます。

 

『―――Ex……cali,bur』

 

そして―――――――“俺”は生まれ落ちた。

 

 

 

 

 

 

それは、正しく地獄だった。

阿鼻叫喚の地獄絵図が目の前に広がっていながら、逸る気持ちを力尽くで押さえつける様にして思考を落ちつかせつつ、俺は指示を飛ばした。

 

「観客の非難誘導急げ!! 緊急経路の確保、本部への連絡! 訓練を思い出せ、お前らならやれるっ!!」

 

実験の失敗、そして“ノイズ”の襲撃。

想定内における最低最悪のパターンは、今この瞬間にも幾つもの生命を喰らい、炭素と化した人間を“消して”いる。

 

ズキズキと茨を巻きつけた様に痛む眼球の奥底を抉る激痛に顔を顰めながらも、俺の足はメインステージへと向かっていた。

 

「姉さん!! そっちの状況は!?」

『―――――――――――』

「最悪だ…………ッ!」

 

繋がらないままの携帯に舌打ちをした―――瞬間、襲い来る激痛。

 

“また”だ。

 

頭がかち割れる様な、胸の奥がごっそり抉りとられる様な、全身の神経という神経の一本一本を焼き切る様な痛み。

許容量なんてものをとっくの昔に度外視したそれに苛まれてしまえば、足を動かす事はおろか筋の一本とて動かす事はままならない。

 

(くっそ、こんな時に限って……!!)

 

ロクに繋がりもしない電話を切る頃には、最早呼吸すら痛みに変わっていた。

発作が全身を駆け巡り、五感すらも焦がして壊しかける。

 

――――――だがそれでも、俺は足を止める事だけはしない。いや、出来ない。

 

例え戦う事すらままならない身であろうと、二人を支えると誓った“あの日”から、俺は歩み続けなければならない。

 

「―――16beat,stand by “Excalibur”」

 

この身が壊れ果てようと、俺は――――――大鳳空は、翔(と)び続けなければならない。

 

 

 

 

 

 

(―――ッ、キリがないッ!!)

 

“生きている”観客の大部分は逃がす事に成功した。

会場内から外へ洩れたノイズもおらず、その標的は自分と奏だけに絞られている。

 

「ハァッ!!」

 

幾度となく経験してきた殲滅戦。

 

自分と奏の二人ならやれる――――――と、思ったその瞬間。

 

「■■■■■■■■■■■―――!!!」

 

数に任せた“ノイズ”の突進が襲い来る。

天羽々斬で横薙ぎに一閃するも、数が多すぎる。

 

斬撃を免れた“ノイズ”が一斉に飛びかかった。

 

「―――ッ!?」

 

刹那、大気を震わせるように響いた“鼓動”。

次いで視界を覆う様に煌めく、金色の閃光。

 

夕暮れに染まる天空へと届かん程に駆けあがった光の柱、その源に立つ彼の脈動が、心を打つ様に響く。

 

忘れる訳がない。

忘れようがない。

 

これ程の輝きを放つ者を、彼女は一人しか知らない。

 

「よっ」

 

光の中から歩み出てきた少年はそう言って、あの屈託のない笑みを見せた。

 

「そ、ら……? 何、で……ッ!!」

「人の事気にしてる場合か、よっ!」

 

思わずそのままいつもの癖で口論になりかけた所で、二人同時に振り向きざまに剣を振り抜く。

切り裂かれ、炭素の塊と化した“ノイズ”を振り切る様にして奏が駆け寄って来た。

 

「翼! ソラ! 大丈夫か!?」

「非難誘導は粗方終わった、後は……俺達だけだ」

 

視線を合わせようともせず、“ノイズ”達の方へ一歩踏み出す空。

その腰程にまで伸びた金糸の様な髪が風に浚われて舞い踊る。夕闇が降りようとする世界の中に、大地を揺らす程の鼓動が響く。

 

「―――余り時間はかけられない、一撃だけ援護する」

 

手に持った剣が重厚な音を立てて輝く。

陽の光すら霞む星の輝きが刀身に漲り、そして―――

 

「星天(エクス)――――――」

 

下段から斬りあげる様にして、閃いた。

 

「――――――衝滅(カリバー)!!!」

 

 

 

 

 

 

確かあれは、十歳になる少し前だったと思う。

その日、俺は初めて両親の研究施設に足を踏み入れる機会を得て、両親の研究に関わっていた風鳴弦十郎さんを引率に“適合者”候補である姪の風鳴翼、そして両親が研究チームに所属しており俺と翼の友人である天羽奏と共に研究所へと立ち入った。

 

後にして思えば、どうして“適合者”候補とはいえこのタイミングで俺や翼を研究所へと招き入れたのか。どうして後に三人ともが“適合者”として覚醒する事となったのか。

 

その辺りに、既に因果的な何かがあったのかもしれない。

 

施設見学の最中、ガラス越しに何やら険しい表情を浮かべながら研究に打ち込んでいた両親や、当時からその助手を務めていた了子叔母さん(というと結構怒られたので表面的には「了子姉さん」と呼んでいた)の姿を見止めて、随分と舞い上がったのを憶えている。

 

世界的な問題である超自然災害“ノイズ”

それに立ち向かう研究を自分の肉親がしている――――――その事が、俺にとっての何よりの誇りだった。

だから、授業参観とか運動会とかに両親が来られなくても……その代理として、そこら辺の肉親以上に勝手に盛り上がっていた了子姉さんや、本当の家族の様に俺を大切にしてくれた弦十郎さんがいてくれたから、寂しいとは思わなかった。

 

それに――――――その…………アレだ。手間はかかるが、一緒にいてやってもいいと思う様な、その……ゆ、友人もいたし。

 

―――だから、その時はまだ知る由もなかったんだ。

そんな平凡で、当たり前の様に享受していた“幸せ”なんてものは、一瞬で消し飛ぶものだったなんて。

 

 

 

其処から先、記憶は煩雑に、そして複雑に絡み合う。

けたたましく鳴り響く警告音(アラート)。怒鳴る様にして指示を飛ばす弦十郎さん。逃げ惑う研究者達。引かれる手。転がり落ちた“何か”を拾おうとして――――――俺は。

 

『―――――――――ら!!!』

 

誰かの声が、耳を打った瞬間。

 

世界が、崩れた。

 

 

 

 

 

水底の奥に沈む様な感覚を憶えている。

“僕”を呼ぶ大切な人の声を憶えている。

縋りついて泣き叫ぶ子の顔を憶えている。

 

――――――そして、胸の奥底に焼け付く様に鮮明に現れる文字を憶えている。

 

呼ぶ声に応える様に。

求める者に応じる様に。

 

“それ”は、名を紡げと静かに囁く。

 

大切な人を守る力を求めるなら。

両親の仇を討ちたいと望むなら。

その身の憎悪をぶつけたいなら。

 

『E,x…………li……』

 

――――――さぁ、告げなさい。

 

『―――Ex……cali,bur』

 

 

 

“それ”は契約の証。

神の気紛れか、悪魔の悪戯か。

 

求めたのは“俺”。

応えたのは“彼”。

 

手に入れたのは、大切な人を守る力。

 

両親が俺に遺した、たった一つのモノ。

 

冠した名は、世界最高の騎士王が携えた奇跡の剣。

数多の英雄伝説の中にあって一際輝きを放つ、一人の王の聖剣。

 

その名は――――――“Excalibur”

 

 

 

 

 

 

――――――それを聞いたのは、恐らく奏ただ一人だった。

 

大気を震わせる脈動が徐々に収まり、星の輝きが無数の“ノイズ”を呑みほした正にその瞬間、小さな悲鳴が聞こえた。

 

「―――ッ!?」

 

ともすれば先の一撃の轟音どころか、瓦礫の崩れる音にすらかき消されてしまうかもしれない程の僅かな“声”を、しかし奏の耳はしっかりと捉えた。

何処だ――――――と視線を巡らせた瞬間、飛び込んでくるのはあらぬ方向へと駆け出した、空の一撃の軌道から外れていた数体の“ノイズ”。

 

そしてその先にいるのは―――一人の少女。

 

知覚したのが先か、行動したのが先か。

 

「駆け出せッ!!」

 

“ガングニール”を振り回し“ノイズ”を斬り払った奏の声に、慌てた様子で少女は足を引きずりながらも必死に逃げようとする。

それを逃すまいと、まるで死肉にたかるハイエナの如く一斉に標的を変更した“ノイズ”達がその形状を変えて槍か矢の様に飛びかかった。

 

奏の槍が風車の様に凄まじい速度で回転して盾の様に“ノイズ”を防ぐ。

 

「ッ、クッ……!」

 

炭素の塊となり、暴走的な速度で砕け散った破片が奏のプロテクターに激突し、砕いていく。

弾丸の様な“ノイズ”の神風特攻が百を超えた辺りで、今度は大型の“ノイズ”が噴射攻撃を繰り出した。

 

「奏ッ!!」

 

どっちの声だったかなんて、判別する暇もない――――――!!

 

回せ、もっと早く、もっと速く―――!!

 

「―――――うらぁああぁあぁああぁぁあ!!」

 

プロテクターが砕ける。

槍が壊れる。

 

それでも、あの子を守れるなら―――!!

 

――――――その想いは、しかし叶う事はなく。

 

「―――――!!」

 

誰かの叫び声と共に、少女の身体から鮮血の血潮が吹き出した。

 

 

 

 

 

―――――――嫌だ

 

瞼の裏にこびり付いた記憶は、何時だって真っ赤な血の色と共に蘇る。

 

―――――――止めろ

 

落としてしまった“それ”を拾いに数歩戻った彼に迫る無数の瓦礫。

大切なものだから―――そう言って一度だけ見せた“それ”を、彼は拾おうとして。

 

『―――逃げて!! そら!!!』

 

――――――そ、ら

 

アタシの、初めて出来た男の友達。

キョウダイみたいに、仲の良い奴。

 

そして多分―――きっと、特別な、大切な人。

 

彼の笑った声を憶えている。

彼の怒った顔を憶えている。

彼の流した涙を憶えている。

 

全部、ぜんぶ――――――ぜんぶ、知っている。そして、もっと知りたい。他の誰も知らない“ソラ”を、アタシだけが知りたい。

 

そんな風に言ったら、きっとアイツは困った様に笑うのだろう。

そしてその隣には、脹れっ面になりながら当然の様に“彼女”がいる。

 

風鳴翼。

アタシの最高のパートナーで、相棒で、戦友で、親友で――――――恋敵。

 

ずっと三人で、なんて言わない。

けれど、もう少しだけ、一緒にいたかった。

 

それを…………そんな幸福を奪ったのは、アタシだった。

 

 

 

 

 

 

嘗て、終わってしまった生命(いのち)を知っている。

嘗て、永遠に閉じられてしまった瞳(め)を知っている。

嘗て、諦めざるを得なかった存在(ひと)を知っている。

 

だから奏は叫んだ。心の奥底から求める様に。

もう、この腕の中で、誰かが死ぬのを見たくないから――――――だから、

 

「……………………ッ…………ァ…………………」

 

か細く、弱弱しく。

それでも確かに紡がれた言の葉を聞いた時、奏は悟った。

 

理屈(あたま)ではなく、感情(こころ)で理解(わか)ってしまったのだ。

 

 

 

―――それは、ずっと昔にかわした一つの約束。

 

(いつか…………心と体、全部空っぽにして、思いっきり歌いたかったんだよな)

 

違えたのは彼。

そうさせたのは自分。

 

だから、きっと一番の被害者は彼女だろう。

 

その事を、彼女は咎めるだろうか?

 

(―――今日はこんなに沢山の連中が聞いてくれるんだ)

 

今でも鮮明に思いだせる。

あの大きな木の下で、視界いっぱいに広がる海と空を見渡しながらかわした言葉。

 

(だからアタシも、出し惜しみナシでいく――――――!)

 

深い意味なんてまるで考えていない、餓鬼の頃の戯言に過ぎなくても。

今も昔も、自分はずっと待ち続けてきた。

 

馬鹿みたいに、律儀にその約束を信じ続けてきた。

 

―――だから、これくらいの我儘は許してくれるよな?

 

「とっておきのをくれてやる―――――――――“絶唱”」

 

頬を伝う涙に、悲しみなんかない。

胸を抉る痛みに、後悔なんてない。

 

紡ぐ言の葉は、ただ一度のみ許された、生命を捧ぐウタ。

 

「いけない奏!! 歌ってはダメッ!!」

 

 

 

―――声が、聞こえる。

 

大切な人の声が。

自分を呼ぶ声が。

 

崩れ、霞みゆく視界にはもう何も見えない。

暗くて、冷たくて、寂しくて…………だけど、恐いとは思わない。

 

 

 

         キミが 生きていてくれるのなら

     

                    私は きっと最期の瞬間まで 笑っていられる筈だから

 

 

 

                        ねぇ ソラ

                                  もし アタシがいなくなったら

 

 

 

                 アナタハ ナイテクレマスカ ?

 

 

 

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