Eternal Blaze -永遠の輝き-   作:茶々

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第四小節 Funeral March

 

今にも泣きだしそうな空模様だった。

 

いっそ激情のまま大粒の涙を大地に降り注いでくれれば、どれだけ楽だっただろうかと思う程にどんよりと淀んだ空の下で、悲痛に沈む少女の背を見つめていた。

 

「…………翼」

 

呼びかけて……何と云えばいいというのか。

 

今の翼に――――――片翼(かなで)を失ってしまったコイツに、どんな言葉をかけてやればいいのか。まるで分からない。

 

中身のない墓石。

名前だけの墓標。

 

あの日、奏は最期の力を振り絞って“絶唱”を使い、自らも炭素の塊となって消えた。当然、遺骨なんて代物が残る道理はなく、棺の中に収められた奏が生前最も気にいっていたというオレンジのワンピースを始めとした思い出の品々や翼の愛用するマイクと俺の愛用していたピック等を詰めた棺は静かに大地に眠っている。

 

アイツは――――――奏は、最期の最後で“防人”としての使命よりも“歌手”としての本懐よりも……一人の人間としての、“少女”としての意地を貫いた。

 

ずっと昔にかわしたガキの頃の約束を、律儀にも守ろうとして。

 

「…………ッ……」

 

握った拳から血が滴る。深々と喰い込んだ爪は皮肉を抉り、正常に機能している五感が痛覚を訴えてきた。

 

奏は今では“それ”すらも感じられぬそれを知る俺自身が、酷く歪んで見えた。

 

 

 

 

 

 

「翼」

 

幾度目か、少女を呼ぶ声が墓地に響いた。

耳を打っても、そのまま通り抜ける様な……脳が、その言葉を聞く事を拒む様なまま、虚ろな瞳のまま翼は墓石を見つめ続けていた。

 

「…………た、しの所為だ」

「翼……?」

 

掻き消えてしまいそうな程に小さな声音で、自分に言い聞かせる様に呟く。

 

空は怪訝そうに眉を顰め――――――次の瞬間、墓地に響いた鈍い音に目を見開いた。

 

「翼ッ!?」

 

空の目を見開かせ、驚愕に声を荒げさせた翼の行動は、自傷。

地面に力なく下ろしていた拳を振り上げたかと思えば、次の瞬間には墓石を囲う石畳の一角に向かって思い切りその拳を叩きつけた。

 

振りかぶって、叩きつけて、引いて、叩きつけて……一度や二度ですら常人であれば苦痛で顔を歪め、それ以上の行いを躊躇う様な狂行を、翼は何度も何度も繰り返した。

 

己の無力な両の手を嫌う様に。

行き場のない悔恨を叩きつける様に。

 

慌てて後ろから抑えつけようと空が腕を掴むが、普段からは想像も出来ない様な強力でそれを振り払った翼の拳が、再び叩きつけられる。

 

「私が弱かったから奏は死んだッ!! 私の所為で……私が!! 奏を殺したのと一緒なんだッ!! 私がもっと強ければ……あの時、もっとしっかり戦っていられれば――――――!!」

「翼ッ!!」

「放して空ッ!! 放してよッ!!」

 

狂った様に叫ぶ翼を後ろから力の限り抱きしめる様にして、漸く空は翼の狂行を抑え込んだ。

それでももがく様にして身動ぎする翼が、やがて荒々しい吐息に混じって嗚咽を洩らし始めるまで。

薄暗く沈んだ天から大粒の雨が降り注ぐまで、空は翼を抱きしめていた。

 

「………………」

 

雨の降る音に混じって、少女の堪え切れなくなった嗚咽が徐々に洩れ聞こえた。

 

小さく、か弱く。その双肩に余りにも大き過ぎる重圧と、自責の念を抱えた少女の身体は、驚く程に小さかった。

雨に濡れただけではない震えが、きつく抱きしめた少女の身体から伝わる。

 

「…………手、痛いか?」

「………………」

「……痕が残らない様に、ちゃんと手当しないとな?」

「………………」

「…………翼」

 

強まった雨脚の音に消えてしまいそうな程に小さな声で、告げる。

 

「お前が“防人”としての宿命を全うしたいならそれでいい。だから―――」

 

必死に涙を堪えようと、一人で耐え抜こうとするその横顔に、ただ一言。

 

“――――――僕と奏の分だけでも、泣いてくれないか?”

 

少女の肩が、ビクンと震えた。

 

告げた言葉に、囁いた台詞に。

もう涙を流す事すら叶わなくなってしまった少女と、少年の想いを乗せて。

 

「――――――――――――」

 

豪雨降りしきる中、少女の慟哭が木霊した。

 

 

 

 

 

 

カップの中に揺らめく自分の顔を見て、思わず自嘲する様な笑みが零れる。

 

十二年前の“あの日”からこれだけの時間が経っていながら、結局はまた大切な家族を失ってしまった。

自分より余程心を痛めているであろう姪の姿が瞼の裏に映り、それを掻き消す様に弦十郎は無糖のコーヒーを一気に飲み干した。

 

「……翼は?」

「今はぐっすり眠っていますよ。教授(プロフェッサー)が診た限りでは、手の傷も残らないだろうって」

 

空気の抜ける様な独特の音と共に開かれた最先端にして異端な技術の結晶―――特異災害対策機動部二課の総司令部のドアの向こうから、空が姿を現した。

空に背負われて翼が現れた時には何事かと思ったが、「何の事はない。ただの気疲れだ」とスタッフを下がらせて、念の為にと了子に診せた。

 

その診断結果を聞いて、漸くといった感じに弦十郎は大きな吐息を洩らした。

 

「そうか……」

 

“ただの気疲れ”と、何も知らぬ人間はそれだけで納得出来る。

 

大事な戦友(パートナー)を失った悲しみに、己の無力を嘆く様にその傷を刻んだ拳を見なければ。

 

言葉に表しきれぬ程に、翼と奏、そして空の絆は深く、強く――――――故に、その精神の支えとなる部分はとても脆い。

少なくとも風鳴翼という少女にとって、天羽奏という少女の存在は世界の半分と比肩しうる程に大きく、大切なモノだった。それを失って、翼は泣かなかった。

 

否、“泣けなかった”

 

彼女は歪なのだ。

思想ではなく、その心根の一番大事な部分が。

 

十数年に渡る訓練と実戦、そして彼女自身を取り巻く周囲の在り方や……何よりも、“天羽奏”と“大鳳空”という二人の存在によって築き上げられてきた彼女のメンタルは、ともすれば生まれたばかりの雛鳥と等しく“孤独”を嫌いながら、“防人”としての使命感に愚直なまでに真っ直ぐ向き合って戦い続けた。

 

それを支えてきたのが奏であり、空だった。

 

太陽の様な少女に引っ張られ、大空の様な少年に支えられて。

その二人から無償にして限りない愛情を注がれてきた翼にとって、どちらかを失う事など考えられなかった。考えられよう筈もなかった。

 

その三人の関係が歪となってしまった引き金は、疑いようもなく“あの事件”であろう。

 

“あれ”以来、翼は心の何処かに歪なパーツを残したまま成長してしまった。今では知る由もないが恐らくは――――――

 

「反応検知! “ノイズ”です!!」

 

……のんびりコーヒーを飲む暇も、感慨に耽る暇も与えてはくれない。

何時だって“災害(ノイズ)”は唐突で、残酷なものだ。

 

「……やれやれ、だな」

 

何処か呆れた様な声音で空は呟き、飲みかけのコーヒーを机の上に置いて踵を返した。

 

「空、何処に行くつもりだ?」

「翼はどうぞ忌引きでも何でも良いんで休ませてやって下さい。今のアイツは……正直、見るに堪えないんで」

 

手を鷹揚にひらひらとさせながら、空はいつもの様に気の抜けた様な声音で言った。

 

その背が不意に“彼女”と重なって、思わず弦十郎はその肩を掴もうとした。

 

「―――大丈夫ですよ」

 

だが、空の肩へと伸ばされた腕ははたく様な音を立てて虚空を彷徨った。

 

「戦って、闘って…………そんで、“ノイズ”を徹底的に消し尽さなきゃならない理由が出来ちゃいましたから」

「空……お前は」

「“俺”が泣いて、悲しむ道理もあるでしょうよ――――――だけどそれ以上に、もう泣きたくても泣けない奴がいるんです。“そいつ”の事を思えば、泣いている暇なんて俺にはないですから」

 

翼は精神の根幹で何処か歪んでいる。

 

で、あれば――――――今、目の前にいる彼もまた、その在り方に歪があるのだろう。

 

悲しみを怒りに変えて。

慟哭を咆哮に変えて。

 

少年は、その余りにも堅牢な仮面(うそ)の下に本音(なみだ)を隠して世界を見据えた。

 

仇を討つ、などとは云わない。

復讐しても、何も戻りはしない。

 

それでも尚、少年は戦い続ける。

 

胸に宿した鼓動を世界に刻み、輝く星の欠片を剣と成して。

 

その旅路の果てに救いがない事を知りながらも。

 

「―――16beat,stand by “Excalibur”」

 

少年は、鼓動を刻み続けた。

 

 

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