天羽奏。
シンフォギアシステム3号“ガングニール”の適合者であり、風鳴翼と共に稀代のユニット“ツヴァイウィング”のボーカルとして活躍した少女。
その実態は五年前に長野県皆神山で“ノイズ”の襲撃に遭い、チーフを務めていた天羽夫妻を含む聖遺物発掘チーム唯一の生き残り。
“ノイズ”への激しい憎悪、復讐の念は彼女を修羅の道へ奔らせる。
翼や空の様な、無意識的に発現した“適合者”とは違い、彼女は凡そその年頃にそぐわぬ地獄の様な訓練と薬物投与を繰り返し、遂には二人に比肩する“適合者”として目覚めた。
そんな彼女は翼にとって唯一無二のパートナーであり、空にとっては掛け替えのない存在だった。
太陽の様に明るく、持ち前の面倒見の良さが幸いしていつも二人を引っ張ってきた彼女はたちまち翼と共にトップスターとして世界に認知され、同時に“防人”として日夜“ノイズ”との戦いにその身を捧げてきた。
そんな彼女の事を空は何時しか意識する様になり、気づけば彼は奏に恋慕の情を抱いて、ずっと傍に居たいと想う様になっていた。
一言でいえば、惚れてしまったのだ。
だが、“防人”としての使命、“ノイズ”との昼夜を問わない戦い、“ツヴァイウィング”としての活動、体裁…………様々な要因が重なって、終ぞ彼はその想いを言葉にして明確に伝える事はなかった。
否、“出来なかった”
二年前、ライブ会場を突如襲撃した“ノイズ”殲滅の為に用いた命を削るウタ“絶唱”によって、天羽奏は死亡。肉体の一片すら残らず塵と化して、消滅した。
あの惨劇より、二年――――――
「冗談、だろ…………?」
嘗て、奏が纏っていたシンフォギア“ガングニール”の新たなる“適合者”
その知らせに、空は自分の五感を疑った。
◆
その“輝き”を、彼女は知っていた。
その“鼓動”を、彼女は知っていた。
その“背中”を、彼女は知っていた。
その“ウタ”を、彼女は知っていた。
「………………」
巨大な剣の上に立ち、此方を見下ろす少女の双眸。
輝く剣を手に携えて、此方を見つめる少年の双眸。
計四つの瞳に見つめられて、響は漸く“ノイズ”が一匹残らず消えているのを知った。
風鳴翼の新作CDと初回生産版の特典を目当てに街に向かった彼女を襲った“ノイズ”からの襲撃から逃げる途中に一人の少女を連れて共に街を駆け抜け、工業郡のビルの屋上に登ってやり過ごした――――――と思った瞬間、視界を埋め尽くした無数の“ノイズ”
万事休したその状況にあっても尚諦めなかったその心に共鳴したかの様に、その“ウタ”は響いた。
全身を駆け抜ける鼓動。
魂魄の内より湧き出る音。
それを紡いだ瞬間―――立花響は“目覚め”た。
その後、事後処理やら何やらで慌ただしく人が行き来する中で、未だに珍妙なスーツを脱げない……というより、そもそもどうやって脱ぐのかも分からないまま立ち呆けていた響の元にスーツに身を包んだ女性が湯気の立つ紙コップを持って歩み寄って来た。
「あの、温かい物どうぞ」
「あ……温かい物どうも」
夜風に当たり夕食も口にしていない空きっ腹だった為に一も二もなくそれを受け取り、心持冷ましてから口をつける。
「……はぁ~……」
五臓六腑に染み渡るとはこの事か、と言わんばかりに力を抜く。と、
「―――え?」
身体を淡い光が包んだ、かと思えばまるで結晶が砕け散る様な音を立てて自分が纏っていたスーツが消え、制服姿に戻る。
唐突な事で思わずバランスを崩し、紙コップを転がした響はそのままたたらを踏んで、
「うわっ、ととっ!?」
誰かにぶつかる感触を覚えた。
慌てて飛び退いて感謝と謝罪を述べようと頭を上げた瞬間、目に飛び込んできたのは群青色よりも深い蒼の長髪と学院(リディアン)の学生服。そして人の目を惹きつけて止まない整った容貌。
誰あろう、風鳴翼その人だった。
「あ……っ! あ、有難う御座いますっ!」
感謝を述べるが、自分の事を“憶えて”いないのか。遠ざかりかけた背中に響は声をかけた。
「じ、実は翼さんに助けられたのは――――――これで“二回目”なんです!」
その声に、遠のきかけた硬質な靴の音が止んだ。
「……“二回目”?」
◆
「“二回目”…………あの子はそう言ったのか」
奏の言葉に、空は僅かにその表情を曇らせた。
“ノイズ”を殲滅する際にシンフォギアを機動させた疲労感とはまた別の心労の元に頭を抱えたくなりつつも、防弾ガラスの向こう側に見える夜の街並みを見つめる幼馴染の様子に、その文句を呑みほした。
「“シンフォギアシステム”の起動、そして“二回目”……となれば、二年前のライブの時の子で間違いないだろう」
二年前――――――天羽奏の死んだ、あのライブ。
その時彼女は突如戦線を離れて、“何かを庇う様に”戦っていた。
そして、戦場に響いた怒声。
『―――生きるのを諦めるな!!』
「…………そう言えばあの後、会場から救出された女の子が一人いたって姉さんが言ってたな。名前は確か―――――――立花響」
「……立花…………響…………」
独り言の様に言葉に、翼は親の敵の名を口にする様に少女の名前を紡ぐ。
「…………どうして、あんな子に……ッ!」
ギリッ、と何かを食い縛る様な音が車内に嫌に大きく響く。
あえて気づかないそぶりをしつつ翼の様子を盗み見れば、悲しみと憎しみと憤りと理解し難さとがごちゃ混ぜになって最終的にいつもの仏頂面に不機嫌要素を足して二をかけた様な表情で翼は俯いていた。
「………………割り切れ、なんて俺の口からは言わないさ。そんな事言う資格がないのは、俺自身が一番よくわかってる」
「けどな」と空は続けて、
「あの子は“違う”。それを忘れるな、風鳴翼」
腹の底にずっしりとのしかかる様に響いたそれを最後に、車内から声は消えた。
時刻は夜の9時を少し回った頃。
当然の事だがとっくに閉門時間は過ぎており、門限を守れなかった響が学院の敷地に立ち入れる道理は何処にもない。
ないのだが、何故か黒塗りの車は次々と学院の敷地を通って行き、遂には普段は教師達が詰めていて生徒からは恐れられる中央棟の中へと招かれていた。
どうしてこうなった、と思う間もなく、導かれるまま響は前を往く三人についていく。
そして導かれるままエレベーターに乗り、導かれるまま突如出現した手すりにつかまり、
「ぎゃああぁあああぁぁぁぁああぁ!?」
導かれるまま乙女らしからぬ奇声を上げて落下するエレベーターの中で、
「愛想は無用よ―――これから向かう所に、微笑みなんて必要ないから」
導いてきた一人でもある風鳴翼に、どうにか捻り出せた愛想の良い表情をばっさり斬って捨てられた。
――――――そんな感じの、この間親友である未来が薦めていた小説の中盤で主人公が準ラスボスと対峙した時の様なシリアス的な雰囲気が漂っていたのが、確か数秒前だった筈。
「ようこそ! 人類最後の砦、特異災害対策機動部二課へ!」
熱烈な歓迎ムードの中、後ろの方から呆れた様な声と乾いた様な笑みが視線を向けずとも把握できた。
改めて思う。
どうしてこうなった。