時計の針は戻らない
ある日の放課後。
俺が帰宅しようと部室の扉を開けると、雪ノ下と話していた由比ヶ浜が声をかけてきた。
「あ、ひっきー」
バタバタと俺が帰るのを引き留めるかのように、こっちに近寄ってくる。
「さっき隼人くんから聞いたんだけど、いろはちゃん、サッカー部ついに辞めるみたいだよ」
俺は由比ヶ浜のセリフに少し驚いた。だがまあそうだろうな。とも同時に思った。
以前一色が葉山に告白をしてから、サッカー部では雰囲気がよくないことは由比ヶ浜から聞いていたからだ。
ようやくこれで一色も踏ん切りがついたってわけか。
「それでねヒッキー、これからいろはちゃんを元気付けに行かない?」
由比ヶ浜が下から俺の顔色を窺うように覗き込む。
「いや、俺はいい。つーか一色もようやく踏ん切りが付いたってってことだろ。いま他人が介入するのはよくないんじゃないか?」
「う~ん、やっぱりそうだよね」
「そうね。今は彼女たちに任せましょう」
今まで声を出さなかった雪ノ下が凛とした声で俺たちの行動を決定する。
「それに、今は葉山君の正念場でもあるから…」
何とも言えない表情で夕焼けの映えた赤にオレンジ混じりの空を見る雪ノ下。
この表情からは彼女が何を考えているのか、何を思っているのかを読み取ることは出来ない。
「そうだね……じゃあ三人で今日はどっか行こうよ!!」
「いえ、もう遅いわ。今日は止めましょう」
「えぇ~行こうよゆきのん、ヒッキーぃ~」
俺を呼びとめるため立ち上がったままの由比ヶ浜が雪ノ下と俺を交互に潤んだ瞳で見てくる。
こうなったら雪ノ下は負けるだろうな・・・
「え、えぇこうなったらもうダメね」
「でも何処へ行くの?由比ヶ浜さん」
「ええと…図書館とかどうかな…」
「「・・・・・」」
「二人ともなんだし!!その反応っ!!!」
「いえ、由比ヶ浜さんが図書館なんて明日は雪かしら」
「なんで図書館なんだよ…」
「えぇ~と、そろそろ期末試験だから勉強教えてもらおうかと・・・」
「それが目的かよ・・・まあいいけど。」
「私も別に構わないわ。行きましょう由比ヶ浜さん。とそこのぼちがやくん」
「ボッチ通りこして墓地になっちゃてるよそれ。そして俺はついでかよ・・・」
「嘘よ。行きましょう比企ヶ谷くん」
「あぁ」
「むぅ~」
後ろで由比ヶ浜がなぜかうねっているがいるが、気にしないでおこう。
これが俺の望んだものではない。だけどこんな風に三人で高校生らしく話したり、どこかへいったりするのもいいかもしれない。一時はくるった時計のように、上手くかみ合わなかった三つの歯車が、再び動き出そうとしている。本当は答えを出した方が良いのかもしれない。だが俺比企ヶ谷八幡は選ばない。彼女、由比ヶ浜結衣はえらばない。もう一人、雪ノ下雪乃も選ばない。この選ばずにもどかしい。選ばれずにもどかしい。だけど選ばないからこその心地よさがある。しばらくはこのゆったりとした時の流れに身を任せてもいいのではないか。・・・・・・そう思う俺であった。
☓ ☓ ☓ ☓
赤とオレンジの混じった空に、濃い藍色がすこしたされたくらいの時刻。午後六時十五分。俺たち三人は図書館のグループで使える自習室で目前に迫った期末試験の勉強を行っていた。
「二人とも、今日はイヤホンとヘッドホンつけないんだね」
「この間のサイゼリアの時にあなたが言ったんじゃない…」
「そうだな。由比ヶ浜、自分の発言に責任持てって中学で習わなかったのか?」
「なんでそんな悪者みたいになってるしっ!!」
こんな会話もこの間まで無かったから少し新鮮に感じる。由比ヶ浜は勿論のこと、雪ノ下でさえも少し生き生きしているように見える。これは良い傾向なんだろうか。そうだということにしておこう。
「ゆきの~ん、この問題全然分かんないよ~...教えてー」
「由比ヶ浜さん。それは三角関数の基本原理よ。この程度の問題なら解けなくては大学なんて行けないわよ。少し教科書を見直して、やり直してみなさい。」
「うぅーん。分かんないな~分かんないな~。ヒッキー教え....」
「7.548712685126だな」
「問題すら見てないし!」
「比企ヶ谷君も数学を少しは勉強したらどうなのよ....」
「いやいいんだ。俺は私立文系だから。それよりどうなんだ雪ノ下。お前前回の国語一点しか俺と違わないじゃねぇか。そんなんで良いのか?」
「今勉強してるわよ」
俺が少し挑発気味に雪ノ下を茶化すと、ムッとした様に顔を少し膨らませた後に下を向いて勉強し始めた。どんだけ負けず嫌いなんだよ。というかさっきの雪ノ下の顔ちょっと可愛かったな、ヤマジョの白石さんに似てた。
「ちょっと俺自動販売機行ってくるけど、お前たちなんか要るか?」
「私はミルクティー!!」
「話しかけないでくれるかしら...........リョクチャ」
「りょーかい」
未だ少し拗ねている雪ノ下と久々に見た勉強に集中している由比ヶ浜を背に、俺は自習室の扉を開けて自動販売機に向かうのだった。
× × × ×
飲み物を買いに外の自動販売機まで来てみると、九割は藍色に染まった、星が散りばめられた空が俺の上には広がっていた。もうこんな時間か、そう思いつつ自販機を探していると、テニスバックを背負った可愛らしい白髪の男の子がこちらに気付き、トテトテと軽く走ってやって来た。
「おう。戸塚」
「こんばんは八幡。こんなところで何してるの?僕は部活の帰りなんだ~」
「奉仕部で勉強会してるんだ。良かったら戸塚もどうだ?」
「うーん、僕は良いかな。二人に悪いし。」
「そうか。それじゃぁな」
「うん!バイバイ八幡!!」
本当に短い会話だったが、ものすごく癒された。流石は大天使サイカエル。
戸塚が帰った後、俺は二人のオーダーどうりの飲み物と俺のマックスコーヒーを買って、少し星を見ていた。
そしてこれからについて少し考えた。
俺はこのまま答えを出さなくていいのだろうか。いいはずがない。だけどこのままで良いかもしれないと思ってしまっている俺がいる。今は高二の冬。答えを出さぬまま卒業までは迎えたくない。だけど選ぶ勇気が出ない。分かっているけど分かっていない矛盾している気持ちを整理しようと何度も深呼吸するが、白い吐息は空へ飛び立ちやがて消えた。
今はわからなくて良い。だけどしっかりと何らかの形で終わりを迎えよう。そう俺は考えを無理やりたどり着かせ、二人の待つ自習室へと足をむかわせた。
次回もよろしくお願いします。
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