渋兄生。〜しぶりんの兄が好き勝手やりすぎるはなし〜 作:秋ボーロ
嘘だと思った。
なんで今更見つかるんだこんなもの。
だって、俺は彼女の遺品整理に立ち会って、ちゃんと見ていたはずだ。
その中にこの手紙は見つからなかった。
なのに、書かれている俺の名前は紛れもなく彼女の筆跡で。
「どうなってんだよ……」
思わず自問が洩れる。
分からない。分かる訳が無い。
でも、俺の目の前には確かに彼女からの手紙が置いてあった。
……震える手を伸ばして、手紙を開ける。
『思えば、私がこうしてキミにちゃんと手紙を書いたのは、これが初めてかもしれません。
お元気ですか? 私は元気です。なんて。
これを読んでる時、キミは何してるかな。
この手紙がいつ渡せるかまだ分からないけど、キミのことだから多分仕事で忙しくしてるのかな。
今でさえ私の為に色々してくれてるんだもの、将来はもっと忙しくなるよね。
もしかしたら、私とは別の道を歩んでいるのかもしれない。
そうだったら、ちょっと寂しいな。
でもいいんだ。
生きてたら、また会えるもんね。
私は大丈夫だよ。
それに、生涯私のファンでいるって言ってくれたから。
それだけで私は十分です。
だから、自分のやりたいことを思いっきりやって欲しいな。
さて、私がこの手紙を書いているのは他でもありません。
私をずっと見ていてくれたキミに、お礼が言いたかったからです。
でも、直接言うのは、ちょっと、かなり、すごく恥ずかしいので、こうして手紙を書いています。
ありがとう。
本当にありがとう。
あなたがいなかったら、ここまで来れませんでした。
そうしたらたぶん、私はどこにも拾ってもらえずに、夢を諦めていたことと思います。
あなたがいたから。
私はこうして、ちょっとでもみんなの前で輝いていられる。
みんなの希望でいられる。
その実感が今ようやくふつふつと湧いてきて、とても嬉しかったりします。
どれだけ嬉しいかっていうと、もうこのまま死んじゃってもいいくらい。
……なんてね、冗談です。でも、本当にそのくらい嬉しいんだ。
長年の夢だったから。叶えられて良かった。ホントだよ。
まあ、まだまだ道のりは長いのですが。
こないだ、本物のアイドルを見て分かったの。
やっぱり、
見てるだけで輝いているのが分かって、周囲の人を皆惹きつけるオーラが出てて。
その時、ああ、これが本物なんだなって思ったんだ。
私には、到底届かなそうな場所に、この人は立ってるんだなって。
正直な所。――これを言うとキミに怒られちゃうのかもしれないけど――私は、そこまで行けるなんてこれっぽっちも思ってません。
確かに、トップアイドルは私の夢。それに嘘はないよ?
でも、どれだけ頑張っても、私にはそこまで登りつめることは出来ないんだろうなぁ、って思ったのも本当。
やっぱり、そこは才能なんだろうね。ちょっと私には無理そうです。
いいんだ。私は私で、私にしかできないことをする。
そうやって生きていこうって決めたから。もちろん、上に行く努力も欠かさないけどね?
だけど、一番上で輝くことは、私にはできない。
それが理由って訳じゃないんだけど。一つキミにお願いがあります。
どうか、トップアイドルを、キミの手で出してあげてください。
分かってる。ふざけんなってキミが言うことも。
でも、これは妥協でも諦めでも何でもなくて、ただ一人のアイドルを愛する者としてのお願いなんだ。
キミの手で、トップアイドルをプロデュースして欲しい。
そのアイドルがどんな輝きを放っているのか、私は見てみたいから。
……だから、聞いて欲しい。私のお願い。
大丈夫。キミなら出来る。そうでしょ?
だって、キミは何の取り柄も無かった私を――――』
そこから先はもう読めなかった。涙が滲んで何も見えなかった。
ただ後から後から自分の無力さへの怒りと彼女への罪悪感が湧いてきて、圧し潰されそうになるばかりだった。
どうして、この時の俺はちゃんと彼女を見ていてやれなかったんだろう。
何で、一緒にトップアイドルへの道を歩もうとしなかったんだろう。
それは、他ならぬ俺にしか、出来ないことだったのに。
唐突に猛烈な吐き気がやってきて、留める気力もなく俺は床にぶち撒けた。
色のない吐瀉物と、口に残る胃酸の味が気持ち悪くて、また吐いた。
そうやって吐き続けた。
この十二年間抑え続けてきたものを、一つ残らず吐き出すように。
ただ、吐き続けた。
気が付いた時には、知らない部屋に寝かされていた。
鼻をつく消毒薬の臭いと病的なまでに白い部屋。
近くの病院だと分かるのに、数分の時を要した。
いつもなら、自分の部屋じゃない場所に居るだけで発狂しそうになるほどの恐怖に襲われるが、生憎この身体にはもうそんな気力も残っていないようだった。
ひたすら怠い。
やっとの思いで首を起こすと、腕やら胸やら手の甲やらによく分からんコードやら針やらがぶっ刺さっているのが見えた。
単なる栄養失調と吐き過ぎのはずなのに、随分と仰々しい手当だ。
こんなことされてると、自分が重症患者みたいに思えてくる。
脳内で呟いて、ゆっくりと周りを見渡す。
無機質な白い壁に白い棚、白い花瓶。花瓶に活けられているのは白のスイートピー。
白尽くしの物品に苦笑する。――花瓶の下に置かれた封筒を目にした瞬間、苦笑が止まった。
そうだよ、何笑ってんだ。
俺にはまだ、やるべきことがあるはずだ。
彼女の夢の続きを走り抜いて、完成させる義務が。
俺にしか、出来ないことだ。
立ち上がろうとして、思うように動かない体に、一瞬躊躇いが生じる。
俺にそんな資格があるのか。
出来るのか。
許されるのか。
価値があるのか。
意味があるのか。
今まで自分を、あの世界から遠ざけてきた論理が、言い訳が、こぞって俺を襲い、絡み付いて身動きを取れなくさせる。
一瞬、体が硬直して――次の瞬間には、俺はもう体にくっついているモノを全部引き剥がした。
ブチブチという嫌な音と、異物が体から抜けていく何とも言えない嫌な感覚と引き換えに、俺は自由になる。
そうだ。
そんな邪魔くせぇモンは捨てろ。捨てていけ。
俺は孤高にして至高。
それゆえに自由。
何にも束縛されずただ自由のみを愛する超越者。
そんな俺が過去に束縛されてるなんざお笑いもんだ。
――そうだろ?
誰にとも分からずそう問い掛け、封筒を引っ掴み、置いてあったサンダルをつっかけ、俺は病室を飛び出した。
病室を後にする間際、誰かが視界の端で、にっこりと微笑んだような気がした。
封筒を頼りに、目当ての場所を探し出す。
時刻はとっくに深夜だった。
真っ暗闇の中、白い電燈が煌々と黒い世界を照らす。
近所の病院。そこは俺の家からも、封筒に印刷されていた住所とも近い場所だ。
万全の状態であれば、十分もすれば着くだろう。
生憎俺は運動不足の上に栄養失調気味で万全とは言い難い状態だが、そんな俺でも二十分もあれば余裕だ。
――そして、俺は辿り着いた。
まるで御伽噺の城のようなビル。
馬鹿みたいにでかいビルだった。
真夜中だから当然、殆どの部屋は明かりが消されている。
誰も居ないのか。
そう思った矢先に、一つの部屋が未だ電気を消さず輝いているのを見て、俺は再び走り出した。
明かりの付いている部屋に向かって、ただ走る。走る。
そうやって、ようやく目的の部屋に到着した。
思いっきりドアをノックする。
幾秒もしない内に、ドアがゆっくりと引き開けられた。
相変わらず無表情のプロデューサーが、初めて見る顔で笑っていた。
「おかえりなさい」
そう笑った。