渋兄生。〜しぶりんの兄が好き勝手やりすぎるはなし〜   作:秋ボーロ

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新米P(プロデューサー)編
十一:新米P、通勤初日。


 

 

 

 

 それから約七日経って、病院を退院した翌日。

 ようやくこの日がやってきた。

 俺のヒキニート脱却と、社会人としての第一日目だ。

 

 天気は快晴。

 雲一つない大空が都会のビル群を見下ろしている。

 その中で、一際異彩を放つ建物があった。

 

 他でもない、346プロダクション本社である。

 

「……しっかし、こうして改めて見ると、変わったデザインだよなぁ……」

 

 まず見た目が古めかしい。

 

 他の、ガラス張りだったり白のコンクリートで作られている近代的デザインのビルとは違い、ここはまるで宮殿のような印象を受ける建物だ。レンガっぽいデザインだし。クリーム色だし。

 

 ふと記憶の遥か彼方にある、家族で行ったイギリスの景色を思い出した。

 

 やっぱり、そっちの方のデザインと似せているのだろうか。

 話によると美城だけに城をモチーフにしたというし。

 

 しかし、ここまで荘厳な雰囲気の会社だと、毎日通勤するのが辛くなったりはしないのだろうか。

 女性社員ならまだしも、男性社員だとふとした時に建物のデザインに軽く引く、ということが有り得そうなのだが。

 

 具体的には俺とか。

 

「……まあいいか。こういうデザインの建物、女の子は好きそうだしなぁ」

 

 そう思い直して、俺は意気揚々と出社した。

 これが俺の社会人生活第一日目のスタートだと思うと、なんだか感慨深い。

 

「ここから俺の社畜人生(ビクトリー・ロード)が幕を開けるのだった……!」

「……何やってんの、兄貴」

 

 キメポーズと共に呟くと、後ろから絶対零度の視線が飛んできた。

 振り返ると、ニュージェネレーションの面々が。

 

「何って、アバン?」

「アバ……は?」

「アバンタイトルだよしーぶりーん! ほら、よく特撮とかでやってる『前回の三つの出来事ォ!』みたいな!」

「え、なんで未央は分かるの……?」

「ほら、私兄弟いるから、その影響? みたいな!」

「えっ、未央ちゃん、兄弟いるんですか!?」

「そだよー? あれ、言ってなかったっけ?」

「初耳だよ……」

 

 じゃあ今度うちに遊びに来た時に紹介しよーう! とちゃんみお。

 相変わらずハイテンションだ。朝っぱらから凄いと思う。

 凛としまむーは苦笑い。

 まあこのノリに付いて行くって結構大変だしなぁ。

 そんな風にわいわいやりながら歩き始める。

 

「……ところで、しぶにいはどうしてここに? 何かご用事?」

「ん? そりゃ今日から俺ここの社員だし」

「えっ」

「えっ」

「んぇ?」

 

 驚いた顔の二人。

 凛の方を見ると、眉間を押さえていた。

 

「……お前、ひょっとして話してなかったの?」

「どうやって話したもんか、私も悩んでたんだよ……大体、ヒキニートの兄が突然就職してプロデューサーやることになった、なんてそんな身内の恥を晒したくなかったし……」

「え、なんで俺この流れでdisられてんの?」

「ぷろでゅうさあっ!?」

「じゃ、じゃあ、凛ちゃんのお兄さん、もしかして私達の担当に!?」

「あ、いや、俺シンデレラプロジェクト付のプロデューサーだから。武内さんみたいに働く訳じゃないよ」

 

 そもそも今の俺にはそんな技量も体力もない。

 長年のニート生活で頭も体も鈍ってしまっているし、まずは下積みをコツコツやって最盛期のコンディションを取り戻さなければ。

 

「まあ、そういう訳だから。今日から宜しく、お二人さん」

「あ、はいっ! よろしくですっ!」

「しぶにいよろしく~♪」

「はぁ……言っとくけど、事務所で妙な動きしてるの見たら……」

「ただじゃおかない、だろ? 分かってるって」

 

 俺が両手をそれぞれ差し出すと、二人とも気さくに握手に応じてくれた。

 二人とも元気な良い手をしていた。

 輝く素質は十分だ。流石武内さん。

 

 

 ……ん? ひょっとしてこの手を使えば全アイドルと握手出来るんじゃないか?

 

 

 俺のハイスペック頭脳が、悪魔的な閃きをした。

 

 凛が脅しをかけてきているが、大丈夫だ問題ない。

 なぜなら俺がやることはただの『握手』。

 妙な動きでも何でもないただの社交辞令だ。

 よって成敗されるいわれはない。

 やった! これで勝ちだ!

 

 そうと決まればすぐにゴーだ。

 今日は社内を見学がてらアイドルの手を握りまくる日。そう決めた。

 

「んじゃ、俺はそろそろ行くから」

「待って」

 

 俺は颯爽と手を振ってその場を去ろうとするが、凛に腕を掴まれた。

 

「え、どうした?」

「行くって、どこに?」

「そりゃまあ、初日だから色々社内を見て回ろうと」

「じゃあ、私が案内したげるよ」

「えっ」

 

 思いもよらない発言が飛び出してきた。

 え、まさか、俺の考えが読み取られてる?

 

「何、不満?」

「い、いや、そういう訳でもないんだが……お前も仕事とかいろいろあるだろ? 別に無理して付いてこなくても」

「大丈夫、今日は打ち合わせだけだからすぐ終わるし、他に何も用事無いから。それに」

「……それに?」

「身内が犯罪なんてしたら、私のアイドル生命まで終わっちゃうじゃない」

 

 凛は真顔で、そう言ってのけた。

 ……お、おう。そういう風に見られてたのか俺。

 兄ちゃん悲しいわぁ……。

 

 これでもお縄につくようなヘマをやらかしたことは一度もないつもりなんだが。

 

 やっぱり妹としては心配なのだろうか。

 これはこれからの働きぶりで好感度上げまくらないとな……!

 

「……ともかく、勝手な行動はさせないからね」

「わあったよ。全く、凛は心配性だな……」

「あ、あのっ! だったら、私も付いて行っていいですか!?」

「あ、私も私もー!」

 

 仕方がないので諦めて凛の同行を許すと、後ろから島村さんが名乗りを上げた。

 次いで、本田さんも立候補する。

 

 一瞬断ろうとしたが、よく考えるまでもなく断る理由が無かった。

 人数が増えれば、それだけ凛の監視の目も甘くなる。

 

 そこをついて、道に迷ってあちらこちらに行ってしまう振りをすれば、いくらでも自由行動がとれるという訳だ。

 

 凛も同じく断ろうとしたが、二人のキラキラした笑顔を曇らせられない。

 やがて、仕方ないとばかりにため息を吐いた。

 

「分かったよ。じゃあ、二人もお願いね」

「はいっ! 任せてください!」

「ふっふー、未央ちゃんにお任せあれ~!」

 

 元気良く二人が手を挙げて返事をする。

 さて……そうなるとまずは、武内さんにそのことを伝えに行かなきゃいけないのか。

 この三人も、打ち合わせってことはプロジェクトルームに行くんだろう。

 

 なんだ、今日はずっと彼女たちと一緒か。

 

 正直言うと、かなりありがたかった。

 

 俺の対人恐怖症は病院に入院している時、武内さんの手配でカウンセリングをしてもらったことでかなりマシにはなってきているのだが、それでもまだ一人で二桁以上の見知らぬ人間に囲まれるとパニックを起こしてしまうのだ。

 

 幸いにも行きはおやっさんに送って貰えた為に何の問題も起こらなかったが、社内となるとそうはいかない。

 

 だから結構心配していたのだが、誰か知り合いがいるなら大丈夫だろう。

 

 もしかすると、凛はその辺りの事情も考慮して案内をすると言ってくれたのかもしれない。

 

 口ではああ言ってても、凛はやっぱり、根はやさしい子だから。

 

「じゃ、まずは武内さんのところに顔を見せに行って来よう」

 

 俺がそう促すと、三人は頷いて歩き出した。

 

 初めての出勤。

 まともに外の空気を吸うのも、随分と久し振りのことだ。

 それどころか、ちゃんとした服を着るのも、しっかりと歩くのも。

 

 これからは当たり前になっていくであろう行為の一つ一つが、今はまだ新鮮で、それが何だか少しおかしかった。

 

 

 

 空を見上げると、青空には真っ白で大きな雲が生まれ、太陽に照らされてキラキラと輝いていた。

 

 

 

 

 




主人公がヒキニートから新米Pにレベルアップしました。
まあだからと言って大した変化はないです。精々ギャグテイストが増えるくらいで。
ようやく書きたかったことが書いて行けそうでほっとしてます。
どうぞ皆様、これからもお付き合いください。
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