渋兄生。〜しぶりんの兄が好き勝手やりすぎるはなし〜 作:秋ボーロ
「しっかし、本当にデカい会社だよなぁここ……こないだ来たときは全然気が付かなかったけど」
四人で会社の廊下を歩いていると、ふと思ったことがすいと口から出た。
先を歩くニュージェネレーションの面々が、何事かと振り向いてくる。
しまった、ついいつもの調子で独り言を……。
部屋ではいつも一人だから気にしてなかったが、これからはいつも誰かしらいるんだよなぁ。気を付けないと。
「ここ、老舗の芸能プロですし、色んな設備があるんですよねぇ。私も、最初見た時はビックリしちゃいましたよ~」
「エステ、サウナ、大浴場……スーパー銭湯か何かなのか、ここ」
「私もよく知らないけど……芸能人って、色々気疲れすることも多い職業だからなのかな」
「でも実際、便利だよねぇ。私も、たまにレッスンの後に使ったりするよ~!」
「俺もそれ使えんのかなぁ……」
「ぷ、プロデューサーは……ど、どうなんでしょう……?」
「さあ……使ってるのは見たことないけど……」
自宅以外のお風呂に入る機会は少ないので、だいぶ興味があった。
というか、風呂に浸かった記憶がこの十年間存在しない。
いつもシャワーだけで適当に済ませてたしなぁ……社会人になったから、身だしなみとかも気にしなきゃいけなくなるのか。
めんどくさい事が山積みだ。社会人って大変。初日からこんなんで大丈夫なんだろうか、俺。
……まあ、泣き言わめいてる暇はもうない。
今までずっとサボっていた分、今日から心機一転頑張らないと。
そんな事を考えながら、プロジェクトルームに辿り着いた。
島村さんたちがノックをして入る。
俺もその後に続いた。
「おはようございますっ!」
「おはようございます」
「おっはよー!」
三者三様の挨拶と共に、部屋に入っていく三人。
すげえな、あんな気楽に入っていけるものなんだ……。
感心しつつ、俺も部屋の中に入る。
「おっはにゃー☆」
「おー、皆おはよー」
部屋に入ると、二人のアイドルがソファーでくつろいでいた。
一人は猫耳、もう一人はヘッドフォンを頭に付けている。
この二人は見たことがある。
今更ながら、戻ってきたんだなぁ、この世界に。
見ただけで分かる二人の輝きで、そんな実感がようやく湧いてきた。
……やべぇ、震えてきた。
「あれ? 未央チャン、そっちの人は? もしかして、新しいアイドルさんかにゃ?」
「違う違うよみくにゃーん、この人は新しいプロデューサーさん!」
「「うえええええっ!?」」
ちゃんみおがそう紹介すると、二人は露骨な驚きを口にした。
いや、うん、まあ、驚くよね……。
折角紹介してくれたことだし、俺も黙ってはいられない。
入院中に練習した動作で名刺を取出し、二人にそれぞれ差し出していく。
ちなみにこの動作は武内さんのをコピーしたものだ。その為に、見てくれにそぐわぬ風格を漂わせてしまっているが、まあ細かい事は気にしない。
「初めまして。今日から346プロダクション、シンデレラプロジェクト付のプロデューサーになる、渋谷です。どうぞよろしく」
これも練習した笑顔と台詞である。
こっちは武内さんが参考にならなかったので、昔自分がお偉いさんにやっていたのを思い出してやった。
二人に手を差し出すと、おっかなびっくり、という感じで握り返してくれた。
ほむ、二人とも良い手だ。
自分の中に輝きたいという情熱と確固たる信念が感じられる。
いやあ、346は逸材ばかりですなぁ。腕が鳴るというものだ。
「渋谷……って、え、もしかして、凛チャンのご家族の方かにゃあ……?」
「ええ、兄です。凛がいつもお世話になってます」
「ああいえ、そんなこちらこそ!」
「へぇ……凛ちゃん、お兄さんいたんだ……にしても、あんまり似てないんですね?」
「ま、まあね……」
リーナの率直な意見に少しグサッとくる。
いや確かに、俺は凛と違って顔立ちも整ってないしカリスマ的なオーラも出せないけど、直接そう言われると少し来るものが。
まあ本人には悪気もないし、そんなつもりもないんだろう。
俺は気にしないことにした。
「ところで、武内さんはいらっしゃるかな?」
「えぇーっと……確か、さっき打ち合わせの資料を取りに行って、まだ戻ってきてないです、ね」
「そっか、ありがとう。……じゃあ少しここで待たせてもらおうかな」
訊くと、多田さんが答えてくれた。
本音を言えば、武内さんを探しに行きたい所ではあるのだが、すれ違ったりしそうなので大人しく待つことにした。
それに、下手にうろちょろ動き回って知らない人とエンカウントするのも御免だし。
そんな事を考えていると、後ろから三人がひそひそと話す声が聞こえてきた。
「あの、凛ちゃんのお兄さんって、ずっと引きこもってらしたんですよね……?」
「うん、そのはず、なんだけど……」
「とてもそうとは思えないくらい動作が身に付いてるんですけど……!?」
一体どうなってるんだってばよ、と未央。
どうなってると言われても、練習したからとしか言えない。
まあ元々、アイツの付き人みたいなこともしてたし、そういうのは慣れてたってのもあるかもしれないけど。
ひそひそ話に混ざっても良かったが、折角なので
コミュ障の俺としてはあんまり話したくはないが、これもお仕事お仕事。
「そういえば、前川さんって魚苦手?」
「ええまあ、お魚はちょっと……って、何で知ってるにゃあ!?」
「さっき手を握った時のハリでなんとなく? あ、多田さんはギターやってるんだっけ? 少し指先固くなってるね」
「お、やっぱり!? いやぁ、実は自分でも最近固くなって来てるなーって思ってたんだよねぇ! これで私も立派にロックなアイドルかな!」
「手握っただけでそんなことまで分かるもんなのかにゃ……?」
嬉しそうな多田さんと、何故か戦慄する前川さん。
まあ、二人共手の変化は誤差みたいなものだし、一般の人には分からないのかもしれないが。
俺は昔から触覚と聴覚は鋭敏なのだ。代わりに視覚と嗅覚がしょっぱいことになってるけど。
「こう見えて俺は手フェチなんだよ」
「あの、理由になってないんですけど」
「二人とも良い手をしてる。トップアイドルになれる手だ」
「ホントですかにゃっ!?」
「ちょっと、適当に調子いいこと言わないでよ?」
率直な感想を述べただけなのに、何故か凛に睨まれた。
まだ妙なことはしていないはずだが。
「適当じゃないさ、俺には分かる。……まあ、長年の勘的なものがあるのは否定しないけど」
「長年って……渋谷プロデューサー、まだ学生ですよね……?」
「へ?」
「え、だって、学生服着てるじゃないですか?」
「……ああ、これか」
そう言われて初めて、自分が高校の時の制服を着ていたことに気が付いた。
道理で何だか、二人の目が不思議なものを見るような目だと思ったんだ。
「いや、実は俺ちゃんとしたスーツみたいな服持ってなくてさ。今日のために慌てて引っ張り出してきたんだよ」
「……ってことは、高校生じゃないんですにゃ?」
「そうだな。これ着てたのももう十年は前のことだし」
「えっ」
「えっ」
「えっ?」
「……あの、失礼ですが、おいくつですか?」
「……秘密?」
「秘密にする意味がどこに……」
「――只今戻りました」
そんな話をしていると、ようやく武内さんが戻ってきた。
良かった、これでやっと次の行動に移れる。
俺は不満そうな二人を手で宥め、武内さんの元に歩き出したのだった。
どうしてもキリが悪かったので、二話一挙投稿ということで手を打つことにしました。
更新に穴が開いて申し訳ない。