渋兄生。〜しぶりんの兄が好き勝手やりすぎるはなし〜 作:秋ボーロ
「すいません、長居しちゃって……」
「いえいえー! またのご来店をお待ちしておりますっ!」
十数分後、パフェを見事に完食して満足げな三人衆を連れて、カフェを出る。
申し訳なさからへらりとした笑みを浮かべて挨拶をすると、メイドさん改め菜々さんは元気な笑顔で送り出してくれた。
やだかわいい……。
思わず手を差し出すと、ちょっと怪訝な顔をされたものの、すぐに笑顔で握ってくれた。
やだ天使……。
握った手からは情熱の他にも、長年何かに打ち込んできたかのような、そんな経験も感じられる、大人の手だった。
……大人?
一つの謎を残したままで、俺達はカフェを後にした。
「……さて、これでほとんど見学し終わった訳だが」
「……どうする? まだ見て回ってみる?」
「いや……いいよ。今日はもういい時間だし」
カフェを出ると、凛がそう訊いてきた。
上を見ると、もう雲がオレンジがかった光を受けて輝いている。いつの間にかもう夕方だ。
確かにまだ見ていないところは少しあるが、特に見ておかなくてもいい場所だし。無理させてまで見る必要はないだろう。もう遅いし。
「あんまり皆の時間をもらうのも悪いし、今日は見学終了ということで。……本当、ありがとう。お疲れ様でした」
「また見て回る時は、いつでも呼んでくださいね!」
「まったねー、しぶにい!」
お礼を言うと、二人は手を振りながら去って行った。
凛は、何故かまだ残っている。
「……で、これからどうするの?」
「いや、あの、もう見学は終わりってさっき言わなかったか?」
「でも、兄貴のことだからまだ帰らないんでしょ? だったら私もいる」
「そう言われても……」
「……ダメ?」
そう上目遣いで覗きこまれる。
普段のクールな印象と相まって凄まじく男受けしそうな仕草だった。
流石現役アイドル。さぞ学校ではモテまくっていることだろう。
「あれ、効かない? 未央に教えてもらった通りにしたのに……」
「道理でなんかぎこちないと思ったら、本田さんの仕込みか。……生憎だけど、俺公私混同はしないタイプだから。オフィシャルの場じゃそういう色仕掛けっぽいのは効かんぞ」
「ちっ……」
「こら、舌打ちすんな」
凛が舌打ちをする。
いや、正直言うと少し危なかった。
仕込まれたてだから何とかセーフだったが、これでぎこちなさが無くなっていたら、俺も少し心動かされたかもしれない。プライベートの俺だったら何も考えず襲っていた。間違いない。
まあプライベートなら何もされてなくても襲いかねないんだけど。
「……別に、付いて来てもいいけど、何もしないぞ? ただちょっと
「だから不安なんじゃん……兄貴の何もしないって全く信用ならないから……」
「信用なさ過ぎてお兄ちゃん泣きそう」
夕焼けの空を仰ぐ。
ちょっと涙で景色が滲んだけど、なっ、泣いてなんてないんだからねっ!?
脳内で気持ち悪いキレ方をすることで気分を落ち着かせる。ひっひっふーだ。
よし、落ち着いた。
「じゃ、行くか。……まだ二人ともレッスンやってるんだっけ?」
「うん、多分ね。あの二人、頑張り屋だから」
レッスンルームに向かって歩き始めながらそう訊くと、そんな答えが返ってきた。
なるほど、確かに二人の手から感じられる情熱は尋常じゃなかった。
彼女たちにはアイドルになりたい、アイドルでいたいという一本の信念があるのだろう。
ぶれっぶれの人生を送ってきた俺としては、羨ましい限りだ。
もう社内の構造は大体把握したのがあってか、俺達は数分もしない内にレッスンルームに辿り着いた。
入る前に何してるかを確認しようかなと考え、ドアをノックする前に横に付けられている窓から中の様子を伺う。
「みくちゃんはそんなんだからいつまで経っても猫キャラ(笑)とか失みフ辞とか言われちゃうんだよ!」
「う、うるさい! 李衣菜チャンだってにわか乙とかロックだね(嘲笑)とか色々言われてるじゃにゃい! みくだけに問題があるなんて言い方やめてくんにゃい!?」
「私は本気でロックなアイドル目指してるの! たとえまだ中身が伴ってなくたっていつかそうなるために日夜努力しーてーるーのー!」
「いいじゃん! みくは猫キャラアイドルである前に一人の何処にでもいる魚嫌いの女の子なんだから! 大体魚にゃんか食べれなくたって猫キャラは崩れたりしにゃいしそもそも元々猫は魚を食べるのに適した身体構造はしてにゃいんだから! wiki調べ!」
「こないだ熱心にネット見てると思ったらそれかぁ!」
阿鼻叫喚だった。
多田さんが前川さんの服を引っ張り、前川さんが多田さんのほっぺたを引っ張る。
ザ・喧嘩中とでも言えばいいのだろうか。
ケンカするほど仲が良いとは言えども、ここまでのものだと解散一歩手前にも見えてしまうのだが。
あ、だから
一瞬凛と顔を見合わせた後、アイコンタクトの果てに行くことにした。
ガチャリと音を立ててドアが開く。
即座に二人が振り向いてちょっと怖かった。
「あ、プロデューサー! 聞いてよみくちゃんが猫キャラの癖に今日の晩御飯は刺身スープにするって言ったらにゃんにゃん鳴いてうるさいんだよ何とかしてよプロデューサー!」
「プロデューサーちょっと聞いてにゃ李衣菜チャンが自分だって甘いキャラづくりの癖にみくの唯一かつ絶対で孤高かつ至高であるはずのアイデンティーティー? を否定してくるのにゃこれは明らかにみくの人間らしい生活を求める権利を侵害してるにゃ!」
「一瞬でこっち来たと思ったら二人とも同時に捲し立てるんじゃねぇちょっと落ち着け!」
「というか二人ともどうやって移動したの……全然見えなかったんだけど」
即座に二人に絡まれた。
二人とも流石実力派アイドルと感心するほどの声量と肺活量で、互いに互いのことを声高に非難し合う。
この状況でどちらの言うこともきちんと聞き取った俺を褒めて欲しい。
「いいか二人とも、まずは落ち着いて。ほら、ひっひっふー!」
「プロデューサーそれセクハラにゃ!」
「それセクハラですよプロデューサー!」
「いつから日本は深呼吸させようとするだけでセクハラ認定される国になったんだ……いいから深呼吸しろ深呼吸! 落ち着け!」
「兄貴、落ち着いて」
落ち着かせようとした人間が、逆に落ち着かなくなる負の連鎖。
とにかく三人揃えて一度大きく深呼吸をし、それから話を聞く。
「……で、要するに多田さんが今日の夕食を魚料理にしようとするから前川さんが怒ったってことね」
「そうにゃ!」
「そうです!」
「……それ、夕食別々のメニューにするだけで解決するんじゃ」
「それはそうだけど、お金が勿体無いじゃないですか」
「みくたちだってアイドルだから少しはもらってるけど、どうだあかるくなつたろうとか出来る程お金持ちじゃないにゃ」
「今の世でそんな事する奴いねぇよ……分かった、今日の所はひとまず俺がおごろう。親睦を深める意味合いも込めて飯食いに行こうじゃないか」
「ホントかにゃ!?」
「ゴチになります!」
「ただ、今日だけだからな。これからは二人で二人の納得の行く献立が考えられるようにしろよ」
「はいはいみくハンバーグ食べたいハンバーグ!」
「私刺身バーガー!」
「あー分かった分かったファミレス行こうファミレス! な!」
そんなこんなで、四人でファミレスに行くことになってしまった。
……どういうことなの(困惑)
朝起きたと思ったら夜でした。
どうなってんの……。(困惑)
そんな訳で一話投稿と相成りました。平にご容赦をば。