渋兄生。〜しぶりんの兄が好き勝手やりすぎるはなし〜 作:秋ボーロ
多田さん、前川さん、そして凛を連れ、俺はとある居酒屋を訪れていた。
ここは346プロの近くに位置する居酒屋で、アイツがまだ生きていた頃に、よく二人で来ていた店だ。
十年前、最後に来たときから変わらない狭い店内。
築ウン十年だけあって若干ボロっちいが、いつも誰かしらが楽しそうに酒を飲んでいる良い店だ。
今だって仕事終わりでガンガン酒を呷り、はっちゃけている若い女性たちや、林檎だのパイナップルだのを使って宴会芸をしている、みょうちきりんな格好をした男たちで、店内は賑わっている。
……この空気、懐かしい。
なんだか十年前に戻ったみたいだ。
そんな中、李衣菜たち三人はどこか不機嫌そうな顔で料理が出されるのを待っていた。
「ねープロデューサー、さっきファミレス行くっていってなかった? それが、どうしてこんな寂れた居酒屋に……」
「どこかの誰かが頑なに刺し身バーガー食いたい食いたいって言わなきゃ、俺ももっとマトモな店に連れてってやれたんだけどなぁ……」
「刺身バーガー……うう、考えただけで背筋がゾクッとするにゃ」
「私も別の意味でゾクッとするよ……刺身のハンバーガーなんて」
「心配すんな。ここはどの料理も味だけは完璧だから。味だけは」
「逆に言うとそれ以外はヤバイってことですかそれ」
「李衣菜、あんまり深いとこまで考えるとマスターに消されるから、気をつけろよ」
「消されるっ!?」
冗談のつもりでそう口にしたのだが、どうも本気にしてしまったらしい。
丁度料理を運んできたマスターに対し露骨に怯えていた。
久々に会うマスターに頭を下げると、新人さんに変なこと吹き込んでんじゃねぇ、と苦笑しながら頭を叩かれた。
本当に十年前に戻ったみたいで、無性に懐かしかった。
さて、前川さんにハンバーグ定食、多田さんに刺身バーガー定食、凛にタコス、俺にビールと焼き鳥と、それぞれ注文した料理が行き届いたタイミングで、俺達は乾杯することにした。
「まさか本当に刺身バーガーが出てくるとはおもわなかったにゃ……」
「私も……というか、タコスもまさか出てくるとは思わなかったよ。何でも頼んでみろって言うから頼んでみたけど」
「ここは頼んだ料理が何でも出てくるってのが売りの居酒屋だしなぁ。まあ、俺も刺身バーガーが出てくるとは思わなかったけど」
「み、皆してバカにして……お、美味しいんだよ刺身バーガー! 後から欲しくなったってもう分けたげないからね!?」
「いや、うん、いらないかな」
何はともあれ乾杯。
ジョッキを差し出すと、李衣菜以外は皆グラスを差し出してくれた。
え、李衣菜?
刺身バーガー一口食ったら美味しさの余り精神が何処かへトリップしたよ。
「乾杯!」
「……兄貴、いいのビール飲んで? お酒なんてマトモに飲んだこと無いでしょ?」
「マトモにどころか初めてだぞ? ヒキニートに酒なんて飲む機会なんてないし」
「じゃあ何でそんな自然な動作で一気飲みしようとしてるの! ってもう中身空だし! 早いよ早すぎるよちょっと!」
「へーきへーき俺酔わない体質だから。さーてもう一杯」
「飲んだこともない癖に!」
「このハンバーグ、今まで食べてきたどのハンバーグより美味しいにゃ……あのマスター、何者……?」
「刺身バーガーうま……刺身バーガーうま……刺身バーガーうま……」
2杯目のビールに取り掛かったところで凛にジョッキを取り上げられる。
飲みたいのだろうか。だがいくらこの席が無礼講で俺が半ばプライベートモードになりつつあるとは言え、流石に未成年アイドルに酒を飲ませることは立場上出来ないのだが。
ちなみに、みくにゃんと李衣菜は料理を一口食べてから夢中になってガツガツ食べている。
「違うって……兄貴、ここでは唯一の大人なんだから、もっとちゃんとした振る舞いをさ」
「お前ヒキニート上がり初日の俺にそんなふるまいが出来るって本気で思ってんの?」
「……ごめん。私が悪かった」
「はっきり謝られるとそれはそれで傷つくなおい」
「でもお酒はダメだよ。そんなハイペースで飲んだらすぐ前後不覚になるってば」
「はいはい。気をつけて飲むからそれ返してくれよ。俺最初に飲む時は潰れるまで飲むって前から決めてたんだ」
「だから潰れたらダメなんだって!」
凛が酒を返してくれないので、仕方なく俺は焼き鳥を摘んだ。
一口サイズの鶏肉を口に放り込むだけで、すぐに優しい塩麹の味が火傷しそうな熱さと共にやってくる。
……この味は、やっぱり変わらない。
余りの懐かしさに涙が出そうになってきた。
「プロデューサー、どしたの? 舌火傷でもした?」
「ごめん李衣菜空気読んでくれないか」
「ひどっ!? 仮にも自分の担当アイドルにその暴言! プロデューサーとしてどうなんですかそれ!」
「今は無礼講だし気にすんなって。細かいこと気にするのはロックじゃないぜ?」
「ロックを都合の良い言い訳にしてません?」
何故バレた。
ジト目を向けてくる李衣菜をやり過ごすために、咳払いをしてから話題を変えることにした。
「……そういや、李衣菜はロック好きって聞くけど、どんなロックが好みなんだ?」
「……へ? ロックはロックだけど……?」
「いや、ロックにしたって色々あるだろ? ハードとかラウドとかオルタナティヴとか……どういうのが好みなんだ?」
「え、えーっと……」
「……ひょっとして、初耳?」
「あ、いや、し、知ってるよ!? このロックなアイドルリーナが知らないロックなんて無いからね!」
「じゃあ、ハードコアとメタルコアとデスコアの違いってなんだと思う?」
「ふぇっ!? あ、いや、それは、その……」
返答に詰まってしどろもどろになる李衣菜。
やだかわいい。
やはり資料にあったようにロックについて詳しい知識はないらしい。
彼女が目指しているのはあくまでロックな立ち振舞いをするカッコイイ系アイドルであって、別にロック自体が鋤なわけでは無いようだ。
まあぶっちゃけロックの区分なんて国によって変わったりするし、そもそも全部把握している人の方が少ないくらいなので、大して気にする必要も無いのだが。
狼狽してる姿が可愛いから教えてあげないけど。
あたふたしている李衣菜を一時ほっぽり、もう一度焼き鳥に手をつける。
タレの方も皮がパリパリで素晴らしく美味しかった。
「ああ、後はこれにキンキンに冷えたビールが付けばなぁ……」
「そんな顔してもダメ。兄貴絶対一瞬で飲みきるでしょ」
「この信用のなさだよ……」
「日頃の行いだよ。諦めて焼き鳥食べるか、他の飲み物頼めば?」
「それもそうだな。……マスター! なんか美味しい日本酒冷でー!」
「酒以外で」
「わあったよ……マスター、般若湯ちょうだい!」
「酒以外で!!!」
「――あの、すみません」
そんなこんなで漫才みたいなやり取りをしていると、後ろから突然声を掛けられた。
振り向いて何事か返事をしようとして――そこで、俺は言葉を失った。
そこに立っていたのは物凄い美人だった。
ふんわりとしたボブカット、左右微妙に色の違うオッドアイ、あどけない顔立ちに泣きぼくろ、そして上気した頬。
俺はこの人を知っている。
いや、俺だけじゃない。日本中の人間が、この人の顔を、声を、立ち振舞いを知っている。
「あ、やっぱり。凛ちゃん、おはようございます」
「かっ……楓さん……!?」
――高垣楓。
今や日本で知らない人はいないとまで言われる、346プロアイドル部門のエース。
その人が、神秘的な微笑みを浮かべて俺達の前に立っていた。
私もロックに関してはあんまり詳しくないです。
とりあえずお前がロックだと思うものがロックだ、の精神で概ねオッケーじゃないかな、と思ってます。
モノホンのロッカーの方気分を害されたら申し訳ない。