渋兄生。〜しぶりんの兄が好き勝手やりすぎるはなし〜   作:秋ボーロ

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十八:新米P、力戦奮闘。(1)

 

 

 

 

 さて、前川さんと多田さんを女子寮に送り届けた後、俺達は何とか我が家に帰り着いていた。

 

 女子寮前で再び二人が喧嘩し始めるなどのトラブルや、飲み会終わりの大人たちが一杯の酒臭い車両で危うく吐きかけると言ったアクシデントも発生したものの、何とか無事に帰りつく事が出来たのは僥倖と言えよう。

 

 まずは一日目クリアだ。

 

 まあ今後はこんなのが毎日続く訳だし、おちおち喜んでもいられないのだが。

 

「疲れた……ああやっと帰ってこれたもうやだ何なんだよあいつら酔っぱらってるからっていい気になりやがって自分からぶつかってきた癖に因縁吹っ掛けるとか頭沸いてんのかくそったれ!」

「日本のサラリーマンは色々大変だから……きっと溜まる気苦労もあるんだよ」

「そして俺もこれからその社畜共の仲間入りとなって乗車率200%越えの走る畜生列車に毎日詰め込まれる訳ですね分かりたくありません!」

「兄貴、さては今更酔いが回ってきてるの?」

「オフィシャルからプライベートに華麗なメタモルフォーゼ決めただけだっつの。またの名をトランスフォーメーション。もしくはウサミン☆チェンジ。あー自宅の床最高だわーこの硬さといいこの木目といい文句のつけようがないわーこのまま寝れるくらいだわー」

「あ、これもうダメな奴だ……とにかく起きなよ、こんなところで寝たら背中痛くなるよ」

「なんのことかなハッハッハぐー……ぶしゃっ!?」

「……花瓶の水かければ起きるかな?」

「掛けてから言わないでお願い!」

 

 お陰でふわふわした気分は一瞬でどこかに飛んでった訳だが何でだろう全然嬉しくない。

 何でも何もいきなり頭から花瓶の水ぶっかけられたからですねしってたー。

 

 水も滴るイイ男は言うが俺みたいな根がクソニートの穀潰しに水をやっても育つのは立派なヒキニートの木だけだぜ。今上手いこと言った。

 

「…………」

「おっとそんな絶対零度の目でコップに水注がれたらお兄ちゃん泣いていいのか喜んでいいのかワカラナイネー……待て、酔いはもう冷めてる。だからこれ以上ぶっかけてくれるな、妹よ」

「だったらいつまでも馬鹿な事言ってないでよ、もう。……はい、水」

「サンキュ。やっぱ持つべきものはいい妹だよなぁ。あともう二つ要素があったら俺全世界を牛耳れる気がするわ」

「……その二つって?」

「金と権力」

「それだけあれば出来るよね。それ」

 

 ジト目を喰らいつつも、俺はコップの水をぐいっと一気に飲み干す。

 今までの軽かった体が途端にしっかりとした重さを持ち、更に酒の反動による軽い頭痛がじわじわと痛み始めて来た。

 

 なんか、すごい生きてるって感じがする。

 

 俺のニート生活には、痛みも苦しみも何もなかった。

 ただただ無為且つ無駄に、時間を過ごすだけ。

 

 そんな生活を十年近くずっと続けてきた。

 

 何も生み出さず何も得るものが無い。俺の中身は空しい生活の末に空っぽになっていた。

 

 それに対して、今はどうだろう。

 

 何処にいるにしても常に誰かと一緒にいて、気まずい沈黙やたどたどしい会話もあって、通勤列車は怖くて狭くて。

 

 

 でも、今までよりもずっと満たされている。

 

 この満足感の為に人は生きているのだとまで思うほどだった。

 

 順調に社畜に毒されてるって?

 心配すんなこの地球に息づく人類数十億人は皆みんな資本主義に飼われてる豚だから。

 

 

 仕方ないよねだって豚ってすごい気持ちいいんだもん仕方ないよねっ!

 

 

 どこぞの薄い本に出てきそうな台詞で軽く笑えた。

 

 

「どうしたの兄貴、突然ニタニタし始めたと思ったらフッて笑って」

「はいはい俺は気持ち悪いよ承知の上だよ疲れてんだよ。……という訳で俺は寝ます。お休みなさい」

「えっ、ちょっと、お風呂は?」

「明日の朝シャワーでも浴びるさ。んじゃ、また明日……」

 

 

 そう言い残し手をヒラヒラ振って俺は自室に引っ込む。

 

 正直もうヘトヘトで今すぐ眠りたいのだ。

 

 今は何も考えずにただお布団様にくるまれて極上の安楽に包まれていたい。

 

 俺の内を占めるのはそれだけだ。

 

 まだ少しふらつく足取りを何とか制御しながら、俺は自室の部屋に入って電気を付け、そのままベッドにダイブした。

 

 電気はついたままだが、心配はいらない。

 

 

 俺は電気が付いていても寝られる……というより、電気が付いていないと眠れない性質だし、この電気はセンサー付きで、一時間程動かずにいると自動で消えるようになっているのだ。電気代の無駄遣いもしなくて済む家庭に優しい設計。

 

 

 だから俺がやることと言えば、後は目を閉じるだけでいい。

 

 

 ちょっとの静寂。

 

 だがそれもすぐに終わる。

 

 睡魔がやってきて俺の意識を刈り取っていくからだ。

 

 

 やがて俺は完全に眠りに落ちた。

 

 

 

 

 

 突然だが、こういう時に見る夢というのは妙に鮮明であることが多い。

 

 多分、久方振りに現実に触れたショックで脳が影響を受けているのだろう。

 

 そんな訳で、俺がその日見た夢も、気味が悪くなる程鮮明で現実そっくりだった。

 

 

 

『……楽しそうだね』

「まあ、それなりにな」

『ふふ。そうやって誤魔化す癖、いくつになっても変わらないね!』

「茶化すな。やめろよ恥ずい」

『はいはい。……ねえ、今、キミは楽しい?』

「……そうだな。悪くない」

『もー、素直じゃないなぁ!』

「なんだよ、突然出てきたと思ったら、楽しいか楽しいか、って」

『だって。気になったんだもん。私がいなくても、そっちで元気にやれてるのか』

「お前は心配すんな。……俺は大丈夫だ。大丈夫」

『そうやって無理して強がる癖も変わってない。……ねぇ、よく聞いて』

「……なんだよ」

『もうキミの身体は、キミだけの物じゃないんだよ? 他のアイドルの夢。あの武内っていうプロデューサーの夢。それに、私の夢も背負ってるの。だから無理しないで。そんな風に強がってちゃ、またすぐに潰れて逆戻りだよ?』

「……そんなこと言ったって、なぁ」

『大丈夫。案外、無理しないって簡単だよ? だって、楽しむだけでいいんだもの』

「……楽しむ?」

『そう、楽しむ。楽しむだけ。ただそれだけ!』

 

 

 

 だからね、と彼女は微笑んでそう言った。

 

 

 

『今、キミは楽しい……?』

「……俺は」

 

 

 

 

 

 

 

 

 はっと目が覚めた。

 

 

 目に入るのはアイドルのポスター。

 天井一面に張られている。

 

 その隙間から洩れる光が眩しくて、思わず目を細めた。

 

 

 ……夢を見た、気がする。

 

 

 だが、不思議なことに内容がさっぱり思い出せない。

 こういう時の夢って忘れたまま二度と出てこないことが多いんだよなぁ。

 

 思い出そうと少し頭を巡らせても、やはり無駄だった。

 

 思い出せないということは重要なことじゃないのか。

 そう思うも、自分の体を見直してみると、とてもそうは思えない。

 

 見下ろせばぐっしょりと汗で濡れたYシャツ。

 よほどの悪夢を見たのか、はたまたよほど大事な夢を見たのか。

 

 

 分からない。

 分からなかった。

 

 ただ重く頭にのしかかるような鈍痛だけが俺に残されている唯一の手掛かりだった。

 もっとも、何のヒントにもなりそうになかったが。

 

 

 ……しかし、困った。

 服が汗でびしょ濡れになってしまったせいで、このままでは寝付けそうにない。

 

 仕方がないのでシャワーを浴びてくることにする。

 

 

 こんな時間に浴びたくはないのだが、致し方ない。

 背に腹は代えられないのだ。

 

 やはりまだふらつく足取りと、寝起きではっきりしない頭、二日酔いによる頭痛の三重苦を背負いながらも、何とか風呂場に辿り着いた。

 

 

 閉められている脱衣所のドアを開く。

 

 

 

「――えっ」

「…………」

 

 

 

 ――そこには、バスタオルを体に巻いただけの姿の、凛がいた。

 

 

 

 




明日続き書きたいとか言って結局書いてないですねヤダー!
代わりといっては何ですが、短編を一つ上げておきました。今日のところはこれで勘弁してください……!
明日、明日こそはしっかり投稿しますので!
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