渋兄生。〜しぶりんの兄が好き勝手やりすぎるはなし〜   作:秋ボーロ

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二十三:新米P、力戦奮闘。(6)

 

 

 

 

 理容店に入って数十分後。

 すっきりした頭をボリボリ掻いて髪の毛を落としつつ、俺は島村さんと帰路についていた。

 

「いやー、やっぱいいとこで切ってもらうと全然違うねー。いつも使ってた千円カットとかもいいけど、値段の差ってでかいよねー」

「えっ……あっ、は、はい、そうですね」

 

 上機嫌で島村さんに話しかけると、何故か彼女は面食らったような顔をして、目をごしごしとしきりに擦っていた。

 ゴミでも入ったのだろうか。

 今日は湿度も高いし、空気中に埃は含まれていないと思うのだが。

 

 空を見上げると、燦々と煌めく太陽が今日も下界に容赦なく光を注いでいる。

 じりじりと焼けるアスファルトが熱そうだ。

 ゴムの靴底が地面にへばりつく感覚を楽しみながら、都会の街並みを闊歩する。

 

 ふと、すれ違う人がやたら俺達に振り向いてくることに気が付いた。

 もしかして島村さんの魅力に引き寄せられているのだろうか。

 

「いえ、多分ですけど、皆お兄さんのことを見ているんじゃ……」

「え、俺? ……もしかしてあの理容師、俺の頭頂部だけハゲさせた?」

「どういう切り方したらそうなるんですか……そうじゃなくて、その」

 

 もごもごと何かを言いたそうにしている卯月ちゃんだったが、やがてカーブミラーを見つけると、びっ、とそれを指差してきた。

 それに映っているのは俺だ。

 

 いつも通りの冴えない顔である。

 目付きが悪く見える原因でもある一重瞼、高いとは言えない鼻、角ばった顔、不健康な顔色。

 髪の毛は、さっき切ってきたばかりなだけあってすっきりしているが、それだけだ。

 何処にでもいる、凡庸で中肉中背の男である。

 

 となると。

 

「……もしかして、見えないものが見えちゃってる?」

「何で私がおかしい子みたいになってるんですかっ!? その可哀そうな子を見る目やめてくださいよ! ……じゃなくて、凛ちゃんのお兄さんが格好いいから、皆さんが振り返る、ってことです」

「……は?」

 

 思わず間抜けな声が漏れた。

 

 もう一度鏡の中の自分の顔を見る。

 

 相も変らぬ柄の悪い顔だ。

 なんか金髪にしたら、安っぽいホストクラブで客引きでもしてそうな、そんな顔。

 

 お世辞にもかっくいーとは言えない顔である。

 

「……島村さん、やっぱり見えない誰かが見えるんじゃ」

「さっきから私をおかしくするのやめてくださいよ……寧ろおかしいのはお兄さんの自己評価の低さですよ。どーしてそんなに低いんですか」

「そう言われてもなぁ……人の美醜とか興味ないし」

「それにしたって限度があると思いますけど……いったいどんな生活を送ったらこんな人に――あっ」

「……島村さん?」

 

 突然島村さんが哀れな何かを見たような顔をした。

 よく分からないけど俺の心が傷ついたので泣いていいだろうか。

 

 ……大の男が泣くなんてみっともないって?

 うっせえもげろ。

 

 

「折角ですし、お兄さんも凛ちゃんと一緒にアイドルになればよかったんじゃないですか?」

「やだよ、興味ないし。それに、俺は自分が輝くよりも誰かを輝かせてる時の方が楽しいって思う人間だから」

「……そういうものなんですか?」

「まあね。それに、もし俺がアイドルになってバラエティとかに出て喋ったらさ」

「あそうですね確実に放送事故になって映像がお蔵入りになりますよね、分かります」

「上がっちゃって喋れなくなる……って言おうと思ったんだけどなぁ……」

 

 わかるわ的な表情で何度も頷かれた死にたい。

 

 何も分かってもらえてないんですがどうなってるんでしょうか果てたい。

 

 というか俺を誰彼構わずセクハラするような最低下種野郎みたいに扱うのはやめて頂きたい。

 

 どうして俺の周りの女の子はやたら辛辣な子ばかりなのだろう。

 ただひたすらに癒しが欲しい。癒しが。

 

 

 ダメだ、しまむーみたいに最初は癒しでも次第に染まっていく未来しか見えない……。

 

 

「くそう、何が卯月ちゃんをこうまでも変えてしまったというんだ……!」

「うーん……強いて挙げるなら、今日のお洋服選びの時に鼻息を荒くして私に下着を買わせようとしてきた汚兄さんのせいですかね……」

「いやでもさ島村さんに似合うと思ったんだよあの黒のTバック……ごめん謝るから徐に交番目掛けてダッシュしないで。ホント謝るから」

 

 いやだって、島村さん本当に無防備なんだもん。

 

 普通に際どい服でも、これどうですかー? って見せてくるし。

 見せられる男の身にもなって欲しい。

 

 いくら今の俺は仕事モードだとは言え、思うところがない訳では無いのだ。

 

 

 まあ、そんな際どい服も島村さんが着ると途端に普通の服に変貌するので全く興奮しなかったが。

 

 

 

 

 

「……あっ」

「ん? どうかした?」

「あ、いえ、何でもないですっ!」

 

 そんな遣り取りをしつつ、しばらく歩いていると、いきなり島村さんが足を止めた。

 声を掛けるが、何でもないという答えが返ってきた。

 

 だが普通だったら、何もないのにいきなり止まったりしないだろう。

 そう思って島村さんの視線の先を追ってみると、アクセサリーの路上販売をしている男が座っていた。

 

 ちらりと品揃えを確認すると、なかなかいい品がちらほらと見受けられた。

 

 どうやらこの男、腕がいいらしい。

 

 細かい所までよく作りこんでいる作品だらけだった。

 

 その中でも、一際目を引くアクセサリーが陳列されている。

 

 

 アネモネの花をあしらったデザインのペンダントだ。

 

「……もしかして、アレ?」

「は、はい……あのお花、私が初めて凛ちゃんの花屋で見たお花にそっくりだったので、つい気になって」

「へえ、おやっさんの店、来たことあったんだ」

「はい! 私、そこで初めて凛ちゃんに会ったんですよ! まさか、再会して、一緒にアイドルが出来るなんて、思ってもみませんでしたけど、ね」

 

 そう言って、昔に思いを馳せているのか、島村さんは目を閉じた。

 

 その姿は、いつにも増して眩い輝きを放っていた。

 

「……買ってく? あれ」

 

 気が付くと、言葉が口をついて出ていた。

 

「えっ!? いや、いいですよ。悪いですし……」

「でも、欲しかったんでしょ?」

「それは、まあ、欲しい事には欲しかったですけど……」

「じゃあ決まりだ。……すいません、それ下さい」

 

 卯月ちゃんの言葉を聞くなり、俺は座り込んでいたおっさんに近づき、アネモネの花を指差した。

 

 それまで目を閉じていた男は、俺達の話を聞いていたのか、すぐに片目を開いて、五百円、とだけぶっきらぼうに言い、そうして右手を俺に向かって出した。

 

 俺はポケットから五百円を取出し、男の掌に置く。

 

 男は硬貨の感触を指で確かめると、取って行け、とばかりに指でペンダントを指し示し、再び目を閉じた。

 

 

 目的のアネモネの花を取って、卯月ちゃんに渡す。

 

「あ、ありがとうございます……すみません、後でお金払いますね……」

「いいよ、俺がそれ付けてる卯月ちゃんを見たいと思っただけだから。気にしないで?」

「……分かりました。それなら、ありがたく頂きます」

 

 申し訳なさそうにしていた島村さんにそう言うと、少し微笑んでくれた。

 

 実際、半ば俺が無理矢理押し付けたようなものなので、彼女が気にする必要はどこにもないのだ。

 

 

 俺はただ、これを付けて笑っている卯月ちゃんが見たかっただけなんだ。

 

 

 そうぽつりと漏らすと、彼女は一瞬きょとんとした後、にっこりと花開くような笑顔を浮かべた。

 

 この笑顔が見られるならば、このペンダントの代金くらい、安い物だろう。

 

 

 心からそう思えるような、そんな笑顔だった。

 

 

 

 

 

「ああ、あと今日のセクハラの口止め料ってのもあるけど」

「台無しですお兄さん」

 

 

 

 

 




うちの卯月さんはこんな感じで行く予定です。
そもそも出番がそんなにあるか分かりませんが。(爆)
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