渋兄生。〜しぶりんの兄が好き勝手やりすぎるはなし〜 作:秋ボーロ
「さて、そんじゃいよいよ、プロデューサーっぽいことでもしようかね」
事務所に戻った俺は、卯月ちゃんと別れて346ビル内を闊歩していた。
卯月ちゃんは帰ってくるなり、スキップで自主レッスンへと向かっていった。
聞くところによると、暇さえあらばレッスンをしているらしい。
特に最近は駆け出しアイドルとして活躍出来ていることもあってか、より一層気合が入っているようだ。
やはり、あの手から伝わってくるひたむきな思いは間違いではなかった。
武内さんもいい子を見つけてくるものだ。率直に天才だと思う。
……同じ武内さんに見出された身としては、肩身が狭いと言うかなんというか。
「まあ、やれるだけやるしかないよな。ってことで」
決意も新たに、俺は歩き出した。
目指すは武内さんから指定された仕事場。
高垣楓さんの所である。
☆
「……しっかし、やっぱトップアイドルの一角ともなるとデカい仕事任されるんだなぁ……」
到着したのは346プロダクション内のスタジオルーム。
その一番大きな部屋である。
この部屋はめちゃんこ高い機材が大量に設置されていることもあってか、そうそう使われることがないらしい。
使われるのはやはり、巨額の金が絡む仕事の時のみだそうな。
前に一度見学に来た時には最高級の音響機器まみれの部屋に、軽く気が遠くなったっけ。
そんな部屋で、楓さんは収録を行っている。
その事実に軽く身震いした。
が、いつまでも気圧されては居られない。
一つ深呼吸をして、俺は部屋に入った。
中では十数名の音響スタッフさん達が、じっと録音ブース内の女性に視線を注いでいた。
ガラス戸で仕切られたブースの中には、楓さんが歌声を響かせている。
さながら天使の歌声とか、女神の旋律。
そう言う感じの神々しいフレーズが頭の中をよぎった。
あの人の歌声は神秘的だ。
そこには天から選ばれた者の才覚という奴が滲み出ている。
そんな気さえする程だった。
……おっと。つい聞き入ってしまった。
いかんいかん、仕事仕事。
俺は歌唱の終わりを見計らって、後方に立っていたスタッフさんに小声で声を掛けた。
「すみません、プロデューサーの代理なんですけれども、楓さんに伝言がありまして……」
「……ん? ああ、最近入ったプロデューサーの人か。何だい?」
「明日からの地方ライブのスケジュールに変更が合ったみたいなんで、その連絡を。すみませんが、収録が終わりましたらこの書類を渡して頂けますか?」
書類の入ったファイルを渡すと、初老のスタッフさんは快く受け取ってくれた。
「ああ、分かった。渡しておくよ。……そういえば、君凛ちゃんのお兄さんなんだって?」
「ええまあ、一応そうなりますね。……ひょっとして、凛の仕事にも?」
「ついこの間のシングル収録の時にね。いやあ、彼女には才能があるよ。僕も結構長い間この仕事やってるけど、ああいう類の力強くて綺麗な声の主はそう居るもんじゃないさ」
まさかのべた褒めである。
正直驚いた。
身内の贔屓目で見ても、凛のアイドルとしての魅力は優れた容姿と運動神経の賜物の印象が強かった。
あいつ、歌もうまかったのか。
一緒にカラオケとか行ったことないから知らなかった。
あ、でも言われてみれば確かに。
ときたま風呂で聞こえてくる鼻歌とか澄んでて綺麗だもんなぁ。
今度歌ってもらうように頼んでみるか。
同じ風呂の中で。
そんな益体もない事を考えていると、楓さんが再び歌いだした。
担当のスタッフから指示が飛んだワンコーラスだけだが、再びその場の全員の目が楓さんに釘付けになる。
再び歌い終わるのを待って、ぼそりと呟いた。
「……でも、楓さんにゃ叶いませんよ」
「あの人と比べるのは可哀そうだろう。ありゃ天性のモンだ。話によると学生時代もモデルやりながらちょこちょこ歌番組とかにも出てたっていうし、まだぺーぺーの凛ちゃん達じゃ、まだ年季が足らんよ」
「ですよねー」
そんな会話をしつつ、ぼんやりと昔の事に思いを馳せる。
あの頃はまだ、彼女も新人という感じで、今ほどの風格を見せてはいなかった。
その時から才覚の片鱗は見せてたけど。
人を惹きつけるオーラと声。
あの時の俺はよく楓さんにアイドルを勧められたもんだなぁ、と今になって思う。
今じゃ怖くて考えられん。恐ろしい目に遭いそうだ。
……と、そんなことを考えてる場合じゃなかった。
まだスケジュール変更を伝えに行かなきゃいけない人が残ってるんだ。
「すみません、自分はこれで……」
「おう。頑張れよ」
「ありがとうございます、失礼します」
お辞儀をしてそそくさと退散する。
去り際に、楓さんの方にちらりと視線を遣る。
楓さんも丁度こちらを向いていた。
そんなはずはないと思うが何故だろうか。
目が合ったような気がした。
「えーと、次は川島さんに伝えに行くから……っと」
地方ライブのもう一人の年長組、川島瑞樹さんの姿を探す。
あの人は色々なジャンルの仕事に手を出しているせいか、居場所が掴みにくい。
一日に何本もTV番組に出演したかと思えば、地方ロケで温泉巡りをしたり。
はたまた、デパートのCDショップで握手会をやったりと様々だ。
幸いにも、今日はレッスンのみで346プロに居るはずなのだが。
「あの人の場合フットワーク軽すぎて、346の中っつってもどこに居るか分からないんだよなぁ……」
とりあえず、居そうな場所を一通り回ってみるしかない。
そう考えて、手始めにエステサロンを覗いてみた。
受付のお姉さんに話しかける。
「すみません、今日って川島さんっていらっしゃってますかね?」
「瑞樹さん? ああ、丁度いま施術中ですよ?」
ビンゴだった。
やはりプロフィール欄の「趣味:エステ巡り」は伊達じゃなかった。
今日は運が良い。
「でしたら、申し訳ないのですが、施術が終わったらこちらの書類を渡して頂けませんか?」
「はい、了解しました。……あ、でも」
「はい?」
受付のお姉さんは俺の後方を指差すと、
「今丁度、終わったみたいですよ?」
「えっ?」
振り向くと、サロンからつやつやした顔の川島さんがご満悦、といった表情で出てきたところだった。
「あら? 渋谷プロデューサーじゃない。こんな所でどうしたの?」
「あ、ええっとですねぇ……」
「何でも、渡したい書類があるみたいですよ。丁度今、私に言伝を頼まれた所だったんです」
「……です、はい」
急なアイドルとの接近遭遇にテンパる俺を見かねたのか、受付のお姉さんがにこやかに説明してくれた。
ありがたいと同時に申し訳なくなる。
やはり元クソニートの「特技:コミュ症」は伊達じゃなかった。
いや特技じゃねぇから。
「なるほどね。てっきり貴方もエステを受けに来たのかと思ったわ。なーんか疲れてそうな顔してるし」
「……そう見えます?」
「ええ、わかるわ。ま、新人の内は慣れない仕事も多くて大変よねぇ」
「ですねぇ。特に川島さんみたいな美人と喋るのは全然慣れなくて緊張しますよ」
「あらお上手」
ふふ、と大人なスマイルを浮かべる川島さん。
苦笑いしながら、俺は書類を渡した。
「次のライブのスケジュールが変更になったので、お伝えしに参りました。これです」
「ええ、ありがとう。……まだ若いからって、あんまり無理しないようにね。それじゃ、頑張って」
「ありがとうございます。川島さんも無理せずに、お体労わって下さいね」
「ふふ、まだまだ若い子には負けないわよ?」
そう言って元気よく飛び出していく川島さん。
その後ろ姿には、瑞々しい若々しさが溢れていた。
三月中にあげると言ったな?
あれは嘘だ。
そんな訳でエイプリルフール特別編です。
嘘です。
いつもの本編です。
長らくお待たせして申し訳ありませんが、ようやく再開です。
なお、続くとは言っていない(爆)
(謝罪)次話は零時までに書きあがんなかったので4/3の正午予定です(憤怒)