渋兄生。〜しぶりんの兄が好き勝手やりすぎるはなし〜 作:秋ボーロ
尚、明日以降も予定が不安定な故、投稿は未定の模様。
べ、別にネタが思いつかなくてエタる準備してる訳じゃないんだからねっ!?
川島さんと別れて事務所に戻ると、外はもうすっかり暗くなっていた。
自主レッスンに勤しんでいたり、待機という名の暇潰しをしていたアイドル達も、でんぐりかえってサヨナラBYEBYEの時間だ。
俺も、明日は地方ライブに向かう凛に合わせて早く事務所に来る予定なので、今日はもう帰ることにした。
一応、ソファーの辺りでダラダラしていた凛にも声を掛ける。
「おーい凛、俺もう帰るけど」
「ん……私はまだいいや。先帰ってて」
「でも、お前明日は早出だろ? もう帰った方がいいんじゃないか?」
「……とか言って、一人で帰るの怖いんでしょ?」
「ぐっ……」
図星を突かれた。
いや、これでもラッシュじゃない電車に乗るくらいなら、一人でもギリギリ吐かずにいられるようになったんだよ?
ただね? 折角親しい人物と帰れるチャンスがあるのに、わざわざ死ぬほど辛い目に合ってまでアローン帰宅かます必要があるんですかって話ですよ。あんだすたん?
そう期待を込めた目でじっと凛を見つめると、盛大に溜息を吐かれた。
向かいにいたちゃんみおが苦笑している。
まったく困った妹だこと……。
「困ってるのはこっちなんだけど」
「だからサラッと心を読むんじゃないとあれほど」
「自分から言ってる癖に……まあいいや。とにかく、私はまだ帰らないから。もう子供じゃないんだし、帰るなら一人で帰りなよ」
「未央ちゃん未央ちゃん、おたくの友達が冷たいんだけど」
「えー……。自業自得じゃないの?」
「昔はこんな子じゃなかったんだけどなぁ……俺が外にちょっと出掛けようものなら『お兄ちゃん! どこいくの! りんもいく!』って可愛かったのに」
「ねえちょっと記憶の捏造やめてくれない? あと裏声キモい」
「しぶにい、ちょっとその昔の話の下りを詳しく」
「いいけど、ここじゃなんだから帰りながら話すよ。いいでしょ?」
「ばっちこいさぁ!」
「ただ今戻りましたー!」
元気に腕を突き上げるちゃんみおと一緒に立ち上がると、丁度卯月ちゃんがレッスンから戻ってきた。
2人だけ立っているという状況に疑問を抱く前に、俺が声を掛けて思考の余地を奪う。
「ねえ卯月ちゃん、凛の子供時代の面白エピソード知りたくない?」
「えっ、何ですかそれ凄く気になります!」
「オーライ、それじゃあ俺と未央ちゃんと一緒に語り合いながら帰ろうじゃないか」
「あ、じゃあ私荷物取ってきますね!」
「ねえちょっと」
「あ、凛さん? そういう事だからこっちは心配して頂かなくても結構よ? お兄ちゃん達は楽しく語らいながらゴーホームするから」
「ねえってば、おい」
「じゃ、そういうことで! また明日ねしーぶりん!」
「取ってきました! さあお兄さん凛ちゃんのお話いっぱい聞かせてくださいよ!」
「オフコースオフコース。ええと、じゃあまず手始めに、凛がおねしょをごまかそうと色々試したけど、結局上手く行かずに涙と鼻水とおもらしをだらだら垂らしながら俺の所に泣き付いてきた話を」
「えっ、ちょっ、おにっ、このクソ兄貴! ちょっと待って二人共目逸らさないで――何帰ろうとしてるの待ってよってねぇ、おい、待てぇ!」
肩を震わせながら振り向かずに立ち去る俺達と、それを追いかけてくる、怒りと羞恥で真っ赤になった凛。
そんな構図で、今日の346プロの一日も過ぎていくのだった。
☆
翌日。
「じゃ、行ってくるから。……いい? くれぐれも、他の人にセクハラしたり迷惑かけたりしないでよ? 分かった?」
「分かってるって、子供じゃないんだから」
「子供だったらこんなに念押ししてないよ」
「えっ?」
「何でもない。じゃまた明後日」
「おい待て! それはひょっとして俺が子供以下だって言いたいのか! コラ凛無視すんなオイ! 気を付けるんだぞ!」
ひらひらと手を振りながら、凛はロケバスに乗り込んで行った。
腹の底に響く重い排気音を受けながら、バスを見送る。
何となく物寂しいのは、子の成長を見守る親の気分だろうか、なんて柄にもなく浮かんできたセンチメンタルな考えを頭を振って追い出して、俺は事務所に戻った。
「さーて。俺も仕事仕事っと」
武内さんから渡された書類の束をもう一度確認する。
その殆どが、いわゆる雑務である。
一見アイドルとは関係ないような仕事に見えて、その実表舞台とは切り離せない仕事ばかりだ。
こういう仕事を適当にやるやつからこの業界では死んでいく。
気合、入れ直さないとな。
いつの間にかデスクに差し入れられていた名状し難い色の缶をぐいっと一気飲みして、瞬き一つ。
気が付いた時には、書類の処理は全て終わっていた。
「……さすが大企業のエナジードリンクは違うな」
時計を見遣ると三時間程経過していた。体感では一瞬だったのに。
まさか現実で
圧倒的トランスに驚愕を隠せない。
これ、続けたら体のナニカがおかしくなりそうだ。
ひょっとして、俺の他にも――
これ以上はやめよう。考えるのが怖い。
ほんの少しばかりだが、346の闇を覗き見た気がした。
そりゃあ、一日分の仕事を三時間まで圧縮できるような魔法の飲み物があるんだから、大企業にだってなれるわ。
副作用? 考えるな。
「あー……これあれだ。また暇で暇で仕方なくなるパターンだ」
だらーんと高そうな椅子にもたれかかって背伸びをする。
ばきごきべきぼき、となんか折れてそうな音がするがいつものことだ。
クソニート時代も、時間を忘れて何かに没頭していた時は大体こんな音が出ていた。
最早俺は人間楽器と呼んでも差し支えないのではないだろうか。
今度一発芸か何かで卯月ちゃんとかに披露してみようか。
……やめよう。どん引きされるのが落ちな気がする。
そんなことをつらつらと考えていると、突然勢い良く扉が開け放たれた。
急な音に驚いて振り向くと、小学生程の女の子と目が合った。
顔がホラー映画の視聴直後のように真っ青だ。
「いっ、今なにか、人の背骨がへし折れるような音が聞こえたのですが……!」
「あ、ごめんそれ俺です」
「……だ、大丈夫ですか、生きてますか?」
「ええ、ぴんぴんしてますけど」
「でも、確実にあの音だと生きてませんよね……?」
「体質で。長時間の作業の後はあーいう感じの音が出ちゃうんですよ」
「……驚かさないで下さいよ」
俺の無事を理解したのか、ふぅと一息ついて冷や汗をぬぐう少女。
艶やかな黒い髪に青いリボンが良く映えている。
整った顔立ちも相まって、子供ながら力強い魅力を感じた。
っていうかこの子見たことあるわ。
「ええと、確か、橘ありすさん……だよね? 俺は先日からここでプロデューサー見習いでお世話になってる渋谷です。どうぞよろしく」
すぐに立ち上がって微笑み掛けながら手を差し出す。
俺の素早い変り身に驚いたのか、ありすさんは目を白黒させながらも、おっかなびっくり、という感じで俺の手を握ってくれた。
冷たくてしなやかな、生命力あふれる若木のような印象。
それが彼女の手から伝わってくる。
うむ。良いアイドルになれる手だ。
俺が保証する。
しかしこの事務所、本当に逸材揃いだ。
今から楽しみになってくる。
そんな期待に胸を膨らませる俺だった。
「……ところで、良く私の名前御存知でしたね? 私はまだ新人で、仕事での露出も少ない筈なのですが」
「ああいや、一時期ロリ物にハマってて」
「は?」
「あっ」
いっけね、口が滑った。
この後、小一時間掛けてどうにか誤魔化す事に成功した俺だった。
(社会的に)死ぬかと思った。