渋兄生。〜しぶりんの兄が好き勝手やりすぎるはなし〜 作:秋ボーロ
ああやっぱり夢かそうだよな死のうと思ったのはそれから三秒後のことででもやっぱり現実かもしれない可能性も無きにしも非ずだよなそうだよなと思った俺は、取り敢えず自分の頭をしこたまGCで殴った。
一瞬三途の川と死んだ両親の顔が見えた。
冗談はさておき夢が終わる気配はない。めちゃんこ頭が痛いがそれだけだ。
あの寝小便を漏らした時や夢精によって目を覚ました時の独特の罪悪感も気だるげな虚脱感も恍惚な達成感もナニも感じられない。
若干頭が燃えるように熱くて視界が赤く染まっているが些事である。
……ということは、ひょっとしてもしかして、これって、現実?
そこまで考えが至った時、俺は内から湧き上がる一つの衝動を抑えきれなかった。
即ち。
――ちょっと行って確かめてこよう。
☆
「いらっしゃい、卯月、未央」
「凛ちゃん! あ、その、お邪魔します……」
「おっすおっすしーぶりーん! 未央ちゃんのとーじょーだよーっ!」
今日は卯月と未央が家に遊びに来る日だ。
卯月は私の顔を見るなりぱあっと顔を輝かせて、それから恥ずかしそうに小さく挨拶をした。
未央は、いつも通り、いやいつも以上のテンションで手をブンブン降っている。
対称的な態度に、思わず頬が緩んだ。
「何もないけど、ゆっくりしていってよ」
楽しそうな二人を見ていると、こっちまで嬉しくなってしまう。
なんとなく気恥ずかしくて。その感情に蓋をして、いつも通りに振る舞うけれど、二人はそんな私の心情も見通しているようで。
「お気遣いなく〜」
「それじゃ、遠慮なくー!」
また対称的な言葉の後、我が家に上がった。
取り敢えずリビングに案内しようとする……が、未央にしぶりんの部屋はどこー? と言われたので、私の部屋に通すことにした。
どうせこうなるだろうと思っていたし、部屋は片付けてある。何も問題はない。
私の部屋には。
「いいけど、静かめでお願いね?」
「……? 誰か具合の悪い人でも居るんですか?」
「ああ、うん、まあ、そんなとこ、かな」
不思議そうな卯月の視線に、思わず目を逸らして、曖昧に言葉尻を濁す。
一応、嘘は言っていない。具合の悪い人は居る。
体じゃなくて、頭の方だが。
まあ、どうせあの人は自分の部屋で自分のやりたいことしてるんだろうし、私達が少しうるさくしたところでそう簡単に部屋から出てくることは無いだろう。一度隣の家で火事が起きた時だって部屋から出て来なかったし。
多分大丈夫だ。
そんなことを考えながら、階段を上がりきる。
そうして、自分の部屋の扉を開いて二人を招き入れようとした時――
「しまむううううぅぅぅっ! ちゃんみおおおおぉぉぉっ!」
――気持ち悪い叫び声と共に、向かいの部屋の扉が音を立てて勢い良く開け放たれた。
☆
扉を開けるとそこには現実とも夢とも思えない光景が広がっていた。
先程まで画面の中で盛大に腰を振っていた島村卯月と、元気良く胸を揺らしていた本田未央が、キョトンとした顔で俺の顔を見つめているのだ。
やっぱ夢じゃねぇのこれ。
その後ろには、数年ぶりにマトモに顔を合わせる我が妹、凛もいた。
なにこれ、どういうこと? わけがわからないよ。
落ち着け、状況を整理するんだ。何故アイドルであるはずの二人がここに居るのか。というか夢じゃないよなこれ。もう一回くらいGC打ち付けといたほうがいいだろうか。
やめとこう今度は三途の川を渡りきりそうだ。
さておき、夢じゃないとするなら、凛が自分の部屋に二人を招き入れている時点で結論は明白だ。
即ち、しまむー&ちゃんみお=凛のトモダーチ。
要するに友達の家に遊びに来たと。
なるほど。
グッジョブだりいいいいぃぃぃんっ!
――この思索を巡らせ始めてから凛への感謝の叫びを上げるまでの間。僅か0.5秒である。
俺は即座にしまむーとちゃんみおに目にも止まらぬ速さで接近してその手をそれぞれ取って、力強く握りしめた。力を入れるだけで沈み込むような柔らかさと程良い弾力を持ち合わせた魔法具のような手のひらだった。
そう、その時の俺はとにかく興奮していたのだ。
こう見えても人見知りするタイプの俺は人前だとまるで借りてきたネコのように大人しくて会話もマトモに出来ないのだが、余りの出来事故に、俺はいつもの人前に居る時の俺とは比べ物にならない程饒舌かつ情熱的に喋った。
……いや、喋ろうとした。
(初めましてこんにちは渋谷凛の兄です! ファンです! ニートです! 早速だけど二人のその豊満なぱいおつを揉ませてく――)
ふっと違和感が頭をよぎる。
自分はこんなにもまくしたてているというのに、二人の表情に変化が見られない。
いや、それよりもまず喋っているはずの言葉が自分の耳にも届かない。
言葉が口から出て来ていない。
そして真っ赤だった視界がついに完全な赤に染まり――
「え、ちょ、ちょっと! 大丈夫ですか!?」
「凛ちゃん! この人急に倒れて!」
「…………」
――三人の声も耳に届かぬまま、俺の意識は闇に溶けていった。
それから約十分で目が覚めた。
突然美味しそうな料理の匂いがしてきて、反射的に目が覚めてしまった。
腹から響く、雷でも落ちたのかと思うほどの轟音と共に。
あまりの大きな音に、テーブルに座っていたしまむーとちゃんみおがビクッと震えていた。
超可愛かった。
「ハムッ ハフハフ、ハフッ‼」
「ちょっと、お客さんの前なんだから、もっと上品に食べてよ」
「もっもっもっもっもっ……!」
「ねぇ。ちょっと。おい」
「ま、まぁまぁ……」
「それにしても美味しそうに食べるねぇ……どうやって食べたらそんな音になるのか分からないけど」
凛の小言、卯月の宥め、未央の呆れたような独り言。
それら全てをスルーして、俺は飯をかっ喰らっていた。
なんで飯食ってるかって?
そんなもん腹の減り過ぎで意識失う程だったからに決まってるじゃねぇか。
GCで頭をしこたまぶん殴ったから意識を失ったんじゃないのかって?
ハッハッハ笑止! あんなゲームも出来る鈍器で殴ったところで怪我をする訳がないだろう鍛え方が違うわっ!
「まったく……今度は何日ご飯抜いてたの」
「ほんの二週間程」
「バカじゃないのホント……」
「そんなこと言いつつきちんと食事作ってくれる凛は妹の鑑だよなぁ」
「あぁ忘れてた。食事代三千円後で払ってよね」
「ボるねぇ」
洗い物をし始めた凛と、ペースを落としながらも食事をし続ける俺との会話が、静かな居間に響く。
どちらも一切目を合わせていないところがポイントだ。
ちなみに、しまむーとちゃんみおのお客さん勢は会話に入るタイミングを見計らっているようで、一向に割り込んでこない。
どうも凛の様子に気遅れしているようだ。
んー……例えて言うなら、普段と違う友達の一面を見てしまって、戸惑っている友人達、みたいな。
「「お兄さんエスパーですか!?」」
卯月ちゃんと未央ちゃんが揃って声を上げた。
あれ、どうも心の声が漏れてたみたいだ。
離れていた凛には俺の声が聞こえていないのか、ちらりとこちらを一瞥しただけですぐに洗い物に意識を戻していた。
「まあ、そんなとこ。それより、俺のこともう凛に聞いた?」
「ああ、いえ、お兄さんとは聞きましたけど、詳しいことはまだ何も……」
「そっか……! じゃあ一応自己紹介しておこうかな!」
それを聞いて、俺は勢い良く立ち上がってビシリとポーズを決めて名乗りを上げた。
「改めまして、渋谷凛の兄です! 職業はクソニート! よろしく!」
「「名前は!?」」
だから、名乗る程の名前じゃないって。
なんか早速感想とか色々ありがとうございます。
テキトーに頑張っていきますのでお付き合いしてくれてもいいのよ?