渋兄生。〜しぶりんの兄が好き勝手やりすぎるはなし〜 作:秋ボーロ
さて、食事も終えて凛に洗い物も押し付けようとしたところ、絶対零度の視線を向けられたので仕方なく洗い物をしている最中。
俺は限界まで聴覚を研ぎ澄まして居間での会話の様子を探っていた。
ああくそ、何で俺は居間には盗聴器を仕込んでなかったんだろう俺のバカ……!
悔やんでも仕方がない。大事なことは次にどう活かすかだ。
早速部屋に戻ったら新しく盗聴器をポチっておこう。
「ごめんね二人共、アレのせいで……」
「ああいえ、大丈夫です! 全然気にしてませんっ!」
「……っていうか、しぶりん、お兄さんいたんだね? 初めて知ったよ〜」
「あー、うん、不本意ながら」
「えっと、お兄さんって、結局どういう人なんですか?」
「本人も言ってたでしょ、ニートだよニート。家事も仕事もなーんにもしないでずっと家に引きこもってる穀潰し。もう何年も部屋から出ないんだよ、まったく……」
「引きこもり、ですか」
「近年増えてるとはいうけど、まさかしぶりんのお兄さんがそうだったなんてねぇ……びっくりだぁー」
「父さんも母さんもなんとか外に出そうとはしてるらしいんだけどね……どうにも上手くいかなすぎて、もう諦めちゃってるみたい。なまじっか家に生活費とかそういうお金をきっちり振り込んでるせいで、余計に何も言えなくなっちゃうんだって」
「どこから捻出してるんでしょう、そのお金……」
「さあ。前に聞いてみたけど、『ユニセフって募金の9割をちゃんと活動に使ってるすごい機関なんだぜ、知ってたか?』って全然関係ない話してはぐらかしてばっかりで」
「ユニセフ……」
「9割……」
そこで会話は一度止まり、三人が揃って紅茶をすする音が聞こえた。
よし、丁度洗い物も終わったことだし、今からちょっとリビングに乱入して凛をいじってこようかな!
幸いにして、今日は友達の前だ。あの最終鬼畜妹も二人の目を気にして、いつも言ってくるような過激な罵詈雑言を飛ばしてはこないだろう。つまり思う存分いじり倒せる! チャンスである!
まずは手始めに、ここ数年確かめてこなかった妹の胸の育ち具合を確かめようと忍び足で居間に近づく。
と、俺が動き始めようとした瞬間、凛がくるりと首を回してこちらを向いた。
そして、ぱくぱくと口を動かす。
距離の遠い俺を射抜くような目もセットで。
生憎目の悪い俺には、口の動きだけでは凛が何を言っているのか分からなかったが、その意図だけは伝わった。
来たら、コロス。
凛の背後に立ち昇るどす黒いオーラが、何よりも如実にそう語りかけてきていた。
俺は戦慄して自分の部屋に逃げ帰った。
「とはいえ、惜しいことをした……折角何のリスクも無しでセクハラ出来るチャンスだったというのに、畜生凛の奴……」
ベッドの上でつい独り言が漏れた。
いけない。ただでさえ二次ヲタヒキニートという社会が貶すべき称号を所持するダメ人間だってのに、これに独り言まで加わったら危ないモブサイコ野郎の蔑称まで与えられてしまう。今までとあんま変わらないじゃないかって? うるせぇハゲろ。
……さぁて、それじゃあ何をしようか。
いつもは何も考えずにPCにDVDをセットしてアイドルの美しくも可愛らしい姿に見入りつつ妄想を繰り広げているのだが、今日はリアルの三次元アイドルに出会ってしまった。
この衝撃はデカイ。
具体的に言うと、今までのようにDVD鑑賞をしても全く楽しめない可能性が高い。
やっぱりモノホンには勝てなかったんや……。
では、何をしようかという話だが、困ったことに何もやることがない。
なんせこちとら自由という名の妻に永久就職を果たした身だ。愛しいマイベイビーちゃんにそっぽ向いて労働なんぞしようものなら即座に過労死という名の死の宣告が飛んでくる。死の宣告だから場に居る俺と可愛いマイハニーは問答無用で破壊だ。
地獄の底まで自由と相乗りとか何それ勘弁。
かといって趣味の方も、さっきのリアルアイドル接近遭遇のせいで楽しめそうにない。
っていかん、思考が堂々巡りだ。
そもそも何もする気がないからニートやってるのに何かしようっていう考えがまず可笑しいのか。そうなのか。
いっそ前みたいに終わることのない無限の思考と思索の海に潜ってトランスミッションしてやろうか。
そんなことを考えつつも、長年の習慣とは恐ろしいもので、無意識の内に手が動いてPCの電源を入れブラウザを起動してアイドル情報を検索し始めていた。
「……ん?」
そんな時だ。
見覚えのある名前を見つけたのは。
そこには「期待の新人ユニット! ニュージェネレーション!」という煽り文句と共に、三人のアイドルの名前が載せられていた。
島村卯月(17)。
本田未央(15)。
渋谷凛(15)。
……渋谷凛(15)?
っておい、まさか。
うちの妹って、アイドルになってんの?
☆
「それじゃ、お邪魔しました~」
「お邪魔しましたー!」
「今日は二人ともありがとね。……また来てよ。今度は兄貴が出てこないようにするから」
「あ、あははは……」
楽しい時間はあっという間に過ぎてしまうとはよく言ったもので、気付けばもうすっかり日も暮れてしまっていた。
ちょっと、名残惜しい。
「次はわたしの家に来てくれてもいいんだぜお二人さんっ!」
「そうだね……それもいいね」
未央のおどけたような台詞に笑って返す。
この三人でいればどこだって楽しく過ごせるだろうけど、やっぱり場所によって楽しさの種類は変わってくると思うし。
それに、今日は私の恥を見られたから、二人の恥ずかしい所も見たい。切実に。
このままだと事務所に行ってもいじられる未来が見えるし。やられっぱなしってのも性に合わないし。
「じゃあ、またね」
「はい! また!」
「まったね~!」
手を振って二人を見送る。
二人も笑顔で、道を歩いて行った。
そうして、二人が角を曲がり、見えなくなるところまで手を振ってから、私はふぅ、と一つため息を吐いた。
手を降ろす。
「……で、さっきから何見てる訳?」
「チンピラかよ」
後方に向かって声を掛けると、茶化すような声が後ろから返ってきた。
久々に自分の部屋から出てきた、ニートの兄だ。
先程から様子を伺っていたようだ。
兄は、また茶化したような声で、私の質問に答えた。
「別に、ちょっと気になったから出てきただけだよ」
「そんなに卯月と未央が気になったの? ……言っとくけど、二人に会おうとしたらただじゃおかないから」
「え、顔見るだけでもアウトなのか……」
「あんたが顔見るだけで留める訳ないでしょ」
「違いねぇ」
「…………」
「……そんな怖い目で見るなって。心配なんぞせんでも、別に何もしやしないさ。それに」
気になったのはお前のことの方だし、と兄は呟くように言った。
「……私の?」
「お前、アイドルになったんだって?」
「……そうだけど、なに?」
若干非難がましい声だった。
私も、声が尖る。
兄に何か言われる筋合いなんてない。
「……今、楽しいか?」
「……うん、楽しいけど」
予想外の返答に若干面食らったけれど、素直な気持ちを答えた。急にどうしたんだろうか。
兄はそっか、とまた独り言のように呟き、私に三枚の札を渡してきた。
「ほい、食事代の三千円」
「ん」
振り向いて、受け取る。
久々に見る兄の顔は、記憶のそれより随分やつれていて、少し心配になる程だった。
「……あんまり頑張りすぎんなよ。何事も程々が一番だ」
「あんたは頑張らなすぎだよ。早く働きなって」
違いねぇ。
そう兄は薄く笑って、また部屋に引きこもっていった。
デレマスのVRゲーム、プレイ曲が三曲だとしても欲しくなる。
この欲望を掻き立てる吸引力はやはりアイドルだからなのでしょうか……。
何はともあれハイファイデイズ追加をはよ。はよはよ。