渋兄生。〜しぶりんの兄が好き勝手やりすぎるはなし〜 作:秋ボーロ
「プロデュー、サー……?」
凛の震える声が鼓膜を揺らす。
プロデューサー。
それはアイドルを商品として客に売る職業。
その魅力を整え、輝かせる職業。
今、我が妹凛が、アイドルである凛が、この男性のことをプロデューサーと呼んだということはつまり、この人が凛をアイドルとして売り出そうとしている張本人ということになる。
すうっと自然に目が細まる。
心の中が無に染まっていく。
いつぶりだろう、こんな気分になるのは。
たしか最後になったのは、十数年前に気分転換に外に出て人の群れに囲まれた時だったはず。
どこか懐かしいような吐き気に嫌悪感を覚えながらも、俺は踏ん張って立ち続けた。表向きはなんでもないように振る舞いながら。
やがて、プロデューサーと呼ばれた男は首を掻き、低い声でぽつんと呟いた。
「……近くまで、来た、ものですから」
「…………」
「…………」
「……え、そんだけ?」
「……ええ、まあ」
拍子抜けた。
心の中の俺がガクーッと床に倒れ込んでいる。
……え、マジでそんだけなの?
もっとこう、アイドルを言葉巧みに誘い出してお持ち帰りするとか、お仕事取ってくるためにベッドで営業の練習をさせるとか、そういうのを想像してたんだけど。
だが、男に嘘をついている様子は見えない。どうもマジっぽい。
ええ……期待外れ……。
「…………」
「……どうした妹よ。そんな兄のことを吐瀉物みたいな目で見て」
「吐瀉物に謝ってよ」
「え、何で俺いつの間に吐瀉物以下認定されてるの……?」
「……自分の胸に聞いてみれば?」
え、やだ。
まさか心読まれた?
というか心の中の発言を読み取られて好感度下がるって何だよそのクソゲー。
さすがクソゲーだな現実。思想及び良心の自由はどこに行った。
いや、大した思想も良心も持ち合わせてはいないが。
そんなやり取りを見ていたプロデューサーが、またぽりぽり首を掻きながら、おもむろに口を開いた。
「あの……そちらの方は……」
「ああごめんねプロデューサー。今摘みだすから」
「あっはっは何言ってんだ凛……おい待て、マジで追い出そうとするなやめろ外はアカン死ぬ死ぬ!死ぬっ!」
いつもより笑顔六割増しの凛が、洒落にならない力で俺を店外に追い堕とそうとする。
やめて陽の光で消滅する。
俺にとってアレは守護の陽光じゃなくて破邪の光だから。
滅されちゃうから。
「……確か、渋谷さんの……お兄様、ですか」
「……そうですけど、そういうアンタは? ってか、どうして俺のことを?」
少し威圧気味に男を睨めつける。
気分はさながら圧迫面接をする面接官。
されたことないけど多分こんな感じだろう。
しかし、流石は社会人といったところか、男はピクリとも眉を動かさず胸元から名刺を出して俺に差し出した。
「申し遅れました……私は、こういうものです」
「……株式会社346プロダクション……シンデレラプロジェクトプロデューサー……ってことは、あなたがプロジェクトの責任者? ってことですか?」
「ええ……その通りです。お兄様のことは……その、プロジェクトルームでの会話を、耳にしたもので……」
反射的に凛の顔を見る。
凛はばっと顔を背けた。
いっそ清々しいくらいの誤魔化し方だった。
まあ別に、俺のことを誰にも言うなとか念を押したのでもないし、知られた所で俺は困ることもないし、構わないと言えば構わないのだが。俺は。
「ゴホン。ええと……それで、用事は特に無いんだっけ」
「ええ、まあ。……強いて言えば、渋谷さんの顔を見るのが、用事ですか」
「……ふふっ、何それ。もう、変なプロデューサー」
おかしい、どうして花屋の店先でラブコメが展開されているんだろう。
花屋なんだから色んな花を見ろよ。
見るが良いこの花束を。それぞれに違いはあるけどどれも皆綺麗だろう。
それなのに僕ら人間はこうしてイチャコラしおって……。(失望)
俺の目がBPM200程の速さで急速に濁っていく。
もういいや、お店は凛に任せて俺は隠居しよう。
そして録り溜めしておいた少女倶楽部見よう……。
俺は幽鬼のような足取りのまま、とぼとぼとその場を後にした。
その日の夜。
いつもならすんなりと寝付けるはずなのに、今日は何故か無性に眼が冴えてしまっていた。
こういう日は月に一度ほどやってくる。どうも生活リズムが破綻してるのが原因らしい。
そして、この日はどう頑張っても寝れない。寝るのを諦めてアイドルビデオ鑑賞を楽しむ日なのだ。
よーし、じゃあお父さん特別編みちゃうぞー。
の、前に。
喉が渇いたから水でも飲みに行こうっかなー、と。
俺は静かにドアを引き開けて、台所に向かった。
……向かったはいいのだが、キッチンに明かりが付いている。
人影から察するに、居るのは凛だ。
うわ、メンドクサ。
おかしい、最近妙に凛とエンカウントする機会が増えてきている。
ちゃんとゴールドスプレー撒いてるはずなのに、何故だ……。
あれか、もしかして俺のレベルが足りないから凛に対してスプレーの効果が発揮されていないのか。そうなのか。
ぐぬぬ……こうなったら俺も本気でニートレベルを引き上げる必要があるな……!
久々にレべリングでも洒落こもうか。
よし。
明日から本気出そう。
……遅い。
こんなアホな独り言を延々と脳内で垂れ流しているにもかかわらず、凛は一向にその場から動く様子を見せない。
いいやもう、凛居ても。どうせ今はムラムラしてないからちょろっと水もらうだけだし。
そう思って、俺は構わず台所に侵入した。
「水、貰うぞ」
「……ん」
凛も特に身構えた様子もなく、至って普通に返事をした。
よーしよしよしいいぞ、これでいい。
面倒臭ェ俗世のやりとりなんざゴメンだし。
内心ガッツポーズをしながら、グラスを取って水を注ぎ、それを飲み干す。
「……ねぇ」
「んぐっ、んぐっ、んぐっ……ん?」
「何で、兄貴って引きこもってるの?」
……なーんでそんなことを思った矢先に面倒臭い会話を始めちゃうかなぁ、この子は。
はぁ、少しは空気呼んでくれよ頼むから。
俺はさっさと自分の部屋に戻りたいんだよ。
関わってくるんじゃねぇよ。
「別に理由なんてない。働きたくないし、人の沢山居るところに居たくないから。ただそんだけ」
「……ふーん」
適当に答えを返すと、凛は感心したような軽蔑したような感嘆の後、
「……結局、あんたも逃げてるだけなんだ」
「――――」
分かったような口ぶりで、そんなことをのたまった。
思わず妹の胸倉を掴みそうになる自分を必死に自制して抑え込む。
やめとけ。
そんなことしたって何の意味もない。
かえって面倒になるだけだ。
落ち着け。
そう、深呼吸だ深呼吸。
ここは何も考えずにただヘラヘラ笑って流すのが得策だ。
それが一番スマートな解決法。
そうだろ?
よし、じゃあ――。
「――テメェには関係ねぇだろうが」
ぞくり、と。
気が付いた時には、自分でも驚くほど低く底冷えするような声が出てた。
あれ、変だな。
何で俺は流すつもりが、こんなくだらねぇやりとりしてんだ。
全くもって意味がない。
無駄。
時間と労力の無駄。
そう知ってるはずだろうが。俺。
何度繰り返したらお前は学習するんだよ。オイ。
所詮他人。
俺のことを理解出来る奴なんざいやしない。
そう、知ってるはずだろうが。
その後。
俺はなんでもないような笑みを張り付けて「なーんてな」とうざったい声を出して、その場を後にした。
背中を向けているのに、傷ついたような、驚いたような凛の視線がべっとりとまとわりつく。
それが、とてもうざったかった。
二話目は今日の昼十二時に更新ということで。
あー早くニートに乳揉まれてる凛ちゃんが書きたいんじゃぁあああああ……。