渋兄生。〜しぶりんの兄が好き勝手やりすぎるはなし〜   作:秋ボーロ

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六:アイドル、引きこもりをやめさせる。

 

 

 

 

 時は少し遡って。

 私はプロデューサーと話し込んでしまっていた。

 兄の姿はいつの間にか消えていた。多分私が目を離した隙に逃げたのだろう。

 本当に仕方のない人だ。

 そう頭では思いつつも、どこか邪魔者がいなくなってよかったと思う自分もいた。

 もっとプロデューサーと話していたかったから。

 これからの事や皆の事を、もっと沢山。

 

 だから、その時プロデューサーがあの人の話をし始めた時、ちょっと不思議だったんだ。

 

「……すみません、渋谷さんの、お兄様の話なのですが」

「あいつが、どうかしたの?」

「……もしかすると、大分追い詰められているのかもしれません」

「追い詰められてるって、あいつが? まさか。そりゃあ、確かに社会復帰的には追い詰められてるかもしれないけどさ」

「……目が」

「……?」

「お兄様の目が、四月に私がスカウトした時の、貴方の目によく似ていたんです」

「……それって」

 

 あの時。

 プロデューサーに、『夢中になれる何かを、心動かされる何かを、あなたは持っていますか』。

 そう聞かれた時。

 その時の、私の目。

 

「……自分が何をすれば良いのか、何がしたいのかが分からずに、迷っている目です。お兄様も、あの時の貴方と、同じ目をしていました」

「あいつが……私と、同じ?」

「……きっと、彼も気付いているんです。だけど、どうすべきか分からないままでいる。何かを恐れて、何も出来ないまま、自分の世界に閉じこもってしまっている」

「…………」

「……渋谷さん。貴方に一つ、お願いしたいことがあります」

「……何?」

「彼がどうして引きこもっているのか、聞いてみてもらえませんか。そうして、その反応を、私に教えて頂きたいのです」

「別に、いいけど……プロデューサー、どうしてあいつにそんなに肩入れするの? だって、家族の私達ならまだしも、プロデューサー、あいつと全然関係ないでしょ?」

「何故、ですか……」

 

 そうすると、暫くプロデューサーは首に手を当てていたが、やがて私を見つめ直して。

 

 

「それは――――――だからです」

 

 

 

 

 

 

 

「――って感じだった。ごめんね、プロデューサー。私、あいつ怒らせちゃって」

 

 次の日、私は昨日の夜の出来事をプロデューサーに伝えていた。

 私達が居るの、はシンデレラプロジェクトのプロジェクトルーム。

 今日は、他のメンバーは殆ど他の仕事で出払ってしまっていて、今日居るのは私とプロデューサーと……それから、卯月と未央の四人だけだ。

 卯月と未央は、ソファーに座って喋りながらも、時折チラチラこちらを見ている。

 事情は二人にも掻い摘んで話したし、二人はあの兄との面識もある。やっぱり気になるんだろう。

 それでも二人はこちらに声を掛けてくるようなことはせず、気を遣ってか遠巻きに見守るだけだった。

 その二人の優しさが、今はとてもありがたかった。

 

 ……それにしても、驚いた。

 あの兄は怒ったりしない人だと思っていたのに。

 いっつもヘラヘラ笑って、誰の言うことも右から左に流して。自分の世界にしか生きていなくて、私達の世界とは一切の関わりを持たない。

 

 そういう人間だと思っていたのに。

 

 

 ……まだ、耳の奥に昨日のあいつの声が残っている。

 

『――テメェには関係ねぇだろうが』

 

「……びっくりしたよ。あいつが、まさかあんな風に怒るなんて」

「……すみません。兄妹の仲を壊してしまって」

「ああ、いいんだよ。別に。元々そんなに仲が良かった訳じゃないし。……それに、必要だったんでしょ?」

「……ええ。ありがとうございました」

「……どういたしまして」

 

 プロデューサーが頭を下げる。

 相変わらず律儀な人だ。

 

 と、話が一段落したのを読み取ったのか、はたまた我慢しきれなくなったのか、未央が話しかけてきた。

 

「……ねぇ、それでこれからどうするの? その……しぶにい引きこもり脱却大作戦は?」

「なに、そのネーミング……っていうか、しぶにいって?」

「えー、ほら! しぶりんの、おにいさんだから、しぶにい! だよ!」

「……もう私は何も言わないよ」

「あ、あははは……」

 

 いつも通り元気な未央、脱力する私、苦笑する卯月。

 プロデューサーは、デスクで腕を組んで座ったまま答えた。

 

「……とりあえず、もう一度、彼に会いに行って見ようと思います。彼にまだ、新しい世界へ踏み出す意志があるなら、きっと呼び掛けに応えてくれるはずです」

「大丈夫? プロデューサー。私もついていこうか?」

「いえ、大丈夫です。これは恐らく、私のような人間にしか出来ない仕事ですので」

「うん……そっか」

 

 プロデューサーの顔には、迷いがなかった。

 多分もう、どうするか決めているんだ。

 なら、大丈夫。

 私達はそれを信じるだけだ。

 

「……では、私は少し出掛けてきます。皆さんには、レッスンを」

 

 

 

 

 

「……ねー、ほんとに良かったのー? プロデューサーについて行かなくて」

「……うん。あの人が大丈夫って言ったなら、きっと大丈夫だよ」

「……でも、少し心配ですよね」

 

 レッスンルームで、私達三人は柔軟をしながら、さっきのことについて話していた。

 今は、レッスン担当のトレーナーさん(四女)もいない。

 どうも何かをやらかしてしまったらしく、先程他のトレーナーさん達が凄く良い笑顔で引きずっていってしまったのだ。

 他の三人とは対称的な、青褪めて許しを乞うトレーナーさん(四女)の顔が凄く印象的だった。

 

「心配って、プロデューサーが? ……心配しなくてもあの人なら大丈夫だよ」

「ああいえ、確かにプロデューサーさんも心配と言えば心配なんですけど……」

「じゃあ、しまむーは何が心配なんだい?」

「えっと、その……プロデューサーさんが花屋にずっといたら、お店にお客さんが来なくなっちゃうんじゃないかなぁ、って」

 

 一瞬、時間が止まった。

 誰も何も喋らず互いに顔を見合わせ、静止する。

 

 そして次の瞬間、私の顔からさあっと血の気が引いた。

 

 その発想はなかった。

 

「……い、いや、多分、今日は父さんたちも店に居るし、きっと、多分、恐らく、大丈夫、だと信じたいなぁ……」

「いやいや、ムリでしょしぶりん。だって、あのプロデューサーだよ? 絶対通報されるか追い返されるって!」

「あ、あの、今からでも電話しておいた方が良いんじゃあ……」

「そ、そうだね! ごめん二人共、ちょっと電話掛けてくる!」

 

 そう言い残して、私は急いでレッスンルームを後にした。

 

 

 

 

 

 

「……うーん、プロデューサー大丈夫かねぇ。正直営業妨害の件を抜きにしても、しぶにいを陥落させるのは結構骨が折れると思うんだけど」

「そうですね……。お兄さん、完全に自分の世界に閉じこもってる目をしてましたし……」

「しまむー、そういうの分かるの?」

「ええ、まあ。うちのパパが無職だった時にあんな目をしてまして……」

「待ってさらっと明かされる事実がヘビー級に重いんだけど」

「ああいえ! 今は大丈夫ですよ? 新しい仕事も見つかって元気に出勤してますし」

「そ、そうなんだ……ちなみに、何の仕事?」

「はい!」

「…………」

「…………」

「……いやはいじゃなくて」

「ええっと、ごめんなさい、パパからあんまり仕事の話はするなって言われてて……なんか、いくらパパでも、卯月の知り合いを手にかけるのは心苦しいとかなんとか……えっ、ちょ、ちょっと待って下さい未央ちゃんどうしてそんなダッシュで逃げるんですか待って下さいってばぁ〜っ!!!」

「助けてぷろでゅうさあああああっっっ!!!」

 

 この後、トレーナー姉妹が戻ってくるまで、二人の追いかけっこは続いた。

 

 

 

 




しまむーの父親はオリジナル設定です。
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