渋兄生。〜しぶりんの兄が好き勝手やりすぎるはなし〜 作:秋ボーロ
気付いた。
最近俺のニート度が減少している。
理由は明白だ。
凛。
あいつのせいだ。
そうだよ全部あいつのせいだよ俺が最近マトモにアイドルビデオで抜けなくなったのも労働しなきゃいけなくなったのも無駄に嫌な気分になったりするのも全部あいつのせいじゃねぇか畜生!
え、ただの逆恨みだって?
うるせぇんなこたぁ百も承知だよ大体逆ギレと責任転嫁はヒキニートのお家芸だろうがいちいち突っかかってくんじゃねぇ。ハゲろ。
そんな訳で、今日は一日ニートすることにした。
具体的には、死ぬほどゴロゴロしてアイドルビデオを見まくって夜更かしをする。
よし、それじゃ早速ビデオの準備を……と。
――ピーンポーン……。
俺がいそいそと準備を始めた矢先に、インターターホンが鳴った。
当然迷うことなく居留守を選択。
何故ならニートたる俺はこの世界と隔絶された価値観の元に生きている
さて今日は新人アイドル大全集を……っと。
――ピーンポーン……。ピーンポーン……。
どうやら客はまだ帰らないらしい。
ひょっとして宅配便か? いや、それなら二、三回鳴らして帰るはずだ。
だがインターホンはまだ鳴り続けている。
それも、段々と鳴る間隔が短くなっているようだ。
え、やだ、ストーカー? 怖い。
……もしかして、凛目当てか?
あいつはつい最近アイドルになったばかりだし、ともするとその辺りの自覚と危機管理がまだ見に付いていないのかもしれない。
あのバカめ。アイドル心得第三条『アイドルたるもの常に誰かに見られているという自覚を持って行動すべし』を知らんのか。常識だぞアイドルにとっちゃ。
もう少しそこんところの常識をだな……あ。
何考えてんだ俺。
他人のことなんて気にしたって仕方ねーって昨日学んだばっかじゃねぇか。
バカらし。さっさとビデオ見よ。
――ピンポーン、ピンポーン、ピンポーン……。
ぶちん。
ああもう五月蠅えなマジでどこのどいつだしばき倒してやろうかコラ!
階段を飛び降りて玄関のドアを引き開けて思いっきり怒鳴り声を上げる。
「ピンポンピンポンうるっせぇんだよ近所迷惑なんだよ具体的には俺という住人に迷惑掛けてんだよこの家には今誰もいねぇからさっさと帰りや、が、れ……」
「…………」
俺の言葉が尻すぼみになって消えていく。
そこに立っていたのは、宅配便でもストーカーでもなく。
「よォ、ニートの癖にえらく威勢が良いじゃねェか、坊主」
「……おやっさん?」
今は表の花屋で絶賛商売中のはずの、渋谷父だった。
「お、おやっさん、どうして……!? み、店は!?」
「ほー、ヒキニートのお前に店を心配される日が来るたァ世も末だなァ。……実のところ、俺も客ほっぽってまでこっち来るつもりはなかったんだがな、こっちの人に根負けしちまったもんでなァ」
肉食獣のような笑みを浮かべるおやっさんが、親指を後方にいる人物に向けて示した。
やたらガタイが良く、目つきの悪い男だった。
目元には深い皺が刻まれており、その立ち振舞いには全く隙がない。どこぞの暗殺者のような男だった。
そして、俺はこの男を知っている。
「アンタ……確か凛の……」
「……ええ。プロデューサーです」
「いやぁ、凄かったんだぜこの人? 俺が何度客じゃねェなら帰れっつっても一歩も引かねェ。俺ァ参ッちまったよ、ハハッ!」
「すみません……。その、どうしても、彼と話をしたかったもので」
「だってよ、坊主。ちゃあんと相手してやれよ? お前の部屋でな!」
それだけ言って、おやっさんは上機嫌で男の背中をバシバシ叩いてから、去っていった。
後に取り残されたのは、俺と、一向に喋ろうとしない男だけだった。
……おいおい、ふざけんじゃねぇよおやっさぁぁぁぁぁん……。
だが、おやっさんの命令には逆らえない。
恩人の命令に逆らうくらいなら、俺は死を選ぶ。
あ、当然ニートやめろとか働けという命令を下されたら、俺は死ぬ。
ニートやめるくらいなら命令に背いて死んだ方がマシだからだ。
さておき、今のこの状況ではまだ、背いて死ぬレベルの命令は下されてない。
今後の展開次第ではその必要も出てくるかもしれんが、そん時はそん時だ。
「……取り敢えず中入んなよ」
「……では、失礼します」
俺は男を自分の部屋に上げた。
本当は誰にも立ち入らせたくはなかったが、おやっさんの命令故に致し方ない。
幸い、今日はゴミの日だったから、イカ臭いちり紙はゴミ箱には入っていない。
まあ、ありとあらゆるスペースにアイドルグッズを飾ってあるから、今更外面を取り繕うったって遅いわけだが。そもそもニートだから来客相手に礼を尽くす必要はないし。
それでも一応最低限度のもてなしはしようと思って、紅茶だけは淹れて勧めた。
男は俺の部屋を興味深そうに見ていたが、出された紅茶を受け取ると部屋中央の机に俺と向かい合うような格好で座った。
「……で、今日は何の用だ? なんでも、俺に話があるらしいけど」
「……その前に、一つ貴方に謝罪をさせて下さい」
「んあ?」
予想外の言葉に思わず声を上げると、プロデューサーは座ったまま頭を下げた。
半土下座である。
「私は、渋谷凛さんをスカウトした後、失礼ながら家族である貴方のことも調べさせて頂きました。万が一、貴方の存在がスキャンダルに繋がったりしないように……」
「……ああ、そうか。
「ありがとうございます――」
「だがな」
俺は男の言葉を遮って告げた。
「もしも、アンタがその調査の結果、俺に
「……いえ、違います」
俺がそう言うと、男はようやく顔を上げて俺に向き直った。
「……私は、貴方にアイドル活動をしろと言いに来たわけではありません」
「……じゃあ、何の話をしに来たんだよ」
「……貴方を、スカウトしに来ました」
「……は?」
「私は、貴方を、私の担当するシンデレラプロジェクトにスカウトしに来たのです」
何言ってんだコイツ。
「……アイドル活動を無理強いしに来たわけじゃないが、勧誘はしにきた、ってことか? そんな屁理屈が通じるとでも?」
「……いいえ、それも違います」
「……じゃあ、何なんだよ」
一向に的を得ない男の返事に、段々と俺は苛立ってきていた。
そんな俺の苛立ちも男は見透かしているのか、一つ咳払いをしてから、もう一度口を開いた。
「……突然ですが。貴方は、アイドルに興味をお持ちでしょうか」
「当たり前だ。この部屋見りゃ分かんだろ」
「……それは、何故でしょう」
「……何故」
そう言われて、俺は答えに詰まった。
何故と言われれば、俺はその答えを自分の家に持っている。
だが、それを答えるのは何か違う気がした。
俺のアイドルへの興味ってものは、もっと、別の思いからきてるんじゃないか。
そんな気がした。
「……別に。大した理由はねぇよ。ただなんとなくだ。それよりか、さっさと本題に入ってくれ」
「……失礼しました」
そう言うと、男は懐から書類の入った封筒を俺に差し出して。
「私は、貴方を、プロデューサーとしてスカウトしに来たのです」
何度見ても気味が悪くなるほど真剣な表情で、淡々とそう言ったのだった。
渋谷父の設定はオリジナルです。
アニメ版の設定だと、どうもしっくり来なかったので。