渋兄生。〜しぶりんの兄が好き勝手やりすぎるはなし〜 作:秋ボーロ
「プロデューサー……? シンデレラプロジェクト担当のプロデューサーはアンタじゃないのか?」
「ええ、私が担当プロデューサーです」
「……どういうことかさっぱり分からないんだが。悪いが俺にも分かるように説明してくれないか」
「分かりました。……つまり、シンデレラプロジェクトにもう一人、プロデューサーを増やしたい、ということです。現状は私一人でも問題はありませんが、今後仕事が増えた場合、私だけでは全てのアイドルをカバーできない可能性が出てきます」
「……ああ、そういうことか。そこで、俺が補佐としてその辺をバックアップしろってことか」
「はい、その通りです。貴方の経歴を見る限り、能力に不足はないと思われます。アイドルに対しての情熱も、信念も、誠実さも、全て問題ないはずです」
相変わらず男は一切の感情を捨てた顔で、吐きそうになる程真剣な目で、俺にそう語りかけてくる。
無機質で無愛想な声音なのに、どうしてだろうか。男の真摯さと情熱がいやという程伝わってくる。
やめてくれ。
その声を掛けられるべきは、俺じゃなかったはずだ。
「……買い被り過ぎだ。俺はただのクソニートだぜ? そんな素質ある訳が……」
「本気で、本心から、そう思っていますか?」
「……もちろん」
一瞬、ほんの一瞬だが、言葉に詰まった。
そして、男は俺の一瞬の沈黙を見逃さなかった。
男のすこぶる鋭い視線が、俺の動揺に刺さって貫く。
「私には、そうは思えません。少なくとも、私は貴方程アイドルとしての才能がある人を、他に数えるほどしか知らない」
「…………」
「貴方なら、出来るはずです。誰よりもアイドルとしての気持ちを理解し、また一人のファンとしての目線でもアイドルを見ることが出来る、貴方になら」
「……無理だっつってんだろ。俺とアンタ達じゃ生きてる世界が違うんだ。相互理解なんて望むべくもねぇ。……大体、俺にアイドルを理解出来る訳がないだろうが」
「ですが――」
「だから、俺は
男が息を呑む音が耳朶を打った。
その音が鍵になって、心の中から封じていた記憶が、溢れ出してくる。
「じゃじゃーん! なんとこの度、私のアイドルデビューが決定いたしましたー! パチパチー!」
「もう、ちょっとは喜んでよ~。……え? 何で泣いてんの!?」
「そんなに嬉しかった? ……うん、ありがと。キミのお陰だよ。私だけだったらきっと、デビューできなかった」
「アイドルって思ってたより大変だねぇ……仕事がこんなにキツイなんて全然知らなかったよ」
「うん。でも寧ろやりがいあっていいかも」
「分かってるって! 大丈夫、キミの為にも、私頑張って見せるから!」
「ほら見て見て! 今私映った! 映ったよ!」
「次は私、受かってみせるよ。端っこじゃなくて、中央に立って見せる」
「え……? いやいや、平気だって! ちょっと疲れてるだけだから」
「みんなを笑顔にするのって、本当に難しいね。……私、才能ないのかなぁ」
「……そう? ふふ、ありがと。キミは優しいね。嘘でも嬉しい」
「……分かってる。そうだよね。キミの為に、頑張らなきゃ。もっと輝かなきゃ」
「あー、ごめんね? ちょっと疲れちゃってさ。うん、それだけだから。心配しないで」
「やだなぁ、そんな顔しないでよ。キミらしくないよ? もっと笑って笑って!」
「あはは……。ダメだぁ。私、一番近くにいるキミも笑顔にしてあげられないんだね」
『……ごめんね。私じゃムリだったよ。キミの期待に応えられなくてごめんなさい。でも、もう疲れちゃったんだ』
気が付けば、俺の目からは熱い液体が漏れ出ていた。
自分でも驚いた。俺の中にまだこんな感情が生きていたなんて。
「……結局俺は、何にも分かっちゃいなかった。あいつが何を考えていたのかも、どんな気持ちでいたのかも知らずに、ただ俺の理想像を押し付けて。……だからあいつは死んだ」
「……やはり、貴方を縛っているのは、彼女ですか」
「…………」
「……私はこの件を資料で初めて知りました。だから、貴方に何かを言う権利は無いのかもしれません。……ですが、客観的な目で見れば、貴方には何の非もありません。彼女が結果的に死を選んだことに、貴方が縛られる必要は……」
「分かってる。ああ分かってるともさ、俺のせいじゃないんだ。あいつが死ぬつもりで川に飛び込んだのも全部あいつが勝手にやったこと。……頭では、分かってるんだよ」
「……貴方は」
「でもさぁ。どうしても納得できないんだ。俺の根っこの部分が、傲慢にも求めてんだよ。あいつの死の動機に、俺が介在していたいって。あいつは俺のせいで死んだって、思いたがってんだよ。そんな俺が、俺はどうしようもなく嫌で、殺したくて、できなくて……」
嗚咽が喉の奥から絞り出される。
溜まっていたモノを吐き出すように。
男は、黙って俺のそんな無様な姿を見ていた。
「……そうして、この十二年間、あいつとの思い出すら封じ込めて、俺は生きてきた。何も生み出さないまま。何もしないまま、ただあいつの面影を求めて、それだけの為にアイドルのセカイを眺め続けてきたんだ」
「…………」
「……だから、俺はアンタの言うような人間じゃないんだ。アイドルへの情熱なんてこれっぽっちも持ち合わせちゃいないし、信念だってない。あいつの死からも逃げ続けて、挙句全部を忘れて開き直ろうとした、ただの卑怯者なんだよ」
そうして、吐き出し切った。
自責の言葉すら、もう出てこない。
全てから隔絶されていた十数年間は、あまりにも薄っぺらかった。
震える唇で、最後の言葉を告げる。
「……帰ってくれ。俺にはアイドルもプロデューサーも無理だ。俺がそっちの世界に戻ることは、もう許されないんだよ」
ああ、どうしてこの男は今日ここに来てしまったのだろう。
この男さえ来なけりゃ、俺は全てを忘れたままでいられたのに。
前なんか向けなくたって、都合のいい虚像に酔っていられたのに。
男は、やはり表情一つ変えず、俺を真正面から見据えていた。
「……それで、貴方は本当にいいのですか?」
「良いに、決まってんだろ……」
「もう一度訊きます。貴方は、本気で、本心から、もう彼女のことも、その夢も忘れて、このまま閉じこもったままで、良いと言うのですか?」
「――もう良いんだよッ!!」
机を叩いて激昂する。
冷めきった紅茶が弾けて、机に飛び散った。
「……これで良いんだよ。早く帰れよ。……俺みたいな屑に、いつまでも構ってんじゃねぇよ……」
「……貴方はもう、既に分かっている筈だ。何故自分が涙を流したのか。その
男は立ち上がって、それから、懐に手を突っ込み、小さな茶封筒を取り出して、そっと俺の前に置いた。
「……貴方にはまだやるべきことが残っている。貴方にしか出来ないことをやり遂げる覚悟ができたなら、いつでも私の元に来てください。……今日は、これで失礼します」
男は、それだけ言って一礼し、去って行った。
俺の元に遺されたのは、資料と名刺、それに小さな茶封筒だった。
中身を確かめる気力なんてもう無かった。
無いはずだった。
だというのに、俺の体は勝手に動いて、震える手で茶封筒の口を破っていた。
破れた茶色から、花柄の便箋が顔を出した。
見覚えのある、色合いだ。
ゆっくりと、それを引き出す。
『――○○へ』
それは、俺宛の手紙だった。