時刻は午前八時半。教室の扉が開かれて、ペタペタと柔らかい足音が教壇の前で止まる。
「ホームルームを始めまシュ。日直は号令お願いしまシュ」
緊張した面持ちの少年が一人、大きく声を張り上げる。
「き…起立!!」
三十人の男女が少年の号令と共に立ち上がる。全員の手には大小様々の銃が構えられていた。
「気をつけ!!」
ある者は狙いを定め、ある者は安全装置を外す。
「礼!!」
けたたましい発砲音が教室に鳴り響き、一斉射撃の雨霰が壇上に立つ生物を襲った。それを残像が出来る程の超スピードで動きまわりながらかわしていく。
「おはようございまシュ。それじゃあ出欠を取りまシュね。銃声に負けない大きな声で返事をするでシュ。まず、磯貝」
「はい!!」
「次、岡野」
「はーい!!」
「その次、片岡」
「は、はい!!」
大きな目玉をギョロギョロ動かし、名前を呼んだ一人一人を確認しながら出席簿にチェックを付けていく緑色の触手生物。弾切れをおこし、射撃が止んだ頃に出席を取り終えた目玉は満足げに細められていた。
「ウム、遅刻も欠席も無し。シュばらしいでシュ。でも暗殺の方はもっと頑張りましょう、でシュね」
床に散らばったBB弾を眺め、溜息を吐いていると思われる仕草をする。
「本当に全部避けてんのかよ先生!これ、どう見たってただのBB弾だろ?当たったのに我慢してるだけじゃねーのか!?」
誰かが言うと、他からもそうだそうだと声が上がる。触手生物は触手の一本から銃を取り出すと、自分の触手に突き付けて引き金を引いた。緑の体液を撒き散らしながら、撃たれた触手は木っ端みじんに吹き飛んだ。
「やれやれ、言ったはずでシュよ?これはオマエらには何の害も無いでシュけど、シュマにとっては弱点になりまシュ。ま、こんなの一秒かからないで元に戻りまシュけど、無いよりはましでシュ」
撃たれた触手は既に再生されており、元気よくうねうねとうねっていた。
「(……僕等は、殺し屋。標的は、先生)」
「殺せるといいでシュね、卒業までに」
「(椚ヶ丘中学校3-Eは暗殺教室)」
「それじゃ、授業を始めまシュ。おそうじ、おそうじでシュ」
「(どうして僕等がこんな状況になったのか。それは3年生の初め、二つの事件に同時に遭ったからだ)」
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『月が!!月が完全に消滅しています!!我々はもう一生お月見ができないのです!!』
「初めましてでシュ。カオスディメンションからやってきた
――――まず2,30ヶ所ツッコませろ!!!
黒いスーツを着た防衛省の人達が、いきなり緑色の軟体生物を連れてきた。3-Eの生徒達は一斉に同じ台詞を思い浮かべた。
――――カオスディメンションって何だよ!?どこだよ!?
――――なんで目玉が喋ってんだよ!!
――――月を吹っ飛ばしたってマジかよ!?
――――その口調なんなの!?ちょっと可愛いけど!!
――――どうして先生やってるの!?
――――触手!?あれ触手!?
疑問の尽きない生徒たちの考えが纏まらないうちに、防衛省の人間の代表、烏間惟臣が事情の説明に入る。
「急な話で申し訳ないが、ここからの話は国家機密だと理解頂きたい。単刀直入に言う、この怪物を君達に殺してほしい!!」
「……えと、何スか?そいつは地球侵略に来た宇宙人か何かスか?」
「シュマは神でシュ。侵略なんかに興味ないでシュ」
「こいつが神かどうかは定かではないが、少なくとも月を破壊した張本人である事は間違いない。ご丁寧にいくつもの人工衛星の軌道を変え、目の前で月を木っ端みじんに破壊した。そしてこいつは、来年の三月に地球を破壊すると宣言した」
「ちょ、ちょっと待ってくださいよ!どうしてそんな危ない奴を俺達が!?」
「そうですよ!それこそ軍隊とかの仕事じゃないですか!!」
クラス委員長の磯貝、片岡が烏丸に抗議の声を上げると、烏丸は苦虫を噛み潰したように表情を険しくさせ、重い口を開く。
「……君達の言う通りだ。本来、中学生に任せていい事案ではないのは重々承知している。だが……悔しいがこいつの生態スペックは常軌を逸している。軍や自衛隊が国を問わずこいつを排除しようと躍起になったが、結果はこの通りだ。掠り傷一つ残せなかった。どれだけミサイルを撃っても圧縮されるか、石にされるか、菓子のように食われただけだった」
「シュマが本気を出せばこんなものでシュ。でもそれじゃあ面白くないでシュから、シュマが提案したでシュ。椚ヶ丘中学校3年E組の先生ならやってもいいとね」
「「「「(何で!?)」」」」
「一度、先生ってやってみたかったんでシュ。もちろん、オマエらに危害は加えたりしないでシュ。……そしてもっと嬉しい特典が一つ。オマエらがシュマを暗殺しようとしている時は、シュマは自分の能力を大幅に抑えるでシュ。ニンゲンでも1億分の1くらいの確立で殺せるようになるでシュ。テレポートも封印しまシュ」
「本当かよそれ…」
「シュマゴラス、嘘つかないでシュ」
「「「「(信用できねぇ!!)」」」」
「聞いての通りだ……恐らく現在こいつを殺せる可能性が最も高いのは君達だ」
そう言われても、素直に引き受ける気にはならない生徒達。しかし次の烏間の一言で、迷いは簡単に断ち切られる事となる。
「成功報酬は百億円!こいつの暗殺は地球を救う事になるのだから当然の額だ。君達には無害でこいつにだけ効く弾とナイフを支給する。能力の下がったこいつの隙をついて、どうにか殺してほしい。
それとこの事は家族や友人には絶対に秘密だ。とにかく時間が無い。地球が消えれば逃げる場所などどこにもない!」
「カラシュマの言う通りでシュ。オマエらに残された道はシュマを殺すか、諦めて最後の一年を悔いの無いように過ごシュ事。二つに一つでシュ」
~~~~~~~~
不意に一発の銃声が響き、黒板に何かを書いていたシュマせんせーがチョークで対シュマゴラス弾を受け止めた。
「中村ァ……暗殺は勉強の邪魔にならない時にやるのがクラスの決まりでシュ。罰として後ろに立ってるか、ちっちゃい目を更にちっちゃくするか選ばせてやるでシュ」
「すいません後ろで立ってます。目だけは勘弁してください……」
「ウム、反省するでシュ」
割と真面目で授業も分かりやすい。先生としての評判は、意外にも悪くなかった。
「それでは木村、問題でシュ。この例文に対する正しい回答を108択から選ぶでシュ」
「「「「多いわ!!!」」」」
「シュ?」
……時々、滅茶苦茶だけど。
時にツッコミが入るが授業は進んでいき、終わりを知らせるチャイムが鳴った。
「昼休みになりまシュたね。じゃあシュマは中国四川省まで麻婆豆腐食べてきまシュ」
シュマせんせーは窓から超スピードで飛んでいく。烏間さんが言っていたけど、国の最新鋭の戦闘機が追跡を試みたけど一瞬で振り切られたらしい。
シュマせんせーは強い。いくら手加減してくれているとはいえ、元は月を簡単に消した生き物だ。パワーダウンしてても人間にどうにか出来る相手とは思えない。
……でも、やらなきゃならない。……殺らなきゃ。
「おい渚。ちょっと来いよ。暗殺の計画進めようぜ」
「……うん」
寺坂君、吉田君、村松君に校舎の外へ連れ出される。彼らに言われていたのは、シュマせんせーが一番油断してる時間帯を調べろ、というものだった。
「それで、ちゃんと調べてあるんだろうな?」
「一応…。シュマせんせー、昼休みの後の授業の時に瞼が普段より閉じてる時があるから…」
「そこが油断したタイミングって訳だな…。よし、そのタイミングの時に、お前が刺しに行け」
「……僕が?」
寺坂君が僕にナイフを差し出してきた。僕が受け取るのを躊躇っていると、寺坂君は苛立った声を出して顔を近づけてきた。
「良い子ぶってんじゃねーよ。俺らはエンドのE組だぜ?毎日山の上の隔離校舎まで通わされて、カスみたいに差別される。そんな落ちこぼれの俺等が百億稼ぐチャンスなんて、この先一生まわってこねえぞ」
ポケットから小さな巾着を取り出した寺坂君は、それを僕に手渡す。
「抜け出すんだよ、このクソみてえな状況から。たとえどんな手を使ってもな」
「しくじるんじゃねえぞ、渚」
「ギャハハハハ」
三人は笑いながら校舎の中に戻っていく。
「…………」
何となく、教室に戻る気がしなくてそのまま突っ立っていたら、僕の後ろにシュマせんせーが着陸してきた。……何故か大きなミサイルを背負って。
「おかえり先生。……そのミサイルどうしたの?」
「海に出たところで自衛隊に待ち伏せされてたでシュ。記念に一本貰ってきたでシュ。いりまシュ?」
「いらないです…」
シュマせんせーはミサイルをくるくる回して遊んでいる。一歩間違えれば爆発するかもしれない物であんな事できるのも、シュマせんせーの強者故の自信からなのだろうか。
「大変ですね、標的だと」
「慣れてまシュ。強い者は狙われるさだめでシュ」
「!」
その一言が、僕の中の何かを揺さぶった。
……分からないよね。皆から暗殺の標的にされるって事は、裏返せば皆に
そんな怪物に、期待も警戒もされなくなった、認識さえされない人間の気持ちなんて。
……殺れるかもしれない。だって、あの
~~~~~~~~
「シュシュシュ、ではお題にそって短歌を作ってみるでシュ。句のどこかに『カオスディメンション』を入れるでシュ」
「「「「字余り確定じゃねーか!!!」」」」
……相変わらず訳が分からない。でも、この時間帯がチャンスだ。皆が句を考えている間、シュマせんせーの瞼がいつもより閉じている。あの先生が寝るのかどうか知らないけど、眠そうな感じだ。
僕が席を立つと、横目で寺坂君が笑うのが見えた。僕がシュマせんせーに近づく程、何かを察した隣の席の茅野やクラスメイト達の緊張感が高まっていく。
「…シュ。渚、もうできたでシュか」
E組に落ちた僕等は思う。
どこかで見かえさなきゃ。
やれば出来ると親や友達や先生達を。
殺ればできる、と。
短歌の紙に隠したナイフを逆手に持って振るう。
……認めさせなきゃ。
「甘いでシュよ、渚」
触手でナイフを持った腕を受け止めた先生は、僕を品定めするように目を細める。
……どんな手を使っても、認めさせる。
腕に入れた力を抜くと、触手は僕の腕をあっさり放した。その隙をついて、僕は先生の懐にするりと入り込む。
「シュ!?いけないでシュ渚。シュマと渚は先生と生徒……」
先生は僕の首にかけられた物を見て、大きな瞳をもっと大きく見開いた。
「シュ榴弾…!?」
グレネードだよ、先生。しかも対シュマゴラス弾が沢山入ってる特製のグレネードさ。
もうかわせない。僕がしっかり抱き着いているから、どこにも逃げられない。
爆発の瞬間に備えて、自然と体に力が入る。
そんな僕の目の前で、シュマせんせーは慌てた素振りも見せる事無く。
グレネードを僕の胸元から引きちぎって、触手をぐるぐる絡めて高く掲げた。
触手が何重にも絡んだせいで爆発の勢いは殺され、BB弾はボトボト床に落ちるだけだった。
破壊されたのは一本の触手だけ。それも瞬きしている間に復活していた。
「……そろそろ離れてくれまシュか?」
「……へ、あ、ごめんなさい…」
言われるがまま、僕は先生から手を放した。
「まあ着眼点は悪くないでシュ。いくらシュマでも密着されてからの自爆攻撃にはなす術がないでシュ。シュマはオマエらを守る義務がありまシュから、乱暴に振り払う訳にもイカンでシュ。でも威力が足りないでシュね。触手を絡めればどうにかなる威力でシュ」
そう言うと、シュマせんせーはグレネード起爆用のリモコンを持ったまま呆然としていた寺坂君達の目の前に移動した。
「これ考えたのはオマエらでシュよね?寺坂、吉田、村松」
「あ、ああ。そうだよ!なんか文句あっか!?」
「別に無いでシュ。さっきも言った通り、このシュ榴弾では威力が足りないでシュ」
だから、とシュマせんせーは寺坂君達の首に何かを引っ掛けた。
「自衛隊のミサイルの火薬をたっぷり詰めたシュ榴弾、これならシュマに大ダメージを与えられまシュ。さ、渚がやったみたいにやってみるでシュ。三人もいるから確殺かもしれないでシュね」
「……は…!?」
寺坂君達の顔色が一気に悪くなる。当たり前だ。今、彼らの胸元にあるのはおもちゃでも何でもない、本物の兵器なのだから。
「ふ、ふざけんじゃねえ!!何で俺達が!!」
「…
「たりめーだろ!?渚に持たせたやつは人間が死ぬようじゃ威力じゃねえ!!でもこれは…!!」
「オマエら三人が死ぬだけで、何十億人が救われるでシュ。こんなうまい話は無いでシュ」
「ふ…ふざけんな…!!」
「オマエらが渚にやらせた理由だって同じようなものでシュ。リターンが大きくて、リスクが小さいから。自分が痛い思いをしたくないからやらせたんでシュよね?でなければ、シュマを確実に殺せるこのチャンスを逃すはずがないでシュ」
シュマせんせーの瞳が怪しく光ると、三人は怯えた様子で数歩下がった。
「やれやれでシュ。オマエらはシュマと違って脆い生き物なんだから、もっと友達や自分を大切にするでシュ」
シュマせんせーは一瞬でグレネードを回収して、僕の前に戻ってきた。
「さっきの体運びは見事だったでシュ。あそこまで近づかれたのはオマエが初めてでシュ、渚」
そう言ってシュマせんせーは僕の頭を撫でてきた。
……ヌルヌルしてて気持ち悪い。でも何故かとても嬉しいのは……真っ直ぐ見て評価してくれたから。
「シュマせんせー」
「シュ?」
「……来年の3月までに、絶対殺してみせますから」
「シュシュシュ……やってみろでシュ」
瞳だけで笑顔を作り、腕組みをして見下ろすシュマせんせー。
僕達の暗殺教室は、まだ始まったばかりだ。