人は去り、また来る   作:スープレックス

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最近、伝説巨神イデオンを見始めました。
こんな話が書けたらいいなあー


しゃべくりオークと黒い風 後編

「はっくしょい!」

自分の寝床であるテントのすぐ前に焚いた火の前でイヌ次郎は鼻をすすった。

「うう、さむっ……これは本当に風邪をひいたかなあ……」

現在森の大広場では、『第六回にゃんにゃん☆まーだー☆まさくる大処刑大会』が絶賛開催中である。獣人全員が強制的に参加させられるこの『処刑大会』を仮病で抜けてきたイヌ次郎は、大広場から少し離れたネコネコ様配下のメンバーのテント村で小さなたき火に当たっていた。

手元には古い演劇の指南書。イヌ次郎は何年前に街から流れてきたのか分からないこの本を、暇さえあればずっと読んでいた。時折地べたに置いては跪いて腕を伸ばしたり、暗記したセリフを大仰に叫んだりして劇団員の真似をした。

いつか街の大きな舞台で、大勢の観客の喝采を浴びるのが彼の夢だった。

「まぁ、こんな生活を抜け出せたらの話だけどなあ」

イヌ次郎は力なく座り込む。ここでネコネコ様にこき使われている獣人達は皆、不幸にもネコネコ様に見つかってしまった者達なのだ。ある者は山菜取りの途中、ある者は元々森で暮らしていた中で、そしてイヌ次郎も田舎から街へ向けて旅をしていた最中であった。皆武器など手にしたことの無い穏やかで善良な獣人達だ。

しかし、かといって獣人達は生活を大きく曲げられてしまった元凶であるネコネコ様に刃を向けようとはしなかった。もちろん彼女の使うビリビリ術に対抗するすべを持たなかったのもあるが、人の良すぎる彼らは幼い子供に対して暴力を振るう事を良しとしなかったのである。

「(……ネコネコ様、ちょっとかわいいし)」

一部、不純な理由で付き従う者もいるが。

 

びゅおっ、と風が鳴り、イヌ次郎の目の前のたき火からは細かい火の粉がわらわらと舞い上がる。風にあおられた小さなたき火は勢いを失って消えてしまった。

「はっ、はあっ、はっくしょい!」

何度目かのくしゃみで鼻をズルズルにしたイヌ次郎は愛読書を小脇に抱えて、砂をたき火にかけて確実に鎮火してから寝床であるテントに潜り込んだ。

「(季節の変わり目は風邪をひきやすいっていうし、気をつけなくちゃ)」

 

しかし、それにしても。

「(今夜は風が強いなあ)」

 

 

夜の暗闇から吹く風がかがり火を大きく揺らす。

「うおっ……おい、風が強くなってきたがこの丸太倒れたりしないだろうなっ」

強風にあおられて、二人を縛り付けた掘っ建て丸太がギシギシと悲鳴をあげる。

「えー?それはちょっとわかんない、おいそこの豚ネコミミ!これ風とかで倒れるのか?」

「はあ……我々そんな事はよく考えないで命令を遂行したもので。分かりません!ニャンニャン!」

豚の獣人の衝撃告白にネコネコ様は口をあんぐりさせた。

「あんがー!それ、それちょっと危なくない!?」

「くそ、このまま俺達を殺す気か……!」

「ウハハ、俺今死にそうなう!ウハハハ!」

「え!?いやそんな、わたしはおしおきのつもりで、さすがに殺すのは良くないと思うし、あああどうしよう!」

「どうしようじゃねえ!降ろせ!」

「わ、分かった!おまえたち、大至急あいつらを降ろせー!」

目下の獣人達は蜘蛛の子を散らしたように大騒ぎになる。

「アイアイニャンニャン!」

「どうすればいいんだ!?」

「みんな落ち着け!まずはお茶でも煎れて」

「ワニ隊長!君が一番落ち着くべきだ!」

「また風が強くなった!?もうおしまいだ!僕達は人殺しの犯罪者になるんだ!」

 

 

「……なああんちゃん。この森、いつもこんな風が強えのかい」

ネコネコ様の号令からしばらくして、ムツタカは夜空を見上げながら静かに呟いた。

「いや、俺はこのあたりの事にあまり詳しくないから分からん。ただ村もそうだったが、こんなに強い風は吹いていなかったと……おい!まだ降りられねえのか!」

「ヒエッ!イエスニャンニャン!ごめんなさいもうちょっと待ってくださいだからそんな怖い目で睨まないで!」

下では一刻を争う事態なのにまだ安全に二人を降ろす方法を検討している。わざとではない。揃いも揃って学校もない山村出身の彼らには絶望的に知識がなく、どうすればいいのか分からなかった。

そんな彼らには目もくれず、ムツタカは風に吹かれながら考える。

「(おかしい……地形的にも季節的にもこのあたりにこれだけ強い風が吹くのは調査結果からしておかしい。それに下の連中のあの騒ぎ方だ、やはりこのあたりに強風が吹くこと自体基本的に無いんだ。となると……)」

嫌な予感がする。

「(街を陥落させて、帰路に着くまでまだ時間がある……もしかしてボスが出張ったのか!?バカな、いやしかしであれば有り得る。ということは、)」

「(団はこの森を通過するか……少なくともボスはもう来ている!)」

「ヤバい……!少し時間をかけすぎた!」

ムツタカは足を跳ねあげて、靴に隠していた小さなペーパーナイフ大の刃物を器用に口でくわえると、ペッと上に吐き出して後ろ手にキャッチした。

「何っ、あんた、」

「悪ぃなあんちゃん、休暇はここまでだ。俺ァ行かなきゃならなくなった。多分な」

呆気にとられているネズミを尻目にムツタカは急いで自らを縛る縄をグリグリと切断し始めた。

 

ボス達のルート変更は恐らく自分の帰還の遅さに気を揉んでの事だろう。このままボスが広場に到着してしまえば、待っているのは惨劇である。自分を捕らえていた獣人から何から全て皆殺しになり、破壊されるのは間違いない。

「(もう少し早めに合流していれば……!)」

ムツタカは焦りながらも手際良く縄を切り、解いていった。

数々の修羅場をくぐり抜けてきたムツタカにとって、今回の実地調査は『休暇』みたいなものだった。ハードな殺しも本格的な潜入もなければ、ギルドの介入の懸念すら無い任務だったからである。やろうと思えば獣人やあのネコネコ様もろとも息の根を止めることは簡単だったし、丸太に縛られたまま横倒しにされても蚊に刺されたくらいのダメージしかないだろう。ただ、できるなら殺しはしないのがムツタカの主義だった。それがたとえ気休めにもならないような言い訳に過ぎなくても、である。

それにここの獣人達は皆呆れるほどにバカでイイ奴らばかりである。最後に殺してしまうような結果になるのは、できれば避けたかった。

 

森からの強風が吹く中、揺れる丸太の上でムツタカは縄を抜けた。その前に落ちないようにガッチリと股で丸太を挟んでいる。

「一丁上がり!やれやれ」

そしてムツタカはネズミが縛られている隣りの丸太にひょいと飛び移ると、ニヤリと笑った。

「行きがけの駄賃だ、あんちゃんも助けてやるよ」

そう言うと風に揺れる丸太に合わせて思い切り体を揺すった。掘っ建て仕様の丸太が傾き出す。

「なっ、おい!何してんだあんた!」

「そーらそらそらウハハハハハハハ!おぉいお前ら!どけーーー!」

棒倒しのごとく丸太を固定していた土が崩れ、丸太はネズミを縛り付けたまま広場中央に向かって倒れだした。

「ぎょえー!なんて事しやがる!全員退避ー!」

「アイアイニャンにああああああ!」

「故郷のママー!」

下で慣れぬ頭をひねっていた獣人達は一斉に広場から退避、尻に火がついたみたいにして森の中へ飛び込んだ。ネコネコ様もたまらず手近な木の上へ駆け上る。

 

風を切って眼前の景色が通り過ぎていく。先程まで遠かった地表が今度はすごい勢いでネズミに向けて迫っていた。このままいけば拘束されたままのネズミは身動きもできずに、受身すら取れずに地面へ顔から突っ込む事になる。

「ぐあああ!」

思わず悲鳴が漏れる。ネズミの身体は人並み外れて鍛え抜かれているため落下の衝撃で死ぬ事はないだろうが、受身も取れないとあれば大怪我は免れないだろう。ネズミは歯を食いしばった。

地面まであと少し。とうとう激突するその瞬間、ムツタカは懐から白い玉をいくつか抜き出して地面にばらまいた。ボシュウ、と玉が弾けて広場一面が白い煙で真っ白に染まる。それと同時にネズミが括りつけられている丸太はドーンと地を鳴らして地面に倒れた。

 

 

「フガッ!」

テント内で毛布をかぶって眠っていたイヌ次郎の体がビクッと跳ね、起き上がった。

「なんだァ今のは……花火かな」

イヌ次郎は寝ぼけた頭でそのままボーッと考えていたが、その実自分が何も考えていない事に気が付くと、そのまま毛布をかぶって目を閉じた。

「(気のせいかな、うん)」

再び彼が寝息を立て始めた頃。そのテントのすぐ隣に、誰かが風と共に森を抜けて来た事に気付く事はなかった。

 

 

荒れる風に白煙が乗り、広場一帯の視界が遮られる。白い風の濁流が駆け回る。

「げほっ……なんだあ!」

ネコネコ様は立ちのぼる煙に口を覆った。混乱のあまり思わず白煙の中をきょろきょろと見回すが、視界一面白ばかりで何も見えない。

しかし確かに侵入者を縛り付けた丸太が横倒しに倒れていくのは見たし、倒れた音もした。下手をすれば侵入者は頭から地面に突っ込んでその脳髄を飛び散らせているかもしれない。

「どうなった!死んだか!死んだのか!」

悲痛に歪んだ、あるいは苦虫でも噛み潰したような顔で叫ぶ。制裁と称して暴力を振るってきた彼女であるが、他人の命にまで手をかけようとする程彼女は悪人ではなかった。

臆病とも言えるだろう。

その時白に染まった視界からひゅっ、と音がして、先端に何重にも結び目のついたロープが耳をかすめた。えっ、と声を上げるまでもなくそれは器用に肩にかけていたネズミの刀に巻きつき、引っ張られた。ロープが巻きついた刀はすぽんとネコネコ様の肩から抜け、白い視界へと消える。立て続けに予想もしていなかった事が起きてネコネコ様の小さな脳ミソは容量オーバーを起こし、木の枝の上にすとんと座ってしまった。

「はえっ……何……」

沈黙。そこから再び声を取り戻すまで、視界を塞ぐ白煙が風に流れきるまでかかった。

 

 

ムツタカはよっ、と気合いを入れて白煙の中に伸びるロープを手繰り寄せ、刀の絡まったロープの先端をうまくキャッチした。

「ほいあんちゃん、もう無くすんじゃないぞ!」

ネズミは縛られていた腕をさすり、半ば呆然としながら受け取った。

鍔のない白木の刀。間違い無く自分の刀である。ネズミは礼を言うとまだぼんやりとしたまま刀を腰に差し込んだ。

「……本当にわざと捕まってたってわけか。三歩先すら見えねえこんな中で一体どういう理屈だ」

「ここが違うのよ」

ムツタカは得意げにトントンと、自分の耳を叩いてみせた。

 

丸太が地面へ激突する瞬間、ムツタカは煙玉で一帯の視界を奪ってから神速の如き早さと手際の良さでネズミを縛る縄を切り解いたのち、大男のネズミを小脇に抱えてうまく地面に着地した。さらに「あんちゃんの相棒もついでに取り返してやんよ」と自分の体を縛り付けていたロープに細工をして、数回振り回してスピードをつけてから白煙の中にその先端を放り込んだのである。ロープは見事にネズミの刀を捉えて戻ってきた。

 

「なあに、つまりはオンナノコがどこにいるかなんざオジサンにはお見通しって事さ!ウハハハ!」

そうはぐらかすと、ロープを頭の上で再び慣れた手つきで回し始める。

「さあて、そんじゃズラかりますか。あんちゃん、あのバカで無垢な獣人連中だけは撫で切りにしてくれるなよ。アイツらには罪はねえ。切るならせめてあのお嬢ちゃんだけにしてくれや」

「いや、俺は村から頼まれてここに来てる。あのガキに憑いた憑き物をなんとかするってな」

「おや、そうかい」

ムツタカは意外そうな顔をしながら、さらにロープの回転を加速させた。先端が頭上でびゅうびゅうとうなりをあげる。

「俺ァてっきり……いや、いかん。時間がねえ。そういう事ならあんちゃん最後にひとついい事を教えてやろう」

瞬間、ムツタカの目が鷹のように鋭く光り、ロープを風上上方に向かって勢いよく投げつけて何かに固定させた。ぎゅっと手元のロープを絞る。ネズミにちらりと視線を送る頃には、彼は目尻の下がった温和な獣人に戻っていた。

「得物を使うな、血を使え。『鹿』の暴く力は恐らく血に宿る、それを使って憑き物を抜くこった。そんじゃああばよ、ネズミさん」

そう捨て台詞を残してムツタカはロープを使って飛び上がり、「アーアアー!ウハハハハ!」と笑いながら白煙の薄らいだ風の中へ消えていった。

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