人は去り、また来る   作:スープレックス

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「燕返し」

「倒れた、倒れた!」

「大変だぁ」

避難した獣人達がちらほら広場に集まってくる。その中にネコネコ様も木の上から降りてきて、しばらくその有様を呆然と凝視していたが、ハッとして叫んだ。

「隊長!点呼ぉ!」

「へっ……あ、ハイ!アイアイニャンニャン!」

ワニ頭の獣人がひとりひとりの名を呼び、確認する。

「ニャンニャン!病欠のイヌ次郎君以外全員います!」

「そっか……じゃなーい!わたしは王様なんだぞ!お前達の心配なんかしてねー!バーカ!」

「ネコネコ様……」

普段ひどい仕打ちを受けているのにキュンとなる獣人一同。とても厳しい自然を生き抜くなぞできなさそうな単純さである。何だかんだでちょっぴり僕らのこと心配してくれてたのかなあ、とほっこりムードが一同に流れたが、

「おう、なごやかに談笑しているところに悪いが」

そんな空気に水を差す奴が一人。例の侵入者である。丸太から落下して重症を負ったかと思われたが何故かピンピンしており、おまけにさっき捕られた武器まで持っている。柄尻に手をかけたまま、もう片方の手をなにやらバキバキ言わせながらゆっくりと残る煙の中から現れた。獣人達のアゴがあんぐり空く。

「なんで助かってるんだお前ー!どうやって抜けたんだ!さっきの白い煙みたいのはなんだ!つーかもう一人はどこいったー!?」

「うるせえ!知るか!」

ネズミは矢継ぎ早に飛んでくる質問を全スルーする。ネズミを助けて慌ただしく去っていったあのよく喋るオークについては最後までよく分からなかった。何より、何故『鹿』について知っていたのか。ネズミにはそこが気がかりだったが何を聞く暇もなく当人は既に風の中へ去っていってしまっている。後出しジャンケンをされた時のような溜飲の下がらない気分のまま、眉間に苛立ちを浮かべてネズミは本来の目的を遂行しようとした。

「『化け猫』、好き勝手やってる所で悪いがその子供を返してもらいに来た。神妙にしろ」

「な、なに!?なんで正体が!?」

と、化け猫はボロを出す。

耳と尻尾まで生やしておいて何を今更、とは言わずネズミはすらりと刀を抜く。余計な言葉は太刀筋を鈍らせる。無造作に拳からぶら下がる刃が一瞬ギラリと月の光を映した。

 

「くそう!おまえたち、全員武器を持てー!」

「ネコネコ様、武器はありません」

「は!?」

「だってほら、誰かに刺さったりしたら危ないですから……今日はお仕置きの日だったし、そういう危ないのは全部キャンプに置いてきてます!ニャンニャン!」

「アホかワニ公!誰がそこまでしろって言った!」

「ネコネコ様では?」

「ガッデム!そうだった!」

そういやそんな事言ったわとネコネコ様、もといメルロに取り憑く化け猫は頭をばさばさ掻きむしると、殺人嗜好者の目を浮かべて(※化け猫視点)近づいてくるネズミへ向かって両手を突き出し、エネルギーを集中させた。腕と腕の間に白い電撃が浮かび、球の形を形成する。

「うおおおおお!こうなったらわたしが直接お仕置きよ!KE☆SHI☆ZU☆MIにしてやる!」

「ネコネコ様が術を使う気だ!皆逃げろぉ、巻き込まれるぞ!」

「退避ー!」

「またかよー!」

獣人達が再び蜘蛛の子を散らすようにバタバタと射線から逃げ出す。それを待たずして化け猫は逆ギレの怒りを溜めた電撃をぶっ放した。

「最大パワー!サンダーファイヤーウルトラボンバー!」

打ち出した衝撃は地面を抉り、衝撃波が木々を揺らす。電撃弾はその白い光を夜に撒き散らしながら一直線に獲物に向かって飛んでいく。

 

 

電光が迫り眼前を白く染めるその一瞬、だがネズミは小指ひとつ動かさなかった。

引きつけている。

『剣とは早さだ』

柄尻に左手を添え、半歩前の右脚で地を踏みしめる。構えは下段、ほんの少し左に流した。

『相手よりも早く、剣先を相手に到達させることだ』

空気が震える。衝撃が顔を叩く。手を伸ばせば白光に届くほどに電撃が迫っている。

『そうだな、あの鳥よりも早く剣を振れたなら』

時間が引き伸ばされたような長い一瞬の中で、ネズミはスイッチを切り替える。体の中で風船を膨らませるように全身に気力を一気に充満させる。脚はもも、膝、ふくらはぎから足裏、そのつま先まで。

『お前は…』

肩、上腕二頭筋、肘、腱、掌、指先、その先の刀身の先端。顔と頭まではち切れんばかりに気が行き渡り髪の毛が逆立つような感覚を覚えた時、ネズミはいつか父の背で見た燕より疾い風となった。

「っっっ!!」

下段で地を指していた刃が右上へ逆袈裟に閃く。さらに上段に上がった勢いそのままに切り返し左手へ横一閃。電撃弾は四つに切り裂かれ、その場で光と衝撃をまき散らして霧散した。瞬きより早い斬撃は軌跡すら見せず、電光を刀身に写す事すらなく、その場にいた獣人達には目視することもかなわなかった。彼らが見たのはノイズのように僅かにぶれるネズミの影と、まるでそうなる予定であったかのように四つに割れ自壊した電光弾のみである。

 

妙見元流、燕返し。

元々は相手の剣を切り返すための型である。相手よりも太刀筋の早さを求められるこの型をネズミは好んで使っていた。太刀筋の早さに自信があるからではない。刀を振るう速度こそが全てだと信じてきたこの男は他の型を知らず、また知る必要があるとも思っていなかったからである。

『早さ』は彼の正義であり、信仰だった。

 

 

「術を切った!?」

術を使った衝撃で地面に転がっていた化け猫は目を疑った。魔術師の術でもなく、仙人の術でもなく、剣で?そんな話は聞いた事がない。包丁で水は切れないように、そもそも捉える事が不可能なはずでは……

化け猫は無意識に尻餅をついた状態でじりと下がろうとしたが、砂と擦れた手のひらが刺すように痛んだ。びっくりして見ると肘から先が赤く焼けている。

「本気を出しすぎたっ……」

化け猫は術に耐えきれずに肌が焼けてしまった両腕をぶらぶらさせながら急いで立ち上がり、ネズミから距離を取りながら叫ぶ。

「何してるおまえたちー!あいつを倒すんだよー!」

これには獣人達も流石に声を荒らげた。術を叩き切ってなお平然と残心をするネズミを一斉に指さしながら

「「「無理でしょー!」」」

「なんで!相手は一人だぞー!」

「あんな強そうなのに素人の僕らが勝てるわけないじゃないですかやだー!」

「ネコネコ様、流石にあいつは僕らには無理です!」

「僕ら素手だし!」

「気は済んだか」

「済んでなーい!あんなあ、おまえたちはビビり過ぎなんだ!獣人の力があればたとえ相手が強い人間で、こっちは素手でも束になってかかれば勝てるんだよ!多分!え?」

しゃがんで輪になって会議していた化け猫は振り返る。剣士はすぐ後ろにいた。

「ああいう術は森を焼くから無闇に撃たない事だ。とにかく今ならまだ許してやるから、とっととその子を返せ」

叩き切った人の血を啜るのが最上のごちそうなんじゃ……と言わんばかりに暗い光を目に宿す殺人嗜好者(※化け猫視点)。刀の背で肩をポンポン叩いているのは、恐らく『ギヒヒヒヒ!オマエらを肩からまっぷたつにして膾にしてやるよォー!』という意思表示に違いない(※化け猫視点)。化け猫以下獣人達はがたがた震えだした。なおネズミにビビるあまり目的があくまで化け猫であるという事に獣人達は全く気づいていない。

「こ、殺される!ジョバー!」

「無敵のネコネコ様の術でなんとかしてくださいよォー!」

「さ、さっきので力全部使っちゃったんだよー!」

「ママ……ママーーーーー!!ウッ……」

「ああ!クマ五郎君!気をしっかり持つんだ!」

「素手相手に卑怯だよぉ!」

「男らしくないと思う!」

 

 

「男らしくない……?」

 

 

ネズミの動きが止まる。一人の獣人の言葉に便乗するように他の連中も怯えながら反論する。

「そ、そうだー!」

「男らしく素手で勝負してよ!」

「あたしなんか女だぞー!正確にはメスだけど!」

「誰か死んじゃったらどうするの!」

「なんかこう、ほら、腕相撲とかで勝負しよう!」

「あ、僕プロレス得意!」

彼らの抗議が終わらないうちにネズミは引きちぎるように腰の鞘を抜くと、バチッと刀を収め、凄まじい力とともに勢いよく鞘尻を地面に突き立てた。爆発音のような爆音と土煙がもうもうとあがり、広場の地面一帯にヒビが入る。

「……いいだろう」

煙に浮かぶ剣士の影は、目だけが燃えるように爛々と輝いていた。

「素手でやってやる。腕相撲でも何でも、全員まとめてかかってこい!」




T-SQUAREを聞きながら書くのに最近ハマってます。
T-SQUAREはいいぞ。

11/19追記
一部文章修正しました。
サーセン!
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