人は去り、また来る   作:スープレックス

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タマキ

「ぎゃああああああ!!」

強烈な電撃を帯びてネコネコ様は夜に絶叫した。その姿が闇夜に白く浮かび上がる。あっちへ跳ねこっちへもがいている内に、その体は変化し始めた。

「あ、あれ!?ネコネコ様のネコミミがだんだん透けてきてる!?」

獣人の一人が叫ぶ。ネズミは口の中にまだ残っていた血を吐き出して口元を拭った。

「(化け猫が抜けてきているのか……!?)」

しかし何故、と考える前にすぽーんとネコネコ様の憑いていたメルロから何かが抜け、力なく地に伏した。黒い子猫であった。

「ファッ!?」

「何があったの!?どういう事!?」

獣人達が慌てふためく。ネズミは化け猫の抜けたメルロへ飛びついた。脈を見、胸に耳を押し当てる。どうやら気を失っているだけのようだった。

「お、おいテメー……おえっ、臭い!お前の血、臭いぞ!それに何だ今のは……って、え?なんだこれ!何で元の姿になってんだ!」

「なんでかは知らんが手間は省けたな。やれ、どうしてくれる?」

ネズミはゴキゴキと拳を鳴らす。今夜散々な目に会わせてくれたこの生意気な猫をどうしてやろうか。

「くそ、力が出ない……なんでだ!?で、でもお前っ!今の私は妖の姿だから、お前は触れない!触れないぞ!」

「持ってきたよォ」

「おお、さっきから悪いな」

ジラフ三郎から刀を受け取るネズミ。化け猫はあんぐりした。

「な……」

「しかしなんで俺を助けるんだ?」

「いいじゃないそんな事。にしてもいやあー、猫ちゃんだねえ。ぼかぁ妖ってやつを初めて見たよ。思ったより普通の猫ちゃんだねえ。子猫ちゃんだねえ」

ネズミは驚いた。

「見えるのか」

見える見える、と指を指す。どうやら他の獣人達もそうらしい。

「えええ!?力が弱まってる上に獣人に見えるようになってるってどういう事だ!?なんでだ!?血か、もしかしてさっきの血か!」

「知らねえよ」

ネズミは腰に差した刀に手をかけた。今夜は色々ありすぎて、考える気にもならない。

「とにかく今できることと言えば、コイツでお前をどつき回す事ぐらいだ。それともまだ抵抗してみるか?」

「ぎゃー!もうだめかー!」

「いやー……その事なんだけどねえ。見た感じこの子まだ小さいし、命だけは勘弁してもらえないかねえ」

ネズミは驚いた。コイツに散々こき使われて苦しめられたのは他でもない獣人達ではないか。

「お前ら、いいのか」

「まあまだこんなに小さな子猫に乱暴するのは流石にね……」

「そこまでやるのはかわいそうだし」

「ていうかネコネコ様って妖だったんだ……知らなかった……」

どこまでもお人好しのアホ獣人達にネズミは呆れてため息をついた。一番苦しめられていた獣人達がこう言うのだからネズミも許さない訳にはいかず、刀から手を離す。

「だとよ、良かったな。これに懲りたらもう悪事をはたらくのはやめることだ」

「ち、ちくしょー……」

「何だ、それとも今ここで動けないように腱でも切ってやろうか」

「わああわかったわかったー!やめる!もうやめるよォ!」

子猫は慌ててかぶりをふる。

けっ、と溜飲の下がらぬままネズミはそっぽを向いた。

 

 

眠っているメルロを背負ってネズミは朝もやの中を山道を降りていく。獣人達の多くは元々この森を抜けて街へ出るつもりだったからと荷物をまとめる算段をするためにキャンプへ戻っていった。本当にこれでいいのか、とネズミは最後にジラフ三郎へ尋ねたが、

「なんだかんだで僕らも楽しかったからね」とノホホンとしていた。

「いいのか。この化け猫はお前等に散々電撃やら何やら酷い事をしてきたんだぞ。それを許せるのか」

「亜人差別に比べればこんなのは大した話じゃないよォ。それに、あの子は僕らを少なくとも仲間みたいに思ってくれてたと思う。僕にはそれが嬉しかったし、このお祭りみたいな大騒ぎは楽しかったんだよね」

分かる分かる、と首肯する獣人達。ネズミだけがもやもやしたままさっさと別れを告げてきた。

 

 

冷たく澄んだ空気をかき分けて、降りていく。

「わたし……」

「気がついたか」

気がつけば背中のメルロが目を覚ましていた。まだ調子が良くないのか、白い顔でうとうととしている。

「あんまり思い出せないけど、村のみんなにわたし……」

「夢を見たんだな。お前さんは妖に取り憑かれてまぼろしでも見ていたんだろう。大丈夫だ、もう妖は退治た」

「……本当?」

本当だ、とネズミはできるだけ優しく言った。無論、嘘である。

ふもとまで降り、林の中を進んでいく。木の間から太陽の光が山並みを這い上がって来るのが見えた。眩しさにメルロがうう、と呻く。

「あの子」

メルロがぽつりぽつりと話し始める。

「強くなりたかったんだね、きっと……」

ネズミは黙っていた。

「独りぼっちで不安で、だから強くなりたかったんだ」

「何故そう思う?」

「さびしそうだったから。でも他の子達が集めてからは楽しそうだった」

ネズミは朝露に濡れる背の高い雑草を避けた。もうすぐ森を抜けるだろう。

「でもそれは邪悪だ。人の体で散々好き放題して」

「そう?子供ってそういうものだと思うけど」

「子供だったのか?」

「なんとなく、ね」

ガトーネの村が見えるまでもう少し。メルロは再びうとうとと眠りにつきはじめる。

「……嘘つき」

しまった、とネズミは苦い顔をした。

 

 

村に着いたのは結局日が登ってからだった。ネズミはメルロを背負ったまま一度村長に報告した後、彼女の家に送り届けた。事のあらましはある程度ぼかして伝えた。全てを伝えれば村長はすぐさまギルドに連絡して化け猫やそれに加担した獣人達を討ちにいくのは明白であり、それだけは、とメルロがせがんだからである。つくづくネズミには分からなかった。

村長は報酬として村にある金品を出そうとしたが、断っておいた。元々道端で空腹でくたばっていたのを助けられたお礼として引き受けたものである。ただ、少しの酒と干し肉だけは貰っておいた。

 

その後、またあの化け猫が悪さをしていないか確かめるためにネズミは獣人達がいた森へ再び足を運んだが、もうそこには誰もいなかった。ただ、黒猫だけが大岩の上にちょこんと座っていた。

まだいたのか、とネズミは声をかけたが、黒猫はムスッとしている。

「お前も元いた所へ帰れ。仲間はいないのか、親御さんは」

「……いねえ、そんなの。お父もお母もとっくの昔にくたばった」

「そうか」

「児童相談はやってくれねえのかよ」

「ばかめ」

ネズミは苦笑した。思いのほか元気は取り戻したようである。

「だったらよ、なんでもいいから技を教えてくれよ。お前騎士サマってやつだろ」

「あいにくだが俺が知っているのはコイツだけだ」

腕でも生やしてくるんだな、とネズミはポンと刀の柄を叩いてみせた。ふんと息を鳴らして子猫は飛び上がり、叫ぶ。

「変化!」

どろん、と体から煙を撒き散らす。気がつけば子猫は小さな黒髪の女の子に姿を変えていた。これでいいだろ、と化け猫は腕をぶるんぶるん回してみせる。

「お父がいってた、今日のメシを食って明日を生きるためには強い妖にならなきゃいけないって。でもわたしは元々術力が弱かった。ただでさえ弱かったのに、お前のせいでこのざまだ!電撃も出せないし、できるのはせいぜい化ける事ぐらいだ、だからなんでもいいから教えてくれ、強くなる方法」

「中途半端に教えたところでせいぜい小競り合いにちょっとばかし強くなるくらいだ。他にできることを探すんだな」

「じゃあ全部教えてくれ!」

「無茶言うな!一朝一夕で身につくもんじゃねえ」

「じゃあできるまで教えてくれよ!」

ガキに構っている暇はねえ、とネズミはうんざりしてさっさと歩き出す。化け猫は地団駄踏んでしばらくは大騒ぎしながらしがみついていたが、何か思いついた様子でニヤリと笑った。

「こんなに頼み込んでる子供の言う事ひとつ聞いてくれないなんて、男らしくない奴だなあ」

ネズミの足がぴたりと止まる。しめたとばかりに化け猫はまくしたてた。

「こおんな非力な子供を置いてきぼりにするなんてひどいと思うけどなあ!何をしたのか知らないけど、お前のせいで力を失ったのに!男としてそれはどうなのかなあ!どうなのかなあ!」

ど、う、な、の、か、な、あ!そうですよねえ奥さん、最近の若い男性のモラルが問われますよねえ……と煽って煽って脳内リールをガリガリ回しまくる。やがて魚は観念した。

「……そんなに教えてほしけりゃ着いてこい!道中だけなら教えてやる、くそっ」

「うほほい!やりぃ」

すったもんだのやり取りの末にいつの間にやら高かった日は落ち始めていた。

「これからどこに行くんだ、街に降りるのか?」

「そうだ」

「だったらこの先に柿の木があるからそこに行ってからにしようぜ!急ぐんじゃないだろ?」

「いやしかし」

「弟子の言うことは聞くもんだぜ!なあ!」

「いやてめえは弟子のつもりじゃ」

「楽しみだなあ!わたし街初めてなんだ!なんかうまいもんあるんだろうなあ!甘いもんあるかな?」

ちょっと寄ってそのまま街へ降りるつもりだったのに……とネズミは後悔していた。なんだってこんなガキがくっ付いて来ようとしているのか。ただ、言っちまったもんは仕方ない。

「そうだ。名前は」

「なんぞ!」

「お前、名前はなんてんだ」

ネズミを置いて先へほいほい歩いていた化け猫はくるりと振り返る。

「タマキ!お父がそう呼んでた!」

「タマキ……環か。けっ、お前にゃもったいねえいい名だ」

ネズミは煙草入れから一本抜き出して火をつけた。

「それじゃ、タマキ。これから街へ降りるまでにまずは樫か楢の木を探せ。木刀がなけりゃ稽古もできん」

おっしゃ、とタマキはいい返事で駆け出した。




第二章、これにて工事完了です……(死にそう)
本章の感想としては、やりたい事が色々あったような気がするけど結局上手くいかなかったって感じですわ。ええ。
私がプロットというものに手をつけ始めたのが丁度二章二話からで、やっぱそこが最後までネックになってましたね。クソすぎる。

三章からは一話の初めからプロット込みで考えられると思うので、次回からようやくまともな話が書けそうな気がします。多分。メイビー……

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