人は去り、また来る   作:スープレックス

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金は命より重いのだ 後編

ネズミとタマキは霧の町ギルドの屋内掲示板の真ん前で立ち尽くしていた。無論本当にボーッとしている訳では無く、組合向けに毎日掲示されている仕事の依頼を探していた。

『霧の町』に来てから毎日、二人は桃の盗み食いで負った借金を返すために依頼を受けてはこなしている。依頼の報酬全てがギルド組合に持って行かれる訳では無く、最低限生活と仕事ができるように借金分を報酬から一部控除される形なのでただ働きというわけでは無いが、それでも生活には大きく制限がかかる。そもそも借金を返し終わるまでは霧の町からは出られない。こんなしょうもない借金などはとっとと返してしまいたいところであった。

 

「よう、チビデカ盗み食いコンビ!明日の仕事チェックしてんのか。熱心なこったな!あんたら最近有名だぜ、一日に何件も依頼かけもってるってな」

 

「うるせー!こっちだってやりたくてやってんじゃねえバカヤロー!」

 

「熱心なのはいいが、頼むから明日の依頼を今みたいな夜遅くに出してくんなよ!もう窓口は店じまいだ、明日の朝もってこい!」

 

受付の男は怒鳴って奥へ引っ込んでいく。基本的に組合の依頼窓口は酒場やコーヒーショップとくっついており、毎日何人もの組合員が依頼を受けに来たり、組合員同士で一服入れながらの情報交換に利用している。酒場などは夜更けまでやっていたりはするのだが、組合の窓口自体は日が落ちればとっとと閉めてしまう。霧の町の組合は夜を酒場に任せ、窓口の閉店業務にいそしんでいた。

 

「おい、明日の依頼はこれだけなのか」

 

ネズミは男の背中に投げかける。受付の男は面倒くさそうな雰囲気を隠しもせず怒鳴り返した。

 

「見りゃ分かるだろ、それだけだ!まぁ掲示していないのは他になんぼかあるが、町の新参が受けられるのはどちらにしろそこにあるものになる!」

 

「危険な仕事でもいい、もっとでかいのをくれ」

 

「ダメだ、お前らは町に来てまだ日が経ってねえ!信用ってやつがまだ無いのさ」

 

「なんでぇケチ!わたしらが依頼放っぽったことないだろ!報酬高いやつを上から順にぜーんぶやってるんだぞ!主にお師が!」

 

タマキが地団駄踏んで言い返す。事実、掲示されている依頼のうちネズミは報酬の高く危険な依頼を上から順に次々と受け、完遂している。危険の伴わない依頼についてはタマキも協力していた。

 

「頼むよ~もう報酬が低いやつしかないんだよ!わたしらこの町にいつまでいればいいんだよォ!」

 

「知るかばかやろう!元はといえば盗み食いなんかしたのが悪いんだろうがよ!」

 

受付の男はタマキにすがりつかれながら時計を見やる。もう上がりの時間はとっくに過ぎている。

 

「おら、もう話は終わりだ!とっとと帰んな!くそ、まとわりつくんじゃねえ!」

 

「頼むよ!危なくったっていい、なんでもやるからさ!お師が!」

 

「勝手なことを言うな!…だが俺からも頼む」

 

ネズミは軽く会釈する。これは困ったことになったぞ、と男はほとほと自分の仕事を呪った。組合職員である以上、組合を利用する者の要望にできる限り答える義務があるし、必要とあらば慣習的な決まりを排すのも職員の判断に委ねられる。なまじそのような依頼が無いわけでは無いが…あまりにも勧められない。

 

「組合さん」

 

夜も更けて人気の無い酒場から声が響く。薄暗いカウンターの端に、男が一人酒を飲んでいた。ぼろ切れみたいな土色のマントに全身を包み、同じく土色のつばの深い帽子は旅塵にまみれている。帽子は男の顔に暗い影を落とし、ただそのまなざしだけが三人をとらえていた。

 

「その男は腕が立つのかな」

 

「あ、いえ…ですがこの男は数週間前に町に来た新参者です!」

 

帽子の男は何も言わず、ただ受付の男を見つめる。観念したというように、受付の男は肩を落とした。

 

「…立ちます。しばらく放置していた大猪の依頼も、街道の呪術師連中も残らずコイツが片付けました」

 

「ならその男、おいらがもらった」

 

帽子の男が静かに立ち上がる。受付は分かりました、とだけ言い残し帰って行った。その際、ネズミと目が合う。ネズミにはその目が哀れんでいるようにも思えた。

 

「なんだおまえ!さっきのおっちゃんの上司か!」

 

ゴツゴツと床板を鳴らし男が近づいてくる。ネズミよりだいぶ背は低い。マントで隠れているものの体格に関してもそこまで大きいわけではない。普通騎士のような人種は、大剣を振り回すための膂力が目に見えるものだ。

 

「やるじゃないか。大猪も街道の掃除もこの町ではずっと手を焼いていたんだぜ。もっとも、魔術師共が幅をきかせてるゴスターじゃなかなか報酬金も捻出できんだろうがね」

 

「もらった、とはどういうことだ。あんたは何だ」

 

話も聞かずネズミは単刀直入に聞いた。我ながらあまりにも愛想がないもの言いだとネズミは内心思ったが、男の醸す独特の雰囲気にネズミは警戒せざるをえなかった。

ネズミには男の放つ気迫のようなものが、常人のそれには思えなかった。歴戦をくぐり抜けてきた猛者のような「気」が、目の前の何の変哲もない小汚い男からあふれている。

男が帽子を脱いだ。

 

「はは、すまん。おいらぁバスソウってんだ」

 

年は40を過ぎたくらいの男で、伸ばしっぱなしの赤茶色の癖っ毛を適当に後ろでまとめている。顔を袈裟懸けに大きな傷痕がある以外は、ただの眠そうな目をした中年の人間にみえる。

 

「あんたぁ、腕が立つならいい稼ぎ口があるぜ。ちょいと危ないがね」

 

「乗る」

 

即答した。後ろでタマキが騒ぎ出したが、どちらにしろ少しくらいリスクを伴わなければ借金は減らないだろう。お前は今回留守番でもしていろ、となだめる。

 

「内容も聞かずに返事とは男らしいねえ…よし、決まりだ!」

 

バスソウはその辺のいすを引き寄せると、背もたれを抱えるようにして座った。

 

「場所は霧の町からそう遠くない、霧の谷。内容はシンプルに『囮』だ。鼻持ちならねえいけ好かねえ、魔術師共のな。今回、表向きは霧の町から一般への依頼になってるが、実際はギルド治安部の上の方から霧の町とゴスター王立の魔術師団のふたつに情報が降りてきているもんだから、破格の報酬が出る。問題なのはその魔術師共がブッ殺そうとしている攻撃対象で、かつ俺たちが注意を引かなけりゃならないのがシード団の連中ってことだ」

 

ネズミはガトーネ村の村長がそんな名前を口にしていたことを思い出した。

 

「確かほうぼうで悪さを働くオークの集団だったか」

 

「随分ノンビリした言い方だな。そんなもんじゃねえよ、知らないのか?本当に?」

 

バスソウは何度も聞き返したが、ネズミ達がその程度の知識しか持っていないことを知ると思わず唸ってしまった。

 

「…シード団ってのは革命軍だ。オークを中心にあらゆる亜人種で構成されている。ゴスター、ルマッカ、レノの三領それぞれの王家とそれにまたがるギルド治安部に宣戦布告をしている連中だよ。『亜人種の権利拡大』をうたってはいるが、やってることは純血の人間種の虐殺に近い…というかそのものだ。確かに昔は純血の人間以外、つまり亜人種への差別も激しかったと聞いているが、そりゃあもうおいらのじいさんの世代の話だぜ。今はもうおおやけには差別は禁止されてる。裏ではまだ根強く残っている地域もあるだろうが、流石に今、公然と戦争までやって権利を主張しようだなんてあまりにも強引過ぎるわな」

 

もっとも、『足跡』の年ともなりゃ御時世はそもそも暗いだろうがとバスソウは付け加える。

 

「盗賊崩れの亜人連中なんかが憧れて徒党を組んでシード団を名乗ることも珍しくは無いが、今回おいら達が相手にするかもしれねえのはそういうパチモン連中じゃねえ、国を相手に未だに戦争を仕掛けようとして生き残っているような百戦錬磨の戦闘集団だ」

 

それでもやるかい、とバスソウは念を押す。何も知らない人間に手伝えとは言わない、この男なりの優しさだった。しかしネズミは答えを曲げなかった。

 

「やるさ。一度やると言ったからにはやる」

 

ただし、とネズミは続ける。

 

「治安部ってのは組合本部の連中だってきいたことがある。そんなところからの情報がどうだとか、あんた何故知ってるんだ?何故そこまで危険な依頼を受けるってんだ?」

 

ネズミにもそこについて疑問に感じるだけの頭があるということをバスソウは内心意外に思った。いや、本当であればもっと遠回しに聞くべき内容であるため、あまりにうかつな聞き方であるが、そこまで腹芸のできないネズミの直情さに逆に好感を持ったというべきか。この若者は見た目ほどではない。実力はそこそこあるのだろうが、思慮が浅く、御しやすい…

 

「この町の組合に友人がいるのさ。友情に報いるためにおいらは受けた」

 

バスソウは半分だけ本当のことを言った。相手が腹の探り合いをしないのであれば、こちらもなるべく誠実でいたい。

 

「本当なら本部が直接手を下すべき件なんだろうが、あいにく本部の財布も無限じゃねえらしい。おまけに常にかかっている霧のせいでシード団が本当にいるかどうかも分からないような状態ときた。窓口を霧の町に移さざるを得なかったんだとサ。んだもんで霧の町の組合はそりゃもう火の出るような騒ぎよ。『囮』ができるような実力者がどこにもいねえ、外から呼ぼうにも金がねえ。そもそも危険極まる仕事だ。困り切ったおいらの友人が、結局おいらに連絡を入れてきたってわけだ」

 

「ってーことはおっさん、もしかしてすごい奴なのか?」

 

隅っこで座って足をぶらぶらさせていたタマキが茶々を入れる。バスソウは腕をぐいっとまくってみせた。

 

「そらもう!どんな奴でもイチコロよ!」

 

「フゥー!カックイー!」

 

盛り上がる二人。ネズミは釈然としないような顔をしていたが、それが単に『知らない人間への不安』だということだけだとバスソウは判断し笑って肩をたたいた。

 

「まあそう怯えた顔をしなさんな!今回は町のギルドを通すから金を横取りするなんてこともないし、あんちゃんは町の依頼をやりきることだけ考えてりゃいい」

 

「それは…そうだな。どんな裏があろうと、やるだけさ」

 

自分なりに事態をまとめようとするネズミを見ながら、やはり御しやすいとバスソウは思った。同時に、あくまで依頼そのものには怯えていないことに内心驚いていた。よほど腕に自信があるのだろうか、あるいは何も理解していないただの馬鹿か。

 

「(その答えはやってみればわかる)」

 

破格の報酬に値するだけの実力を持っているのかそうでないかは、依頼が終われば分かるだろう。値しなければ、この町に生きて戻ってはこれない、それだけである。

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