シード団。純血の人間以外から構成される『革命軍』。純血の人間が牛耳る三国より亜人を救い出し、純血も亜人もみな平等な新たな世の中をつくり出す・・・
聞こえは良いが、実際に彼らがやっているのはただの虐殺であった。町や村にどこからともなくあらわれては、まるで部屋の掃除でもするかのように冷酷に人々の首を剣で刎ね、のどを突き通す。虫けら一匹残さず殺して回ったのちオークの怪力で家々の柱を砕き、火を放ち去ってゆく。当初はレノ領内で群発していたそれは、いつの間にかゴスターとルマッカの領内でも見られるようになった。シード団は三国を渡り歩き活動している。
三国を渡り歩く。普通なら考えられないことだった。
領と領の間にはまともな関所などはほとんど無く、代わりに『竜の足跡』と呼ばれる踏破不可能の細長い領域が長城のように連なっている。常に嵐が吹きすさぶ『竜の足跡』を越えるためには基本的に三国王家の直轄する、一本だけ存在する大街道を通らねばならない。シード団はその大街道を使わない方法で三国を渡り歩き、侵略行為を繰り返している。三国の王家とギルド本部のトップが緊急会議を開くのには十分すぎる理由だった。
三国とギルドは協力しシード団討伐を宣言。大々的にシード団の捜索とその討伐計画が実行されたが、問題があった。彼らがどこを本拠地としているのか、足跡を越える方法などがわからない。シード団の末端組織などは領内それぞれに駐留しているようだが、肝心の幹部クラスの団員や頭領ベルード・シードの足取りがどんなに捜索しても途中でぽっつり途切れてしまう。居場所を掴めずいらだつ王家ギルド側と、殲滅せんとばかりの攻撃に抵抗するシード団、その争いは熾烈を極めた。所詮は数百人規模、大した戦力ではない当初は王家側もたかをくくっていたが、シード団は幹部団員を中心に少数精鋭で大軍隊を破り続けた。主要戦力の大剣士を次々に失ったうえ、シード団の戦いを見て感化され徒党を組みだした亜人領民まで出現し出した王家ギルド側はついにギルド治安部の虎の子である拳狼ホーキンス・フェイスまで戦線に投入し幹部団員とベルードの討伐を試みたが、失敗。以降再び戦力を回復増強し討伐を計画するとしているが、未だ予定は未定。今より数年前の出来事である。
ともあれ、シード団。
彼らは数日前、ゴスター領内の町をひとつ侵略し陥落させた。都市部よりはるか離れた町であり戦力は薄く計画としては容易なるものであったが、気になることもあった。あくまで風の噂に過ぎなかったが、今回の作戦の活動地域をギルド側に予測されたかもしれないのである。事実今回は引き上げる際ギルド側の追撃の手が妙に早かった。あらかじめ戦力を手配させていたようだった。この事実を受け副団長直々の指示によりシード団は部隊を分け散り散りに引き上げることとした。今回は戦闘を早々に終わらせるため幹部団員を複数人投入しており、万が一にもギルド側に必勝の策があれば戦力の大幅ダウンは必至である。少数精鋭のシード団にとってイレギュラーがある事態に石橋を叩きすぎることはない、というのが副団長の意見だった。
この指示はどうも的を得ていたらしい。
「撤退に手こずっているのか?」
「ええ。部隊それぞれの撤退進路に伏兵がいたようです。特にセイブラさんの当たった敵には魔術師までいたそうで」
「俺の親衛隊を割いたのは正解だったみてえだな。今頃敵さんは泡吹いてるだろうぜ!ウハハハハ!」
ムツタカはゲラゲラ笑っている。つられて伝令係もふっと口元が和らいだ。
「(俺は笑わなきゃならん)」
そう思っている。今まで敵方に進路を予測されることなどなかったために、団の中に不安が広がっているからだ。こんなことはなんでもない、と空気を明るくしなければならない。
「中には苦戦する部隊もあり、そういう戦線には直接ボスが出向いて潰して回ってます。この調子であれば撤退そのものはうまくいくはずです」
「ギルド側はどうなってる?後方戦力に動きは無いか?」
「後方・・・後方ですか」
「常時潜伏している仲間に、情報はどんな小さいことでも上げろと伝えておけ。戦場そのものだけが戦いの舞台じゃあ無いぞ」
「分かりました。それとタカさん、」
「さっき聞いた。ギルドの連中、こっちにも魔術師共を向けたな?」
伝令係の面持ちに再び影が差す。彼はまだ若く、戦場での経験も少ない。
「はい。諜報員によると結構な人数がそろっているらしく」
「恐らく霧を吹き飛ばせる風系の魔術師団だな。アタマは・・・キブリあたりだな」
敵の隊長の名まで予測したムツタカに伝令係は目を丸くした。
「結構な人数ってのも実際戦力としては怪しいな。キブリ本人は確かに実力者だが部隊を指揮する才には欠ける。そもそも手持ちの部下が少ないはずだから・・恐らく金で雇って人をそろえた混成軍だ」
とくれば、とムツタカは指をくるくる回す。
「俺達の敵じゃないな。魔術師共は箒でフラフラ飛んできて、郵便物でも落とすかのような気楽さで霧の谷に術を落とすつもりだ。谷の手前の森で迎え撃つ。対空戦の用意だな。それと、多分もう少しすると町から谷へ直接騎士団か何かが部隊を差し向けてくるって話が来るはずだが、気にするな。そりゃ囮だ。霧の町は万年赤字予算だ、大した騎士も雇えまい」
「このキャンプはどうします?」
「魔術師共を返り討ちにしたらそのまま撤退に入る。持つモン持ったらほっとけ!」
その他細々と指示を与え終わるとムツタカは酒瓶をぐいっと飲み干した。テントの外がムツタカの指示を聞き、ドタバタと動き出す。
「(まだだ・・・もっと情報が欲しい)」
手持ちの親衛隊が手元にいないために、欲しい情報が不足している。部下の手前自信満々に指示を出したが、このまま戦闘に出るのは不安だった。
「ムツタカさん」
ぬっ、とテントに入ってくる背の高い影。ムツタカはあからさまにそっぽを向いた。
「ビランさん。何でしょう、指示はもう出したはずですが」
「お願いがあります」
にやにや笑いながらビランはムツタカの目をのぞき込む。嫌いとかそれ以前に、ムツタカはこの男が信用ならなかった。この男は自分の目的のためならなんだって、それこそ我が身すら切り捨てる、そんな気がする。そして何よりその肝心の『目的』とやらが見えてこないのである。
「ワタシにキャンプのしんがりをまかせていただきたいのです」
「必要ありませんな。キャンプは放棄します。あなたには我々と共に魔術師団の迎撃をやってもらう」
「そこをひとつ、お願いしたいのです。そもそも田舎魔術師共など、あなた達だけで十分討ち取れるでしょう?ワタシなんかが出る幕などどこにもありませんよ」
シード団の中でもビランは特別な立場にいる。そもそも純血の人間が団にいる、というのが不自然極まるところであるが。
ため息を漏らし、ムツタカは手をひらひらとやった。
「・・・好きにしてください。援軍は出しませんよ」
「おお、結構です!感謝します!」
ビランは口が裂けんばかりにニンマリと笑い、テントを出て行った。外から上機嫌な歌声が聞こえる。
「ボスは何であんなのを入れたんだか・・・」
腹に得体の知れない爆弾を抱えているようで、気持ち悪い。酒瓶に手を伸ばしたが、中身はもう無い。予定よりもずっと早く飲み干してしまっていた。