「あなたがたが注意を引き、その隙を狙って我々が駐留地点を焼き尽くす。後はうろたえる汚らわしいオーク共を全て殲滅する。それだけです。あなたがたは役割が終わり次第町に帰ってよろしい。我々の炎に巻き込まれるといけません。詳細は追って知らせます。以上、質問は?」
ゴスター王立魔術師団隊長が一人、キブリ・リーは席に着きもせずに高々と『宣言』した。脚の低いテーブルを挟んで苦笑しているのはバスソウ。
「おいらぁ打ち合わせと聞いて来たんですがね」
「その必要はありません。これは通知であり、すでに決定したものです」
「役割は分かっていたとはいえ…囮役をやるおいら達に何の話も無く作戦を決定したんですかい。それはちょっとあんまりじゃあありませんか」
キブリの後ろに控えている部下の顔つきが険しくなる。バスソウは知らないふりをしてさらに言った。
「それに、それは作戦とは言えませんな。確かに獣人に魔術は視認できない以上絶対的なアドバンテージはこちらにあります。ですが、いくらなんでもシード団を見くびり過ぎている。団を名乗るチンピラならそれでいいでしょう。ですが仮に団の中枢勢力であるならば、そうはいきませんぜ」
「貴様、無礼だぞ!役立たずの騎士風情がいい気になって…!」
激高し甲高い声を上げる部下を手で制し、キブリは冷たい目をバスソウに向ける。
「その必要は無いと言ったはずです。獣人相手に作戦など不要。我々が奴等を焼き尽くすだけです。それに、獣人相手の戦闘は十分に経験があるこの私が部隊を指揮します。あなたに心配されるまでもない」
伝えることは伝えたと言わんばかりにキブリはその場を後にする。帰りがけ、部屋に残るバスソウをちらりと見やった。
「我々はあなたがたのような『民間人』を魔の手から救うために日々戦っています。それをお忘れ無きよう」
バスソウはキブリがいなくなった後も、閉められた扉の方を見なかった。ゴスターの魔術師の騎士嫌いは今に始まったことでは無いし、それよりも気にかかることがあった。
「(魔女共は、いや魔術師団はこの戦いを小さな小競り合いだとしか認識していないな)」
自室に戻りながら考える。確かに現在の魔術師団においてこれは優先されるべきことではないのかもしれない。何より魔術師団は今それどころではない。数ヶ月前、ゴスター王家の世継ぎともなるべき直系の王子が従者とともに行方不明となったのである。王家と魔術師団は今も総力を挙げてふたりを捜索しており、それに比べればシード団の相手などしていられない、といったところだろうか。ただ、その力の入れようが尋常では無く、魔術師団の総元締めでありゴスターのギルドマスターのマザー・メリッサまでもが老体に鞭打って朝も夜も無く動いているという。いくら世継ぎの捜索とはいえ、少し不自然ではある…
ともあれ、今回の戦いに借り出されている魔術師の長キブリはとても師団の実力者とは言いがたい。シード団の顔ぶれによっては簡単になぶり殺されるかもしれない。
「(おいらの顔を見ても何も思わないとは、警戒心があまりになさ過ぎる。いや、単に若いから知らないだけか…)」
談話室から組合内の自室に戻ったバスソウは、今回のシード団掃討戦に関わった戦闘団へ片っ端から手紙を送った。大枚をはたいて通信士も呼び出し、近場であれば電報も送った。ゴスター領の地図を広げ、書き込んでゆく。
「(魔女共が何人殺されてもいいが、おいらが巻き込まれちゃかなわん)」
バスソウの関心は霧の谷に居座るシード団が、誰の部隊なのかによせられていた。戦は各地で散発的に繰り広げられており、シード団との戦いにおける情報は統制されていないに等しい。
「返信来ました」
「どれ…オウ、これはひどいやられようだ。オークの力押しに押されまくって陣が端から食い破られたようだが…単に力負けじゃないな、用兵が上手い。アイアン・カヅィの部隊だな」
「戦の記録だけで名前まで分かるんすか。詳しいんすねえ、なんかそういう人には見えないなあ」
「お前さんは黙って給料分の仕事をするんだな」
バスソウは書き込んでゆく。こうしてしらみ潰しにして候補を絞っていく。ギルドからわずかに提供された囮部隊を雇う金の大部分を通信につぎ込んでまで、霧の谷の部隊長をバスソウは割り出そうとした。いや、正確に言えば数人の部隊長名を探していた。寡兵をもって囮部隊の作戦を成功させる腹案は実を言えば、ある。あることにはあるが、それが通じる相手かどうか、確認したかった。相手によっては返り討ちにあうかもしれない。
「(老練で鼻が効くアイアン・カヅィは別の場所にいる。ボスのベルードはマキタの率いる主力部隊にいるはずだが)」
会いたくない名前が出てこないが、いずれ遠方の手紙が返ってくれば分かるだろう。シード団のナンバー2、知恵者と呼ばれる副団長がどこにいるのか。
「(縛鎖のムツタカ…まさかこんな辺境にいないだろうが)」
夜になり、バスソウは通信士を帰した後もひとり書き込みを眺めていた。
なお、ここでは『騎士』とは本当に想像するような騎士(ナイト)をさすものではなく、術を行使せず武器や肉体で戦う身分全体をいいます。騎乗して戦う者という語源は廃れており、ステゴロだろうと騎士と呼びます。