人は去り、また来る   作:スープレックス

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前哨戦 その2

一抱えもある木箱の中に、潰れてしまわないようにひとつひとつ梱包された桃が山ほど入っている。木板の厚さがそれに加わり、木箱は大の大人が二人がかりでようやく持ち上げられる重さだ。

ネズミはそれをひとりで軽々と抱えた。半裸になったネズミの身体を伝う汗の玉が太陽に反射してきらきら光っている。

 

「ソイツで最後だ。今日の報酬は組合に振り込んでおくからな」

 

どう見てもカタギに見えないおっちゃんのハゲ頭も同じく太陽の光をきらきら反射していたが、今のタマキにはどうでもいいことだった。それどころじゃない。

タマキはうなり声をあげてもうひとつの木箱にしがみついていた。

否、しがみつくように抱えていた。

 

「お、重……」

 

バスソウの仕事に乗っかったはいいものの、作戦の実行日がくるまではやはり毎日ギルドの依頼をこなさなければその日食うものにも困るのだ。今日の依頼は果樹園の桃の運搬という簡単な内容だった。本来この仕事は荷車を借りて実施するものであったが、「鍛錬にちょうどいい」というネズミの余計な発案により素手で荷物を目的地まで運ぶ羽目になった。

タマキは手のひらに集めたわずかな術力を胸に押し当てた。元化猫のこの娘は妖怪としての力をほとんど失っていたが完全には消失しておらず、わずかながら術力を行使できた。その力を自分に使って身体能力を一時的に向上させる行為を、今日何度やったかもう見当も付かない。

 

「……」

 

腕力が向上しているとはいえ全く喋る余裕もなく、全身から滝のように汗を流してタマキはえっちらおっちら木箱を抱えていく。おお、とか嬢ちゃんすげえな、という声にも反応できない。

 

 

 

依頼の帰り道はもう夕暮れを通り越していた。未だ半裸のまま、ネズミはポクポク帰路をゆく。たばこをくわえたネズミはタマキの木刀をその辺で拾った木の枝で弾き返した。

 

「まだ遅い、まだまだ」

 

「お師、ちょっと、休憩、ゼエ、ゼエ」

 

「情けないな」

 

道外れに捨てられた岩にネズミは腰掛ける。一方のタマキはそのまま道のど真ん中で大の字になった。

 

「まだ遅い、か、ハア」

 

「遅いな」

 

太刀筋のことである。ネズミはタマキに稽古をつけ始めて延々とそれを口にしている。曰く、妙見元流の剣は速さが全てである、と。

 

「霧の町の本屋で騎士の本を読んでるんだけどさ、」

 

「お前師匠の前でよく言えたな」

 

「・・・?それで、なんかよく出てくるんだけどさ、騎士は大きくて強そうな剣を持ってるんだよね」

 

「・・・」

 

「お師、力が強いのにどうしてああいう大きい剣を持たないの?」

 

ネズミはもう一本、たばこに火をつけた。

 

「いいか。俺の師匠、つまりお前の大師匠は妙見元流は『剣は速さ』だといった。どれだけ大きな剣を持っていても斬れなきゃ意味が無い。剣は速く、鋭くなければならん。ああいう大きな剣は尋常の者が使ったところで太刀筋は遅くなるだけで鎧や盾に傷はつけられても斬ることはできんし、相手より斬るのが遅ければなんの意味も無い。

『相手より速く相手の身体に刃を到達させること』が剣術の全てだ」

 

「当たり前じゃん」

 

「皆、それを忘れている。やれ秘剣がどう、精霊がどうと言うが違う。剣の大きさも関係ない。それは課程に過ぎん。剣とは速さだ。大きいだけのアレはでくの坊だ」

 

その上で、とネズミは言う。本来ならもっと前に伝えるべき話ではあったが、妙なタイミングでネズミはタマキにこの剣術の秘宝を伝授していた。

 

「斬ることを念ずるのだ。一心に斬ることを念ずる」

 

「さっき言ってたことと違うじゃないか」

 

「そうじゃない。気を念ずるのはおのれから出るちからをいうのだ。先祖の霊や精霊に祈ることとは違う。気を念ずる行為はおのれから出るものだからだ」

 

タマキはネズミが言っていることは滅茶苦茶に思えたが、つまりはそれがネズミが信仰している剣術というものだった。

 

「敵と自分の剣が空でぶつかり合ったとする。どちらが勝つか、わかるか」

 

「はあ。力の強い方かな・・・いや、剣が速いほうかな」

 

タマキはなんとなくネズミの好みそうな回答をしてみたが、どうも違うらしい。

 

「斬ることを強く念じている方が勝つ」

 

「剣が速いほうじゃなくて?」

 

「剣がぶつかっている時点で速さの利は消えている。いいか、剣が速いだけでは生身の人間は斬れても敵の剣や鎧を両断はできない。斬ることを念ずるのみでは相手に斬られてしまう。どちらも、やるのだ」

 

 

 

日はすっかり落ち、空には紫色の夜が広がっている。

いつの間にか、二人のそばに人影がひとつ立っていた

 

「ほう。それが妙見元流の奥義ということかな!?」

 

小太りで背の高い中年の男が、にやにやしている。夜だというのに異様にぎらつく赤い瞳の男には、片腕がなかった。

 

「久しぶりだ、随分大きくなったじゃないか!お父君よりも背は伸びたんじゃないかね」

 

「・・・おっさん誰?」

 

「そこの青年が知っているのではないかね?ホラ、」

 

タマキはネズミを振り返るが、返事はない。

夜でも分かる程に、顔面から血の気が引いている。眼を見開き、唇が震えている。表情そのものが顔から失われていた。

 

「君がこの町にいると聞いていてね。実のところ待っていようと思っていたんだが・・・あんまり遅いんで私のほうから訪ねたのだよ。私の名はビラン・ルード。覚えているかね?」

 

うやうやしくお辞儀をする男の言葉はネズミに全く届いていなかった。男を凝視し続けるネズミはつぶやくように話し始める。

 

「俺は、ずっとお前をさがしていた」

 

「そうだろうね」

 

「国中を探して、藩を抜け海を渡り、こんなところまで来た」

 

「大したものだ」

 

ネズミの語気が段々強くなっていく。蒼白だった顔が打って変わって真っ赤になってゆき、目に見えるほどに肩で呼吸し始める。その異様さにタマキはじりじりと後ずさった。ネズミの気が膨れあがり、あたりに充満し始める。

殺気である。あまりの殺気にネズミのシルエットがゆらめくのを見たタマキは後ずさりをやめ飛び退いた。

 

「会いたかった。ようやく見つけた」

 

「わたしもさ」

 

眼がつり上がり、鬼の形相になったネズミは引きちぎるように剣を抜いた。怒りのあまり手元がおぼつかない。

 

「我が父、我が師、根隅鏡右衛門の仇、その首を搔き墓前に捧げる!いざ尋常に、勝負、勝負!!」

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