人は去り、また来る   作:スープレックス

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前哨戦 その4

全身全霊の気迫を込めた燕返し。山中でタマキの術を破った時のそれとは比べものにならない剣速と気迫の、ネズミの全力の剣はむなしく空を薙いでいた。それでころではなく、目の前にいたはずの、まっぷたつになっていたはずのビランがどこにもいない。

 

「(消えた・・・!?)」

 

一瞬のさなか、引き延ばされた時間の中で、視線だけで周囲を見渡すもその姿は見つからない。ネズミは凍りついた。戦闘中に敵を見失った。すなわち、敵に無防備な姿を晒しているのだ。見つけたのはビランの大きな影だけ。

……影?

 

「こんな技でも使い時はあるものだ」

 

ビランの声はネズミの頭頂部のさらに上から響いている。ビランは神速の胴薙ぎを、その巨躯に似合わない軽い身のこなしで飛び上がり、回避していた。くるりと回転したビランは本来あり得ない筈の「空を蹴って」後方からネズミの真上へ急降下する。ネズミは振り返り剣を構え直そうとするが、後方真上からの攻撃という想定外のことに対応が完全に遅れた。ネズミがきちんと防御の姿勢になる前に、長剣の突きがネズミの左肩をとらえた。ビランのそれは『突き』と呼ぶには相応しくなく、大口径のライフルのごとくネズミの身体を貫通し地面にまで風穴を空けた。

叫ぶこともできずにもんどり打って倒れたネズミとは反対に、羽根のように音も無く着地したビランは、子供のように息を弾ませて無邪気に笑った。

 

「ハハ、見たかね!軽業師の技などと高をくくっていたが案外そうでもないかもしれないな!何事も自分でやってみるまではわからないものだ。さあ、次のステップといこう」

 

深手を負ったネズミは動かず、代わりに風穴が空いた左肩からどくどくとどす黒い血が溢れだしている。ネズミの周りはみるみるうちに血の海になり、ビランの革靴を濡らしたがビランは気にしようともせずにやにやしている。

 

「ンン?どうしたのかね・・・」

 

ビランは怪訝な表情だったがすぐに指を鳴らした。そうか、誘っているのか。死んだかと近づいた瞬間に逆転の攻撃をしようとしているに違いない。毒針?魔術?それとも先の少年のように神獣爆弾で自分ごとここらを吹っ飛ばそうとしているのか?

おもちゃのびっくり箱を開ける瞬間のような高揚感につつまれながら、ビランはネズミに近づいた。が、何もしてこない。

 

「(・・・?)」

 

もう少し近づいてみる。ホラ、ワタシはここだ、さあ見えるだろう。そら何が出る。もう来る、来るぞ・・・

しばらく待った。が何もない。顔をのぞき込んでみる。突きによる深手と失血で浅く呼吸するのみの、ネズミの焦点の合わない目がそこにあった。

 

「・・・・・・は?」

 

信じられない、とビランは飛び上がった。

 

「君は・・・ワタシが憎くてここまで来たのではなかったのか!?君の覚悟はそんなものか!」

 

ビランは憤慨した。

 

「君の肉親の仇はここにいる、かかってきたまえ!それともなにか、君の復讐にかける思いはそんなものだったのか!?」

「君は君の肉親を虫けらのように殺した仇が憎くないのか!?だとしたら、君はとんだ薄情者だ!薄情者の、卑怯者!目の前で親が手にかけられていながら復讐をしようともしない意気地無しの卑怯者だ!人として恥ずかしくないのか!?ええ!?」

 

しばらく虫の息のネズミを蹴り飛ばしていたが、それもやめて失意のうちに長剣を納めた。こんなところまで来て、このざまか。いや、この責任はワタシにもあるのかもしれない。人間だれしも間違いはあるものだ……

ちらりと、視界にうつった影がある。目を見開いたまま、身動きもできず震えていたタマキだった。歯をかちかち鳴らして、ただ自分の木刀を抱きしめていた。

 

「あ・・・」

 

「君は彼の友達かい。いや、その持ってる木刀を見るに・・・剣でも教わっていたのかな。可哀想に、こんな意気地無しの人でなしに師事しただなんて誰にも言えないな?」

 

打って変わって柔和な笑顔で近づいてくるビランに、タマキは何も言い返せない。恐怖で足がすくんで、声が喉から出てこない。一歩下がろうとして、転んでしまった。手をついた際に草で切ったか、腕に血がにじむ。それを見てビランの目の色が変わった。

 

「おや。なにかねその血は」

 

タマキの腕をぐいと引っ張り、傷の箇所を自分の鼻先まで持ってきてじろじろ見つめる。無理矢理凄い力で腕を引っ張られたタマキは完全に怯えきって、ひいひいと声だけで泣いていた。

 

「君が純な人間でないことは気の流れですぐ分かる、しかしなんだねこれは?」

 

「いたい、いたい」

 

「血を注がれたな。少量の白鹿の血と人の血が妖怪・・・化猫かな。その血に混じっている。白鹿の血が化猫の血をめちゃくちゃに乱しているな・・・君、元々は知らないけど、今は人間みたいなものになっているねえ。フム、どちらかと言えば人になっている。多分妖怪としての力はほとんど使えないでしょう?」

 

ビランは言いたいことだけ言うとタマキをぽいと投げ捨て、長剣に手をかけた。ビランの血のように赤い瞳の中に怯えきった生贄の姿が映る。

 

「君のこと、見逃してあげてもよかったんだけど・・・白鹿の血の力を回収しなきゃならないのでね。なあにワタシは剣の達人だ、瞬きする間に首を落としてあげよう」

 

再び長剣はその刀身に白銀の輝きをきらめかせる。

 

「いやだ、いやだ、やめて」

 

「おお、わがままを言ってはいけないよ。ワタシだってつらいんだ。こんなまだいたいけな子供に手をかけるだなんてね。怖いかい?ほら、顔をみせてごらん」

 

剣先がタマキのあごをくいと上げさせた。丸くなって頭を抱えていたタマキと、ビランの目が合った。

その赤い瞳は、笑っていた。さも申し訳なさそうに眉が下がっていたが、口の端がつり上がり、どうしようもなくにじむ笑いを噛み殺していた。

 

「君のように怯える子供の顔をワタシは何百人と見てきたが、いつも思うのだよ。なんて可愛らしいんだ、とね。子供ってのはこの表情が一番可愛らしい・・・うっくく、くくく、くくくく」

 

喉で吹き出すように笑いながら、長剣を振りかざす。ビランの頭上で月の光でぎらりと輝いた長剣はタマキの首を落とすべく夜を滑り落ちようとした。

 

瞬間、タマキの眼前に暗い影が落ちた。何かが剣を遮った。

 

「まだ動けたのかね、恥知らずめ」

 

ビランは自分の頬にはねた返り血を不愉快そうにこぶしで拭った。

 

全身血みどろのまま、ネズミがタマキとビランの間に割って入ったのである。背中を横一文字に斬られたネズミは、タマキを覆い隠すようにうずくまった。

 

「・・・お師!」

 

ネズミはタマキになにか言おうとしたが声が出ない。代わりに、血を吐いた。

 

「お、お、お師!だ、大丈夫、か!」

 

そんなワケないだろう、とも答えてやれない。ネズミは代わりに、震える指先と視線を交えて簡単に指示した。

 

『逃げろ』

 

「そんな、なんで、」

 

ネズミにも分からなかった。何故俺は、こんな行きがけに拾った子供を助けようとしているのか。弟子というテイではあるが、それでもまだ日は浅いのに。

ネズミは自分の血がべっとり顔に付いた少女を見つめた。そういえばこんな顔、前にも見たことがあったような・・・

こんな状況で唐突に訪れた懐かしさに、ネズミはふっと笑う。その瞬間意識はぷつりと落ちた。ネズミの父が死んだ日、妹が見せた表情とうりふたつであったことはネズミ本人は思い出せないまま終わった。

 

「未熟者が、何度も邪魔をするんじゃない」

 

ビランは再び剣先で、今度はネズミの巨体を引っかけて投げ捨てようと歩み寄ったが、うずくまって動けなくなったネズミから白い閃光が漏れ出したのを見て立ち止まった。

 

「うおおおおっ!!!」

 

閃光はネズミからではなくタマキから発せられていた。化猫としての力はほとんど失っていたが、わずかに残っていた唯一の力。手のひらに集めた術力を自分の身体に浴びせ、タマキは一時的に身体能力を向上させる。

 

「お師!お師!掴まってろよ!!」

 

さっきまで恐怖に支配されていた心に、何故湧いてきたのか分からないなけなしの勇気を絞り出し、タマキは全身血だるまのネズミを背負って駆けだした。脳裏には、何故か先程のネズミの笑みがこびり付いていた。

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