人は去り、また来る   作:スープレックス

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前回の投稿から随分かかってしまった…!
年末は仕事が忙しいからね


アイデンティティ

「待てえええ貴様ああああああ!」

突然の絶叫が草原に響き渡る。ネズミと名乗った男とじいさんは驚いて声のする方へ振り向いた。声の主は馬車を覆う白いホロからずるずると這い出てきた。どうやら初めから馬車に乗っていたらしい。

出てきたのはマントを羽織った青年だった。金髪碧眼で、肩まである長髪を後ろで結んでいる。整った顔立ちと清潔感のある旅装束を見ると、平民ではないように見える。その後ろから、場違いなことにどこからどう見てもメイドの格好をした女の子も一人出てきた。こちらは装飾の少し剥げた長剣を抱えている。使い込まれているものだ。

ホロからやっとの思いで這い出た青年は馬車の縁に仁王立ちになると、その眉間にシワを寄せて怒りをあらわにした。

「ネズミ!ネズミと言ったな!遂に!遂に見つけたぞ貴様!よくも我が家名に泥を塗ってくれたなッ!」

ネズミは困惑する。どうにも覚えがない。

「あぁ…その、まず聞かせてくれ。すまないがお前さん、誰だ?」

それを聞いて青年はますます美しい顔を怒りでぐしゃぐしゃにした。

「き、貴様!白鹿追いの件忘れたとは言わせないぞ!お前は「ウィル様、お互い面識が無いのだからまずは名乗らないとわかるわけないじゃないですか、バカなんですか」っせえ!よく聞け!私はこの西方を治めるアルベルト・ゴスターの嫡男、ウィリアム・ゴスターだッ!」

西国の雄アルベルト・ゴスター。その名の通り西国ゴスター領を治めるゴスター家当主である。

 

 

西国ゴスター領は東西南北の四国の中で最も術者を輩出している。温帯多雨、一年を通して四季が存在するゴスターの気候は古代日本とよく似ている。水や資源に関して困ることはなく、かつ足跡によって他三国の大規模な干渉もほとんど受けない穏やかな風土は術者の育成に非常に適していた。「術を学ぶならゴスター」は世の常識である。

事実、歴史上の術者や今日高名な術者は皆ゴスター領で学んだか、あるいは領出身者に師事している。現在は老齢から第一線を退いているゴスターお抱えの大魔術師「指先ひとつ」のマザー・メリッサ、その娘「燃え上がるボンバーバカ女」シルヴィア・ドラム、最高峰の仙術師「第三の目」の本間総右衛門、そして「コンダクター」アリスなど。一部可哀想な異名を持つ者もいるが、並の術者などは名を聞くだけでも震え上がるような怪物ばかりである。

そのため、ゴスター領では剣を学ぶ者が少ない。また、剣の腕によって立身できる者もほとんどいない。術者に対して半端な腕の剣士が挑んでも返り討ちにあうからである。剣士は技を磨き、自分の腕でめしが食えるレベルになってやっと未熟な術者を倒す事ができる。それがましてや術者の一大産地のゴスターにおいてでは、フリーランスの大剣士ですら一年と待たずに領での立身を諦めるのである。

 

そんなゴスター領で唯一剣の腕で立身したのが、若き日のアルベルト青年であった。王家に生まれながら術の才に恵まれなかった彼は、剣の才に依ってその存在を領に知らしめた。常人ができることではなく、彼の名は剣を学ぶ者の中で知らぬ者はいない。

 

 

そんな大物の倅が何故こんな所で俺を探し回っているのか、ネズミは訝しんだ。

「見ろぉッ!」

ウィルは後ろで控えているメイドが携えていた長剣をひったくって引き抜いた。その抜き方が僅かにぎこちなかった事をネズミは見逃さなかった。

(得物に慣れていないな)

ウィルが怒りにまかせて引き抜いた長剣は、長い鞘と柄に対して刀身が三分の二程しかなかった。その剣は、折られていた。

「!…そうか。あの時の老騎士は…」

「ようやく気づいたか…だけど遅い!我がゴスター家の誇りのために、お前の折った父の剣と父の左腕の仇、取らせてもらう!」

なに?腕?腕だと?

ちょっとまて、とネズミが言おうとしたがそれは馬車の縁から飛んで斬りかかったウィルに遮られた。とっさに半身になって躱すネズミ。

「躱したか!しかし!」

ウィルは振り下ろした剣をかえして逆袈裟に斬りつけ、さらに身を翻してネズミを追い詰めていく。

それらを全て紙一重で躱しながら

(そこまで才があるわけではないな)

とネズミは思った。太刀筋は早いが、直情的で無駄な動きが多い上に直線的なために躱しやすい。何より剣士として文字通り死活問題である才能の片鱗すら感じる事ができなかった。

(剣の才はそう簡単に受け継がれるものではないな)

しかしネズミは、ひたすら不器用に突貫してくるこの青年の事を何故か気に入ってしまった。燃えるような目をしている。赤子の手をひねるようにあしらわれているのを分かっていながらなお、父の仇と家の誇り、そしてそれを信じる自分のために彼はそれまで以上に気迫をおびて突撃を繰り返してくる。

 

「じいさん!」

「ああ?」

どこから引っ張り出してきたのか、酒を飲みながら始終を見物していたじいさんにネズミは声をかけた。折れた剣が鼻をかすめる。

「荷に木刀があったらひとつよこしてくれっ」

「15Gだぁ。使うんなら金払いなあ」

ネズミはウィルの剣を避けながら懐からいくらか掴んで、ぱっとじいさんに投げた。まいどぉ、という声とともに一振りの木刀が飛んでくる。ネズミは上から振り下ろされる折れた剣の腹に掌を当てて剣筋を逸らし、ウィルがよろけたと同時に木刀をキャッチした。

「何いっ」

ウィルが呻く。

朝から晩まで稽古して鍛え上げた剣がことごとくかわされ、しまいには素手で剣筋を逸らされたウィルは心中呆然としていた。

(確かに俺は未熟かも知れないが、しかしこの男、それにしてもただ者じゃない。あれだけの手数を一度も剣を合わせずに避けきるとは…)

それにあの掌での迎撃、相手の呼吸を完璧に掴んでいなければできるものではない。体中から吹き出る汗がひどく冷たく感じた。

ネズミは懐から出した手拭いで木刀をぐるぐる巻きにすると、ぴゅっと一振り感触を確かめて正眼に構えた。「ウィリアムと言ったかな、お前さん」

ウィルは睨みつけたまま答えない。

「いい目をしている、気に入った。少し稽古をつけてやろう」

父の敵相手に稽古などと舐められたウィルは、激高した。

「貴様ぁぁぁぁぁ!」

いや、激高したかのように振舞った。ウィルは、行動言動とは裏腹に頭の中は何故かとことん冷静な青年だった。

(何が狙いだ…?命を狙いに来る敵に対して何故こんなことを)

頭の中ではそんな事を考えつつも、しかし体は再び遮二無二突貫していた。

ウィルは再び上段から剣を振り下ろす。それを躱したネズミに今度は突きを入れる。どの剣もネズミは受けない。

「貴様、逃げるだけか!大した事ない奴だ!」

内心あまりの技量差に臆しているのは自分のくせに、ウィルは大口をたたく。その言葉が終わらないうちに、ネズミの姿が少しぶれたように見えた。と、その瞬間にウィルの体は吹っ飛ばされていた。数メートル飛んで、地面に叩きつけられる。

「剣に気が乗っていない」

ネズミは汗一つかかず、静かに言った。

「お前さん、初撃で決められるわけがないと思っているだろう。何合も剣を合わせて、鍔迫り合いになり、両者へとへとになって、それでも打ち合ってやっと決着が着くと思っている」

ちがう、とネズミは言う。

「舞踊じゃあないんだ、一手一手に必殺の気合いを込めることだ。相手がどんな得物で来ようと、それごと真っ二つに斬ってみせる気合いを込めることだ」

ウィルが立ち上がる。胸を逆袈裟に叩かれたのが激痛で分かった。息をするのにもやっとであるが、その素振りをなるたけ見せずに再びネズミに向かって突撃する。「これぐらいでええええ!」

ウィルの突きをするりと躱すネズミ。

「死ねやあああああああ!」

再びネズミの体がぶれる。その瞬間、横薙ぎに剣を振ろうとするウィルの体が止まった。目の前で木刀が突き入れられる瞬間で止まっていたからである。

「その多い口数も減らした方がいい。命のやり取りの最中にあまりぺらぺら喋るものじゃない」

勝負あった、とネズミは表情を変えずにその場で木刀を下げた。

「クソがああああああ!」

恐怖に止まった自分の体を無理矢理起こし、その場で突きを入れるウィル。しかしその刃は相手に届くことはなかった。その場で旋回して突きを避けたネズミはその勢いのままウィルの側頭部を打ったからである。ウィルは地面に叩きつけられ、白目を向いて失神した。

 

巻いてあった手拭いを解いて懐に突っ込んだネズミは、馬車の上で始終を見ていたメイドに目を向けた。

「主人を助けなくてよかったのかい」

「ウィル様から今回の仇討の手伝いは禁じられております。この件は必ず自らの手でケリをつける、と」

煙草を出して一服するネズミ。

「坊っちゃんにしちゃあ、気骨のあるやつだ」

メイドは馬車から降りて、白目を向いたままのウィルに治癒魔術をかけ始めた。

「誤解があるようだが、俺はお前さん達の当主さんの剣は折ったが、腕までは斬っていない。信じるか信じないかはお前さん達次第だが」

メイドはネズミに目もくれずに治癒魔術を続けている。「でしょうね。当主様の傷は鋭利な刃物ではなく、強力な魔術によるものでしたから。それに、」

ウィル様はバカですから、とメイドは付け加えた。

「そうかい。でも俺が術を使えるって線は考えないのかい」

「あなたからは術者の力を感じません。それに、あなたは騎士の目をしています」

「俺は騎士じゃないんだけどなあ」

 

治癒魔術をかけ終わると、メイドはこともなげにウィルを肩に担いで城下への道を歩き出した。

「失礼をいたしました。では、私達はこれで」

ネズミはその気もないのにわざと、

「おいおい、勝手に突っかかってきてそれはないぜ」

とおどけてみせた。メイドはそれをちらりと横目で見やる。

「見逃してくれないのであれば私達は全力で抵抗しますが」

メイドの気が膨れ上がる。

「ああすまんすまん、別に切った張ったが好きなわけじゃないんでな、このまま行ってくれると助かる」

ネズミは少し慌ててかぶりを振った。強い術力が彼女の右手の小指に集まりだしたのが見えたからである。

「ですが、仕掛けたのは私達なのでお詫びを望むならいたします。お金、やはりお金ですか。それとも私の体ですか。なんて汚い大人」

「なんだそりゃあ……何もいらんわ、早く行った行った」

ネズミはしっしっ、と手を振る。

「そうですか、安心しました。では私達は改めてこれで失礼します。もう会う事もないでしょう。ウィル様への稽古、ありがとうございました。ああ見えて人の話はよく聞いてるタイプですから」

そう言うとメイドは白目のウィルと共に城下へと去っていった。

 

ひとり残されたネズミは彼らの去った方を眺めながら草原の風に吹かれている。

「じいさん、俺にもそれ、一杯くれよ」

返事はない。馬車へ振り返ってみると、じいさんは案の定気持ちよさそうに船をこいでいた。

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