本当は前編と後編に分けるつもりはなかったんですが、合間合間に入る説明のおかげでなんか長くなりそうだったんで分けますた
その後ネズミは道中での野宿の後、半日かけて海岸線の町まで引き返してきた。野宿の際に商人のじいさんから買った酒を寝酒にしようとしたが、ほとんど水でかさ増しされたひどい酒であった。おかげでこの男、今日はひどく機嫌が悪い。
(くそっ、後でましな酒をたらふく飲んでやる)
ネズミはそれだけを考えながら町を目指して黙々と歩いた。
目的地は、先日の町外れの居酒屋である。町に潜伏する手配人が幻術師(商人のじいさん曰く)であるならば、町で居酒屋を経営しているムジナのおやじが何か知っているだろうという考えである。
が、実際はうまいめし目当てである。ついでにうまい酒も出させて昨日の雪辱を果たすつもりであった。
店に着いたネズミが見たのは、山盛りになったチャーハンをブルドーザーのように口にかっ込んでいるウィルと、その隣で静かにコーヒーを飲むメイドの姿であった。ウィルはネズミが入ってきたのを見て驚くが、すぐさま勝ち誇った顔で立ち上がった。口にはまだチャーハンが詰め込まれている。
「うはははは!手配書貰って先回りしてやっぱり正解だった!昨日の借りを」
「ウィル様!食事中にお行儀が悪いです」
「っせえ!いいかジル!俺は勝つまで、」
ウィルが言い終わらないうちに、ジルと呼ばれたメイドは目元を抑えてよよよ、と床に崩れる。
「…これはこれは。お行儀が悪くなってしまったのではマザーに連絡を取ってお叱りをいただかなければなりません。哀れウィル様は黒焦げになってしまいます。かわいそう、ウィル様かわいそう」
「ああーッ!コレうまいなあーーッ!行儀も悪いし借りを返すのは食ってからにしよう!」
神速で座ったウィルは恐怖で汗をだらだら流しながら夢中でチャーハンをかき込み始めた。ネズミは席に戻って涼しい顔でコーヒーを飲み始めたジルを目で責める。(もう会わないんじゃなかったのか)
ネズミを逆ににらみつけるジル。
(私 は 止 め ま し た !)
逆ギレされたネズミは何だかもう嫌になって、とっととめしを食って出てやろうと少し離れた席にふらふらと着いた。どうも今日はツイてない。
「ったく、なんでこんな……おやじ!いるかい!」
「はいはいいらっしゃい、すぐ行くよ!」
奥から怒鳴り声が響いてくる。ネズミはげんなりしながら煙草に火をつけ、頬杖をついた。
「オッシ食い終わった!勝負だ!」
「まだごはん粒が残ってるじゃないですか。バカだから目も見えなくなったんですか。いいですか、お米には七人の神様が」
後ろはまだ騒がしい。あの娘がまた上手くウィルを丸め込んで出ていってくれないかと願ったが、そもそもこんな田舎にまで追いかけてくるウィルを止められるとも考えにくかった。というか現に止められず、ここにいる。
(どうしたもんかな)
やり方は色々あったろうに、よりによって遺恨を残すようなやり方がまずかった。
(少し調子に乗っていたな)
後悔する。
(そもそも俺はいつもこうだ。やってから失敗に気付く。あの時も、あの時も、)
悶々と考えていたネズミの思考は、店内奥からの足音で遮られる。おやじが注文でも取りに来たのだろう。しかし、
(なんだこの嫌な感じは……!?)
ネズミの背筋が凍りつく。どう考えても普通ではない。呪いの碑でも見ているような、黒魔術の儀式でも見せつけられているような、不吉な感覚。まさかムジナのおやじが正体を暴いた者を消しに来たのか。
(いや、それならば昨日すでにやっている)
段々と近付いてくる。振り返って二人を見やるが、何も感じている様子はない。
「なんだ貴様。貴様まで俺にごはん粒で説教するつもりか!」
「ウィル様。口の中が見えてます。お行儀悪いです。汚いです。ヴォエ」
「ジル、お前本当は俺の事嫌いなの…?」
ウィルはともかく、術士のメイドも何も気付いていないのは
(どういうことだ…!?)
立ち上がり、混乱する頭をクールダウンさせる。これだけの気配、まず敵だと考えていいだろう。敵でなくとも害をなすものである事は間違いない。ネズミは刀の柄に少し触れた。
昨日と同じ店主のおやじが店内奥からのそのそ現れる。
「いらっしゃい、今日は何にしやしょう」
ネズミはにこにこと近付いてきたおやじを神速の如き早さで肩口から腰まで、ばっさりと斬った。ウィルを叩きのめした時とは比べ物にならない早さと気迫である。おやじがどたりと倒れた。遅れて、席の二人が驚愕する。
「貴様!」
ウィルが横に立てかけてあった剣を引っ掴んで立ち上がり、抜いた。ジルの方も素早くウィルの横に来て術力を小指に集める。
「無抵抗の人間を何故殺した!?」
「見ろ!」
ネズミは怒りににじんだ表情で肩口からまっぷたつになっているおやじを指さす。死体の切り口には鮮やかな血と肉ではなく、大量の紙の切れ端が詰まっていた。それだけではなくその紙の切れ端の中には、
「……っ!なんてこと…」
「な……!?」
瞬間、二人は凍りついた。真っ白な毛並みの狐の死体が紙の切れ端の中に埋まっていた。
狐。
ムジナ(狸)や猫と共に、古来から妖怪変化の類に(その全てではないが)化けるものとして有名である。一般的に、妖狐、化け狐などと恐れられる。しかし白狐は普通の、よく見られる妖狐とは一線を画す。人よりも遥かに長い時を生きる白狐は仙力を宿しており、一廉の仙術師にも及ぶ仙術を操る。故に、白狐は「神獣」として術士のみならず一般的に不可侵なものとされている。いや、禁忌といってもよい。もっとも、ざらに居るものではなく、一生お目にかからずにいる者も珍しくないが。
その白狐が、おやじの形をした紙切れの中に埋まっている。術、恐らくは遠隔操作型の人形の依代(よりしろ)にされている。そもそも術士の間においては術人形の依代に生物を使用する事自体生命倫理に反したタブーとされており、それがましてや神獣である白狐ともなると、これは尋常な話ではない。
おやじの人形は斬られたことによりその形を留めなくなり、ものの数十秒で完全な紙の切れ端の山になった。三人はそれをただ呆然と見ていた。
「人形だったのか」
ウィルが青い顔で呟く。
「ただの人形じゃないでしょう。依代に神獣が使われてた。使う術も多分仙術レベルのものでしょう。道理で私が気付かなかったわけね。魔術による幻覚とか人形ならともかく」
このあたりでそろそろこの世界における「魔術」と「仙術」について、説明をしなければならない。この世界では「魔術」と「仙術」というふたつの術が存在する。どちらも手のひらから炎を出したり地を割ったりとあらゆる不思議を可能にするものであるが、その発生のプロセスと威力に違いがある。
どちらも元となるものは、人間に宿る霊力である。魔術はそれを理論立てられた術式を用いて術に変換、発生させるものである。故に詠唱が必要なものもあれば、陣を組んで発生させるものもある。が、大抵は詠唱である。慣れてくれば心中で詠唱を行う事もできる。
一方仙術は詠唱や陣など、あらゆる式を用いる必要は無い。自らの霊力を思念のみで変換し、術を発生させる。また、仙術は魔術に比べ強力で、強大である。仙術を極めた者であれば、天変地異を起こすことも可能である。
ここまで言うと、では魔術ではなく仙術を学べばよかろうと思われるだろうが、実際それは難しい。
仙術の修行は想像を絶するほどに辛く厳しく危険な修行なのである。修行に死人が出るのはもちろん、それに耐えかねて自殺するものもある。そんな修行を何十年もかけて積み、頭に白髪が混じるようになった時、初めて未熟な仙術師になれる。
一方、魔術の修行は一般人から見ればやはり険しいものではあるが、それでも仙術の修行よりはずっとましである。修行年数も人による。何年もしないうちに魔術師として独り立ちできるレベルにまで成長できる者もいる。
ただし、仙術と違って魔術師になるためには「素養」がなければならない。そしてそれは主に女が持っているものである。女であれば、三人に二人は持っているとされる。逆に、男が魔術の素養を持っているケースは珍しく、大抵の男は魔術の素養を持たない。魔術師の大半が女なのはそのためである。
ぱっ、と火が上がる。
哀れな神獣を火葬するかのように、紙の切れ端の山はあっという間に炎に包まれた。
「な…!」
ウィルは後ずさる。次から次へと起こる予想外の事態に、彼は最早驚く事しかできなかった。それは他の二人も同じ様であった。
燃え上がる炎のてっぺんが、少し青色に染まる。青色は上から下へ一気に炎の色を包み、人型の形になった。その瞬間、そこから地獄の釜が開いたかのようなおぞましいオーラが噴き出した。今度はネズミ以外の二人にもそのどす黒いオーラを感じられるようで、ウィルは思わず剣を落としそうになる。
『まさか白狐まで使った人形がやられるとは、思いもよらなんだ』
「声が…!」
炎の中から声がする。鈴を転がすような、幼く可愛らしい声である。しかしその喋り方はのらりくらりとした老婆のそれであった。
『どうやって見破ったのかね?ええ?坊や』
ネズミは下ろしていた刀を正眼に構えた。よく分からない状況であるが、この声の主は間違いなく敵だ。そう確信していた。冷や汗が全身から吹き出す。手汗ににじむ柄を握り直す。マズい。こいつはマズい。