ネズミとネコミミ
メルロはどこにでもいる普通の少女だった。親の影響で幼い頃からシルバ教をよく信仰し、同い年の子供達がしょっちゅうサボっていた朝晩のお祈りも欠かさなかった。授業がない日などは率先して家の仕事を手伝い、腰痛持ちの父を支えた。一年に一回ある村の謝肉祭で幼いながらも巫女をやったこともある。数え年で今年で15。少し恥ずかしがり屋で心優しいメルロを誰もが愛していた。
彼女の頭にネコミミが生えるまでは。
ノホホンとすすっていたうどんをぶはっ、とネズミは吹き出した。思ったより大きな音を立ててしまったようで、周りでめしを食っていた客が振り向くのがちらほら見える。
「…は?」
そそくさと口元やら何やらを拭い、あまり気は乗らないが聞き返す。
「失礼、今なんて?」
「ネコミミです。彼女の頭に、ネコミミが生えたのです。かわいいしっぽも生えました」
そう語る村長の表情は真剣そのものである。とても、というより全くふざけている様には見えない。村長は眉間の皺をいっそう深くして、両手を組んだまま静かに語る。
「いつものように朝のお祈りを教会で捧げている真っ最中に突然ピョコっと生えてきたと、その場に居合わせたケイビン牧師から聞きました。ネコミミ萌え萌えしっぽが生えたメルロはその後家に戻らず外れの森へ失踪、ときどき村に戻ってきては悪さをしていくようになったのです。本当はそんな事をする娘では無いのですが……」
ネズミは口を挟まずそのままうどんを食いながら聞いている。内心、この話を真面目に聞くべきか悩んでいた。村長の真剣極まるいぶし銀な眼光と話す内容がシュール過ぎる。
「メルロの姿を見るに恐らくは妖のようなものに取り憑かれたのでしょうが、何分このガトーネ村は小さな村です。領ギルド員の駐在所もありませんし、術を行えるような者もいません」
「ふむ」
膝に上げたすねのあたりをかきながら、残った汁をすする。メルロに憑依したのであろう妖を取り除くには、妖の姿を捉え、術を施せる術士が要るのである。術を使える者もなく術士を呼べるギルド組合員もいなければ、この村には打つ手がない。
「隣村あたりの駐在員なんかは呼べないのかい。このへんの土地はよく知らないが」
「隣町からガトーネまではかなり距離があって、なかなか呼べないのです。それに最近隣町のあたりでシード団らしき人影が目撃されたと噂が広がっております。駐在所はそっちにかかりっきりでしょうな」
最近はどこも物騒だ、と村長はため息をもらす。すっかりうどんを食い終わって一服のんでいたネズミはそのシード団ってのは何だ、と訊いた。
「強盗か何かかい」
「ご存知ないので?ああ、私も詳しくは知りません、この通り田舎暮らしなもので。確か、いろんな所で悪さをはたらくオークの軍団、みたいな話だったと思います。町の方では何やら有名だそうで」
へえ、とネズミはこともなげな生返事をした。押し込み強盗などは最近は珍しい話でもない。もっとも、被害者からしてみればたまったものではないが。
頬付を付いていたネズミはふと、
「その娘の親御さんはどうしてんだい」
と何の気はなしに訊いた。
「ああ、メルロのですか。気を揉んでるって騒ぎじゃありませんよ」
村長は手元の湯のみを引き寄せてずず、とすすった。初老の痩せっこけた細腕は真っ黒に日焼けしており、日々の農作業の苦労が思われた。
「メルロの親父のブランは愛情深い男でしてね。その時も牧師から話を聞き終わらないうちに、縄と聖水の入ったでかい壺を担いで外れの森へメルロを追って飛び出していったくらいです。結局見つけられずに出てきたのは二日……いや三日後だったか。ひどい落胆ぶりでした。何せ、まだ学校も出てない一人娘が妖に攫われたようなもんですから」
「…そうか」
ネズミはそれを聞きながら、ぼんやりとしていた。
「(俺の妹と同じくらいだったか)」
もしも妹が妖に攫われたら、自分も同じように押っ取り刀で飛び出すだろう。行き先が森なら、全ての木をたたっ斬るまで帰ってこないかもしれない。ネズミは、その親父を不憫に思った。
「分かった。その娘の件に俺も力を貸そう。いやなに、外れで腹をすかしてぶっ倒れていたのを助けてもらった恩を返せるいい機会だ」
立ち上がったネズミを見上げて、村長は申し訳なさそうに眉をひそめた。
「しかしあなたは騎士様では。剣を下げておいでだ」
村長は暗に無理だ、と言っていた。妖に対処できるのは一端の術士からであり、普通の剣士では妖は退治するどころか、目視すらできないからである。
「それはそうなんだが、俺にはその、なんだ。『見える』事がよくある。何かできるかもわからん」
「おお、そうなのですか!」
一転、村長は膝を打って喜んだ。
「メルロはいつも村から東の方に広がる森から悪さをしにやってくるのです。我々には追おうにも何も見えませんでしたが、騎士様ならば何か分かるかも知れませんな」
どうかご助力いただきたい、と村長は座ったまま頭を下げた。
「……俺は騎士様じゃあないんだが」
バツが悪そうにネズミは頭をかいた。
「じき日が暮れる。明日の朝にそこへ行ってみよう。なに、俺独りで行くさ」
「今日はもうお休みになられるので?」
「ああ。森は夜行くところじゃない。何がいるか、わからん」
ガトーネ村の東にうっそうと広がる深い森のそのまた奥。慣れた村民ですら立ち入らない森の中心部の少し空けた広場は、かがり火によってうっすらと明るくなっていた。そこに、彼らはいた。
皆種族は違えどオークや狼男など、獣人ばかりである。彼らは一様に毛皮製の手作りのネコミミを被り、整然と横一列に並んでいた。そしてその列に相対する形で腕を組みふんぞり返っているのは、村人達が愛していたメルロだった。ボロボロになった服の上からどこぞの商人からかっぱらったであろうホロ布をマントのように巻いている。幼さが残るも端正な顔立ちをしており、しかしその可愛らしい顔には少女らしからぬ嗜虐的な笑みが浮かんでいた。
「では報告を開始せよ!」
列の一番左にいたワシの顔をした男が一歩前に出る。
「アイアイニャンニャン!本日は、カゴいっぱいのリンゴをお持ち致しました!」
「よろしー!次!」
「アイアイニャンニャン!ワタクシは木の洞からハチミツをたくさん採ってきました!」
「次!」
「アイアイニャンニャン!私は本日街道をフラフラ歩いていたマヌケな商人から金品を奪ってきました!」
「マヌケは貴様だこのバカチンがぁぁ!」
「ギャアアア!」
メルロの手から電撃が走り、列の中にいた一人のオークは一瞬にして丸焦げになった。
「おい隊長!私は先日、金目のものをとって来いと一言でも口にしたかー!?」
ワニ頭の隊長が顔を真っ青にして怒鳴る。
「ノー、ニャンニャン!」
「甘くておいしいものを献上しろと言ったはずだよなー!?」
「イエス、ニャンニャン!」
「このトンチンカン豚野郎は我々『にゃんにゃん☆まーだー☆まさくる』の法に則り処刑する!独房にぶち込んでおけ!」
「ア、アイアイ!ニャンニャン!」
丸焦げにされた上に縄で縛り上げられた哀れなオークは、数人の獣人達に抱えられ森の暗がりに連れていかれた。
「いいかー!今度こういう事があったら次は全員におしおきを与えるぞ!分かったかー!」
「イエス!ニャンニャン!」
ガタガタ震える獣人達を見て、メルロはひそかにほくそ笑んだ。いや、正確にはメルロに取り憑いた何か、というべきであろう。
「(むふふ、びびってやがらあ。しかしまだまだ足りねえ。もっともっと従えて、もっと甘くておいしいものをたくさん食べてやる。そして……)」
思考はそこで遮られた。猪頭の獣人がドタバタとメルロに走り寄ってきたからだ。
「報告します!ガトーネ村から見知らぬ人間が一人森に入ってきました!」
「アホー!森に人が入ったくらいで連絡なんかしてんじゃねー!」
「ち、違います!あっ、失礼しました!人間は〝Bブロック〟に入ってきました!」
「ニャにぃ!?」
メルロはハッとして空を見上げる。東の空から陽の光が、うっすらと夜を侵食していた。
「夜明けを狙って〝Bブロック〟に入ってくる人間は術士ぐらいしかいねー!何でだ!?村にギルドの連中が来るにしても早すぎる!」
メルロは人間離れした脚力で木の枝に飛び乗ると、そこから獣人の列に向かって号令を発した。
「おまえたち!今すぐ行ってそいつをまさくる☆してくるのだ!敵は一人だ!チームワークで囲んで叩けー!」「アイアイ、ニャンニャン!」