人は去り、また来る   作:スープレックス

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「名付けて、テメーが眠れる森の美女作戦!」

ガトーネ村の東の森は、入口付近を除けば人の手がかかっていない原生林である。あちこちで朽ちた大木や大岩が折り重なり、粉雪が降り積もるごとく苔がそれを覆っている。広葉樹はその大きな枝葉を余すことなく太陽に浴びせようと四方八方に広がっており、森に若草色の天井を作っていた。

 

「(雰囲気が変わったな)」

よっこいせ、と苔だらけの足元を滑らぬよう森の奥へ進むネズミは、手に付いた苔の混じった泥を払った。日が昇る直前を狙って森へ入って数十分、ふと道外れの妙な気配のする獣道に入ってみたが、どうやらアタリを引いたらしい。地面に這いつくばり、においを嗅ぐ。先程の道に残るものとは明らかに違うにおいがした。

実のところ、森にはある幻術が張られていた。村人達が容易に森の奥へ侵入できないようメルロが張ったものである。この幻術はそこまで大したものではないので一端の術士であればすぐに気がつくところであるが、感覚的に幻術を見破るネズミは「幻術」を「幻術」と認識することができずに中へ進んでいた。

「(はてさて、鬼が出るか蛇が出るか)」

そんなことを考えつつもネズミは特に緊張するでもなく、どこか物見遊山のような、森林浴にでも来たかのような気分だった。煙草入れを懐からまさぐり出すと、一本抜き出して火をつけてまた歩き出す。話を聞く限りでは、相手は度々村に来ては悪戯をしていく程度の妖である。そこまで手こずりはしないだろうと踏んでいた。

と、ネズミは再びその巨体をすとんと落とすようにして這いつくばる体制になり、付けたばかりの煙草を勿体ないが目の前の石で揉み消した。においを嗅ぐ。

「(この先にいるな…二匹、いや三匹?)」

土をなめるようにして念入りに神経をまだ見ぬ何かにとがらせる。

「(どうも獣っぽいが、それにしては上の方から流れてくるな。件の少女とは違う……?)」

しばらくそのままの体制で考えていたネズミだったが、やがて小物妖一匹を相手にぐるぐる考えを巡らせるのがバカらしくなって、においの主の元へ自ら踏み込むことにした。

 

蔦を押分け倒木を乗り越え、額にじわりと汗が浮かぶ頃に、その主は現れた。巨木が立ち並ぶ獣道を塞ぐようにして、こちらに背を向けうずくまっている者がいる。ネズミは刀の柄に手をかけたが、それはもぞもぞとうずくまるばかりで動かない。とうとう真後ろにまで来て、ようやく

「……あ、あの」

と背中越しに話しかけてきた。

「ああああなたはもしかして旅のお方でっ、ですか」

なにやらたどたどしい裏声である。ネズミは不審に思って、それの正面に回り、柄に手をかけたまま顔を覗き込むようにしゃがんだ。

「まあそんなところだが、そういうあんたはどうしたんだ」

エプロンドレスで赤い頭巾を被った、まるでおとぎ話の世界から抜け出てきたかのような格好をしている。リンゴが山盛りになった手さげかごを抱きしめるようにしてうずくまっているそいつは、格好だけ見ればいかにも善良な村人だが、残念なことに深く被った赤ずきんからオオカミさんの鼻がしっかり見えていた。よく見ればガタイも女性のそれではないしおまけになんだか獣臭い。

「あ、あの、ワタシこの近くの村の者なんですが、オナカが痛くなってしまって!あっ!怪しい者ではないです!」

赤ずきんを被った狼男は目も合わせずにものすごい早口の裏声でまくし立てる。

「……そうか。大丈夫か?」

村で獣人を見た記憶は無いが、

『もしかしたら普通に困っている獣人なのかもしれない』

という一縷の望みを賭けて、ネズミはその怪しさ満点の狼男の背中をさする。しかしその望みは側で群生する巨木の陰から聞こえてくる会話で台無しになった。

「っしゃあ!かかった!あのおっきい奴、本当に罠にかかったよワシ太郎君!」

「さすがイヌ次郎君、薄幸の美女役をあそこまで自然に演じるとは……!僕はずっと思ってたんだ、彼の才能は演劇にこそ活かされるべきだって!」

ネズミの視界の端に、巨木の陰から熊の頭と鳥の頭がチラチラ見えている。そして目の前でうずくまっているこいつはどうやらオオカミでは無く犬らしい。

「でもクマ五郎君、ここからだぜ。僕の考えたスペシャルな作戦は!僕の類稀なる発想力とイヌ次郎君の劇団員が裸足で逃げ出す演技力によって、これからあいつは深い眠りにつくのさ。そう、あの毒リンゴをかじってね!」

「な、なんだってェーッ!」

奸計を巡らすふたりのヒソヒソ声は特別耳の良くないネズミにもしっかり聞こえていた。それもそのはず、彼らが潜伏する巨木はイヌ次郎から僅か数歩のところにあった。ネズミはオナカの痛いかわいそうなイヌ次郎君の背中をさするのをやめて、しゃがんだまま二人が隠れている巨木を凝視していたが、やがて聞くに耐えなくなった。

「……」

隠れている奴がどんな奴かは分からないが、もし戦闘になったとしてもそれはその時だ、とネズミは無言のまま立ち上がって鯉口を切った。冷や汗を流しながらネズミの様子をチラチラ伺っていたイヌ次郎は、巨木に近づこうとするネズミの腕をすがるようにがっしり抱きしめた。

「あっ、ちょっ待ってああああああオナカ痛い!痛すぎて死んじゃう!オナカがぽんぽんストマックエイク痛いのお!」

「ちょ、待て、おいっ、あいつらお前の仲間だr」

「何のことですかわかりません!腹痛が痛いからどうかいかないで!さすって!背中さすってえええ!行っちゃらめえええ!」

「なっ、お前っ、くそっ」

イヌ次郎の決死のおねだりに気圧されたネズミはしぶしぶ彼の汗で変色した背中を再びさすりだした。

「ふふ、イヌ次郎君の押しの強さは折り紙つきさ!今の彼女もそれで落としたとか」

「甘いマスクの裏にはオオカミが潜んでいるんだね、彼犬だけど」

「ブッ、ちょ、クマ五郎君、それやべぇ」

 

敵にしては抜け過ぎていて、ネズミはまだ刀を抜けないでいた。これならばまだ刃を向けられた方が相対し甲斐がある。

「なあ、そこのあいつらお前の仲間なんだろ?何故俺を狙う?」

「ちょっとよくわかりません!小鳥のさえずりかな!それよりもっと慈しむようになでてください!苦しくて痛い!」

腹痛を訴える割に溌剌とした声色である。ネズミはまだ刀の柄に手をかけつつ適当にさすりながらこのふざけた連中の意図をなんとか穏便に探れないか考えあぐねていたが、そのうちイヌ次郎がすっと立ち上がってリンゴの手さげかごを突き出してきた。ずきんの奥の素顔を見られぬよう、そっぽを向いてであるが。

「あの!オナカはもう治りましたありがとうございます!お礼にリンゴあげます!食べてください!」

「は?」

「食べてください!」

やれ痛いださすれだの一点張りから急に展開が変わって、ネズミは思わずポカンとなる。

「よーし、そのまま言われるままにリンゴをかじってしまえ!ハリーハリーハリー!そしてグッナイ!」

「あれ?ワシ太郎君、あのリンゴは全部毒リンゴなの?勿体なくない?」

「ふふっ、フェイクってやつさ。毒が入ってるのは一番上のやつだけ、残りはあとでみんなで食べようぜ」

「わぁいリンゴ!僕リンゴ大好き!」

ネズミは一番上のリンゴを手に取る。一般的なものより少し小さい、テニスボール大の大きさの真っ赤なリンゴである。鼻に近づけてみると確かにリンゴの甘い香りの中に明らかに違うにおいが混じっている事が分かった。

「あっ……でもあれ、毒リンゴだよね。僕、誰かの命を奪うはいけないと思うな……」

「クマ五郎君、安心したまえ!毒といってもちょっと深く眠るだけさ!」

「ワシ太郎君……!慈愛……!」

ふむ、とネズミは取った毒リンゴをかごに戻し、違うリンゴを掴み出すとそのままごりごり食い始めた。

「ありがとよ」

リンゴはちょっと酸っぱかった。

「ああああああ!」

「ああああああ!」

「ああああああ!」

獣人三人衆、まさかの展開に声がシンクロ。

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