獣人三人衆の侵入者捕獲作戦は、敵の知略によって暗礁に乗りあげようとしていた。
「くそっ……くそおっ!」
「オーマイ……なんてこった……!」
二人は揃って膝から崩れ落ちた。成功間違いなしと三人で肩を叩きあった完璧な作戦がいとも簡単に覆されてしまった。一体何が足りなかったのか。
「んん、ちょっと酸っぱいけどこれはこれで」
リンゴをモグモグやっているネズミは、あまりのアホくささに切った鯉口をキン、と収めてしまった。それを見たイヌ次郎はとっさに持っていたかごを落とし、リンゴをあたりにばら撒いた。
「ああーー!たいへーん!間違えてリンゴを落っことしてしまいました!拾うのを手伝ってくださーい!」
そして素早くワシ太郎とクマ五郎に視線を送り、
『すまない、作戦は失敗した。かくなる上はこいつをやっつけるしか方法はない。こいつが油断してリンゴを拾っている間に、不意をついて襲うんだ!』
と小声で呼びかけた。無論、ネズミはその目の前でリンゴを拾いだしたため、どんなに小声でも丸聞こえである。しかしネズミはやる気を完全に削がれており、最早「来るんなら来い」状態であった。
「どどどどうしようワシ太郎君、僕誰かと戦ったことなんて無いよォ!」
「落ち着きたまえよクマ五郎君!ノープロブレム、何も問題はない。あいつは人間一人、僕達獣人は三人だ。とにかく取り囲んでしまえばどんなに強い奴だろうとあっという間に泣いて許しを請うだろう!」
「あ、ああ!」
「それに、万が一戦うことになっても僕達が力を合わせて飛びかかってしまえばなんてことはない!ただひとつ問題が起こりうるとすれば、それは『誰かが勇気を出せないこと』だけさ。協力し合うことで1+1+1は10にも20にもなるけど、1は足されないとただの1でしかない。大事なのはみんなで勇気を振り絞ることなんだ!」
「そうだ、そうだよね……!やろう!邪悪なあいつに立ち向かうんだ!」
と、お互いを励まし合うと、ガチャガチャ何やら準備を始めた。いつの間にか邪悪とか言われていたネズミはリンゴを拾いつついつ来るかいつ来るかと巨木の陰を伺っていたが、何故かいつまで経っても二人は一向に出てこない。
「ほら、このナイフを棒の先にくくりつけるんだ」
「ええ、そんな器用なことできないかも……」
「もー、ちょっと貸して!僕がやるから!」
「おお……おお!すっげえ!ワシ太郎君すっげえ!」
「ふふん。僕、手先は器用な方なんだ!」
「大したもんだなあ」
二人がモタモタしてる間に、とうとうネズミはリンゴを拾い終えてしまった。
「ほら、拾ったぞ」
「あ、ありがとうございましゅ……」
なかなか出てこない二人に気を揉んでいるのはイヌ次郎の方もらしく、どうも返事がうわのそらである。このままでは、とっさに思いついた「リンゴを拾わせている間に不意打ち作戦」までも台無しになってしまう。イヌ次郎は意を決して、再びリンゴの入ったかごをぶち撒けた。
「あああー、すいません、手が滑ってぇー!」
せっかく拾ったリンゴ達が再びネズミの足元に転がってくる。ネズミはそれを無表情で見ていたが、最後のひとつがコツンとつま先に当たったところで我慢の限界がきた。
「ごめんなさーい、また手伝ってくださまあああちょちょちょちょ待って待って!ウェイト!!ウェェェェェェイト!!やめてええええ!」
イヌ次郎が腰にがばっと抱きついてきたが、ネズミはそのまま引きずるようにして二人の方へ向かう。巨木の前で仁王立ちになると、すらりと抜いた刀を正眼に構えた。
「やめてお願いもう少しだけ待って!もう少しだから!一回落ち着こう!深呼吸しよう!」
「充分待った」
「それはそうかもしれないけどそんなこと言わないでさ!ね!?おねがぁぁ〜い!一回だけ!一回!一回だけだから!先っちょだけだからああああああ!この人でなしいいいい!」
ネズミは腰にイヌ次郎をぶら下げたまま、ふっと丹田に気合いを入れて一閃、二閃、三閃。癖で切った後にぴゅっと一振り。ワシ太郎とクマ五郎を隠していた巨木は、ずずん、と大きな音を立てて倒壊し、苔の混じった土煙が舞い上がる。バリひとつ無い綺麗な切断面の切り株の向こうでは、これ以上なく口をあんぐりさせた二人が突っ立っていた。
「……!……、……!」
心臓でも掴まれているかのような、驚愕の色。二人とも口をぱくぱくさせているが如何せん声になっていない。遠くの方で、小鳥の楽しげな鳴き声が聞こえた。
「……」
腰にしがみついていたイヌ次郎も同じく、時が止まったように目を見開いたまま呼吸すら止まっていた。湿った土煙と細かい木っ端が舞う中で、ネズミは眉一つ動かさず刀を収める。
「よう」
試しに話しかけてみた。瞬間、三人の時は動き出した。
「ア、アワワワワワ……アワワワワ……なに……?なにがおきたの……!?」
「お……おおおおおおちつけクっクククマ五郎君おちゃおちゃちゃちゃちゃつけおちゃちゅけ」
「夢……そっかこれ夢か……じゃあ素数数えなくていいね……」
急遽バイブレーション機能が搭載された二人とネズミの腰を抱きしめたまままぶたをこすり始めるイヌ次郎。三人ともまさか敵が細っちい剣一本でここまでやるおっかない奴だとは全く思っていなかったせいで、ただでさえ足りない脳ミソがオーバーフローを起こしていた。
「ぶき…」
獣人三人の内、誰かがふと呟く。
「へっ?」
「武器だよクマ五郎君!急いで武器を構えるんだ!!」
「!あばばばば!」
切り株の向こうで、大急ぎで武器を用意する二人。お腰につけたイヌ次郎は「ねむーい!ねむーい!!」とまだ現実からダッシュで逃走中である。
二人はそのへんに散らばっていたナイフやら棒切れやらをかき集めて、混乱のままネズミの前に転がりこんできた。
「や、やいやいやい!やいやい!」
「やい!やいやい!」
まだ事態が頭で整理できていないため、二人の語彙力は死んでいた。しかし現実は非情であり、そんな哀れな二人にさらに過酷な現実がのしかかる。
土煙の向こうの侵入者は、イヌ次郎の首根っこにその太い腕を絡ませていた。空いた方の手で、刀の鯉口を切ってみせる。
「あー、なんだ。人質?違うな、イヌ質だな」
「トランキーロ……あっせんなよ……」
イヌ次郎は顔面蒼白になりながら自らの理性へ最後の抵抗をしていた。
「とりあえずお前達、武器全部そこに置いてこっちに来な。コイツがどうなってもいいのか」
最早戦う気すらさらさら無く、ただ事情が聞ければそれでよかったのだが、様式美的にネズミはとりあえずそう言ってみる。
が、しかし。
この時大変悪そうな笑みを浮かべていた事に、本人は全く気付いていないのだった。
時間にして正午、太陽はてっぺんを回ろうとしている。本日は日差しも暑く感じるくらいであり、森は緑色の光に包まれていた。こんな日は山菜でも採りながらハイキングに繰り出したいものである。
しかし残念な事に、獣人三人衆はもうそれどころではなかった。
「……それで、そのネコネコ様とやらが来て、たまたまこのあたりにいたお前らを無理やり配下にしたのか」
「は、ハイ……僕らはここから少しいった町に行こうとしてたんですけど……ネコネコ様が何ヶ月か前に突然現れて……今日からお前達は『にゃんにゃん☆まーだー☆まさくる』の隊の一員だ、わたしの下僕として喜びに打ちひしがれながら働くのだ、って……」
ネズミはふむ、と腕を組む。三人衆はその前で揃って正座させられていた。
「それからは毎日良いように使われていたと」
ワシ太郎は震えながらうなずく。
「ネコネコ様に甘いものとかを毎日献上してて……嫌だって言ったらビリビリで痛くされて……ちょっと機嫌が悪い時には処刑とかもされたり……」
ネズミは眉をひそめた。思ったより事態は重くなっているようである。
「それで何人も殺されたのか?」
「あっ、いえ……処刑の時は丸裸にされて、夜通しどじょう掬いをさせられながらおっきい葉っぱでオシリをびたんびたん叩かれるんです……あーらよっとって言わないと『あーらよっとって言えよ!』って怒鳴られるし……」
ちょっと心を痛めた自分がバカだった。
「んで、そいつの命令で俺を捕まえに来たと。何故俺が来ると分かった?見張りがいたのか?」
あえて質問したが、それはないと踏んでいた。余程巧妙に潜伏しなければ、森に入る前の段階で見張りなどはにおいですぐわかる。
「あ……いえ、確かネコネコ様が僕達のいる森、あ、僕らはBブロックって呼んでるんですけど、そこに村人が来れないように、け、けっかい?だっけ……とにかく不思議な力を使ったとか言ってたような……」
「…こ…だ……」
先程正座させられてからずっと無言でうなだれていたイヌ次郎が何か呟く。
「何だって?」
「殺されちゃうんだ……僕達みんな……」
両手を食いしばり悲しげに涙をぼろぼろこぼし始めるイヌ次郎。もしかしたら話を聞き出した後に始末されるかもしれないという恐怖が我慢の限界を越え、イヌ次郎はそのまま地面に寝転がりじたばた泣きじゃくり出した。
「おいこら、」
「うあああああ!!殺されちゃうんだああああああ!!じょばぁぁぁぁぁ!」
「イヌ次郎君、大丈夫……!僕達はずっと友達…そうだろ…ううっ……」
「ママ……ママーーーー!!」
森に悲しみの絶叫が響き渡る。大の男が三人揃って泣き出す情けない有様に、ネズミは思わず顔を覆った。
「お前達なんつー……おいこら!泣くな!おい!殺す気なんかねえって!」
ネズミは両手を挙げてそう言うと、三人の慟哭はぴたっと止まった。
「……ほんとに?」
「本当だって。俺は村から頼まれてそのネコネコ様って奴をなんとかしに来ただけだ」
「でもさっきイヌ質って」
「冗談だって!」
「もういじめない?」
「いじめないって……」
あの手この手で説得すること三十分。ネズミはようやく三人をなだめすかして、メルロの居場所を聞き出すことができた。元々舌を振るうことに慣れていないために、終わる頃にはネズミは何故か三人よりげっそりしていた。
「……じゃあこの先にそいつはいるんだな……分かった……ちなみにお前達以外にも手下はいるのか」
「あっはい、僕達の他にも何人かが森にいます」
「でもこの方面は僕達だけだよね」
「そうだけど、あんまり帰りが遅いとみんな心配してこっちに来ちゃうね。早く行った方がいいですよ」
三人はネズミから貰ったオヤツの干し肉をカジカジしながらのんびり答えた。酒のアテが無くなる様を見せつけられ、ネズミは今日何回ついたか分からないため息をもらす。
「あっ、ここで侵入者を見逃しちゃうと後で怒られるかも……」
しかし、クマ五郎の余計な一言で、再び三人に不安な気持ちが伝播する。
「どどどどうしよう……!」
「これ絶対ビリビリ処刑コースだよ!今度こそ痔になっちゃう!」
「もう痔になってる人だっているんですよクマ五郎君!僕の気持ちも考えて発言してくれよ!」
痔への恐怖が三人に襲いかかる。ドーナツ型クッションを持ち歩く惨めさは半端ではない。
そんな彼らに、とっておきの朗報。
「安心しろお前達。その点は俺に任せておけ」
ネズミはにおいを頼りに、そのへんに散らばっていたリンゴをひとつ手に取った。
「要はお前達の手落ちじゃなきゃいいんだろう。全員上を向け」
「え?」
「上を見てみろって言ってんだ」
三人衆はぽかんとしながら上を向く。うっそうと生い茂る木々の間から陽の光が漏れており、何とも幻想的な風景である。
「おおー」
「きれいだね」
「今日はいいお天気だからね」
ネズミは拾ったリンゴを片手でバキッ、と粉々に砕くとその欠片を三人の口に放り込んだ。
「きれい」
「ん?おいしい」
「モグモグ、きれい」
それぞれ言いたい事を残して、獣人三人衆は糸が切れたように眠りについた。
「やれやれ……」
敵に逆に毒リンゴを食わされてしまいました。これで言い訳はつくだろう。ネズミは親指についた残り汁をペロッと舐めて、ぐうぐう眠る三人衆を背にしてその場を後にした。
後にしようとした。
「しまっ……!」
た、と言葉が続くことはなく、そのまま苔の積もる地面に倒れる。
こうしてネズミはよく晴れたお天気の中で、獣人三人衆と共に晴れて仲良くお昼寝タイムに突入したんだとさ。
作戦大成功である。
※7月25日 不適切なテキスト一部改稿しました。すまねぇ!