「おはよう、よくグッスリ眠てたな。あんちゃんガトーネから来て捕まったんだって?いやはや可哀想に、どうせ森の目立つようなとこで昼寝でもしてたんだろ。でなきゃ連中に捕まるなんて有り得ねえよ、あいつら全員とんでもなくバカな上に根が善人だからな。
おいおい暴れるな、落ち着けよ。まあ驚くのも無理ねえ、誰だって起きたらこんな危機的状況になってたら驚くさ。お気持ちお察しします、ってやつよ、おとなしくしてな。もっとも、俺達にとっちゃこの程度は危機でもなんでも無いけどな。何せ俺ぁ何十人もの腕っききの魔術師に三日三晩追っかけられた事もあるんだぜ?あん時ゃ流石に今度こそ死んだなこりゃと思ってね、三途の川の渡し賃ぐれえは持っとかねえとと思って火の雨ん中で財布出そうとして、ああすまねえすまねえ、自己紹介が遅れたな。
はじめましてだな。俺はムツタカ、見ての通りオークだ。太りやすいオークにしちゃあけっこう絞ってる方だからな、へへっ、大したもんだろ?トシは今年で50くれえだな、まあ健康寿命が長いオーク種の中じゃまだまだフレッシュな方だぜ!多分!ウワハハハ!好物は牛の肉で最近凝っているのは自家製のトマト栽培だ。ちっちゃくてまるっとしてて可愛いんだぜ、これがよ。そうそう、レノのアーイレタウン産のよく寝かせたアクアヴィテも好物だ、一晩でビン三本空けたこともある!アクアヴィテって何だか知ってるか?酒だよ酒、なんかムギかなんかでできてるらしいんだけど、何だったっけなあ……ああ、いや、まあそんな感じだ、よろしくな。まあこんな状況で何も出来ることもなし、ここは少し話でもしようじゃないの。俺は喋るのが好きなのさ。三度の飯より喋るのと笑うのがが好きなんだ、こないだなんかメシ食うのか喋るのかどっちかにしろって若い連中から怒られたぐらいだよ!ウワハハハ!さてさてどうしような、特に共通する話題もなし、ああじゃあ俺の話でもするかな。ん?興味無さそうな顔したって無駄無駄。意地でも喋るからな。ああちなみに俺から振っといてなんだけどこの話はあんまり外で話さないでくれよ。組織の情報を漏らすなってボスがうるせえのさ。
俺はあんちゃんが来る何日か前にここに来たんだ。このへんの森で最近動き始めたこの連中について色々調べなきゃいけないことがあってさ。そうだ、この獣人共、なんつー名前か知ってるか?『にゃんにゃん☆まーだー☆まさくる』だってよ。俺ぁアタマおかしいんじゃねえのかって思ったけど、本当の話らしいんだわ、これが。若い連中の中ではこんなのがトレンドなのかってちょっとショックを受けたよ……ああ脱線したな、そんで、何とか連中の中に潜り込んで連中とそのアタマをはってるネコネコ様って奴のことを調べてたのさ。偵察だとか潜入だとかって任務は本当は他の奴の仕事だけどね。最近はどこも同じなんだろうが、ウチの組織も人手が足りねえのさ。慢性的にな。嫌になっちまうぜ、まったく。ボスももう少しイイもんのフリが上手けりゃあ……ああ、こっちの話さ、すまねえな。とにかく、俺は連中のことを調べてたのさ。でも俺にゃあ潜入ってやつが向いてなかったのかな、調べ物の傍らでネコネコ様って奴のいいつけをテキトーに聞いてこなしてたら、これがトチっちまってよ。ネコネコ様の怒りをかってもう全身丸焦げ。ローストオークの出来上がりだ。ポークじゃねえよ、オークだ。俺は痩せてるから食う所が少ねえだろうがな。なーんつって!ウワハハハ!
でもなあ、キツかったのはその後よ。いやいやネコネコ様の電撃?か、アレは大した事はなかったんだ。一応グロッキーなフリはしたがね、あの程度なんざ屁でもねえ。その後牢屋にぶち込まれて、また出されたと思ったら今度は夜通しどじょう掬いをさせられたのさ。どじょう掬い。知ってるだろ?それをな、全裸で踊らされるんだよ。しかも踊ってる間中他の連中が俺の尻をシバき続けるときたもんだ。このトシになってまでこんな体を使わにゃあならんのかと考えたらあん時ばかりは自分の情けなさに泣きたくなったよ。そんでもってそれが終わったと思えば今度はこんな所に連れてこられてあれよあれよという間にこの状況さ。今度は何が始まるのかユーウツ気分のチョベリバな俺の所に寝っこけてアホ面さげたあんちゃんが運ばれてきたってワケよ。分かる?」
「……それで?」
「は?おいおいなんだいなんだい、あんちゃん俺の話全スルーだったってのかい。おお悲しいねえ、最近の若者はこれだから、あっ!俺まだ若者だった!なーんつって!ウワハハハ!」
「だから……!この状況を結局どういうことか短く説明してくれ!」
「んー、チョー短く言うと……
殺されることはないけど、俺もあんちゃんもまな板の上の鯉?みたいな?敵中孤立、四面楚歌、ほんのちょっぴり大ピンチ、ってか!ウワハハハ!面白っ!」
「畜生話にならねえ!あんた本当に素面か!?」
ネズミは丸太のてっぺんに括りつけられたまま叫んだ。
夜の広場を照らすかがり火が風で揺れる、ここは森の中心部。この広場では今、ネコネコ様の従える獣人達が集まって楽器を演奏したり、ごちそうを運んだりとみな忙しそうに働いていた。ちなみに全員ネコミミを頭に被っているため、それだけでとても異様な光景である。そして広場のど真ん中に鎮座する岩の上にはボロ布をまとった彼女があぐらをかいたまま、蜂蜜をたっぷり含んだ蜂の巣に憮然とした顔でむしゃむしゃかぶりついていた。二本の丸太はその岩のすぐ横に風などで倒れないよう固定され、そのてっぺんにネズミとムツタカを名乗るオークが縛り付けられている。丸太は付近の巨木よりは低いものの、ビルの三階建てくらいの高さはあった。
「くそ……!」
悪態をついてネズミは縄を強引に緩めようとするが、縄は体にくい込むほど強固に結ばれており容易には抜けられそうになかった。同時に、いつも腰に感じていた感覚がなくなっていることにも気がつき、慌てて目下をキョロキョロ見渡した。
「ん、あんちゃんどうした?」
「俺の商売道具を……あっ、ちきしょう、あのガキ!」
ネズミの腰から消えた刀は、ネコネコ様らしき少女が背に背負っていた。不意に、少女と目が合う。
「ようやく目が覚めたのかこのねぼすけさんめ!おいお前ー!お前村の雇われ術士だろー!わたしを捕まえようったってそうはいかないからな!バーカ!」
少女はネズミの足元でひとしきりキャンキャン跳ねまわっていたが、ふと思い出したように背負った刀を引きちぎるみたいにして抜いてフフンと得意気に鼻を鳴らした。
「おらおらおら!どーだ!お前の武器はわたしが貰ったぞ!なんかすごい細っちいけど……」
初めて買ってもらったおもちゃみたいに刀をフラフラと振り回す。しかし思ったより刀は重く、小さな手からすっぽ抜けて岩にガシャンと激突した。
「っべ」
「おいこのクソガキ!」
せめて大事に扱え!というネズミの悲痛な叫びも届かず、ネコネコ様はきらきら光る物珍しい武器に夢中であった。
「ウワハハハ!あんちゃん顔怖っ!腹痛ぇ!ウワハハハ!」
「うるさい……!」
ネズミは通り魔みたいな人相になりながら、ムツタカを睨みつける。ごめんごめんとムツタカは謝ったが口の端が曲がっており、誠意のある謝罪とは程遠かった。
彼の自称通りムツタカはオーク種にしてはかなり絞られており、服の上から見えるアスリート然とした筋肉に覆われている細身の体は鈍重なイメージからは程遠い。またオーク種は目の上が少しもりあがっているために基本的に皆目つきが悪いが、ムツタカは眉も目尻も七福神のように下がりきっており、顔に刻まれた皺も相まって「明朗なオークのおっさん」感があった。
「ウハハ、まぁそんなに怒るない。あの妖のお嬢ちゃんもここの獣人共も本当に悪い奴等じゃねえ。ここは俺達が大人になろうじゃないの」
「……あんた、あのガキが憑かれてるって分かるのかい」
『妖のお嬢ちゃん』という点に、ネズミは驚いた。
獣人には魔術、仙術共に扱う際に必要となる『霊力』がほとんど無く、術由来の現象を認識できず、行使もできず、耐性もなく、また妖なるものの存在をも認識できない。そのため獣人の戦士の間では『術士が来たら逃げろ、妖が居そうな所へは行くな』が鉄則となっているくらいである。相対そうものなら、何もできずにタコ殴りにあって殺されるからである。
「ああー分かるとも。お嬢ちゃんにネコミミが生えてるからね。なんでわざわざ生やしたままにするのかは分からんが、あんな現象憑き物以外で見たことないね。あっ、街のちょっといかがわしいお姉ちゃんのお店でなら見た事あるか!ウワハハハ!それに俺には見えなかったが『電撃』らしきものは食った。ビリビリっとくるやつ、あれも妖に共通する力のひとつだからな。若い頃はあの見えねえ電撃でよく死にかけたもんだ。うん、主な根拠はこのぐらいか」
「へぇ、獣人なのに大したもんだ」
「どうも。でもな、それ以上に確固たる自信がある根拠が存在する」
「何……?」
「俺の勘さ」
歴戦の勇士は恥ずかしげもなくウインクしてみせた。