というわけで、番外編という話が思いつかないことへのお茶濁し回。
時系列としては10話と11話の間の話になります。
二人が変なキャラになってるのはきっと夏の暑さのせいなんだよ!
――小傘の家
銀色の軌跡が獲物を捕らえ、バラバラにしていく。
寸分の狂いもなく均等に切り刻まれたそれらは吸い込まれるように鍋の中に落ちていく。
あらかじめ火が入れられていた鍋はそれらを強火で焼いていく。
とまあ、そんな表現をしていてもやっているのは、紅刃が料理をしている、というだけの話である。
刀の妖怪である紅刃ならば、包丁を自由自在に扱えるというのも道理であり、その包丁さばきでもって、まるで一つのショーのように料理を進めていく。
その後ろで小傘は紅刃の絶技に見惚れている。
なぜ紅刃が料理をしているのか、その理由は、少し時間を遡る。
――2時間前
「そこで刀――つまり私ですが――を弾き飛ばされた主は、潔く負けを認め、こう言ったのです。『ああ、確かに私の負けだ、それは認めよう。だが、私は貴様の刃では死なん!さらばだ!』そして主は自ら崖から飛び降りることでその命を絶ったのです。あの時は心が震えましたよ」
「へえ、すごいなあ。私もそんな持ち主に出会えるかな?」
「ええ、きっと出会えますよ、こんなにも素晴らしい付喪神には会ったことがありませんからね」
「そう?えへへ、照れるなあ」
紅刃は小傘に歴代の主の話を身振り手振りをしながら話し、小傘は話に聞き入っていた。
紅刃がふと外に目を向けると、既に夜も更け、真っ暗になっていた。
「おや、もうこんな時間でしたか。そろそろ夕餉にしましょうか」
「うん、そうだね。ちょっと待ってて、すぐに準備するから」
小傘が立ち上がろうとすると、紅刃がそれを止める。
「いえ、私が作りましょう。助けてもらった恩もありますし」
「え?料理なんて作れるの?紅刃」
「だてに人間と共に何十年も暮らしてきたわけではないですよ。ある程度の家事はこなせます」
そう言って紅刃は小傘に頼んで厨房まで案内してもらう。
食材や調味料などを確認すると、満足そうに頷いた。
「ふむ、これだけあれば充分いいものが作れそうです。では、小傘は部屋で待っていてください。仕込みなしで作るので少し時間がかかりますから」
「ううん、私はここで料理を見てるよ。どういう風に作るのか興味もあるし」
「そうですか?見ていて面白いものでもないと思いますが」
首をかしげつつも紅刃は迅速に料理の準備を進めていく。
そして時間は冒頭に戻る。
「さて、出来ました。小傘、悪いですが料理を運んでもらってもいいですか?」
「うん、分かった!」
小傘と紅刃は料理を運び、机の上に並べる。
「それでは…」 「うん、それじゃあ…」
「「いただきます」」
二人は手を合わせ、料理を食べ始める。
小傘は料理を食べた途端、顔を輝かせた。
「おいしい!今まで食べてきたどんなのよりも!」
「ふふ、そうですか?では、たくさん食べてくださいね」
紅刃はそんな小傘を見て優しく微笑む。
小傘は物凄い速さで料理を食べていった。
「ふう、お腹いっぱい、ごちそう様!」
「はい、お粗末様です。私は食器を洗ってくるのでここで休んでいてください」
「え、私も手伝うよ。さ、行こっ!」
小傘は紅刃の手を引いて厨房に戻り、食器洗いの手伝いをし始める。
紅刃は、最初は手伝ってもらうことに心苦しさを感じていたが、小傘が引きそうにないので自分も一緒に洗うことにした。
しばらくは食器を洗う音だけが響いていたが、それは小傘が口を開いたことで打ち破られる。
「ねえ、紅刃」
「なんですか?小傘」
「いくら人間の料理を見てきたって言っても実際に体験しなきゃこういうのって上達しないよね?紅刃は刀だったのにどうやって経験を積んだの?」
紅刃は一瞬躊躇うように沈黙したが、すぐに口を開いた。
「私は、年月がたてばたつほど力を増していきました。そしていつの間にか主と自分の意識が入れ替わるようになったのに気が付いたのです。その時、私は主の体を使い、人間の体の動かし方を学んでいきました。当時は…、いえ、恐らくは今もですが、自分が肉体を持っていることに喜びを感じたのです。私の本体は自由に動かせませんからね。その時に人間がどのようなことをするのか私が見続けてきたことをその体で確かめていったのです。料理はその時に学びました。当初は辛かったり酸っぱかったりで酷いものしか作れませんでしたが、今ではある程度のものは作れるようになりました」
他にも刀の扱いなどもね、と紅刃は苦笑した。
刀妖怪である自分が刀の扱いを学ぶなど滑稽だ、と苦笑したのだ。
そして、食器を全て洗い終え、紅刃はさてと、と息をつき、
「では、一緒にお風呂に入りましょう、小傘」
「え、うん、分かった…って、えええええ!?」
紅刃が純粋な笑顔で言ったために少し見惚れてしまった小傘は言葉を反芻し、叫んだ。
「小傘にはまだまだ恩を返しきれていませんからね、お背中をお流ししますよ」
「いやいや、いいよ!そこまでしなくても!」
「む、遠慮しなくていいのですよ?それとも、嫌…ですか?」
自分より身長が低い相手に上目遣いをする、という無駄に器用な真似をする紅刃に小傘は少し考えてしまう。顔を見ていると押し切られそうなので下に視線を向けると、ふさふさの尻尾がしゅん、とうなだれており、小傘は観念した。ここまでストレートに感情表現されると断りづらいのだ。
「分かった、じゃあ、お願い、しようかな」
「本当ですか!よかった、実はもう沸かしてあるんです、さっそく行きましょう!」
紅刃は顔を輝かせると小傘を風呂場まで引っ張っていく。
小傘はいつの沸かしたんだろう、と疑問に思いながらも引っ張られるままについていく。
ふと紅刃の尻尾を見ると、ぶんぶんと元気いっぱいに振られていた。
――風呂場
着替えを持ってきて風呂に入った二人はさっそく体を洗っていた。
もちろん、小傘の体を洗っているのは紅刃である。
「ね、ねえ、紅刃、んっ、洗うのは背中じゃなかったの?はっ、私全身洗われてるように感じるんだけど」
「何を言っているのです、背中を流すというのは言葉の綾ですよ。全身きっちり洗わせていただきますよ?」
何を言っているのだとばかりに紅刃は小傘を洗っていく。
これが乱暴な手つきで痛みを感じるような洗い方だったならばすぐさま断れたのだが、紅刃の洗い方は優しく、柔らかく、そして繊細で正確だった。
それ故に気持ち良すぎて小傘は抜け出せなくなっていた。
紅刃が小傘を洗い終わり、自分の体を洗い始めたころには、小傘は息も絶え絶えに余韻に浸りながら浴槽につかるしかできなかった―――
――寝室
寝ようという段階に入って小傘は重大な問題に気が付いた。
布団が一式しかないのである。
客が来ることなど想定していない故に仕方のないことなのだが、小傘は悩んだ。
この時期に布団なしで寝るにはすこしきついが、紅刃は(ほとんど治っているが)一応怪我人だ。どうしようかと紅刃に相談したら、
「え?一緒に寝ればいいじゃないですか」
と、ずいぶんあっさりとした答えが返ってきた。(紅刃が私は畳でいいですが、と言っていたが小傘は却下した)
布団を敷き、二人が布団に入ると、一人用の布団であるためにやはり密着するような体制になってしまう。
小傘が緊張しながら寝ようと必死に努力していると、紅刃が声をかけてきた。
「小傘、少しそちらに行ってもいいですか?」
この時点でかなり密着しているというのにこれ以上近付かれたら――そこまで考えた小傘が声をあげようとすると、紅刃が小傘に抱きついてきた。
小傘は驚きで出そうとした言葉を飲み込んでしまう。
「ごめんなさい、小傘。でも、こういう風に誰かと触れ合うというのは初めてなのです。
主に使われ続けてきましたが、どこか壁を隔てたような感じだったので。誰かと触れ合うというのは――温かいですね」
弱弱しい声で紅刃は小傘に話す。小傘は抱きつき返すことで返答した。
紅刃は少し驚いた顔をして、泣きそうな顔で笑った。
そして、いつの間にか二人は眠ってしまっていた。
――起きた後、小傘が恥ずかしさで死にそうになるのはまた別のお話。