過去編があと一話で終わるといったな?あれは嘘だ。
あと一話だけ続きます。今度こそ本当に。
――???
「はっ…ああ、くそっ、私もここまで、か」
女妖怪は瀕死だった。
地面に力なく横たわるその体には無数の矢が刺さり、陰陽師たちの術によってつけられた傷からあふれ出た血が彼女の体を紅く染めていた。
少し離れたところには女妖怪をこの姿にした陰陽師たちが警戒しつつ彼女を睨んでいる。
「人斬り妖怪『紅刃』よ!貴様を今この時をもって討伐する!覚悟!」
陰陽師の一人が紅刃に向かって宣言する。貴様を殺す、と。
そもそもこのような事態になったのは、妖怪たちの勢力が、人間が予想していたよりも遥かに力をつけ始めたことに由来する。
妖怪の力の増大には風見幽香、八雲紫などの大妖怪の出現が要因としてあげられるが、その他にも裏である隙間妖怪が式神である九尾の狐と共に暗躍していることはあまり知られていない。
閑話休題、妖怪の力が増してきていることに気づいた天皇は陰陽師たちにあることを命じた。
「どの妖怪でも構わん、大妖怪と称される妖怪を討伐せよ」
恐らく、天皇は大妖怪を一体でも討伐することができれば妖怪たちの勢いを削げると思っているのだろう。
たしかに人間ならば大妖怪と同等の実力者、即ち英雄と呼べるものを一人でも殺せば人間の力を大きく削げるだろう。人間は群れる生き物だ。だからこそ、強いものが殺されただけで士気が落ちる。
しかし、妖怪は同じ種族同士でもなければ群れることはないし、強い妖怪が一体討伐された程度では妖怪たちは揺るがない。むしろ、雑魚妖怪の行動が活発化することだろう。
これを聞いた陰陽師たちは悩んだ。なにせ、この時代に大妖怪と呼ばれている妖怪は
「四季のフラワーマスター」風見幽香、「妖怪の賢者」八雲紫、その他には鬼の四天王に鬼子母神、天魔といった、今代の陰陽師たちが全員でかかっても敵わないような妖怪ばかりだったからだ。
そこで陰陽師たちが考えた。倒せる妖怪がいないのならば中堅程度の妖怪を大妖怪に仕立てあげてしまえばいい、と。
そこで目をつけられたのが元々中堅程度の妖怪だったが、妖刀を手に入れたことでその実力を上げてきた紅刃だった、というわけだ。
皮肉にも妖刀を手に入れて力をつけてきたことで人間に目をつけられてしまった。
その結果、何千人にもの陰陽師たちに襲撃された紅刃は数の暴力に耐え切れずにボロボロになってしまったのだ。
(もうこの体は駄目だな…、私が生き延びるには…)
紅刃は自身の右手に握られている刀を見つめる。
元々妖怪にとって肉体というのはあまり重要なものではない。もちろん肉体が強靭であればあるほど妖怪として強いというのは人間と同じだが、妖怪は人間と違って精神を重視する。陰陽師が精神的な攻撃を多用するのは、その方が妖怪を討伐しやすいからだ。
つまり、乱暴な言い方をすれば、妖怪は肉体がなくとも精神さえ無事ならば生き延びることが可能なのである。
紅刃が今から行おうとしているのは、自らの肉体を捨て、精神、即ち魂を刀に植え付けることでこの場を切り抜けようとしているのだ。
素体となる刀は妖刀であり、充分な妖力を保持している。後は紅刃の能力で自分の魂を刀と反転させればいい。
紅刃は深呼吸することで集中し、能力を発動した。
(…っ!!よし、成功だ、後は、…っあ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛!!!!!?????)
刀の中に入り込んだ、成功した、そう紅刃が確信した瞬間、紅刃の精神はズタズタに切り刻まれた。
妖刀が自身の中に入り込んだ紅刃の魂を本能的に敵とみなし、能力を持って迎撃したのだ。
(やめろ、やめろ、やめろおお!私はお前のしゅ、じ、ん…)
紅刃は容赦なく解体されていく。思考が、記憶が、感覚が、能力が、紅刃という妖怪が完膚なきまでにバラバラにされていく。そしてバラバラにされた魂は刀の妖力に変換され、妖刀として再構成されていく。
そして再び妖刀として再構成されたものに残されたのは、今までの何倍もの妖力と、それによって発現した「ありとあらゆるものを切断する程度の能力」、「紅刃」という新しい銘、元所有者の能力だった「ありとあらゆるものを反転させる程度の能力」の一部、そして元所有者の人格と武器としての本能が融合して生まれた自我だった。
(わ、たしは…?そうだ、私は紅刃。私は主人のために…。主人は?私の主人はどこだ…?)
生まれてばかりであるがゆえに、朦朧とした意識の中で自らの主人を探す『紅刃』。
その時、肉体が滅んだことを確認した陰陽師が紅刃を拾い上げる。
「これは…あの妖怪が持っていた刀か?妖力を感じるし、妖刀か?これも封印処理しなければな…」
(あなたが、私のご主人か?)
突然頭の中に響いた声に驚愕し、辺りを見回す陰陽師。
「誰だ!どこにいる!出てこい!」
札を出して周囲を威嚇する。
意識が紅刃から外れる。紅刃はその間に元所有者の能力を無意識的に使用し、お互いの思考を反転させることで陰陽師の思考を読み取る。
(ご主人の望みは名誉、富、権力、そして圧倒的な力か…。)
紅刃の人格は妖怪のものが基礎となっている。故にその思考は時として人間ではありえない結論を出す時があり、そして生まれたばかりで正常な判断ができない紅刃はまともな妖怪でも考えないことを選択した。
(ならば、殺そう。ご主人以上に名誉があるものを殺そう。富ならば持っているものから殺して奪えばいい。権力も同様だ。そして力は、私が力になればいい。まずは…、同業者を殺しましょう。ご主人一人が栄誉を受けられるように)
そして、紅刃は再び能力を使い、意識を反転させる。自分の意識を主人格とすることで陰陽師の肉体を乗っ取ったのだ。
紅刃はゆっくりと近くの陰陽師に近づき、素早く首を刈り取った。
首が落ちる音で他の陰陽師たちが紅刃に気づいた。
しかし、陰陽師たちが攻撃を仕掛けるより早く、刀を振るう。ただそれだけで何十もの陰陽師の命が散った。
紅刃は借り物の顔に歪な笑みを浮かべ、生き残りを駆逐すべく、踊りかかった。
椛はただ静かに一方的な殺戮を眺める。
この光景を見たことがあったがゆえに。これは、椛の夢に出てきたものだ。
椛は夢の中では刀を振るっていた。そして、ただただ獲物を、敵を求めていた。
見覚えがあるから、やっと気付いた。これはあの刀の記憶だ。
もしかすると、あの刀についてもっと知ることができるかもしれない。
その考えから、椛は目の前の戦場を熱心に観察しつづけた――
登場人物紹介
紅刃
紅刃(刀)を妖刀に変えた張本人。結局彼女は紅刃(刀)のことを使い捨ての道具としか見ていなかった。
大雑把な性格で、旅をしていた時は適当に道を決めて進んでいた。そのせいで妖怪の山に入り込んで鬼に喧嘩を吹っかけられたりもした。しかし、結局この性格は治らなかった。
気まぐれで、妖怪として人を喰うときもあれば、妖怪を殺して人間も助けることもある。ある村では守護神扱いもされていたこともある。人間の親友もいたらしい。
種族は不明。本人も知らなかったが全く気にしていなかった。
能力は「ありとあらゆるものを反転させる程度の能力」
かなり使い勝手がいい能力で、この能力のおかげで彼女は生き延びてこられたといっても過言ではない。また、紅刃(刀)が肉体を乗っ取るときに使用しているのもこの能力である。しかし、能力として使っている自覚はないため、完全に無意識に使っている。
十全な妖力と使用方法さえ分かっていれば八雲紫を正面から打ち破ることさえできる能力だが、今は紅刃(刀)に一部分が残っているのみで、それほどの効果を発することはできない。