短いですが、導入ですので……
名前に関してはご了承下さい。
春の陽気に優しく暖められたビルの屋上で、一人の和服の男性が目を閉じて腰かけていた。
都内にありながらも静謐な空気に包まれており、ビルの屋上が神社の奥の院だと錯覚してしまうかのようだった。
そんな青年の元に、和服を着た少女がトテトテと近寄る。その足音に気が付いた青年は、その少女を柔らかな笑みで向かいいれた。
「おや、紗枝ちゃん。どうしたんだい?」
少女──小早川紗枝は、青年──斑鳩六瓢の呑気な発言に眉を潜めた。
「何を言ってはるんですか。もうレッスンの時間です。お兄はんがおらんから、皆さん待ち惚けです」
紗枝に言われて時計を見れば、予定の時間ギリギリになっていた。
おや、と言いつつ腰を上げ、六瓢は紗枝の頭を撫でる。
「ありがとう紗枝ちゃん。じゃあ、少し急ごうか」
急ごうと言いながら、歩く速度はゆっくりであった。
そんな六瓢の後をついていく紗枝は、頬を膨らます。
「もう、私だって子供じゃありまへん。あまり頭を撫でないで下さい」
「おや、嫌いになっちゃったかな? 昔はいつも撫でてーと言ってきてくれたのに」
六瓢はわざとらしく泣き真似をする。わざとらしいのだが、妙に様になっており、紗枝は顔を赤くしたままふいっと横に反らした。
「……嫌いやありません。でも、ウチやていつまでも子供やありまへん」
その姿が子供らしい一因なのだが、六瓢はなにも言わず頭をポンポンと叩く。
「私にとって紗枝ちゃんは可愛い可愛い妹弟子なんだ。可愛い妹弟子を愛でるのは兄弟子の特権だよ」
「つまり?」
「諦めなさい」
キッパリと言い切った六瓢に、紗枝はため息をつく。それに満足したのか、六瓢は静かに紗枝の先を歩いていった。
そんな兄弟子の後ろ姿を紗枝は恨めしそうに見つめる。
「……お兄はんのあほんだら、鈍感さん、じごろー」
「紗枝ちゃん?」
いつのまにか後ろで立ち止まっていた紗枝に、六瓢が声をかける。
「何でもありまへーん」
「?」
ぷいっと不機嫌な紗枝に、六瓢は首を傾げることしか出来なかったのであった。
「今日のレッスンは美穂ちゃんと小梅ちゃんだったね」
「はい。着付けの方はウチも手伝いました。まだ慣れていないみたいやったから」
「家の娘達になら教えられないこともないけど、アイドルの娘達には教えにくいからね。紗枝ちゃんには感謝してるよ」
「あら。お兄はんがそんなこと言うなんて、明日は雪か降るんやろか」
くすくすと六瓢をからかう紗枝。先程のお返しとばかりに言ったのだが、六瓢には通じなかった。
「みーんな可愛い娘ばかりだからね。色々気を付けないとちひろさんに怒られてしまう」
「ふーん……お兄はんのおたんこなす。すけべー」
「ちょ、紗枝ちゃん!?」
六瓢にとっては死活問題だったのだが、紗枝にとっては面白くないらしく、またしても頬を膨らまさせてしまったのであった。