「─────『堕ちろ』」
一言が静かに紡がれる。ただ小さく呟かれた、その言葉に眼前の模造天使は全身に異常なまでの衝撃を受けた。
「────ッッッ⁉︎」
苦痛の声を漏らし、先の言葉通りに地面に落下する。だが、ソレを許す彼女ではなく、全力で力を解放し、離脱しようとする。だが、
「誰が抗う事を赦した? 私は言った筈だぞ。『堕ちろ』」
その声が彼女の抵抗を、拒んだ。全身にのし掛かる、先程よりも強大なナニカ。ソレに耐える事が出来ず、彼女は地面に激突した。砂塵が舞う中、またしても声が響く。
「ふん、まだ生きているな。存外にしぶとい。────『弾けろ』」
何処か鬱陶しそうに告げた後に、紡がれる一言。次いで鳴り響く轟音。それと共に、砂塵から吹き飛ぶのは、先程の天使の姿だ。何度も地面を転がり、なんとか態勢を戻そうとする天使だが、また何処からか声が降ってくる。
────『弾けろ』と。
その声が紡がれると共に、天使は右から左、上から下にへと抵抗が出来ないまま、吹き飛ばされていく。苦痛の声を漏らしている事から、ダメージを負っている事は誰からも明らかだ。それ故に信じられなかった。なす術もなく一方的に蹂躙している光景が。
だから、彼は叫ぶ。信じられないというように。男────
「馬鹿なッ⁉︎ 一体どういう事だ‼︎ 何故、別の位相に存在する天使に攻撃が出来るッ⁉︎」
そうそれが驚愕の理由。自身が作り上げた天使。
「何故、攻撃が出来るだと? 別位相に存在する天使だと? なにを驚いている。元より私には、関係のない事だ」
まるで、それが出来て当然だというように、言葉が流れる。それに、賢生は声が降ってきた方向、つまり上空に顔を向けた。そこに居たのは、一人の男だ。金色の、いや黄金の髪をもった虹色に輝く万華鏡のような瞳の男だ。男は賢生の視線に気付き、少し口の端を持ち上げると、言った。
「例え別位相に居たとしても、我が魔眼がソレを捉える事が出来る。ならば、攻撃が通るのは当然ではないか」
「…………捉える、だと? ま、まさか貴様は⁉︎」
男の告げた言葉に、最初は訝しむ賢生だったが、数秒後に理解すると絶句するしかない。と、そんな時。上空に浮かぶ男は、視界の端で動き出そうとする模造天使に気付いた。
「ほぅ、まだ動くか。ならば、これならどうだ」
虹色の万華鏡で、動き出そうとする模造天使の少女に、視線を固定させて、口を開いた。先程と同じくたった一言を。しかし、さっきとは違う言葉を紡いだ。
「────『歪め』」
瞬間。キシリッと、模造天使の周囲の空間が文字通りに歪む。突然起きた異常な現象。ソレに模造天使は必死に抗ってみせる。しかし、その歪みは天使の体を蝕み、捻れていく。ギチギチと体から異音を鳴らす天使。そして言葉にならない悲鳴。ソレを聞きながら、黄金の髪を持つ男は、再度紡ぐ。
「────『奔れ』」
そして起きるのは、正しく雷鳴の如き稲妻だった。鋭く疾いソレを、空間という檻に閉じ込められた彼女が避ける事が出来る筈もなく。
「■■■■■■■■■■■■■──────ッッッ⁉︎」
全身を貫く余りにも鋭い激痛に、絶叫を上げる。それでも続いて迸る雷撃。最早、天使の力などなんの意味もなさない。たった一言だけで行われる蹂躙劇。その光景を見ながら、一人の少年は声を上げる。
「それ以上は辞めろッ⁉︎ 真夜ッ‼︎」
それ以上、攻撃したら模造天使たる少女の命が危ない。それ故の叫びだ。それに、上空に浮かぶ、男は少年に視線を向ける。
「……………古城か」
「もう辞めろ真夜。今、お前が攻撃してるのは叶瀬なんだぞ‼︎」
少年────
「あの者が叶瀬 夏音だという事には気付いている。だから、安心しろ古城。別に私は、彼女を殺す気はない」
男は己の友人である少年に、安心しろと告げる。そう、元より彼は模造天使たる少女を殺す気はなかった。ただ、彼女の力を削ぐ為にアレだけの攻撃を浴びせたに過ぎない。
(そうは言ったけど、如何したもんかなぁ。如何やって叶瀬を元に戻そうか。ってか、今更だけどなんで“俺”はこんな事に巻き込まれてるんだよ)
内から出掛けたため息を飲み込んで、彼は胸中でそう言う。
(それになんで戦闘時になると、俺の口調が“私”に変わるんだよ)
前々からの疑問の声を胸中で漏らす。そもそも、つい最近までは比較的平和に暮らしてなかったか? と過去を思い出す彼だ。それなのに、何故こうなったと彼は思うが、答えが出て来ない。思えば、日常が狂え出したのは、あの夜に
(そうだ。全部アイツの所為だ。そうに違いない)
今は居ない男の姿を思い出し、八つ当たり気味に、彼の所為にする男だ。そう胸中で、巻き込まれた理由を探していると、自身が叩きのめした模造天使が起き上がっており、凄まじい速度で、こちらに肉薄してくる。ソレに彼はあれ程までに実力差を、見せ付けて尚、突撃してくる模造天使に呆れた声を漏らす。
(まぁ、今は巻き込まれた理由を考えてもしょうがねぇよな。とりあえず、可愛い後輩を助ける事にしようか。助ける方法は………なんとかなるだろ? なんせ、俺は)
接近してくる模造天使に、虹色の万華鏡の如き瞳に力を込める。過去も未来も現在も全てを見通す魔眼。ソレに力を込め、
(アルテミット・ワン。月の王と呼ばれる存在の力を持ってるんだからな)
その刹那。閃光が迸り、辺り一帯を包み込んだ。