鹿屋デイズ・鹿屋ライフ   作:ミギー・ドン

10 / 23
 今回はむかしばなしです。前回から微妙に繋がっております。


サムソンティーチャーむかしばなし・前編

 

  叢雲はサムソンを部屋に引きずりこむと、そのままベッドに寝かせて、仕方のない人だわね、という風情の笑顔でもって布団をかけ、胸のあたりをポンと叩いて 

 

  「今日は一日、安静にしてなさいな。仕事は私たちでやっておくから」

 

 と、そう言い残して部屋を出て行った。

 そこまでされては逆らう訳にもいかず、叢雲が用意してくれた風邪薬を飲んだサムソンであるが、すぐに効き目が出てくるものではない。

 目を閉じている内に、彼の朦朧とした意識はいつしか、まどろみの中に落ちていった。

 

 

 ◇

 

 

 ──波の音がする。

 ──月が輝く。

 ──星が瞬く。

 

 

 「星野艦長、そろそろ交代です」

 「ン…ああ、もうそんな時間か。それより寒村は硫黄島、初めてだったか?」

 「いえ。学生の頃に一度、見学には来ました。それからええと、一昨年に航海訓練で一度…それ以来ですね」

 「なるほど。さて、寝る前に一服といくか…付き合え」

 「はい」

 

 日本海軍横須賀基地所属の輸送艦『しまばら』は今、八丈島近海を通過し、硫黄島へ向けて進んでいた。

 特に緊急の事態というわけではなく、平時の輸送任務である。何度も繰り返してきた仕事だけあって、無駄な緊張は艦長の星野にも、副長の寒村にもない。とはいえ久々の寒村にとっては気が抜けないようで、どこか言動は硬い。

 

 そんな寒村を伴って喫煙室に移動した星野は、胸ポケットから煙草を取り出して銜えるが、火を点ける様子はなかった。寒村は喫煙をしないのでライターを持っていないし、他に誰がいるでもない。

 

 「…艦長?」

 「ああ、いや…煙草、止めた方がいいかな?」

 「は? いえ、自分は気にしませんが」

 「じゃなくてな、嫁さんが…な」

 

 そう言うと星野は、お腹の辺りで手を上下させる。

 

 「おめでたですか」

 「あァ」

 「そりゃめでたいです。おめでとうございます」

 

 子が出来たら煙草をやめよう、と考えるのは、常識的な感性がある者ならば当たり前のことだ。星野は一日に二箱を空けるヘヴィスモーカーであったが、その彼がそうまで言うのだから、親になるということがどれほどのことかわかる。

 

 「まぁ、知ったのはつい最近でな。その時からやめようやめよう、とは考えちゃいたんだがね」

 「なるほど。そう言えばうちの兄貴も、娘が生まれてからは吸うのやめましたね」

 「そうなるよなァ…だがこれが中々やめられんもんでな…」

 

 カキン、カキンとジッポライターをいじる星野。火を点けるか、点けまいか…そんな逡巡が見てとれる。

 寒村はそんな星野を見て、少し笑ったのちに口を開いた。

 

 「兄貴が言ってましたが、煙草かライター、どちらかを手放すんです。持っていなければ、自然と吸わなくなるものだと、そう言ってましたよ」

 「ふむ…」

 「いい機会ですから徐々に減らしていって、お子さんが生まれたら完全にやめるってのはどうです」

 

 吸わない者には吸う者の葛藤などはわからないから、どんな事でも簡単に言えてしまうものだ。だが星野は寒村の言葉に怒ったり腐ったりするでもなく、やがて立ち上がると、銜えていた煙草をぷっとゴミ箱に吐き捨て、胸ポケットからも箱を取り出して、ジッポライターと一緒に寒村へと手渡した。

 

 「よし決めた。お前が持っていてくれ」

 「自分がですか」

 「そうだ。どうしても吸いたくなったらお前からもらうことにする。だがあんまり数が多かったり、しつこかったりしたら遠慮なくそれを捨てろ。副長の務めってやつだ」

 「なるほど…しかしそんな服務規定があったとは知りませんでした」

 「当然だ、今考えたからな」

 

 メビウス・スーパーライトの青い箱と、黒く光るジッポライターが、窓から差し込む月光を受けて、鈍く輝いた。

 

 

 ◇

 

 

 「う…」

 

 時刻は正午を回っていた。サムソンはずっしりと重い瞼を開け、周囲を見渡す。

 自分の部屋である。カーテンは閉められ、エアコンと、恐らくは叢雲が持ち込んだであろう加湿器の稼働音が低く響いていた。

 

 「うー…」

 

 ゆっくりと上体を起こし、キャビネットの上に置いてある水を手に取り、半分ほど飲んではまた横になる。

 寝汗がひどい。昔の夢など、ここに来て一度も見たことはなかったサムソンだが、風邪の症状か何かだと、己を納得させることにした。

 キャビネットの上には黒いジッポライターと、メビウス・スーパーライトの箱がある。部屋で吸うことは叢雲が許さないので、灰皿はない。サムソンはライターを手に取ると、カキン、と蓋を開いて、しばらく眺めたのちに、またまどろみに落ちていった。

 

 「提督…」

 

 それから一時間ほどして、部屋のドアがゆっくりと開く。入ってきたのは叢雲と雲龍であった。叢雲はおかゆと半熟卵を乗せたトレイを、雲龍はペットボトルの水と、昨夜浴場に置きっぱなしになっていたタブレットを携えていた。

 

 「寝てる?」

 「寝てるわね。叩き起こすのもアレだしどうしよう」

 「んー…そうね」

 

 そう言うと雲龍はタブレットと水を置き、サムソンのベッドに腰かけて、彼の顔に己の顔を寄せた。

 まさか…と、アタマノウエニウイテルーノを複雑な色に染めた叢雲だが、彼女が思うようなことは起こらない。雲龍はただ彼の耳に、ふっと息を吹きかけただけである。

 

 「ううん…?」

 「おはよう提督」

 「ああ、雲龍か…おはよう。迷惑をかける」

 「気にしないで」

 

 サムソンは上体を起こし、頭をがりがりと掻きながら二人を見た。半分ほどしか覚醒していないのか、目はまだうつろで、額には汗が浮いている。

 だが少しして、やれやれといった表情をしていた叢雲が、サムソンの左手にジッポライターがあるのを見て、表情を強張らせる。先ほどいじった際にそのまま寝てしまったのだろう、サムソンはジッポを手放すでもなく、大きくあくびをした。

 

 「…っ、あんたねぇ、それ…まさか煙草吸うつもりだったんじゃないでしょうね!」

 「え、ああ…いや、違うよ」

 

 持ったままのジッポに気付いたのか、サムソンは曖昧な笑みを浮かべつつ弁解した。だが叢雲の怒りは収まらない。風邪っぴきの人間が、しかもベッドの上で寝煙草など、もっての外である。叢雲は素早く歩み寄ると、サムソンの手からジッポを奪い取った。

 

 「…吸わないって…だから返してくれよ」

 「ダメよ! 少なくとも風邪が治るまで、これは預かっておくわ!」

 「そりゃ、困る…返してくれ」

 「しつっこいったら! 捨てたり隠したりしないだけありがたいと思いなさいよ!」

 「かえして…」

 「だーかーら! 聞き分けのないことを…」

 

 次の瞬間、キャンキャンと怒鳴る叢雲のうなじに手を回したサムソンが、思い切りその身体を引き寄せた。

 こつん、と、額と額がぶつかる。しかるべき時にしかるべき場所でやったのであれば、ときめくシチュエーションである。

 だが、そうはならなかった。

 

 「おれは、それを、かえせといったんだ」

 

 今までに聞いたことのない低音で、サムソンが言った。

 叢雲の目を覗き込むその目は、いつもの情けなく、だが心優しいサムソンの目とは明らかに違っている。何かどす黒い、昏い感情のようなものが渦を巻いて、光すら消えているようにも思えた。

 

 「聞こえなかったか叢雲。それをかえせ」

 「あ、う…」

 

 それは言いようのない恐怖であった。

 着任から二年半、どんなに叱ったりからかったりしても本気で怒ることのなかったサムソンから、明らかに自分に向けて放たれている殺気。それを受けた叢雲の体は震え、怯えの表情が広がっていく。

 叢雲は身をよじってサムソンの手を振りほどき、ジッポを投げつけるように手放すと、二、三歩後ずさって、そのまま部屋から走り出ていってしまった。

 

 「…っ、むらく…」

 

 呼び止めようとする声も詰まる。

 あまりの出来事に茫然としていた雲龍であったが、それでも気を取り直し、深く深呼吸をすると、サムソンの前に立った。

 

 「…何だ?」

 

 ぱしん、と。

 乾いた音が部屋の中に響く。

 サムソンの頬を張った雲龍が、珍しく表情を露わにして、彼を見下ろしている。敵との戦いにおいてのみ発現する、碧の雷光が、ほんの少しだけ髪の毛にまとわりついてパチ、パチと爆ぜていた。

 

 「…あんな言い方はないと思う」

 「……」

 「叢雲はあなたの事を考えてああした。それを…」

 「……ごめん」

 

 サムソンは雲龍が今までに見せたことの無い表情をしていることで、自分が何をしたのか、すぐに気付いたようだ。握りしめた拳でもって、己の頬骨のあたりをガツン、と殴りつける。

 しかし雲龍も雲龍で、そのジッポライターがサムソンにとって、何か特別なものなのだという事は気付いているようで、それ以上の追及はせずに、その拳をそっと手で包み込んだ。

 しばらく無音の時間を過ごしたのち、雲龍はおかゆの乗ったトレイをサムソンに手渡し、ベッドの縁に腰かけて、「ぶっちゃって、ごめんなさい」と、詫びた。

 その表情はどこか悲し気で、サムソンも全てを察したのか、小さな声でもう一度、ごめん、と呟いた。

 

 「……ああ、やっちまった…阿保だ僕は。大馬鹿の最低野郎だ」

 「それ、大切なものなのね」

 「…叢雲に謝ってくる」

 

 トレイをどけようとしたサムソンを、雲龍が制する。何故だ、という表情を浮かべたサムソンの肩に手を置いたまま、雲龍は首をふった。

 

 「少し時間を置いた方がいいわ。それにお腹も空いているでしょう、冷めて美味しくなくなる前に、食べて」

 「しかし…」

 「私が後で連れてくるわ。提督はまだ休んでいて…、ね」

 

 

 

 

 司令室のある三階から、階下へと繋がる階段の踊り場で、叢雲はぼーっと外を眺めていた。部屋から逃げ出して小一時間は経つが、頭に浮かぶのは、浴びせられた殺気と、初めて見たサムソンの顔である。

 自分は悪いことをしていない、したつもりもない…という思いと、平凡で情けなく、しかし穏やかで優しい男の、本来ならば見るはずのなかった、見たくもなかった一面を引き出してしまったという思いがぶつかって、言いようもない不安に襲われる。

 そしてそれは、涙という出力をもってあふれ出す。踊り場の床にぽつぽつと、涙の染みができる。

 

 「あれ、叢雲…どうしたの、こんなところで」

 

 そんな折に通りがかったのは、比叡であった。そして比叡は、振り返った叢雲の目に浮かぶ涙を見て、慌てて駆け寄る。

 

 「ど、どど、どうしたの!? お腹痛いの!? 誰かにいじめられたの!? あ、ああ、叢雲いじめる子なんてここにはいないか…え、えーと、どうしよう、どうすればいい? 私に何かできる? メイアイヘルプユー?」

 「比叡…」

 

 気丈で強気で面倒見がよくて、誰からも頼りにされる叢雲が泣くなど、ただ事ではない。主を心配する大型犬の如く、比叡は叢雲の背中をさすったり、頭を撫でたりと忙しい。

 

 「大丈夫よ、大丈夫。ちょっと司令官を怒らせちゃっただけで」

 「な、なぁんだそっか……って、うn? 司令が? 司令をめっ! したんじゃなくて、司令にめっ! された? で、でもでも、そんな事ってある? 勘違いじゃなくて?」

 

 叢雲の周りをくるくる回りつつ、比叡は大混乱に陥っているようだ。それはそうだろう、比叡と叢雲の付き合いもかなり長いが、その間、このような事は一度もなかったのだ。

 慌てふためく比叡を見て、叢雲はずっ、と鼻をすすって笑顔になる。そしていつもの強気な口調で、もう一度「大丈夫よ」と告げた。普段ならそれで終わってしまうところであるが、比叡は納得がいってない様子で腕を組み、首をひねり、やがては階段を上っていく。

 

 「…司令に話を聞いてみる」

 「あ、ちょ、やめて。大丈夫だから」

 「大丈夫じゃない。叢雲が泣くなんて絶対におかしいと思うし、司令が叢雲が泣くくらい怒るだなんてこともおかしいと思うから」

 「いいって…! 私が悪いの」

 

 慌てた叢雲が比叡の袖を掴んで止めようとするが、比叡は止まらない。もともときっぱりさっぱりとした性格な比叡だけに、事の真相を知らないままでいるのは嫌なのであろう。ただそれが、当事者たちにとっていいことか悪いことか、までは考えが及んでいない節もあるのだが。

 そこに、空の器を持った雲龍が現れた。

 

 「…何してるの?」

 「あ、雲龍。司令は?」

 「部屋で休んでるけど…丁度いいわ、叢雲、来て」

 「え、あ…うん」

 「私は?」

 

 比叡の言葉に雲龍はふむ、と考え、「器を置いてくるからここで待っていて」と言い残し、階段を下りていった。

 残された二人は並んで外を見るだけで、言葉はない。

 海上に、岩川の艦娘たちが、霞を筆頭とした部隊に訓練を受けているのが見える。

 

 「きっとたぶん、お互い勘違いしてるんだよ。きっとそうだよ」

 

 きっと、を強調するように比叡は言った。

 叢雲は何も言わず、少しだけ頷いた。彼女とてサムソンとの間に軋轢が残ることなど望んではいないのだろう。

 

 

 

 

 「ごめん叢雲!」

 

 部屋に入ってきた叢雲の顔を見るなり、サムソンは90°近くまで腰を折り、大声で詫びた。

 余計な言葉は一切発さず、動こうともしないその姿を見て、叢雲は初めぽかんと見ているだけであったが、やがてふ、と口元に笑みを浮かべると、自分も頭を下げて

 

 「ごめんなさい」

 

 と謝った。

 

 「君は悪くない、僕の不徳のせいだ」

 「違うわ。考えてみたけど、灰皿もないのに吸う訳ないもの…そのライターが、アン…司令官にとって大事なものだってこと、まるで考えてなかった」

 「誰にも話してないことなんだから当然だ。つまり僕が全面的に悪いんだ」

 「そうじゃないわ、私が…」

 「はいはい、もうおしまい」

 

 この手の和解劇にありがちな、オレガワタシガを始めた二人を見て、雲龍がやんわりとそれを止める。

 こうなるときりがないので、いい判断だろう。落ち着いた二人は若干照れくさそうに笑って、その場は収まった。

 雲龍がカーテンを開ける。穏やかな午後の陽光が眩しい。

 

 「あれ、比叡」

 「最初からいましたよう! もー、司令が叢雲を泣かせたって聞いて、事情によってはぶっ飛ばすつもりで来ていたんですけど」

 「さらりと怖いことを言わないでおくれよ…」

 「あはは、冗談ですよ。それより体調はどうなんです」

 

 拳を掌に打ち付け、比叡が笑う。朝よりはましだよ、と返すサムソン。

 そのサムソンを再びベッドに押し込め、そこで雲龍が口を開いた。

 

 「…そのライター、大事なもの、ってことだけれど。それって私たちが聞いても、知ってもいいことなのかしら」

 

 お互いの非礼は、謝罪によって解決したが、その原因となるものについては、明かされていない。

 とは言えこういうものはデリケートな事情があり、おいそれと尋ねられるものではない。雲龍は言葉を選ぶように紡ぎ、そしてサムソンの目を見た。

 サムソンは瞑目し、深呼吸をひとつすると、うん、と頷いた。

 

 「あ、じゃ、じゃあ私は外しますね」

 「…いや、比叡にも関係がある事…とも言える。聞いて貰ってもいいかもしれない」

 「え?」

 

 そう言うとサムソンはライターを手に取り、一度だけ蓋を開閉してから、比叡を見た。席を立とうとしていた比叡は改めて着席し、次の言葉を待つ。 

 そしてまるで見当がつかない、といった風情の叢雲もまた、雲龍が用意したお茶を手に、ただじっとサムソンを見つめていた。

 

 「これはね、形見なんだ。そして、僕がここでこうして話していられるのは比叡、君のお姉さんに助けられたからだ」

 「……金剛お姉さまに…?」

 

 意外なところから飛び出たその名前に、比叡が思わず身を乗り出す。

 サムソンは再びうん、と頷くと、ぼつぼつと昔のことを語り始めた──




 日常ものでコメディタッチの作品にこういう話ねじ込むんじゃねえよトライアングルドリーマー食らわすぞ! という方がいましたら謝罪させて頂きます。
 ただ艦娘が轟沈する展開とかはこの先絶対入れないのでご安心下さい。
 あとサムソンの過去に出てくる海軍などの描写に関して、軍関係に詳しい方はその辺全部まとめてスルーして下さると助かります。
 

 それはそうとE2挑んでボスぶっ飛ばしたらいきなり山風出ました。教授! これは一体…!?
  1. 目次
  2. 小説情報
  3. 縦書き
  4. しおりを挟む
  5. お気に入り登録
  6. 評価
  7. 感想
  8. ここすき
  9. 誤字
  10. 閲覧設定

▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧 ※ログインせずに感想を書き込みたい場合はこちら
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。