「ひみつ解説・艤装編」と合わせてお読み下されば幸いです。
「たわけ。もうその名で呼ぶでないとあれほど言ったろうが」
三笠は割と本気のデコピンをかまし、ライターを押し付ける。
サムソンは目を丸くしつつもそれを受け取り、一歩下がって三笠をまじまじと見つめた。
小さな体を紺色のコートに包み、肩から小さなショルダーバッグを下げるその出でたちは、ちょっとおしゃれして街に出てきた中学生といった風情であり、サムソンと対比するとまるで親子のようでもあった。
しかしその態度は尊大で、とてもではないが親子には見えない。従者とどこかのお嬢様、といった感想がしっくり来るだろうか。
「す、すいません…庚(かのえ)さん」
「うむ…で? ここで何をしておる」
「何…って、基地の子らと買い物に来ています。庚さんはどうしてここに」
三笠…いや、庚と呼ばれた元艦娘はふふん、と笑うと、場所を移すぞ、と呟いてどんどん先に歩いていく。
サムソンはジッポライターをポケットにしまうと、速足でその後についてゆく。確かに、往来の真ん中で会話というのも迷惑な話であるから、この判断は正しいだろう。
庚はフロアの隅にあったコーヒーショップへと入り、荷物を置いてカウンターへと戻ってきた。
「儂はそうじゃの、キャラメルモカふらぺちーのを所望じゃ。この中は結構暑いでの」
「あ、は、はいはい。ええとすいません、ブレンドのMをホットで。あと…」
注文したコーヒーを受け取り、サムソンは庚の待つ席へと着いた。
テーブルに携帯電話を置いた庚は、キャラメルモカを受け取り、さっそくストローでクリームをすくっては舐め始める。
「ここに来たのは偶然で、お主を見つけたのもまた偶然じゃ。ホテルがすぐそこにあるでな…それはそれとして、鹿屋には連絡が行っておるはずじゃが」
「ええ、さっき連絡がありました。しかし明日来客がある、としか聞かなかったもので」
「まァ、そうじゃな。何処の誰が来る、とは敢えて言わなんだ。まぁ叢雲の奴めは儂の声を聞いて察したようじゃが…アレは聡い子よな、汝も相当に助けられておろうが」
「ええ」
ちょいちょい、とストローでサムソンを指し、庚はすらすらと言葉を紡ぐ。
弁が立たねばやってられない仕事に就いているせいもあろうが、サムソンに会えて嬉しい、という雰囲気も多少なりとは感じられる。しかし当のサムソンはまだ状況をよく理解していないらしく、質問をしようとしては遮られを繰り返す。
「で、だ。儂がこうしてここにおる、ということは、大体わかっておろうが」
「『適合者』と会ってきた帰り、あるいはこれから会いに行く…ってところですか。まさか休暇でわざわざ鹿屋まで来るとは思えませんし」
「いかにも左様。ほれ、先月に武蔵の艤装が目覚めたじゃろ、佐世保を逆レするような感じで」
要請があって出力される、通常の仕儀とは違い、武蔵の艤装は自らこの世に生まれ出でてきた。それが先月の話である。
逆レなどという過激な言葉が、その小さく可愛らしい口から出たことに面食らいつつも、サムソンは二度三度頷いた。
「武蔵の『適合者』は最終段階にまで絞られたと聞いていますが」
「そういう事よ。儂は一昨日まで、タウイタウイやらブルネイやらの泊地を回って、カウンセリングをしとったのじゃが…その一連の仕事の〆として、鹿児島に来たというわけじゃ」
「では、遂に…武蔵が?」
ここで説明をさせていただく。
敷島型戦艦四番艦・三笠は、今から三年半前に起きた、深海棲艦どもの侵攻開始…その数か月前に、姉である敷島と共に艦娘を引退している。
理由は一つ。敷島型の『艤装』があくまで試作機であるということ。
六年前から侵攻開始の三年半前までの二年と半年の間、世界各地、特に日本近海で散発的に起きていた『正体不明、所属不明の敵性体による船舶襲撃、並びにシーレーンへの接触』…以下『接触』と呼ぶが…ともかくそれを受け、海軍はそれに対抗する手段として、のちに『艤装』と呼称されるものの雛型を完成させていた。
その『艤装』の大本は現在のそれと大差なく、かつてこの海を縦横無尽に駆け、戦い、そして散っていった『軍艦(いくさぶね)』の船体や遺品をサルベージした上で、その『軍艦』の『魂』と融合させ、現在の最新技術で精製し生み出されている。
正体不明の敵性体…当時は深海棲艦などという呼び名ではなかったが、ともかくそれらが持つ強固な『障壁』を打ち破ることの出来る『艤装』は、大いなる期待と祈りを受けて、奴らを駆逐せしめてきた。
しかし、まだ艤装を大量かつ速やかに量産するほどのノウハウは培われていなかったこともあり、どうしてもそれを纏い戦う、『プロトタイプ』とも言える『艦娘』たちには、ハードワークどころではない働きが課されていた。
精神を病むもの、体を壊すもの。そして力及ばず、倒され、殉職してしまうもの。
そんな中で敷島と三笠は、姉妹艦である朝日、初瀬を喪失しながらも必死に戦い抜いてきた。
だが彼女らの血と汗と涙、そして侵略を防いで得た時間、情報はやがて実を結び、更に強力な…具体的には太平洋戦争で活躍した艦の『艤装』を作成することに成功した。
そしてその方法論並びに量産体制は瞬く間に確立され、明らかなパワー不足に悩まされていた『プロトタイプ』、あるいは『第一世代』と呼ばれる艦娘たちは、その役目を後進に譲ることになる。
これが三笠の引退した理由である。
「わざわざ鹿屋に来た、ということは…つまり鹿児島や近隣の県のどこかに、その『適合者』がいるということですか」
「本来ならば機密事項じゃが、まあよい。武蔵の『適合者』候補は全部で三名おってな、うち二名は関東と東北にいるので、敷島…じゃない、壬(みずのえ)姉が訪ねたのよ。儂と壬姉が、『適合者』への折衝を行う仕事をしているのは、まぁ言わずとも知っておるな」
「ええ、敷島さんはお元気ですか」
「相変わらずじゃがまぁ元気元気。って、だから敷島ではない」
庚はそこで話を区切り、財布を持ってカウンターへと向かった。いつの間に飲み干したのか、キャラメルモカはとうに空になっているので、お代わりを頼む腹積もりであろう。
サムソンは全席禁煙の看板を見て、そして天井を見上げてはふうっ、とため息をついた。
艦娘を引退した敷島、三笠の両名はその後、海軍の研究施設に入って、後方支援に力を注ぐことになる。
要するに、『適合者』のもとに赴き、軍に入って『艦娘』となって戦ってくれるようお願いする仕事だ。
『適合者』は、六年前に起きた敵性体と人類の、初めてとなる『接触』の後に、厚労省と文科省が急ピッチで法整備し義務付けた、『満年齢10歳から30歳までの女性全てが受ける健康診断』を隠れ蓑として洗い出されることになる。
簡単に言ってしまえば、脳のある領域に、『艤装』のコアから発せられる特殊な信号を受信し、また脳からの信号を『艤装』に送信することを可能にする『神経叢』(ファクター)があるかないか、それだけである。
その『神経叢』は鍛錬や学習、または外科手術などといった方法では得ることはできず、完全に生まれつき…先天的なものであった。
政府と海軍はまずこの『神経叢』を持つ女性を血眼になって探し始めた。
何故女性か、という点については、それこそ船というものの歴史から始めねばならないので割愛するが、ともかくである。
健康診断と称し膨大な予算を計上し、全国四十七都道府県で行われた最初の検査の結果、その『神経叢』を持つ10歳から30歳までの女性…『適合者』候補…は、僅か五千人にも満たない数であった。
その中から更に、『艤装』を装着し、『艦娘』となって、訳のわからないバケモノ共と戦ってくれる人間を探さねばならないのだ。
こうして始まった『艦娘』の選抜は、前途多難どころの話ではなく、政府もなりふり構わずの体で捜索範囲、方法を拡大してゆく。
まず候補に挙がったのが、陸海空軍、いずれかの組織に属する者…つまり『軍人』の親類縁者、そして娘である。国防に人生を捧げた者の関係者とあれば、説得するのもいくらかは容易かろうという目論見であった。
実際それは成果を得て、数十名ではあるが『適合者』を確保することに成功する。
しかし、それだけではまるで足りない。半年に一度の『健康診断』は継続させつつ、次善の策として行ったのが、日本に就労ビザあるいは永住権を得て生活をしている、『外国人』たちへと、捜索の裾野を広げることであった。
しかしこれは殆ど成果を上げぬまま失敗に終わった。日本人と同じ条件で検査をしたにも関わらず、『神経叢』を持つ者はほぼ0であったためだ。
これについてはアメリカをはじめとした世界各国との連携をとって探すものとし、政府は再び国内に目を向ける。
『神経叢』は一度の検査で見つからないことも多く、また加齢と共に出現あるいは消失をする特性を持つため、根気強い捜索が続けられた。
その甲斐あってか、国内における『適合者』候補の数はおよそ一万人を数えるまでとなった。
しかしここで、再び問題が浮上した。
軍関係者を除外してしまった時点で、また最初から『戦ってくれる』ものを探すことになる、ということである。
実際問題、『神経叢』を持つにも関わらず、保護者が頑として首を縦に振らず、諦めざるを得ないケースが大半であった。
再三の説得や積まれた札束にすら見向きもせず、ただ我が娘の将来と安全を思っての拒絶とあれば、いかに国とて無理強いは出来ないものだ。
しかしそれでも、幾らかの成果は得られ、戦いに臨む決意をした『適合者』は、少しずつではあるが増加していくことになる。
だが、まだまだ足りない。
そこで、である。
関係者が拒むのであれば、最初からそんなものがいない者たちを当たればよい、と。
「今度はホットココアにしたのじゃ、腹が冷えたでな」
「ええ」
「えーと、何じゃっけ…」
「敷島、いや、壬さんの話です」
「ああそうそう…それより、儂らがかつて艦娘だったことを知っておるのは、軍の上層部とお主ら提督たる立場の者だけなんじゃぞ、そこのところ、よく肝に銘じておけよ」
ついでに買ってきたパウンドケーキをサムソンに手渡しつつ、庚はそう釘を刺す。それにしては声が大きいな、とサムソンは思ったが、賑やかな店内でわざわざ彼らの会話に耳を立てるものもいない。
「比叡があなたに会いたがっていました」
「比叡が…あやつ、儂が説き伏せて艦娘になったのじゃぞ、会いたいというにはまだ、そこまでご無沙汰しておるわけでもないが」
「いえその…ちょっとした弾みで、あなたが…その、『三笠』だった時のことを話してしまって」
「かッ! 口の軽い男じゃのー! 何じゃ、閨(ねや)での睦言か? 主、ああいうのがタイプであったか」
「違いますよ!」
再び飛び出た過激な文言に面食らいつつも、サムソンはしっかりと否定する。艦娘は女性、サムソンは男性であるから、そういう仲にならないという確たる保証はない。しかし、風紀を提督自らが乱すことなどは許されない。サムソンが艦娘たちのちちしりふとももを視姦するだけに留まり、それ以上の関係を持たないでいられるのも、そういった確固たる信念のたまものである。
風呂場での一件は結構危なかったが、それは黙っておこう。
「冗談じゃ、冗談。身持ちが固いのはいいことよ」
「当然ですよ…ええ…」
「ま、知っての通り…『適合者』には、事故や事件、止むにやまれぬ事情で、親から何から、親類縁者のいない者が多いでな…心のどこかで、愛情を欲しがっているのもまた事実」
そう。政府が次に目をつけたのは、身寄りのない女性たちであった。
生まれてすぐに様々な事情で捨てられたもの。痛ましい事故や事件で両親を失い、不憫にも引き取り手のつかなかったもの…他にも悲しい事情を持つ女性たちを集め、保護、養育している施設…孤児院と言い換えてもよいが…ともかくそんな施設で育てられているもの…そして年齢制限からそこを出てもなお、一人困窮した暮らしをするもの…から、重点的に捜索する方針へと切り替えたのである。
極めて悪い言い方であるが、これが功を奏した。
『神経叢』が脳に生成されるのは、あくまで先天的なもの、と述べたが、それが発現する女性たちにはある『傾向』があった。
簡単に言ってしまえば、『愛情を知らないもの』『愛情に飢えるもの』『心に深い傷を負ったもの』たち、である。
人間というものは、常識的な感性を持つ両親の元に生まれれば、例外はあれど大抵は愛情を注がれて育つものだ。
しかし彼女らには、注がれるだけの愛情はなかった。たとえ施設の職員や善意の活動家などが無償の愛を向けたとしても、それはあくまで他人である。育つにつれ、そして己の置かれた環境を理解するにつれ、自分には両親が、家族がいない、本当の愛情なんてものはこの世にはないのではないか、ということを嫌でも意識するようになる。そして苦悩する。
その行き場のない感情が脳にストレスを与え、結果として『神経叢』を開花させるのだ。
逆に言えば、これを利用することで、『神経叢』を持つものをある程度コントロールし、後天的に生み出すことへの指針が出来るのだろうが、そんなことは人道的にも、また時間の観点から考慮しても、到底許されることではない。
故に、捜索を開始した時点で10歳以上。そして身寄りが無いという事実…この二点を重視して、『適合者』の捜索は新たな段階へと進んだ。
通常の捜索と並行して、全国津々浦々の孤児院に政府の役人が訪れては、『適合者』候補への説得を行うわけだ。
この捜索のことを、大多数の国民は殆ど知ることはなかった。政府が巧妙に、厳重に隠した、ということもあるが、自分が、あるいは家族、娘が…訳の分からない脳の病気なのでは、という疑念は、想像以上の重荷となって、当事者たちを黙らせる効果をもたらした。
また、日本を脅かす相手と戦わねばならない、などという曖昧な情報だけで、はいそうですかと納得するものも極めて稀であったからである。冗談と思われた、ということもある。
そして結局のところ、二年の歳月を経て集められたのは、軍関係者から51名、民間から197名、そして前述の身寄りが無いものから252名…合計500名の『適合者』候補たちであった。
これら500名を『神経叢』の持つパターン毎に分け、更には健康状態や身体能力など、あらゆる要素を加味し区分して、『艤装』とのすり合わせを図っていく。
無論その段階でも振り落とされる、あるいは自らの意思でやめていくものは出る。政府はそれでも捜索を続けて、全国に着々と『適合者』候補を見つけていった。
今サムソンの前でココアを飲む、『三笠』こと庚逸花(かのえいつか)も当然ながらその『適合者』の一人である。
庚、という姓は彼女がいた国営の施設に割り当てられた、甲・乙・丙・丁・戊・己・庚・辛・壬・癸…即ち十干(じっかん)の名から取られている。
彼女は生まれて間もなく、シングルマザーだった母親に捨てられた。そして長野県上田市にあった『庚愛育園』に引き取られて、15歳までを何事もなく過ごした。しかしそこで、『接触』が起きたのである。
彼女も当然ながら『神経叢』を見つけ出す為の検査を受け、そして『適合者』であることが発覚する。
政府は彼女の説得を始め、『艦娘』として戦ってくれるのであれば、彼女の今後の人生を、国が責任をもって面倒を見るという条件を提示した。
そして支度金という名の命銭。毎月の手当。住居。様々な優遇措置。他に望むのであれば何であっても。
逸花がどういった条件を提示し、そして『艦娘』になったかは不明であるが、ともかく彼女は自らの境遇と素質を受け入れ、『三笠』の『艤装』を纏って、後に『深海棲艦』と呼ばれるもの達との戦いに身を投じたのである。
家族のいない庚が、『敷島』こと壬燈子(みずのえとうこ)を『姉』と呼ぶのは、なにも『三笠』が『敷島』の姉妹艦だからというだけではなく、燈子もまた孤児院の出身であり、その高潔な人間性でもって逸花を導いたことに起因している。
血のつながりはなくとも、燈子は逸花にとって、命よりも大事な姉であった。
「愛情を知らぬがゆえ、欲するがゆえ……多くの艦娘たち…特に『施設』の出の者たちは、身近な大人にせめて見限られぬようにと、精一杯の愛情を向ける。それが打算や媚態の裏返しであっても、歪んだ形であっても……誰も彼女らを責めることは出来んじゃろ」
ほうっ、とため息を一つつき、空になったカップをカチカチと弾きながら、庚はサムソンにそう言った。
サムソンとてそこまで鈍感ではない。この立場に就いて、それは十分すぎるほど思い知らされてきた。
『艦娘』の中には『施設』の出でなく、十分な愛情を受けて育ってきたものも、当然ながらいるのだが、そういったもの達でさえ、サムソン…いや、全ての提督たちに、どこか媚び、へつらうような節があるのは否定できないことだった。
それは人並みの青春や暮らしを奪われ、戦いに身を投じることになった己の境遇ゆえか、あるいは別の何かか…それは誰にもわからない。本人たちにさえも、明確な答えはないのだろう。
だからせめてサムソンは、自分に出来ることならば何でもしようと、そう心に決めていた。
あの冬の海で拾った命が、『艦娘』に救われた命であるならば、それは彼女らのために使うのが正しい道だと、彼は心の奥底からそう信じている。
「だからと言ってなァ! 駆逐艦をやっとるような小さい子に手を出したりするような真似するでないぞ、寒村」
「な、え、ちょ、しんみりした話しておいてそれですか!?」
身を乗り出すように庚が言えば、さすがに周囲の目を集める。サムソンは庚をやんわりとなだめつつ、席を立っておかわりのコーヒーを買い求めた。
「儂と西日本の艦娘の間にはの、秘密のホットラインがあるんじゃ。酷いことをされたり言われたりしたら、24時間いつでも相談するのじゃぞ、と言い聞かせておる」
「それは初耳です。庚さんはカウンセラー兼憲兵といったところですね…ですが、僕とて彼女らには敬意を払って接しています。心配されるようなことはないと思います」
「ふふ、甲斐性が無いとも言えるの…まぁ冗談じゃ、あまり気にするな」
「それはともかく、適合者の話ですが」
戻ってきたサムソンは流れを変えるべく、別の話題…最初に話していた、武蔵の『適合者』の話題を庚に振った。それはサムソン自身も知りたいことであった。
パウンドケーキをもそもそと齧っていた庚は目を光らせ、前のめりになってサムソンを見る。
「そうそう、壬姉がまず先に、会いに行ったのよ」
「関東と東北…どこです?」
「一人は埼玉、もう一人は青森じゃ。しかしのー……埼玉の方は断られた。持病があるそうでな」
いかに逼迫した状況であるとはいえ、病人を戦場に送り込むわけにはいかない。これは洋の東西、どんな時代でもそうだ。しかし今より更に戦況が悪くなれば、どうだろうか…と、サムソンは苦い表情をする。
庚はそれを見ずに続ける。
「そして青森の方はの……」
「ええ」
「これよ」
そう言って庚は、己の下腹部のあたりで、半円を描くように手を上下させた。
身重、ということだろう。
「そう、ですか…」
「だから言ってしまえば、もう武蔵のなり手は、一人しかおらぬ。候補者もまだおるにはおるし、今後『戦艦型』が見つかる可能性も無い訳ではないが、これを逃せば武蔵の顕現は更に遅れることは間違いない」
あまり表情を変えない庚であったが、さすがにこればかりは責任が重すぎる仕事だ。それに辟易したのか、眉根を寄せては席を立った。まだ飲むつもりであるらしい。
「庚さん、まだ飲むんですか。お腹たぽたぽなんじゃ」
「やかましい、甘いモノは別腹じゃ」
カウンターに向かった庚の後ろ姿を見ていると、サムソンの端末からコール音が響いた。
いつの間にか一時間ほどが経過している。サムソンは慌てて画面をタップする。
「ああ矢矧か、うん。今ちょっと人と話してるんだ。帰るなら先に戻っていてくれて構わないよ、僕は歩いて帰るから……え? キー…ああ、そうか…わかった。もう30分ほど待ってくれるか」
サムソンは通話を終了させ、ポケットからトラックのキーを取り出す。
庚から色々聞いておきたい気持ちはあったが、だからといってサムソンが、彼女がこれからする仕事に介入できるわけではない。
「基地の娘らからか?」
「ええ。もう少ししたら帰ります」
「左様か。まぁ儂は明日、武蔵の『適合者』候補に会いに行くでな、その後基地に顔を出すつもりよ。叢雲にもそう伝えた」
そう言ってマドレーヌの封を切った庚の目をまっすぐに見て、サムソンは口を開いた。
「庚さん、お聞きしますが…『適合者』候補の方は、協力してくれるでしょうか」
「どうかの……わからん。わからんが、儂とて全力を尽くす」
「はい。今更、戦わずに済めば、などと綺麗ごとは言いません。しかしせめて、何の憂いも無く戦えるようにはして欲しいと思います」
「わーかっておるわ。しかしじゃな寒村よ、晴れて武蔵が顕現したとして、鹿屋に来るわけでもあるまい? あれはとりあえず佐世保預かりだし……や、待てよ。これも機密事項じゃが」
庚はマドレーヌを置くと、テーブルに両肘をついて、そして両手を己の口の前で組み合わせた。どこぞの司令官のようなポーズであるが、その眼光は鋭い。
サムソンはその目に見つめられ、思わず背筋を伸ばした。
「明日、会いにゆく『適合者』候補な。鹿屋市内に住んでおるのじゃ」
「え……?」
「無論、素性は明かせん。だがこれくらいはよかろ、昔のよしみじゃ」
「司令、遅ぇぞー! 寒くなってきたしさっさと帰ろうぜ!」
「お腹もすいたよー!」
相変わらず賑やかなアサキヨコンビと、矢矧、千代田、そしてアドンがサムソンを出迎える。つい数時間前に昼食をとったというのに、清霜は相変わらず元気が有り余っているようだ。サムソンはポケットからマドレーヌを取り出し、清霜に渡した。
「提督、誰かと会っていたの?」
「ん? ああ、そうだよ。明日になればわかる」
「明日…? ふぅん、よくわからないけど……さて、それじゃ帰りましょうか」
「今度はアタクシがトラック乗るわ!」
「んじゃ任せた。僕は助手席だ」
シートに体を預け、シートベルトをかけると、サムソンは深く、息を吐いた。
おや、という表情を浮かべたアドンが、何事か聞こうとするが、目を閉じてしまっていてはそれも憚られる。そして発進するSUVに続いて、トラックもゆっくりと走り出した。
「先輩、誰とお会いに?」
「……君は、軍研の庚逸花さんを知っているかな」
「ん? ああ、『適合者』候補との交渉を行っているちっちゃいレディ」
「今、鹿屋に来てる。さっき偶然会った」
「へぇ…彼女、艦娘たちのカウンセリングもやってるんですよねぇ、鹿屋基地と岩川にも来るのかしら」
その疑問には答えず、サムソンは窓の外を見る。
そして一言、「忙しくなるかもな」、とだけ呟いた。
読んでおかしいな、と思った箇所があれば教えて下さい。
人名に十干、でまず思いつくのが二瓶勉『バイオメガ』ですが、さすがに三笠や敷島は合成人間ではありません。
しかしロリババアっぽいキャラ付けは僕の趣味です。
さて武蔵はどうなるのか。所持してない艦娘を出してもいいのか。
イベントも終わったし大型回してみようかな、とも思いますが、貧乏性なため資材がぶっこめません。確定で貰えるならDMMマネーカード買ってきてもいいんですけどね…